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グローバル企業におけるHRBPのあり方
Global HR Journey ~ 日本企業のグローバル人事を考える 第二十五回 本当に必要なHRBP体制の構築とは
以前、Global HR Journey(第16回)において、欧米のグローバル企業の先進事例など参考にしながらHRBP(HR Business Partner)のあり方について論じた。効果的なHRBP体制を有する日系のグローバル企業が稀という状況の中、HRBPが本来果たすべき役割や、HRBPのグローバルでの組織体制や育成のあり方などに触れたが、この記事について読者から様々な反響があった。特に、「教科書的な基本は理解できたが、実際どのようにすればうまくHRBPが機能するのか」というご質問が大変多かったことから、今回フォローアップとして寄稿することとした。
HRBPの役割を自社なりに咀嚼し、あらためて定義する
まずはHRBPというものの基本を教科書通りに理解することが第一であるが、その次に考えるべきは、自社にとって必要なHRBPというものをしっかり掘り下げて問い直してみる、ということである。そもそもHRBPは欧米発祥であり、それを単純に直輸入するだけで良いはずはない。まずは参考までに前回掲載した一般的なHRBPの概要を再掲する。少しとっつきにくい・日本の組織にはそぐわないものもあるように感じられたのではないだろうか。
近年ジョブ型の人材マネジメントに移行する日本企業が多く見られるが、やはり欧米の人材マネジメントと伝統的な日本の組織のそれとは大きな違いがある。例えば、欧米企業の場合、人事における意思決定や施策推進の主体は、本社の人事部門ではなく事業側・機能側といった現場に任される比重が高い。加えて、組織の変化が激しく、人材の流動性も多くの日本企業より高いことなどから、日本企業にない人材マネジメントの難しさが現場で求められ、現場に寄り添った人事のプロの存在の必要性は日本企業より高いと言えそうだ。このような側面からしても、日本企業でHRBPのあり方を考えるにあたっては、欧米の定義を直訳するのではなく、自社にとってのあり方を検討してみることが大変有意義である。そこで、欧米でのHRBPについて、欧米と日本との人材マネジメントの違いという点に着目し、そのポイントをもう少し掘り下げていくつか述べてみたい。(欧米・日本のそれぞれにおいても多彩な状況があり、単純でないことは承知しているが、話をわかりやすくするため敢えて比較してみたい。)
まず、第一に、欧米企業は長期雇用が前提でない。転職市場が発達しており、人材の流動性が高い。したがって、日本の伝統的組織にあるようなパフォーマンスの低い人材や、モチベ―ションの低い不活性人材が組織に滞留する傾向は少ない、というポジティブな側面がある。
その一方で、会社に対するロイヤリティの維持・向上が恒常的な課題となり、シェアド・バリューによる求心力や、様々なリテンションや会社に対するエンゲージメント対策の必要性が相対的に高いといえる。欧米の先進企業では定期的なエンゲージメントサーベイの実施はもとより、ラインマネジャーはそのスコアの維持・向上が自身のボーナスの一部と連動していることが一般的であるが、ラインマネジャーとともに、HRBPによる同テーマへの貢献が問われる。
また、人材の流出が常に課題となりやすいことから、事業継続を担保する後継者育成計画は日本企業よりシビアな活動であるし、日本のメンバーシップ型の組織(あるいは実態としてメンバーシップ型に近い運用になっている近年ジョブ型へ移行した日本企業)のように、基本的には人材の在庫を抱えておらず、空きポジションに対して、ジャストインタイムの人材確保が求められることから、内部で人材を確保できない場合は、機動的に外部人材を採用する必要が出てくる。このような点に加え、欧米の組織では、プロモーションや報酬といった処遇が横並びでなく、そもそも一部の幹部候補を超特急で昇進させるといった差をつける人事がより一般的であることから、現場において人事評価、報酬への納得性をどう担保するかも大きな課題となりえる。現場の人事の決定はマネジャーに委ねられているが、時に相談相手になったりアドバイスするのがHRBPに期待されている役割である。
