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Future of Work:変化への適応(Survive)から、変化を梃にした成長(Thrive)へ転換するための「人間中心主義」の働き方

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)がもたらす組織・人事の新たな潮流 第2回

COVID-19を通じた急激な環境変化とテクノロジーの進展は、日本を含む世界中の人々に対して大きなインパクトを与え、働き方に対する価値観や行動様式に今までにない変化をもたらした。今後も不確実性が高まると予想される状況において、組織はいつ起きるか判らない「変化への対応と適応(Survive)」から、今後も非連続的に起こり得る「変化を梃にした、さらなるビジネス成長(Thrive)」への発想の転換が求められている。それを実現するための鍵となる組織力の創造と、その基盤となる人間(従業員)のポテンシャルを最大化するための方法について考察する。

「変化への対応と適応(Survive)」から「変化を梃にした、さらなるビジネス成長(Thrive)」へ

COVID-19が世界中で猛威を振るう中、我が国においても2020年に続き、2021年1月に再度緊急事態宣言が発令され、企業や行政において「テレワークの施行による出勤7割減」が求められた。多くの企業は半ば強制的にテレワークに移行し、ビデオ会議ツールやオンライン・コミュニケーションツール等、これまであまりデジタルテクノロジーを活用してこなかった従業員も活用せざるを得ない状況に迫られ、COVID-19がもたらした急激な環境変化に対応、適応することを余儀なくされた。

これまでも数多くの企業において、RPAやAIなどの導入を通じた業務や業務プロセスの改革、またテレワークを始めとする働き方改革を推進してきた。しかし、COVID-19のもたらした環境変化に耐えうるデジタルプラットフォームを始め、組織、要員構造や職場環境、また、テレワークに適した業務設計の整備ができていたわけではなかった。

2020年7-8月に日本の1,000人を含む11カ国(米国、英国、UAE、フランス、イタリア、ドイツ、インド、日本、中国、ブラジル、韓国)の計1万2,000人以上の従業員、マネージャー、人事部門リーダー、経営幹部に行った調査(注1)では、日本の従業員の46%がテレワークで生産性が下がったと回答しているのに対し、生産性が上がったと回答した従業員は15%で11カ国中最下位という結果であった。また、2020年9月にテレワークを実施した日本の2,272人の従業員に行った別の調査(注2)では、テレワークを通じて以前にはなかった仕事上のストレスを感じていると回答した人は60%にも上っている。

COVID-19を通じた急激な環境変化とテクノロジーの進展は、日本を含む世界中の人々に対して大きなインパクトを与えただけでなく、従業員の働き方に対する価値観や行動様式に今までにない変化をもたらし、人々は目の当たりにした変化や課題に対して懸命に対応、適応してきた。そして、新たな価値観、行動様式を経験した人々は、もはや元の世界、働き方に戻ることはないといわれている(注3)

日本の企業は、いかに「新しい日常」に備えて喫緊の課題および変化に対応、適応するための労働力とその生産性の「確保」が重要となる。「変化への対応と適応(Survive)」から、「変化を梃にした、さらなるビジネスの成長(Thrive)」へと繋げていくべきか。そのために、どのような発想の転換が必要であり、いかに改革を実現させていく必要があるか―。

本稿では「Future of Work」と呼ばれる取組を通じて、紐解いていく。

 

(注1)日本オラクル株式会社「コロナ禍の日本における働き方とAI(人工知能)の利用実態に関する調査」
https://www.oracle.com/jp/corporate/pressrelease/jp20201104.html

(注2)株式会社リクルートキャリア「新型コロナウイルス禍における働く個人の意識調査」
https://www.recruitcareer.co.jp/news/pressrelease/2021/210122-02/

(注3)Deloitte “Return to Work in the Future of Work”
https://www2.deloitte.com/ca/en/pages/consulting/articles/returning-to-work-2020.html

 

Future of Workと3つのW

現在、私たちは常に新しい変化の波を受けながら、ますます不確実性が高まる世界を目の当たりにしている。「変化への対応と適応(Survive)」では、喫緊の課題および変化に対応、適応するための労働力とその生産性の「確保」が重要となる。一方、今後さらに重要となるのは、いつでも起こり得る変化とその不確実性の中においても、継続的に対応・適応し、かつ変化を成長に繋げることの出来る組織力をいかに「創造」するかという、「変化を梃にした、さらなるビジネスの成長(Thrive)」、守りから攻めへの発想の転換である。そして、その組織力創造のための鍵となるのが、「Future of Work」を通じた「人間中心の働き方」の実現と、その基盤となる「3つのW」なのである。

