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伝統的日本企業が職能型からジョブ型へ移行することの意味(後編)

Global HR Journey ~ 日本企業のグローバル人事を考える 第二十四回

「日本企業の人事のグローバル化を考える」と題したGlobal HR Journey。今回は、4月号の「前編」に引き続き、ジョブ型の人事制度について論じる。

はじめに

前回述べた通り、ジョブ型人事制度への転換は、かつての成果主義への移行とは比較にならない、人材・組織マネジメント全体にわたる甚大な変化をもたらし、人々の意識改革も伴う全社的な変革となりうる。しかしながら、日本的な職能型と、欧米的なジョブ型の双方を深く理解するとともに、職能型の組織をジョブ型へ転換させた経験者が少ないため、ジョブ型の導入の検討に有用となる情報は巷に豊富に存在するわけではない。

今回のニュースレターでは「後編」として、伝統的な日本の組織が職能型からジョブ型へ転換するうえで遭遇する制度運用のチャレンジ、組織・人材マネジメントにおけるチャレンジや、意識・行動改革について論じる。

ジョブ型人事制度におけるチャレンジ ~ 制度運用編

前編で述べた移行面でのチャレンジは、機微とセンシティビティが求められる内容であるが、制度設計上の工夫である程度乗り切れるテーマでもある。ここで論じる運用上のチャレンジは、広く現場も巻き込んだ改革などが必要になり、かなり難易度も高い話となりうる。

ジョブ型人事制度の運用を論じる上でまず念頭に置くべき点は、以下である。

  • 職務の役割・責任を明確にし、
  • その役割・責任に基づき目標設定をし、達成度を評価し、
  • その評価を含む諸材料に基づき、登用・ポストオフ(人の入れ替え)を厳正に行うこと

上記が運用の根幹であり、これが実現できていない状態にある場合、それはジョブ型人事制度が機能不全であることを意味し、想定したメリットが享受できないばかりか、機能不全の仕組で処遇を決める会社に対する信頼をも棄損してしまう可能性がある。

以下、運用におけるチャレンジを具体的に見てみよう。

厳正な登用・ポストオフと人事評価:機能不全を起こさないための第一歩は、感情や人間関係のしがらみに囚われず、登用や抜擢、ポストオフを厳正に行う状況を作ることである。そのためには、登用・ポストオフのプロセスをあらためて定義するとともに、登用やポストオフの重要な材料の一つとなる人事評価(ならびにその前提としての目標の設定)をしっかり運用することがカギとなる。登用・ポストオフが厳正にできなければ、そもそも組織における適所適材は実現されないし、ジョブ型人事制度の最大の特徴である職務と処遇の一致等の、時に厳しい取り扱い(仕事が縮小した時に処遇も下がる等)は正当化できなくなる。また、人事評価の納得性は登用・ポストオフの納得性に直結する。

厳正なポジション管理:登用・ポストオフに匹敵する大切な運用の側面として、ポジション管理がある。これは、組織におけるポジションの設置や改廃に秩序をもたらす行為を意味し、特にポジションがむやみに増設されることを防ぐルール・プロセスを構築できるかという点がカギといえる。ビジネスが成長局面にある場合など、ポジションを増やしていくこと自体は決して悪いことではない。だが、ポストオフされるべき人材を救済するために無理やり代替のポジションを設置するような行為等が野放しである状態は、ジョブ型の機能不全といえる。

現場主導の人材マネジメント:さらに、上述の厳正な登用・ポストオフとポジション管理の前提として、現場主導の人材マネジメントがある。ジョブ型人事制度は仕事を基軸に置いている。当然ながら仕事は現場にあるわけで、ポジションの管理やこれに付随する職務記述書(ジョブティスクリプションの管理)やメンテナンスひとつ取っても現場主導であることが妥当であるし、抜擢や登用、ポストオフを納得感ある形でやり切るには、現場主体の意思決定が合理的といえる。しかしながら、現場は人事のプロではないので、任せっぱなしだと、少し危なっかしい面もある。そこでHRBP(HR Business Partner)のような現場に張り付く人事のプロが、現場における人事の意思決定をサポートする必要性が出てくるわけである。現場におけるHRBPの重要性はジョブ型人事制度の下では重要性が増すテーマといえる(図4参照)。