また、アドバイスという意味では、現場のマネジャーだけでなく、組織のリーダーに対しても期待される。欧米の組織では年功序列ではなく、それどころかリーダーを早期かつ計画的に輩出させる意思が強く働くことが多く、結果として若いリーダーも多い。人材マネジメントというものへの成熟度や、組織の力学というものへの精通の度合いが必ずしも十分でない可能性のある若いリーダーに対して、組織・人事のプロとして相談相手になるのも、欧米の組織におけるHRBPの重要な仕事の一つといえる。
更に、欧米においては、組織そのものの統廃合といったダイナミックな変化が多く、そのたびに、再配置やリスキリング・意識改革といった課題や、エンゲージメントの課題に直面する。
以上が、大変大雑把であるが、日本との人材マネジメントの違いという点に着目した、欧米の組織におけるHRBPの主なポイントである。さて、このような欧米の組織におけるHRBPのバックボーンとしてある人材マネジメントが、読者の組織にどれほど当てはまるだろうか?あまり当てはまらないものもあれば、かなり当てはまるものもあるだろう。ただ、前述のようなジョブ型の人材マネジメントへ移行しつつある企業においては、欧米の教科書的なHRBPの役割がフィットする場面が増えているのではと想像される。
尚、ここで申し上げたいのは、欧米型であれ何であれ、自社の人材マネジメントのあり方を掘り下げてみて、どのようなHRBPが自分たちの現場に必要なのか、という点について、一般的なものを単純に取り入れるのではなく、あらためて考察していただきたい、ということである。欧米型の組織の状況を単純化して論じたのはあくまでも例にすぎない。HRBPが現場で認知され機能するにあたっては、HRBP自身の不断の努力とともに、HRBPの役割について現場が理解していること(そのうえで期待していること)の双方が不可欠である。自社のHRBPの役割について、自社固有の人材マネジメントを掘り下げることによって導き出したストーリーをもって、現場とHRBP双方の共有認識を持つことが大切である。
この項の最後になるが、HRBPの役割を考える背景となる、人材マネジメントの観点について主なものを列挙してみたい。この観点で自社のHRBPが現場でどのような貢献が期待できるか、具体的に想像してみてほしい。
・人材の流動性の高さ(長期雇用がどれほど前提となるか?)
・処遇における実力主義の度合い(抜擢・降格をどれほど厳正に実行するか?)
・組織のダイナミックさ・変化の多さ
・若いリーダーの多さ・リーダーの出自(生え抜きか中途採用か?)
・人事の意思決定や人事施策推進の主体(本社人事vs現場)
HRBP育成・確保のアプローチの実際
自社なりのHRBPの役割が明確になったところで、どのようにHRBPを確保・育成していくべきか。欧米の優秀なHRBPは、複数の企業でCoEを経験するなど、人事に対する深い知見・経験を持っていることが多い。修士課程を修めた高学歴者の比率も高く、日本においてはあまり一般的でない人事・組織関連の学科を専攻している人材も少なくない。日本においては、人事・組織のテーマに普遍的な知識とスキルを有する、プロと呼べる人材はそれほど多くないのが現状である。人事のプロフェッショナルであり、事業も熟知している。双方の知識、スキルの合わせ技を使いこなすことができ、なおかつ戦略的な思考が得意でコミュニケーション能力も高い――このようなHRBPの要件を満たす人材を、社内でゼロから育成するにはかなり時間を要する。他方、社内の人材の育成には、社内事情に通じていることや、余計な人件費コストがかからないというメリットもある。ではどうするか?当たり前のようであるが、その解は社外の経験者の採用と、社内の人材の育成との並行である。以下に、外部採用と内部育成のそれぞれに重点を置いている事例をご紹介するので参考にされたい。
事例① 社内人材の育成:この会社は人事機能全体の効率化・高度化の一環で、HRBPの変革を進めた。その活動の中でまず着手したのは、あるべきHRBPの定義である。より具体的には、HRBPのコンピテンシーならびに各コンピテンシー具備の助けになるようなトレーニングを定義した。そのうえで、コンピテンシーをベースに候補者をアセスメントし、育成の課題を特定しつつ、実地の経験を積み、また必要なトレーニングを受講させた。そして、ある一定の期間を経て、再度アセスメントし、育成課題を絞り込んでいく(または一定の期間を経ても成長が芳しくない場合は配置転換)という、オーソドックスなサイクルの繰り返しである。このようなオーソドックスな人材育成の流れに加え、この事例では3つの工夫をした。
一つ目は、HRBP体制の構築における定石中の定石である業務の整理である。具体的には、HRの業務プロセスや役割分担を変更し、HRBPが戦略的業務に特化できる状態を整備したことである。