◆ Future of Workとは

「Future of Work」とは、人々とテクノロジーの共存、協働を通じた「人間中心の働き方」の実現と「生産性およびエクスペリエンス」の向上を通じ、人間のポテンシャルを最大化させながら働くことのできる未来を構想する取組のことを指す。

この取組ではまず、企業から提供されるサービスや業務を通じて、従業員および、消費者、株主、得意先や地域社会の人々などのステークホルダーにもたらされるヒューマン・エクスペリエンス向上のためのニーズを明確化するところから始まる。そして次に、ニーズを基にした目指すべき戦略的目標を定義すると共に、目標達成に必要な職場環境、運営構造、ツールやテクノロジーといった基盤を整備していく。

人間を中心に据え、そのポテンシャルを最大限に生かすための基盤を整えたうえで、戦略的目標に向けて変革を実現していくことが、我々の考えるFuture of Workである(図1)。

図1 ※クリックかタップで大きな画像を表示できます

◆ Future of Workの基盤となる3つのW

ヒューマン・エクスペリエンスを高め、企業における「人間中心の働き方」を実現するためには「Work(仕事)」、「Workforce(労働力)」、「Workplace(働く場所)」の3つの観点から、今後の働き方を検討することが肝要である(図2)。

Future of workの基盤
図2 ※クリックかタップで大きな画像を表示できます
Work:「仕事」を再構築する

「Work」においては、仕事および業務プロセスの再構築を通じ、労働力の「生産性およびエクスペリエンス」を向上させ、組織力の基盤となる人間のポテンシャルを最大化していくことが重要だ。

デジタルイノベーションとCOVID-19の急激な環境変化への経験から、企業は改めて「経営環境を取り巻く不確実性の高まりに対して、いかに対応するのか」という課題に真剣に向き合わざるを得なくなった。企業を取り巻く非連続的変化に対して、これまでのように硬直化した業務プロセス、柔軟性を欠くテクノロジーや制度基盤、縦のヒエラルキーと横の業際を基軸にした役割分担や組織体制では、自社のビジネスモデルや組織運営モデルを柔軟に変えていくことは難しい。

まず、「仕事の成果はいつも同じではない」「仕事は予測困難である」という前提で業務を組み立てる必要がある。より個人とチームを中心としたプロジェクト型の組織が主流となり、不確実性を踏まえて試行錯誤しながら、意思決定を繰り返していくというアジャイル(機敏)な仕事の仕方を組織に実装していく必要がある。

次に、人々と機械の協働が進行していくことも前提にする必要がある。デジタルイノベーションの発展を受けて、アウトプットとその創出プロセスが定義された定型的業務は、今後は機械が担うようになっていく。以前から「人間の仕事は機械に置き換わるのか」というテーマがしばしば話題に上がるが、機械化が進展した産業革命以降、労働力人口が減少したことはない。機械に代替されない仕事、人間でなければ価値が出せない、人間がやるからこそ価値を生み出せる仕事が残り、または新たに創出されていく。人々は機械と協働しながら、チームと機械の創出状況を管理し、またアウトプットの見直しと共にプロセスを再構成しつつ機械を組み替える、「仕事のデザイン」という創造性の高い仕事を担うようになるのである。

従来のように、仕事と環境変化のギャップを、人々がその労働力で埋め合わせていくには限界がある。今後は人間のポテンシャルを最大化させるために、「仕事」そのものの再構築が求められていくのである。

Workforce:「労働力」のポテンシャルを最大活用する

「Workforce」においては、広範な「人材エコシステム」から必要な労働力を活用すると共に、組織に対するエンゲージメントを深めることによって組織力を最大化していく必要がある。

急激な環境変化とテクノロジーの進展を通じ、機械が「労働力」として組み込まれていくとともに、企業の労働力の多様化と外部化が進んでいく。非連続的変化の中でも常にイノベーションを求められる日本企業にとっても、その実現には多様な能力、スキル、経験を持つ人材の集合体を適時に形成することが必要となる。

しかし、これまで組織で共有してきた能力やスキル等の要件も非連続的に変化する中では、すべてを自社の従業員で適時にカバーできることは現実的ではない。したがって、これまで「自社で雇用する従業員」が労働力の中心だったが、これからは機械ができるものは機械化し、外部人材に代替できるものは外部化し、機械化や代替の効かない仕事は自社の従業員が担うという「ハイブリッドな要員構成」を、今後は常態として確立していくことが求められる。

対応する労働市場も、昨今のテクノロジーの進化と労働に関する価値観の変化により、「ギグワーカー」や「クラウドワーカー」などから成る、新たな労働市場が形成されつつある。また、特定の企業に属さない働き方や、テレワークの浸透により可能となった地理的障壁の克服などの観点からも、働く人々の価値観は多様化、変容しており、自社従業員以外の「代替労働力」の労働市場は今後も拡大すると考えられる。

