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グローバル・リージョナル共通人事システム導入のポイント

Global HR Journey~日本企業のグローバル人事を考える 第七回

「日本企業のグローバル化を考える」と題したGlobal HR Journey。第七回となる今回は、東南アジアに駐在する組織・人事コンサルタントが、当該域内における共通人事ITシステム導入の「今」をレポートする。昨今、域内事業体の共通化・可視化に向けた施策の一つとして、共通の人事ITシステム導入を検討する日系企業が増えている。本稿では、実際のプロジェクト事例を紐解きながら、日本企業が人事ITシステムを導入することによって実現したいミッションと、導入時のポイントを紹介する。

はじめに

一口に「東南アジア」と言っても、その中にはシンガポール・マレーシア・タイ・インドネシアをはじめ、多種多様な国が含まれる。当然各国の成り立ち・歴史や現在の発展のステージ、民族・宗教・言語や文化・労働感や労働法規はそれぞれ異なる(図表1)。

図表1:東南アジア主要4カ国の労働市場概要

このような多様な国々を日本の本社から統轄し、管理することは難しいという理由から多くの日本企業はシンガポールやタイ等の中心国に地域統括会社(Regional Headquarter、以下RHQ)を設置し、域内事業体の管理を委譲している。昨今、このRHQから域内共通の人事ITシステムを導入したいというご相談を多数頂くようになった。なぜこのようなご相談が増えているのか、それを考えるためには、まずRHQが持つ役割について話をする必要がある。

RHQの役割とITシステム導入を通じて実現したいこと

RHQの役割は会社によって異なるため、その業務の裾野を明確に定義することは難しい。ある会社のRHQは共通業務の集約による効率化を目的にいわゆるシェアードサービス的なサービスを提供するに留まっており、また、ある会社のRHQは地域最適な戦略の立案/遂行を目的に地域戦略策定・推進を担っている(図表2)。

図表2:地域統括会社のモデル

ただし、いずれの会社であっても「域内事業体の管理」をミッションの一つとしていることに変わりはない。では「管理」とは具体的にどのようなことを指すのだろうか。本稿ではRHQがミッションとして持つ「管理」を以下の3つに大別して考えてみたい。

1. 人材管理

ここでいう人材管理とは、どの事業体にどのようなスペックの人材が、どの程度在籍しているのかを把握することを指す。リアルタイムで人材管理ができていることで、域内における適正な人材配置・人材育成を実現するための基礎となる。

2. 生産性管理

ここでいう生産性管理とは、各国事業体の生産性、例えば売上高人件費率や、間接部門比率、マネジメントスパン等の生産性に関わるKPIを把握することを指す。会社によって生産性指標として、どのようなKPIを定義するかは異なるが、一定のKPIをリアルタイムで把握することで、経営の意思決定を迅速に行うためのインプットとすることができる。

3. 業務効率・品質管理

ここでいう業務効率・品質管理とは業務の効率性や品質を担保することを指す。特に東南アジア諸国では依然として業務が手作業・紙ベースであることも少なくない。これはただ単に業務負荷の増大を招くだけでなく、人的ミスや情報漏洩の原因となることもあるため、業務の透明性を高め、自動化を推し進めることで、コンプライアンスの強化と業務負荷の軽減を図ることが目的となる。

上記3つの管理を実現する手段として、RHQは人事ITシステムの導入を推し進めようとしている。地域共通のITシステムを導入することで、人材を見える化し、生産性を管理し、業務効率・品質の担保を実現しようという構想である。では、実際のシステム導入時に、これらを達成するため、どのような点に注力して検討する必要があるのだろうか、実際のプロジェクト事例を織り交ぜながら論じていきたい。

