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HRBP起点の改革プロジェクトを追う~業務改革&要員計画編~

ドキュメント 人事部変革プロジェクト ~企業価値向上に貢献する組織への進化を追う~ 第9回

本連載では、架空の会社・尾張マシナリー社を舞台にストーリーを追い、解説編でポイントを取り上げていきます。第9回となる今回は、HRBPを起点とした全社の業務効率化に向けた取り組みや、要員計画の策定の様子をお伝えします。

《ストーリー編》

事例:尾張マシナリー(機械メーカー)
登場人物:
有田…人事本部長、風土改革プロジェクトリーダー
瀬戸…人事部次長、HRBP(HRビジネスパートナー)および人事制度分科会のリーダー
清水…HRBP(商品戦略本部担当)
上野…HRBP(営業第二本部担当)。担当業務は全社人員計画の立案
最上…外部コンサルタントのリーダー
大野…外部コンサルタントのHRBP担当リーダー

前回までのあらすじ

ビジネスパートナーによる提言ワークショップを経て、適材適所・採用強化・人事制度のそれぞれについて改革分科会が設立された。各改革分科会のコアメンバーとして、ビジネスパートナーが迎え入れられ、検討および実行がなされていった。
 

1人のビジネスパートナーの素朴な疑問

「そもそも、うちの会社の生産性って低いんじゃないか?」 

ビジネスパートナーが一堂に会する全体会議の場で、清水がつぶやいた。ちょうどステップアッププランに基づいた当年度の全社重点施策に対して、ビジネスパートナーとしてどのような貢献ができるのかを討議しているところだった。全社重点施策の1つとして“さらなる生産性向上”を掲げられていた。 

しかし、清水に言わせれば、「自分たちの仕事は手戻りも多く、とても“生産的”とはいえないと思う。例えば、社長向けの報告書でもそうだ」─担当者が作成した社長報告資料は、当然ながら、課長や部長、本部長のチェックを経て、社長に説明されることになる。清水が指摘したのは、そのプロセスである。各チェックにて指摘事項があった場合には、必ず課長チェックから再開するのである。そのため、課長、部長、本部長間で必ずしも意見が集約されていない場合には、資料を何度も作り直すことになる。 

他のビジネスパートナーからも、生産性が低いと思われる同様の具体例が挙がった。「自分がなぜ呼ばれているのか分からない会議がある」「資料が段ボールで山積みになっていて、どこにあるのか分からない」「必ずしも自分が担う必要がない業務が多い」等。これらの声を聞いていた瀬戸は、改めてビジネスパートナーが各本部の状況をつぶさに把握していることに驚き、また喜ばしく思った。
 

自分たちの成功体験 人事部の業務改革

「“生産的”ではないとのことですが、皆さんがビジネスパートナーを始めたときのことを思い出してください」 

ビジネスパートナーと伴走してきた大野が切り出した。ビジネスパートナーの取り組みは、当初、それぞれが1 人分の仕事を抱えた状態から、ビジネスパートナーの仕事を上乗せしていたため、残業時間が急増するなど、しばらくは工数を確保するだけでも至難の状態だった。しかし、現在は、ビジネスパートナーを開始する以前と同程度の残業時間にまで抑えることができている。大野は上野に問いかけた。 

「上野さんは残業時間を元通りにするまでの期間が特に短かったのを覚えています。このときにした取り組みがあれば教えていただけますか」 

上野は自身の動き方を振り返りながら答えた。 

「ビジネスパートナーに指名されたとき、最初に“今まで通りのやり方をしていては仕事が回らなくなる”と強く思ったことを覚えています。そのとき、腹を括って“本当に自分がやらなければいけない業務は何か”と考えるようになりました。例えば、必ず出るべき会議以外は欠席することに決めました。あと、自身の担当業務も見直しましたね。手元の仕事を棚卸しして、担当者に任せられる仕事は積極的に切り出し、必要に応じて型化し、効率的に業務が回るように工夫しました」 