現場主導の人材マネジメントの実現には、当然ながら現場による理解・同意が必要となるし、HRBP体制の構築には一朝一夕でない取り組みが求められる。さらに、HRBP体制の構築が、現場による理解・同意を後押しするとなると、この二つは両輪で進めていくべきテーマといえる。
 

【図4】

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ジョブ型人事制度におけるチャレンジ ~ 組織・人材マネジメント編

これまで述べた議論と重なる部分もあるが、組織・人材マネジメントの側面では大きく3のチャレンジがあり得る。

採用:前編で触れた通り、職務記述書の内容に見合った人材の採用が基本となることから、実績のある中途採用者の採用の比重が高まる。他方、引き続き一定の新卒採用を継続する場合、業務の習熟を多少でも促すインターンシップの重要性が高まる。(余談であるが、日本でもジョブ型が普及すると大学などの高等教育が欧米のように、より実践的な内容の比重が高まる可能性がある。)

リーダー人材の育成:職務記述書の内容に見合ったアサインメントが基本となることから、同職種内の異動や登用となりがちとなる。この結果プロフェッショナル人材が育成・輩出されやすい環境となることは前編で既に述べたとおりである。一方、ジェネラリスト的資質が求められる経営リーダー候補人材には、意図的・計画的にローテーションさせる後継者管理(サクセッションマネジメント)の重要性が高まる。

従業員エンゲージメント:プロ人材が育成・輩出されやすくなることから、仕事へのエンゲージメントが高まり、エンプロイヤビリティが高まる一方、会社へのエンゲージメントは、これまでのような状況は期待できなくなる可能性がある。さらに、上記のように新卒の一括採用が減り、「同じ釜の飯を食べた同期」という概念が希薄になったり、外部からの人材の流入が増えて考え方やワークスタイルが多様化すると、さらに会社への愛着や求心力が醸成されづらい状況になりうる。従業員による会社に対するエンゲージメントを維持・向上させる対策や、その一環として、求心力の維持という観点から会社の文化を意図的にメンテナンスする行為の重要性が高まるといえる。

ここまで読了いただいて、ジョブ型の人事制度へ移行するということは、組織・人材マネジメントが欧米化することに他ならないのではと感じる読者もいらっしゃるかもしれない。それは概ね正しいといえるだろう。図5にあらためてジョブ型における組織・人材マネジメントの特徴をまとめた。少し乱暴な物の言い方になることを恐れずに言うと、どれも我々がよく見聞きする欧米企業の典型的な特徴といえる。これは、欧米企業の組織・人材マネジメントが仕事を基軸にしているからであり、ジョブ型人事制度こそが日本企業の伝統的な職能型と欧米企業の違いの根本的な要因の一つとなっているといえる。

このようなことから、職能型からジョブ型への転換は、単なる人事制度の改定ではなく、仏教からキリスト教への改宗に匹敵するような、宗旨替えと捉えることをお勧めする。そして、このような根本的な差異の源泉となっている部分の転換を検討するにあたっては、どのような順序で、どのようなタイミングで、何をどこまで変えていくか、そのためにどのような覚悟が必要なのかといった点について、既に述べた多彩なチャレンジを念頭に十分議論する必要があるのである。

【図5】

ジョブ型人事制度における意識・行動改革

既に述べたとおり、ジョブ型人事制度への転換は、制度内容の変更にとどまらない、運用体制や組織・人材マネジメントの変化といった、多彩な側面における大きな変化を伴うわけであるが、最後に社員による意識・行動の変革について述べたい。