プロジェクト事例から見るミッション達成に向けたポイント

人事ITシステムを導入すれば、どのような会社でも人材管理、生産性管理、業務効率・品質管理が実現できるようになるわけではない。果実を得るためにはIT導入をスタートする前工程での共通化・標準化が重要である。我々が人事ITシステム導入のプロジェクトを支援する際も、インプリメンテ―ション(実装)に入る前、構想策定という形でこの共通化・標準化を検討する期間を設けることが多い。以下、この共通化・標準化について、人材管理、生産性管理、業務効率・品質管理それぞれの観点から見ていきたい。

1. 人材管理の観点

人材管理をする目的は域内における適正な人材配置・人材育成を実現することにあるというのは先ほど述べた通りである。この目的を達成するためには単に各事業体の従業員データが1つのデータベース内に格納されていればよいという話ではない。ある程度、共通化された枠組みを作ることで、事業体間の比較を容易にできるよう、ITシステムを導入する前に本質的な部分を揃えておく必要がある。例えば、次世代の域内経営者人材を見極めるために、域内事業体のマネジャーの中から、特に優秀な人材群を選出するプロセスを考えてみてほしい。少なくとも各事業体間におけるマネジャーの役割定義は共通化しておく必要がある。更には、評価基準も地域内で共通化しておく必要があるかもしれない。異なる歴史的経緯を持った各事業体間の人材比較を行うためには共通の物差しをどこまで持つかというところが大きな論点となる。

ある製造業A社では、東南アジア10か国に共通評価システムを導入するに当たり、各事業体の評価基準や評価段階数までを共通化することはしないまでも、評価分布のガイドライン(例えば上位5%を最優秀層として最高評価を付与する等)を域内共通で定義し、事業体を超えて優秀者を特定しやすくした(図表3)。彼らは人材管理の目的を「優秀者の特定」にフォーカスしていたため、そのための最小限の共通化を実施し、短期間でシステム導入までを成し遂げることができた。

図表3:評価分布の共通化イメージ

いずれにしても、ITシステム導入の前工程として、人事制度そのものをどこまでの深さ・広さで共通化しておけば、システム導入によって実現したいことが実現できるようになるのかを議論し、必要であれば人事制度の共通化を行うことが肝要である。

2. 生産性管理の観点

国、事業、部署、直接/間接部門等、様々な切り口でヘッドカウントや人件費等のKPIを見える化できるようにすることも共通人事ITシステムを導入する大きな目的の一つである(図表4)。このように見える化されたヘッドカウントや人件費データを活用して各事業体の生産性を管理していくためには、ITシステム導入前に、切り口の定義および計算方法の統一(標準化)を行うことが肝要である。例えば製造業B社のケースでは、事業体によって直接/間接部門の定義が異なっており、そのままITシステムを導入して直間比率をリアルタイムに取得できるようにしたとしても、各事業体間での比較をすることができない。したがってB社は域内で直接部門と間接部門の定義を標準化し、その定義に基づいて各生産性指標が算出できるよう仕組み化を実施した。もちろん、ビジネスの状況に応じて常に組織は変化するため、B社の場合、組織変更に伴って新たな組織・業務が生まれた場合、当該組織・業務が直接なのか、間接なのかを決定し、域内で周知するプロセスも併せて構築する必要があった。このように組織が変化していく中でも標準化を続け、いつでもApple to Appleで比較できる状態を作り出す不断の努力が必要となる。

また、昨今では、生産性指標を経営上の意思決定に繋げるための取り組みとして、人事ITシステムと経理ITシステムの両方からデータを受け取り、リアルタイムで様々な生産性KPIを見える化するためのデータウェアハウスを導入する会社も増えてきており、人事ITシステムが単なる管理システムではなく、経営支援のためのツールとして活用され始めている。データの精度を担保する意味で、上記標準化の重要性は増していると感じる。

図表4:KPIサンプル

3. 業務効率・品質管理の観点

プロセスの標準化とアウトプットの共通化が業務効率・品質の担保に一定程度有用であることは説明するまでもないが、システム導入に先駆けてこれらの標準化・共通化を実施しておくと、導入時における開発工数の削減や、その後のソーシング(集約化・外部委託)構想時の業務設計工数圧縮につながることも大きなメリットである。