大野は嬉しそうにうなずいた。 

「皆さんが実際に行った即効性のある取り組みは、各本部に横展開できるものも多いかと思います。まずはこれを棚卸ししてみてはいかがでしょうか」 

瀬戸もこれに続いて語り始める。 

「確かに、IT投資を含むような、大きな効率化施策は時間がかかるが、即効性のある取り組みは各本部でも歓迎されやすそうですね。しかし、そんな簡単な取り組みだけでは、中期経営計画に盛り込まれるほどの生産性向上は見込めないでしょう。もっと抜本的な取り組みについても、ビジネスパートナーとして各本部に提言していくことはできないだろうか」 

大野は立ち上がり、ホワイトボードに向かいながら話し始めた。 

「それでは、人事として、即効性のある施策に加えて、抜本的な効率化施策の検討も提案していきましょう。一般的には、このような観点で効率化施策を洗い出します」 

そう言いながら、大野は観点を書き出した(図表1)。 

瀬戸は、ビジネスパートナーそれぞれに、担当本部に即効性のある施策リストと効率化施策の洗い出し観点等を持ち込み、生産性向上の動きを作り出していくよう指示した。

図表1 効率化施策の洗い出し観点
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動きを止めない・潜らせない

1ヵ月後、瀬戸は全体会議の場でビジネスパートナーに問いかけた。 

「前回の全体会議で取りまとめた生産性向上について、その後の成果が挙がった本部はあるか?」 

しかし、手を挙げたのは数人だけだった。瀬戸は驚きながら、上野に声をかけた。 

「営業第二本部の反応はどうだった?」 

上野はバツの悪そうな反応を示した。 

「各部長に取り組みを持ちかけたところ、“やろう”とは言ってもらえたのですが、現場が忙しく、なかなかメンバーを割り当ててもらえなくて。実際の取り組みはまだ進んでいないんです」 

瀬戸は、上野がビジネスパートナーとして積極的に動きを作り出そうとしていることを嬉しく思うと同時に、それが実際の動きにつながっていないことに苛立ちを感じた。また、他のビジネスパートナーによると、以前も同様の生産性向上の取り組みがあったものの、不発に終わっており、ビジネスパートナーが働きかけても現場の士気は上がっていないという。瀬戸は、この取り組みが不発に終われば、二度と同様の取り組みはできないと危機感を抱き、各本部にどのように働きかけていくべきか考え始めた。 

「生産性向上の取り組みが進まない理由は、本部によって異なるようですね」 

大野はビジネスパートナーの立ち上げ時を振り返った。 

「ビジネスパートナーの取り組みも、最初はなかなか動きが作り出せなかったはずです。それでも、あの手この手を駆使することで、現在の状況に発展できたと思います。私たち自身が動きを止めてはいけません」 

大野はビジネスパートナーに話を聞きながら、ホワイトボードに生産性向上の取り組みが止まってしまった理由を整理し、対応策を検討した。その結果、各本部の状況に応じて、「効率化の機運作りのため、有田や瀬戸も加わって本部長への再説明を行う」「進捗状況を可視化して本部長・部長に定期的に共有し、推進に向けた指示を仰ぐ」「本部内の効率化施策の検討会にビジネスパートナーも参加し、議論の進捗・軌道修正を図る」等の対応策を取りまとめた。 
 

長い目で見た要員計画を策定せよ

その後、数ヵ月にわたって週報や全体会議で各本部における生産性向上の取り組みの進捗状況が共有され、遅延本部への対応策や、軌道修正方法等の検討がなされた。この取り組みは、“人事部が各本部に寄り添う”というビジネスパートナーを体現したものでもあり、それが順調に進捗していることに有田は大きく満足していた。 

「有田さん、人事部として、もう一段レベルアップが必要です」 

そう切り出したのは最上だった。 

「効率化施策が順調に策定され、着実に実行されており、ビジネスパートナーの取り組みとしては、大きな成功といえるでしょう。しかし、人事部の取り組みとして見たらどうでしょうか。本来、生産性強化には投資や要員のリソースシフトも織り込んだ長期的な計画が必要になります」 

