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With/Postコロナの価値観の変化に対応した人材マネジメントとは

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)がもたらす組織・人事の新たな潮流 第3回

COVID-19の影響を受け、急速に働き方が変化した今、企業で働く社員一人ひとりの自立心が高まっている。これまで以上に、個人の働き方・価値観が多様化した現環境において、どのような人材マネジメントが求められるのか、詳述する。

COVID-19が高める社員の自立心

COVID-19が自立心を高めている。最近、そういった指摘をいくつかの会社で耳にするようになった。出社はかならずしも毎日ではない。出社しても一部の人としか会わない。一方で、家庭で過ごす時間が増えている。家庭を通じて地域のコミュニティとのかかわりが増えていることも多いようだ。結果として、COVID-19以前は圧倒的であった「会社というコミュニティ」の位置づけは、相対的に低くなっている。組織にどう貢献するか?周囲との比較の中でいかにより高いパフォーマンスを発揮するか?といったことへの関心は低下している。一方で、自分らしく生きることや、自分らしい価値を出すことへの関心が高まっているように感じる。リモートワークや酒席の自粛で、ひとりで過ごす時間が増えている。すると思考が深まっている、というわけだ。そういうわけで、よく観察すると、変化対応力の優れた会社は、メッセージの出し方も変えてきている。例えば働き方改革。従来は「全体最適」を掲げていたが、COVID-19後は「あなたらしい働き方」を掲げる。今は、組織ビューが色を失い、これまでにないほど個人ビューが重視される時代である。

 

一人ひとりのウェルビーイングの追求への転換

COVID-19の対応に追われた頃、人材マネジメントは、まさに新しい働き方への「対応」がテーマであった。典型的にはリモートワークにふさわしい労務管理、時間管理、評価の在り方等だ。そうした対応フェーズを終えて、今は、改めて会社としての原則を示していくことに関心が集まっている。たとえCOVID-19が収束しても、この1年間がもたらした人々の価値観の変化は将来にわたって残っていく――そうした見解は一般的になっているだろう。この価値観の変化に、会社は、人事は、どう向き合っていくのかに注目が集まっているのだ。その見解は様々であるが、ひとついえることは、より個人としての欲求に焦点を当てていかねばならなくなっている、ということだ。筆者は、組織としてのエンゲージメントを追求する目線から、一人ひとりのウェルビーイングを追求する目線への転換こそが、COVID-19がもたらした価値観の変化への向き合い方である、と確信している。

これはCOVID-19の影も形もなかった2019年の調査だが、ウェルビーイングの向上に向けて導入される取り組みというのは「仕事の進め方に関する裁量権を与える」「繋がりやコラボレーションを促す」「柔軟で先が予測しやすい状態を作る」といったものだという。つまりは、自己決定、社会との関わりあい、柔軟性、といった要素がウェルビーイングを高める要素である。しかし、この調査はそれだけでは不十分であるとも指摘している。何よりも重要なことは「仕事そのもの」であると。仕事が意義あるものと感じられること。社会との良い繋がりを実感できること。リーダーや仲間への信頼を感じられること。それらが重要である、と。

 

COVID-19時代の人事制度に求められること

このウェルビーイングの観点から人事制度を振り返ってみよう。例えば、「キャリアに対する自己決定権があり、それを実感できるようにする」ことや「正式な異動以外にも、様々な仕事に挑戦したり試してみたりすることができる仕組み」だったり「生き方・働き方を主体的に“選択”する考え方の提示」といったことが仕組みとしては重要になるといえそうだ。しかし、それだけでは不十分である。キャリアの先に大義が見える。会社の一員であることで社会とよりよい関わり合いができる。ブレずにやりきる経営チームであると確信できる。そこまで揃うことこそが重要であるといえる。

つまり、今日の人材マネジメント課題は、COVID-19後の会社としての大義と道筋を示し、それが1人ひとりのキャリアにとってどういった選択肢を提供するものなのかを見せること。1人ひとりの持ち味が活かせるように働きかけながら、1人ひとりが自分の意志でここにいると思える状態にしていくこと。そして、様々な働き方やキャリアの歩み方が認められ、尊重されると実感できる状態を生み出すことである。いわゆるジョブ型人材人事制度もまた、多くの例で従業員1人ひとりの自律を促すことが目的に掲げられているし、設計と運用によっては、実際にその果実を手にし得るものである。したがって、COVID-19を受けてさらに定着していくだろう。しかし、今日の人材マネジメント課題は、それだけで解決できるものではない。1人ひとりの持ち味を活かす上司のプロデュース力、希望に沿い切るリーダーの覚悟、そして、組織設計や人材配置をめぐる人事部門の提供するコンサルテーションやコーチング、そのためのHR体制・HRIS。いわば世界観を変える目線で取り組まねば実現できないものであることは明らかだ。

