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東南アジアにおけるバックオフィス系オペレーション改善の勘所

Global HR Journey ~ 日本企業のグローバル人事を考える 第十九回

「日本企業のグローバル人事を考える」と題したGlobal HR Journey。第十九回目となる今回は、東南アジア拠点におけるバックオフィス系オペレーションの課題と改善へのアプローチ、成功要因についてご紹介する。

BPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)は、日本ではバブル崩壊後の1990年代後半から始まった業務改革手法であるが、東南アジアではまだその考え方が根付いていない。本稿では東南アジア拠点におけるバックオフィス系オペレーションの課題、それを改善するBPRのアプローチ、またそのアプローチの成功要因について、言及する。

 

バックオフィス系オペレーションに関する東南アジアの課題

日本では人件費削減をBPRの目的とするケースが多くみられるが、東南アジアは人件費がそもそも安いため、人件費削減がBPRの第一の目的になるケースは限定的と考えられる。そのような環境の中で、東南アジアでBPRの必要性が惹起しつつある理由が何か、以下、現地でよく耳にするコメントから仮説を考察する。

東南アジアでよく聞くコメント:

  1. 賄賂や不正腐敗の多い社会情勢を背景に、法律または社内ルール上、不正のない適切なやり方で業務が執り行われているか、見えない (ガバナンス・コンプライアンスの懸念:経営層)
  2. 社員一人一人の業務量は日本に比べると少なく感じるが、何故か残業をしている社員が多く見られる (業務改善に関する低い認識・総労務費の懸念:経営層)
  3. 人件費が安い背景から、日本だと契約・派遣・アウトソーシングするような業務であっても、正社員が担当していることがある (総労務費の懸念:管理職)
  4. 業務を可視化・効率化したいとの思いはあるが、日々のオペレーションで忙しく、新しいことに取り組む余裕はない (業務改善に関する低い認識の懸念:オペレーション担当者)
  5. 改善案があっても、前任者の時から行っていたやり方を変えるには、関係者に説明が必要、且つ他人のタスクに影響が出るため、既存のやり方を維持している (業務改善に関する低い認識の懸念:オペレーション担当者)

上記を踏まえ、各社の課題感の仮説を整理すると以下が想定される。

 

ガバナンス・コンプライアンスを遵守しているか不透明 (上記コメント#1に繋がる)

オペレーションが可視化されておらず、日々の業務において法令や社内ルールが守られているかが見えない。図表1から見られるように、東南アジアの国では日本より多くの不正が行われていると推測される。故に、各社が法律・社内規定の遵守に敏感になっていることが推察される。

 

図表1:不正に関するアジア主要国のスコア

 

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出所:NGO団体Transparency InternationalのCorruption Perceptions Index 2018年版よりデータを抽出し、Deloitte SEAにて作成

 

総労務費低減に向けた対応策の必要性が高まっている (上記コメント#2、3に繋がる)

まだ日本に比べて人件費が安いとはいえ、経済成長・物価上昇から労務費の負担は毎年右肩上がりになっており、要員管理の強化や報酬制度の見直しを通じた総労務費管理を、各社が模索し始めていると推察する。

 

図表2:過去10年間の国別基本給月額変動

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出所:日本貿易振興機構(ジェトロ)のアジア・オセアニア進出日系企業実態調査資料よりデータを抽出し、Deloitte SEAにて作成

 

業務の効率化に関する考え方や働き方が従業員に定着しておらず、業務改善の必要性に対する現場の認識が低い (上記コメント#2、4、5に繋がる)

人件費が安い背景から、担当者レベルから経営層までが業務の効率化に限定的にしか取り組めなかったことから業務の効率化が進んでおらず、その結果、未来の労務費管理に繋がる打ち手が整備されていないことが多いと推察する。

 

上記課題解決に向けたBRPの進め方

図表3:各ステップにおける役割別主要タスクの例

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1.ターゲットの設定

社内・社外関係者とのインタビューを通じた課題、各部門の生産性指標(例:人事部門社員1人当たりが担当する社員数など)、他社又は他の海外現地法人とのベンチマーク比較、時間外労働時間等、いくつかのKPIを分析した上で、本プロジェクトとして目指すべき定量的なゴールを明確にする。目標は各部門が様々な理由により低く設定しようとすることが想定されるため、最低限達成すべきレベルより高く設定した方が良い。

2.現状の可視化

図表4のようなテンプレートを用意し、担当者ごとに担っている業務、通常時の所要時間や頻度、実際の業務フローなどを可視化する。一般的には、担当者自身で業務の可視化、改善を継続的にできるようになることを目的として、担当者自身にテンプレートに必要な情報を記載させることが多いが、人によって記載内容の粒度に差が発生しやすいため、現場の実務リーダーによる内容や課題の確認は必須となる。各部門の責任者は現場のリーダーから報告された現状の課題に対し、優先順位を付け、推進事務局に報告する。

 

図表4:業務のリスト化(#1)、ワークフロー化(#2)、期待値整理(#3)、課題整理(#4)するテンプレートの例

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3.対策・定着案の検討

業務改善の手法としては、ペーパーレスを含めた業務のムリ・ムダを最小化するだけでなく、業務の担当者を変える(=役割に応じた仕事をアサインする)など、業務の質と量の改善に資することを何かに限定することなく検討する(以下図表5参照)。その際に大事なことは、あるべき業務の形を正しく定義することで部門を跨がる業務を明確に捉え、役割分担を曖昧にしないことである。一方で事務局では本活動が組織のカルチャーとして根付くように、定着案の検討を進める。