最上は以前、要員計画の担当者である上野から、要員計画の立案方法に関するアドバイスを求められ、そこで尾張マシナリーの要員計画の内容や策定プロセスについても理解していたのであった。尾張マシナリーでは、各本部の要員計画を積み上げる形で、全社の要員計画を立てている。見かけ上、中長期的な要員計画の数値が記載されているものの、その実、計画値は毎年洗い替えであり、単年度の要員計画と大差ない状況だった。それまでの人事部での経験から、要員計画の見直しが必要だと認識していた有田は、今こそ手を打つべきと判断し、早速上野に要員計画を中長期スパンで策定するよう指示した。 

「さて、どうしたものか……」と上野は悩んでいた。それを見かけた大野は声を掛けた。上野は、有田から要員計画を中長期スパンで策定するよう指示を受けたものの、具体的にどのように策定すればよいのか分からなかった。上野はそれまでの経験も踏まえ、試行錯誤していた。 

「全社で要員数を見たとき、単純に売上に比例して要員が増えていくのもおかしいし、ましてや各本部単位に落とし込むとなると、何を根拠に要員を按分すればよいのか見当がつかなくて……。しかも、各本部に翌年度の要員計画の問合せを行う日程が差し迫っていまして……」 

大野は、上野の仕掛中の資料を見ながら、要員計画の立て方についてレクチャーすることにした。 

「要員計画を立てる際には、大きく4つのアプローチがあります」(図表2)今回は、時間が限られていることもあり、“アプローチ2 :生産性分析”のみで取り進めることになった。大野はその進め方の説明資料を取り出した(図表3)。 

図表2 要員・人件費の最適化に向けた4 つのアプローチ
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図表3 要員・人件費策定の7ステップ
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「まずはこれまでの全社・各本部の要員数・人件費を棚卸ししましょう。そのうえで、各本部がこれまでと同様の増員要求をしてきたと仮定した(成行きの)シミュレーションを行いましょう。さらに、中期経営計画を踏まえたあるべき要員数・人件費を算出し、成行きとのギャップを見てみませんか」 

大野は、ビジネスパートナーを通して、どの本部も人不足の状況が続いていることを理解していたため、各本部からの増員要求が積みあがったとき、全社としてそれが許容できる要員数・人件費なのかを検証しておくことが重要だと認識していた。 

また、大野はあるべき要員数・人件費の算出方法について、上野に解説した。 

「まず、将来のことですから、“予知”はできません。複数のシナリオを持っておくことが肝要です」 

大野は、これまでの業績推移等も踏まえながら、中期経営計画通りに推移する“楽観シナリオ”と、売上高が伸び悩む“悲観シナリオ”等、複数のシナリオを策定した(図表4 )。

図表4 要員・人件費の中長期的なシナリオ
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「これはまずいですよ……」上野がシミュレーション結果を大野に説明していた。上野によると、直近数年間は、楽観シナリオでも売上見通しも芳しくないため、許容できる人件費は決して高くなく、各本部の増員要求を大幅に削減してもらう必要があることが見込まれる。一方で、3 年後以降に大きく売上高を伸ばしていくために、ここ数年では開発本部等に十分に多くの要員を配置しておくことも経営から求められていた。 

大野は、直近の厳しい状況を切り抜けるための方策として、現在ビジネスパートナーが取り組んでいる各本部の業務効率化を全社単位で徹底的に推進することも視野に入れるべきと考え、人事部として経営陣にどこまで提言すべきか、上野から有田に意見を求めるよう助言した。 