この点を論じるにあたっては、まずジョブ型人事制度の導入によって、誰にどのような変化が起きるのかを詳らかにする必要がある。参考までに、「登用」「ポストオフ」「ポジション管理」といった運用面に絞って、これに携わる関係者に理解と実践が求められる変化のポイントを図6に示した。これがしっかり現場で実践されるような対策を講じるわけであるが、図7には、ジョブ型人事制度の導入において各関係者が目指すべき意識・行動の変革の例を示している。ここでは典型的な例について、かなり大まかに示している。実際には、ステークホルダー分析やインパクト分析といった、関係者別にもたらされるべき変化をかなり具体化するプロセスを経て、適切な対策(説明会、トレーニング、キャンペーン、経営幹部からのコミュニケーションや表彰等)を適切な手法やタイミングで実行していくための計画を立てていくことになる。

【図6】【図7】
 

おわりに

前号の冒頭でも述べたとおり、職能型もジョブ型も歴史のある人事制度の「型」なのであるが、職能型に馴染んだ伝統的な組織をジョブ型人事制度へ転換する行為自体は実は新しい取り組みといえる。このような状況も相まってか、テクニカルな制度論だけが先行し、運用や組織・人材マネジメントといった視点や意識・行動改革といった側面は置いていかれている事例が大変多いように思われる。

このたびは前編・後編の2回にわたって、ジョブ型へ転換するうえで遭遇する変化やチャレンジを概観したが、単なる人事制度の改定にとどまらない、幅広いテーマについての検討が必要であることをご理解いただけたであろうか。今後、ジョブ型への転換を本気で考える日本企業は益々増えると想像するが、是非本稿も参考材料として、自社の目的やステージに合った方向性を議論いただきたい。

最後に一言申し上げておくと、私は決してジョブ型への転換を手放しで勧めているわけでは決してない。あくまでもメリットとデメリットを天秤にかけた結果次第と思っている。だが、人材のプロフェッショナル化を促進する可能性があることや、職務と処遇の一致に起因して覚悟のようなものを人々に促しうるメカニズムとしては、いささかジョブ型人事制度に期待をしている。私は人事のグローバル化をテーマにしているコンサルタントとして、日本企業と欧米企業の双方を観察する経験に恵まれたが、特に日本企業が欧米企業を買収する現場で、双方が買収後のガバナンスや経営戦略・マネジメントのあり方を議論する際、日本人が押し負けてしまうような場面に度々遭遇した。これには欧米的な押しの強さといった文化の違いや、欧米人の心象を損なって流出してしまうことを日本企業が恐れた等の要因があったと推察される。他方で、欧米の経営者やマネジャーからは、プロとしての専門的能力だけでなく、自信・プライドや、処遇や雇用が必ずしも安定していない労働環境における職業人としての覚悟のようなものが感じられもして、これが日本の職業人たちが、集団対集団ならともかく、1対1での対峙となると、必ずしも強みが発揮できるわけではない(時に押し負けてしまう)理由の一つなのではと感じたものである。ジョブ型人事制度の導入はこのような状況に一石を投じられないであろうか。ジョブ型人事制度の導入には様々な狙いがあるが、日本企業とそこで働く職業人の本来の強みに一層のプロ化と覚悟が加わることで、さらなる飛躍の原動力の一つになればと願う次第である。

【図8】

執筆者紹介

嶋田 聰
デロイト トーマツ コンサルティング ディレクター

グローバル人材マネジメント、グローバル共通人事制度、国際人事異動制度の設計・導入支援などに加え、クロスボーダーM&A・PMIや、学習・人材開発等、日系企業のグローバル化の人事領域における支援に数多く携わる。海外におけるプロジェクト経験は北米・南米・欧州・アジア・アフリカ含む約20ヵ国。多国籍チームのプロジェクト・マネジメント経験も豊富。

※所属・役職は執筆時点の情報です。

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