 

図表5:対応策検討視点の例

4.対策・定着案の実施

緊急度が高いもの、少ない工数で高い効果が予想されるもの(Quick-Win)を速やかに実施、完了させ担当者の動機づけを喚起すると共に他部門が係わるような時間が掛かりがちな改善内容は、責任者が積極的に関与し、他部門との調整を行う。並行して現地社員が中心となって継続的に業務改善活動を推進するような風土や体制を構築すべく、本活動の定着案を実施する。

 

BRPの成功要因

BPRの進め方は上述の通りだが、本活動で目標を達成し、かつ継続的な活動として定着させるための「肝」は何か。以下に、弊社の過去の知見から見出した3点の「肝」を記載する。

経営層の強いコミットメントと関与

目標達成のためには、経営層にあたる駐在員だけで本活動をリードするのではなく、現地の上級管理職や部門長クラスを巻き込み、目標を達成するまで強い意志を持って活動を推進する必要がある。その第一歩として、ターゲット設定時には各部門長と管掌部門の定量目標を握っておくことで、部門長たちを本気にさせることが肝要である。次に、本取り組みが必要な理由や得られるメリット、ターゲットを経営層から全従業員に発信し、「本当にやるんだ」という経営層・部門長の強い意思を従業員に伝えることで、全従業員に会社の「本気度」を理解させることが、本活動の速やかな立ち上がりに必要である。

 

Quick Winの選定と実施

短期間で高い効果が予想される対応策を、いくつか戦略的に選定、実行し、その実施効果を全社員に周知、共有することで、組織全体が能動的にBPRに取り組むきっかけとする。

 

組織風土を変えるためのチェンジ・マネジメント活動を実施

本活動が一過性のものにならず、継続的かつ社員の自発的な活動とするべく、以下のようなポイントに注力する。

1) 担当者自身で現状の可視化ができるよう、最初に厚めのサポートを提供

上記のBPRの進め方の「Step #2現状の可視化」において、担当者にテンプレートを渡し記入を依頼するだけでは、担当者が具体的な可視化の方法を理解できず戸惑うことが容易に想像でき、また仮に可視化できたとしても、担当者ごとの「粒度」が異なり、やり直しが発生することが想定される。そのため、BPRに関するトレーニングを実施し、担当者に考え方や意義、やり方を理解させてから、現業務の可視化を依頼するのが有効である。具体的な研修の種類としては、

1.全階層向けマインドセット変革
2.担当者向け可視化、改善手法
3.現場のリーダー向け課題の捉え方、優先順位付け、活動の定着促進

などが想定される。トレーニングは、いずれも具体例を挙げながらロールプレーの形式で行うことで、担当者・現場のリーダー・責任者に期待されるそれぞれの役割が遂行できるよう、実践的な内容が効果的である。

2) 本活動を組織文化として定着させるための、仕掛けを用意

経営層が強力に推進するプロジェクトが終了する、または経営層が変わると、活動のスピードが急激に減速する、または止まることが散見される。このような状況を防止するべく、本活動を組織のカルチャーとして根付かせるためには、オペレーションの改善に対する社員のモチベーションを維持し続ける「仕掛け」が必要である。例えば実施した業務改善の量と質を評価項目として追加する、優秀事例を経営層が定期的に表彰する、などの仕掛けをプロジェクト中に企画し、開始する。

 

おわりに

上述の通り東南アジアにおけるBRPは、社員一人一人の意識を変える変革プロジェクトの意味合いが強いと捉えている。つまり、「業務プロセスの可視化は追加業務ではなく通常業務の一部である」という考え方を組織全体に根付かせる活動とも言える。特に東南アジアでは、ガバナンス・コンプライアンスの遵守や高まる総労務費といった課題の重要度が増していることから、東南アジア拠点の経営層がバックオフィス系オペレーションの改善に向けて取り組むのは、もはやオプションではなく必須とするべきと提言したい。
もし、本活動の導入時に社外の力も使って推進を加速させたいというニーズがあれば、お声がけいただければ幸いである。
 

執筆者紹介

南 知宏 (Minami Tomohiro)
Deloitte Consulting Ltd. (Thailand)  Manager

日系運輸会社と化学メーカーでの人事、米国でのキャリアコーチ、外資系製薬メーカーでのHRBPを経て現職。日本とASEAN各国での人事制度設計、人材育成体系構築、組織風土改革、人事業務の効率化等、幅広い経験を有する。フロリダ国際大学人事マネジメント学修士。

金 ソンミン (Kim Sungmin)
Deloitte Consulting Pte Ltd (Singapore)  Manager

外資系メーカーの日本支社にて人事、外資系コンサルティングファームの日本オフィスを経て現職。2019年よりシンガポールに出向し、東南アジア全域における日系企業の人事課題を支援。人事オペレーションの改善やグローバル人事情報システム(HRIS)の導入におけるプランニング、プロジェクトマネジメントを得意とする。

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