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報酬委員会の役割強化のために~日本の現状と、先進的な英国の特徴
Global HR Journey ~ 日本企業のグローバル人事を考える 第二十一回
報酬委員会とは、ガバナンス強化の観点から経営陣幹部・取締役の報酬にかかる手続きの客観性・透明性を確保するための仕組みである。今回は、この報酬委員会が日本でなぜ一般化してきたのか、さらに、日本の数年先を進んでおり、日本のガバナンス体系の手本とされている英国の例を紹介することで、日本の報酬委員会の変化の方向性を記載する。
なお、直近では東証一部上場企業で約52.3%が導入。JPX日経400で77.6%が導入済みとなっており、設置することが一般化してきている(図表2)。
図表2)報酬委員会を設置する企業
■報酬委員会を設置する企業は年々増加
■直近では東証一部上場企業で焼く52.3%が導入。JPX日経400で77.6%が導入済み
今回は、日本でなぜ報酬委員会が一般化してきたのか、さらに、日本の数年先を進んでおり、日本のガバナンス体系の手本とされている英国の例を紹介することで、日本の報酬委員会の変化の方向性を記載する。
日本の報酬委員会が増えてきた理由
従来の日本の役員報酬は、原則取締役会での決議で決めることにはなっているものの、「代表取締役社長に一任する」と実質社長が一人で決めている方式が多くあった。そのため、日本の役員報酬はブラックボックス化され、なかなか外から見えにくいという批判が強かった。
そうした流れが大きく変わってきたのが、2015年に東京証券取引所が発表した『コーポレートガバナンス・コード(CGコード)』である(同コードは2018年に改訂されている)。さらに、新聞でも大きく話題になった2019年の内閣府令の改正(2019年3月決算以降の上場企業に適用)である。
内閣府令の改正では、個別の報酬額(1億円以上)に加え、報酬制度・方針関係、決定手続きも開示内容に含まれるようになった。報酬制度・方針関係では、固定報酬と業績連動報酬の割合、業績連動報酬の指標などを明示することを求めている。そして、決定手続きでは、どのような人・機関が、どのようなプロセスで役員報酬を決定しているのか、さらに、その機関がどのような活動をしているのかを明記するように求めている(図表3)。
図表3)企業内容等の開示に関する内閣府令(抜粋)
そうした動きの中で、従来のような「社長に一任」で役員報酬を決めている会社は、たとえ社長が適切に評価をして各役員に業績連動報酬を決めていたとしても、決定手続きのところの不透明感がどうしてもぬぐえない印象になってしまう。そこで、外形的に社長以外の主に社外取締役が報酬決定に関与することで、その状態を解消しようとするために、報酬委員会を活用するケースが増えてきていると推察される。
しかし、2019年3月期決算の企業については、内閣府令を受け、各社がどの程度まで開示を行うかを手探りで探ったせいか、極力オブラートに包みながら開示をした企業が多かった雲霄である。なお、内閣府令の改正内容や開示の事例について興味がある場合は筆者を含むメンバーで執筆した『改正内閣府令が定める役員報酬開示ルールへの対応と開示の実務』(労政時報3985)をご覧いただきたい。
ところで、報酬委員会は報酬決定プロセスの中での主流を占めるようになってきてはいるものの、実効性という観点ではどうだろうか?当社の「役員報酬サーベイ(2019年度版)」によると報酬委員会の頻度は年2回以下が過半数、一回当たりの時間も2時間以下が8割以上と役員報酬を十分に審議しているとは言いにくいところが大半である(図表4)。つまり、外部や株主からの批判を避けるために、報酬委員会は設置したものの、報酬委員会を本当に機能させるまでには至っていない会社が非常に多くあるということである。
図表4)報酬委員会の頻度・時間
英国のCGコード等における報酬委員会の特徴
英国ではCGコード及びコードを補足する「取締役会の実効性のためのガイダンス」 が2018年に改訂され、報酬委員会の役割が強化された。英国のCGコードは日本のCGコード作成の際の参考にしているといわれ、報酬委員会の実効性を上げたい日本企業にヒントとして活用できると考えられるため、その主要部分を紹介する。
まずメンバー構成であるが、日本では、社外取締役が過半数を占める企業が多いものの、社長や社内役員を含むケースが大半である。一方で、英国では独立社外取締役のみで構成し、委員長には報酬委員を12ヶ月の関与していることを求めている。つまり、執行サイドではない社内の事情に精通した委員長を含む社外取締役のみで役員報酬を決定することで、社長の報酬決定への影響力を完全に排除しているのが特徴である。
メンバー構成 |
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■独立社外取締役のみで構成し、最低3名必要(ロンドン証券取引所に上場している企業のうち、時価総額上位350位(=FTSE350)以外は最低2名) ■委員長は任命前に少なくとも12ヶ月間、報酬委員として報酬委員会に関与している必要がある |