上野は早速、有田にシミュレーション結果を説明し、今後の進め方を相談した。有田は、大野の意見に賛同しつつも、現在のビジネスパートナーの取り組みの延長線上では、許容人件費に収めることはできないだろうと、研究開発センターやUSでの自身の経験から判断した。また、直近数年間は許容人件費が高くないため、足が出てしまうものの、中長期的には、新製品の投入に伴い、売上の順調な推移を見込んでいるため、成行き人件費が許容人件費に収まる見通しだったことを踏まえ、有田は経営陣に対して、次の提案・意見伺いを行うことに決めた。 

  1. (ビジネスパートナー起点で始まった業務効率化の徹底推進に向けた)全社単位での業務効率化推進プロジェクトの立ち上げ
  2. 直近数年間の必要人件費の予算確保 

経営陣への報告書を取りまとめるべく、自席に戻っていく上野の背中を見つめながら、「まだしばらく、息つく暇はなさそうだ」と有田はつぶやいた。

(第10回に続く)

《解説編》

人事部が秘める可能性~経営のパートナーとして、人事&ビジネスパートナーは全社改革の旗振り役たれ~

今回は、全社の業務効率化に向けた取り組みや、要員計画の策定を取り上げた。尾張マシナリーでは、ビジネスパートナーを武器に、全社の人事課題に取り組んでいたが、その背景には、人事部の秘める可能性がある。 

人事は従業員全員がサービスの提供先であるうえ、一定の経験を積んだ従業員であれば、部下の育成・指導を行うなど、大きな意味で、人事機能を担っているといえる。そのため、多くの従業員が、人事部やその提供サービス等に対して何かしらの意見を持っているケースが多く、人事部が他の部署に掛け合えば、話を聞かせてもらえる場面が多いのではないだろうか。さらにいえば、人事は各部署のお悩み相談窓口としての側面もあり、素直に悩みを吐露してもらえる機会も多い。 

一方で、経営陣は、従業員からの距離が遠い存在といえるだろう。経営報告の際に「現場にヒアリングしたのか」等と聞かれることも多いのではないだろうか。しかし、各事業部が配下の各部署にヒアリングを行ったとしても、どうしても職制の意識が働き、“お利口な回答”をしがちであるため、結果として、現場の実態を必ずしも正しく把握できない可能性もある。 

それに対して、各事業部に対して良い意味で第三者である人事部が、その“話を聞かせてもらいやすい”特性を有効活用し、各部署の現状を理解・把握したうえで、各事業部や経営に対して情報提供や意見具申を行うことは、理にかなっている。 

尾張マシナリーでは、ビジネスパートナー制を導入することで、人事部員が各事業部の状況をつぶさに観察し、現場の声の吸い上げに成功している。また、ビジネスパートナーを通じ有田や瀬戸が各事業部で起こっている事象を理解するプロセスにより、全社単位での業務効率化の必要性を認識し、経営陣への問題提起や、全社改革の提案を行うことができた。 

なお、要員計画の策定においても、この特性を存分に活かすことが求められる。要員数や人件費の実績、中期経営計画をもとに生産性分析を行って要員計画を策定するアプローチは、上位方針との整合は確保できるものの、ともすれば実態との乖離が生じ、説得力のない「机上の空論」となりがちである。一方で、ビジネスパートナーを通じて実体を把握しているからこそ、この実態との乖離リスクを最小化し、現実感のある計画を策定できる。 

人事部が経営のパートナーとしての役割を果たすためにも、全社の各現場で起こっている変化や機微に気づき、実状を把握できる特性を遺憾なく発揮し、全社改革の旗振り役となることが人事部に求められているといえよう。 

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HRBP起点の改革プロジェクトを追う~業務改革&要員計画編~
〔PDF, 472KB〕

ニュースレター情報

Initiative Vol.103

著者: デロイト トーマツ コンサルティング
シニアマネジャー 国井 浩士
コンサルタント 松井 和人

2017.9.1

※上記の役職・内容等は、執筆時点のものとなります。

※本コラムは、株式会社ビジネスパブリッシングの許諾を得て、月刊人事マネジメントの記事(2016年9月号掲載)を転載したものです。

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