二つ目は、一つ目と呼応する話であるが、新しいHRBPの役割に関わる現場の啓蒙である。HRBPに対して旧来からの期待値を持ち続けていれば、当然相談や高度な企画を依頼されることもない。三つ目は、HRBPのチーム内単位での学習の促進である。HRBPは通常単独か少人数で特定の現場を担当することになるわけであるが、特定の国・地域・機能といった単位で、情報を共有し合い課題・解決法を定期的にディスカッションする機会を持つといったチームとしての学び合いを促進するアプローチである。これにより、学習が促進されるだけでなく、不慣れな新しいロールに挑戦していくにあたって精神面で助けられると思われる。
事例② 社外人材の採用:この会社では、同社におけるHRBPの平均以上というケイパビリティ水準を目安に、基本的には社外人材の採用に注力してHRBP体制を構築している。社外人材に頼る場合、人事・組織のテーマに関連するHRBPとしての経験や普遍的な知識という点ではあまり問題ないが、社内のビジネスに関する知識の教育や現場との関係構築についての支援がポイントとなる。そこで同社では、新しく採用された人材に対して、3か月のオンボードプログラムを用意していて、事業側を巻き込んで開発されたビジネス知識に関するトレーニングプログラムを提供するとともに、様々なイベント等を通じて事業のキーパーソンとの関係構築を促進している。そもそも、同社におけるHRBPの平均以上というケイパビリティ水準を目安にするという厳選した採用を行っていることから、上記のようなオンボードによって早期にある程度機能する状態を作ることができていると思われる。
尚、同社においても、あるべきHRBPの鑑となるコンピテンシーモデルが定義されていて、これと現場の事業側のメンバーも巻き込んだ360度評価と合わせて、課題の可視化とつぶし込みを定期的なサイクルを通じて行っている。
以上、二つのアプローチをご紹介したが、多くの日本企業にとって、これは二者択一というよりは、同時並行して行われるべきことだと考えられる。比較的長期にわたり勤続する従業員(つまり事業を理解する従業員)に恵まれている多くの日本の組織にとっては、既存の内部人材を活用しない手はない。
他方、HRBPが実際に活躍している姿(行動や意識も含め)に触れたことのない人材がHRBPになるのは難しい。これはHRBPに限らずあらゆる人材育成に通じることであるが、外部人材の効果的な活用は即戦力を獲得することにとどまらず、既存の経験が浅い内部人材のロールモデルとして周囲をインスパイヤする機能も発揮する大変貴重な存在となりうるのである。昨今、伝統的な日本の会社からHRBPを求人する広告を目にする機会がやっと出てきた実感があるが、読者の組織においても是非外部の経験者の起用を検討いただきたい。
また、二つのアプローチの共通点は、あるべきHRBPの姿がコンピテンシーなどを通じて可視化されていることである。本稿の前半で述べたように、自社なりのHRBPを定義することは、育成・採用の基軸であるので、是非取り組んでいただきたい。
おわりに
今回はGlobal HR Journey(第16回)の続編として、「教科書的な基本は理解できたが、実際どのようにすればうまくHRBPが機能するのか」という読者からの多くの問いへの回答として、
- 「HRBPの役割を自社なりに咀嚼し、あらためて定義する」と、
- 「HRBP育成・確保のアプローチの実際」
という二つの側面から論じた。
前回・今回にわたってHRBPに関連する取り組みとして欧米の先進事例などを引き合いに出したが、欧米企業も含めてHRBPの態勢が万全である組織はかなり少なく、大変長い道のりになりうるというのが正直な実感である。読者の組織でも、成功体験とともに、いろいろな壁にぶつかっていらっしゃると推察するが、質問や疑問などがあれば、弊社のウェブサイトなどを通じて積極的に投げかけていただきたい。可能な限りお応えしていきたいと考えている。
執筆者紹介
嶋田 聰
ディレクター
グローバル人材マネジメント、グローバル共通人事制度、国際人事異動制度の設計・導入支援などに加え、クロスボーダーM&A・PMIや、学習・人材開発等、日系企業のグローバル化の人事領域における支援に数多く携わる。海外におけるプロジェクト経験は北米・南米・欧州・アジア・アフリカ含む約20ヵ国。多国籍チームのプロジェクト・マネジメント経験も豊富。
※所属・役職は執筆時点の情報です。