そして、最も厄介なのはCOVID-19がもたらした変化の速さだ。価値観は既に大きく変わった。そして、これはCOVID-19収束後も将来にわたって影響を残すだろう。しかし、マネジメントは逡巡と葛藤に直面している。本当に社員の意思に応えきると掲げていいのか?キャリアの歩み方や働き方をさらに多様化させたときに一体感を維持できるのか?と。しかし、解を導く時間も、新しい常識にHRやマネジャーが慣れるための時間も、そう残されていないのだ。

 

ジョブ型がもたらす組織の生産性向上

これらの個人の変化は、組織にどういった変化・インパクトをもたらすのだろうか。前段に述べたように、ジョブ型人事制度の導入が多くの会社で進んでいるが、その際に、組織設計や人材配置はどのように変化していくのか、考えてみたい。

ジョブ型への転換の過程の中で、社員一人ひとりに対して、綿密な職務付与を行っていくことは、会社と個人で価値発揮の在り方をすり合わせること以外にも様々な波及効果が期待できる。マネジメント側が、社員一人ひとりに応じた職務付与を考えることで、個人に期待する価値発揮の在り方、成果を考えることになる。それはすなわち、それぞれの職務におけるアウトプットを明確にすることとほぼ同義であり、結果として生産性に関わるKPIを定義しやすくなるだろう。また、個人ごとの生産性に関わるKPIを管理することで、組織全体としての業務配分を考えることになり、最適な業務分担体制を構築するきっかけになることが期待できる。特に、COVID-19の影響で、リモートワークが急激に進んだ現在の環境では、上司が部下の業務を管理・マネジメントすることが困難になってきているため、今までのように、組織に業務のやり方を丸投げして良しなに、というやり方では、組織ごとの業務のやり方、ひいては生産性に悪い影響が出ることも予想される。個々人への綿密な職務付与を通じて、組織として実施すべき業務を一覧化して、業務ごとに誰がどれくらい工数を投下すべきか可視化を行い、各人の担当業務に応じた進捗管理・フォローを行っていくことで、生産性向上を図っていくことが重要である。

このやり方の利点は、担当業務が明確化され、成果を判断・評価しやすくなるとともに、組織として優先的に投下すべき業務や、必要性の低い業務を洗い出す検討にも使える、ということである。組織として実施すべき業務を整理する上で、リモート化が進んだ環境下で、本当に必要な業務であるか検証の目が入るとともに、今までよりも頻度・時間を減らして問題ない業務も明らかになる。そうなると、現在の業務分担表をもとに、担当者の入れ替えや、工数配分の見直しを検討することができ、生産性向上に向けた業務効率化・配置転換に繋げることができる。

今改めて問われる人材ポートフォリオの在り方

組織として業務を整理していくと、社員一人ひとりが担当する業務に変化が生じる。例えば、経営・事業の中核に関わるような企画・実務を遂行してきた正社員であれば、不要業務の廃止や、業務の自動化、定型業務の非正規社員や外部委託などへの移管を通じて、今までよりも経営・組織へ大きなインパクトを与える業務の割合が大きくなることが予想される。また、DX推進などのビジネスモデル変革の潮流も相まって、役割・ミッションや専門性という軸で、担当する業務の塊が細分化され、それに伴って、求められる人材のタイプも細分化されていくだろう。また、COVID-19の影響で、業績が低迷し、これまでの事業・サービスの転換を求められている企業が増えていることもあり、「自社にとって必要な人材を、どのように整理するべきか、という人材ポートフォリオの在り方に関する課題に直面している」といった企業の声を、最近よく聞くようになった。

人材ポートフォリオの策定・転換を図る企業については、COVID-19以前から数多く見受けられてきたが、その多くは正社員・非正規社員・派遣社員といった雇用区分や、企画系人材・サポート人材といった大まかな業務特性ごとの構成比率を議論することが中心だったように思う。背景には、経営環境の変化に耐えうる弾力性のある要員管理を行うことや、非正規化・外注化を進め、より筋肉質で無駄の無い組織体制への転換を図ること等がある。社員一人ひとりの価値観や欲求を捉えた管理ではなく、どちらかというとマクロな視点で、自社で抱えるべき人材の構成比を捉えていたように思う。しかし、これからは、前述したように、役割や専門性という軸で、より細分化された人材タイプを獲得・活躍させることにも留意していかなくてはならない。そのためには、より個人にフォーカスし、社員一人ひとりの志向性や持ち味を活かせるような価値発揮の在り方を、会社からもどんどん明示していく必要がある。

企業が事業運営を行っていく上では、働き手の価値観や欲求の変化を唯々諾々と受けていくわけにはいかない。企業として目指すゴール・目標があり、それを実現するための人材を必要十分有することが、経営・人事の大きなミッションであることは、COVID-19以前から今も変わらない。COVID-19を受けて、社員一人ひとりの自主的なキャリア形成という視点に加えて、会社全体として、あるべき人材ポートフォリオを描き、人的リソースの優先順位付けを行い、どこに注力していくべきか、という議論をセットで行わないといけない。企業として、外部環境や個人の変化に応じたスタンスの転換が求められている。

執筆者

アソシエイトディレクター 国井 浩士
マネジャー 寺内 健雄

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