次に報酬委員会の役割であるが、2018年の改定前には、報酬の方針については「推奨しモニタリングする」となっていが、今改訂で役員報酬の方針決定にも責任を負うように変更になった。つまり、単に個別報酬決定に関与するだけではなく、明確に役員報酬制度のルール策定の役割を負うようにした。
さらに、改訂前のコードやガイダンスでは、従業員報酬にも「細心の注意を払う」とされている程度でそれ以上の定めはなかったが、今回は従業員制度を理解・確認することが求められている。よって、従業員報酬と大きくかけ離れた制度にならないように一定の歯止めをかけることを目的にしていると推察される。
役割 |
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■個別の報酬額だけでなく、役員報酬の方針決定にも責任を負う ■従業員報酬についても理解・確認し、①役員報酬の決定において従業員報酬制度を考慮する、②役員報酬の決定において従業員の報酬制度も反映していることを従業員に説明する、③取締役会に従業員報酬制度の内容についてフィードバックする |
対象範囲については、取締役のほか、次世代取締役候補までが審議対象とされている。一方で、社外取締役の報酬は、執行の役割を担わないことから、報酬委員会の対象外となっている。日本では執行役員以上としているケースが多いので大きな差異はない。
対象範囲 |
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■報酬の方針や個別の報酬額は以下の役員について決定
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審議内容について、KPIの設定、インセンティブの上限、差し止め条件などの方針を決めることをガイドラインで明確に定めている。つまり役員報酬制度について方針策定をすることを明確に求めている。
さらに、注目すべきは、インセンティブ額(一般的には算定式によって計算された額)を調整するかを決めている点である。
日本では、明確な算定式が定められていない場合は調整しつつ決めるケースが多いが、算定式が決まっている場合は、一度決まった額に手を加えることはなんとなくやりにくいイメージがある。一方で、英国では個人の業績と算定額に差異がある場合には、額を調整できる余地を残している。英国投資家協会(IA、資産運用会社250社で構成される)が発行したガイドラインによると、調整額については「裁量」が行使されるときは、必ず報酬ポリシーの中で設定された金額の範囲にとどめるべきとあり、一番裁量を効かせるとポリシーで定める最低額までは下げることができることになっている。
審議内容 |
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【方針策定】 ■経営戦略や長期的な目線での経営が報酬とリンクする仕組みとなっているか(KPIの設定など) 【業績評価・報酬額決定】 ■インセンティブに反映する業績評価をどう判断するか |
上記をどのように運用しているかというと、各社の(日本の有価証券報告書にあたる)Annual Reportでの開示事例を見ると、どちらかというと報酬を上げるために使うというよりも、貢献以上の報酬を得られそうになるケースで、業績連動報酬を下げるように調整されることが多いのが特徴である。原則として算定式を定めつつも、状況に応じて支給額を変えるというのは、報酬委員がマチュアになってくれば日本でも十分に取り入れるに値すると考えられる。
■委員会は、リスク管理・コンプライアンスの観点で減点要因があった場合には、長期インセンティブの支給率を下げる裁量をもつ(HSBC)
■事業譲渡、事業譲渡時に行った自社株買い、税率の修正などのイベントを踏まえ、長期インセンティブの当初目標を調整した(Pearson)
■財務指標およびカスタマーエクスペリエンスを示す指標の達成度を踏まえ、定められた算定式上は基準支給額の146%と算出されたが、株主目線で見たときに収益が横ばいであること等を踏まえ、基準支給額の115%に修正した(BT Group)
以上、英国のCGコード等における報酬委員会の特徴を紹介したが、報酬委員会の役割について悩みのある企業のヒントになれば幸いである。
最後に
デロイト トーマツ グループの役員報酬チームが、2018年のコーポレートガバナンス・コード改訂に対応した、役員報酬・指名制度改革に関するノウハウを体系的に解説した初めての書籍『役員報酬・指名戦略』を刊行しました。 役員報酬設計のプロセスと進め方、選解任基準、CEOサクセッションプラン、指名・報酬委員会の設計と運用、社外取締役の選任と処遇など、様々なジャンルにわたり、最新の各種データに基づいて体系的・網羅的に整理しています。もし興味がありましたらご一読ください。
執筆者紹介
今野 靖秀(Yasuhide Konno)
アソシエイトディレクター
シンクタンク、外資系人事コンサルティングファームを経て現在に至る。主として役員報酬・ガバナンスのサービスおよびグローバル人材マネジメント領域(人事戦略、人事制度構築等)のコンサルティングに従事。その間、中国、APAC、US、EMEA案件を担当。2015-18年に北京オフィスに駐在し、中国の人材マネジメントについても精通。