一方で、各国・各事業体の商習慣や業態が異なる場合、標準化・共通化を強行しすぎるとかえって業務が非効率になってしまったり、反発を招き、システム自体が使われなくなってしまうケースも散見される。

そのため製造業C社では、各事業体にシステムを導入する目的を「業務の効率化とコンプライアンスの遵守」と明確に打ち出し、各事業体横断で標準化を進める業務と個別で対応する業務に切り分け、業務プロセス毎の標準化方針を各業務担当者間ですり合わせていった。結果、システム導入時の工数を削減しつつ、現状課題にフォーカスすることが可能となった。

図表5:業務プロセス毎の標準化方針イメージ

それまでのC社では事業体毎に個別の給与計算・支払の仕組みを導入し、各担当者が個別に業務を遂行していたが、給与計算のミスや支払の遅れが多発していた。そこで前述のシステム導入の目的に照らし合わせ、図表5の方針通り給与計算のプロセス・締め日、支払日、給与明細のレイアウトを統一することとした。結果、各社の給与計算・支払業務を集約することが可能となり、この業務における工数を約30%程度削減しつつ、自動化による計算ミスの撲滅等、業務品質の向上も達成することが出来た。

他方で、本システム導入の目的を踏まえ、評価や休暇・時間管理等の業務プロセス・アウトプットの標準化要否については各社の判断に委ねることとした。

このように、そもそもの目的やその会社のおかれた背景によって標準化や共通化の最適解が異なるため、各社の要望を聞きつつもシステム導入の目的に立ち返り、目的達成のために必要な標準化・共通化方針について合意を得ながら進めていくことも、各事業体で共通システムを末永く活用し、業務の効率と品質を担保してもらうために極めて重要なポイントである。

おわりに

本稿では3つの観点から域内人事ITシステム導入時のポイントを紹介してきた。システム導入プロジェクトでは、システムを導入することそのものが目的化してしまうことが多く、そのシステムをどのように活用するかという議論が不十分なまま進んでしまうケースも少なくない。従い、本稿で述べたシステム導入の前工程となる検討を、各国・各事業体のメンバーも含め、コンセンサスを得ながら進めていくことが肝要である。経験上、域内共通ITシステムの導入はRHQ(もしくは日本本社)の独断で決定することが多く、各国事業体のメンバーが置いてきぼりにならないよう密なコミュニケーションを重ねていくことも成功要因の一つだと考える。各国事業体のメンバーとの会話を十分に重ねることで、各国・各事業体固有の課題感や要望が見えてくる。RHQが実現したいことをトップダウンで押し付けるのではなく、各国・各事業体の要望を汲み取り、システム要件に反映させていくことも忘れてはならない。

冒頭にも述べている通り、一言で東南アジアといっても様々な国の集合体であり、それぞれの文化的背景も異なる。システム導入を進めていく上でのそれぞれのメンバーとどのようにコミュニケーションを取っていくか、これも極めて重要なポイントである。

執筆者紹介

平野 圭祐
PT. Deloitte Consulting Indonesia シニアマネジャー

日系企業の海外進出支援(地域統括・拠点運営含む)、クロスボーダーのM&A案件(デュー・デリジェンス・PMI)を多数手がける。現在は、ジャカルタに赴任し、東南アジア諸国の人事コンサルティングを担当。
現赴任先のジャカルタに加え、現職においてバンコク、ドイツにおける業務経験を有する。

南 知宏
Deloitte Consulting Ltd. (Thailand)  マネジャー

日系運輸会社と化学メーカーでの人事、米国でのキャリアコーチ、外資系製薬メーカーでのHRBPを経て現職。日本とASEAN各国での人事制度設計、人材育成体系構築、組織風土改革、人事業務の効率化等、幅広い経験を有する。フロリダ国際大学人事マネジメント学修士。 

 
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