また、雇用の地理的障壁の解消によって、優秀な人材ほどより良い環境を求めて働く場所・企業を変えていくことが当たり前になる中で、今後ますます企業は「個人を選ぶ」立場から「個人に選ばれる」立場へと変化していく。さらには、個人を起点として情報が社会に拡散していく昨今の世界において、新しい価値観や倫理観に即した企業であるか否かは、企業のブランディング(エンプロイヤー・ブランディング)にも直結する。
さらに、個人の価値観の多様化から、働きがいやワーク・ライフ・バランスを求めるという従業員の志向は、COVID-19を通じて「ウェルビーイング(身体的、精神的、社会的に良好な状態にあること)」に対する追求へと変化している。この点でも企業には、新しい価値観や働き方に基づいた従業員エクスペリエンスを主軸としてマネジメントを考えることが、優秀人材を確保し、企業の「組織力」を創造するために求められる。

某グローバル消費財メーカーのでは、「代替労働力」の導入を通じ、年間10億円以上もの組織インフラにかかるコストカットを実現しただけでなく、従業員の業務効率化と生産性の向上を起点とした「働き方改革」の実現から、さらなる「組織力」の継続的な強化にも繋げている。

不確実性の高い環境下において、企業が継続的にイノベーションを創出していくためには、今後日本企業においても「代替労働力」を通じた「ハイブリッドな要員構成」の可能性を模索すると共に、従業員エクスペリエンスを主軸としたマネジメントへの転換を通じて、「労働力」のポテンシャルを最大化するための変革が求められるのである。

Workplace:「働く場所」を環境変化に応じて再設計する

「Workplace」においては、テクノロジーやツール、制度等の基盤の整備と共に、環境変化に応じた「働く場所」を再設計していくことが重要となる。

COVID-19への対応を通じた働く場所の多様化と共に、テレワークに必要となるウェブ会議ツール、チャットツール等のインフラ整備が一気に進んだ。一方で、テレワークにおける業務品質の担保のために、従業員の労働時間の増加や業務効率の低下だけでなく、新たな課題への対応を通じた管理職における業務量の増加、という副作用も挙げられている。

COVID-19への対応から1年以上が経過し、テレワークに関する日本企業の課題は二極化している。出社率が以前と変わらなくなりつつある企業は、いかにテレワークの範囲を広げていくかに苦心している。一方で、テレワークを前提とした働き方を主軸に置く企業は、その副作用に対処するために「業務のどの局面では対面であるべきか」への検討を進めている。

某医薬品・医療機器メーカーでは、テレワークの導入を通じた生産性の低下や長時間労働、また対顧客サービス機会の減少等の様々な負の経験から、「業務のどの局面では対面であるべきか」を明確化し、従業員の心身の安全を守りつつ、さらなるビジネス成長へと繋げるための「ハイブリッド型環境」の実現とそれを支えるテクノロジーや制度等の基盤作りを行っている。

今後は日本でもテレワークを前提とした働き方がスタンダードになると考えられる。「バーチャル(テレワーク)環境の中での上手なリアル(対面)の使い方」が、現在問われているテーマであり、その答えは「いかに企業として労働力のポテンシャルを最大限に引き出す環境を実現するか」にある。日本企業としてもテクノロジー、ツール、教育、制度を整備し、従業員が働く場所や働き方を、環境変化に応じて自律的に選択することのできる「ハイブリッド型環境」を、いかに実現できるかを求められているのである。

おわりに

COVID-19を通じた急激な環境変化に伴うテクノロジーの進展によって、日本企業は対面やプロセス重視を前提とする業務やシステムの限界に直面するとともに、ビジネスそのものへの変革に対する必要性が肌感をもって認識される契機となった。企業は、半ば強制的にテレワークに移行することで、先ずはテレワーク時における業務の遂行や協働を始めとする「Workforce」の在り方を模索し、次にCOVID-19への対応を通じて「業務のどの局面では対面であるべきか」といった、これからの「Workplace」に対する解を求めてきた。そして、現在COVID-19への対応が長期化する中で、日本を含む世界における各企業の共通認識となりつつあるのは、「ますます不確実性が高まる」「もはや元の世界には戻らない」ということである。

今まさに必要とされるのは、いつ起きるか判らない「変化への対応と適応(Survive)」から、非連続的に起こり得る「変化を梃にした更なるビジネス成長(Thrive)」への発想の転換であり、それを実現するための組織力の創造である。そして、そのビジネス成長への成功の鍵を握るのは、組織力の基盤となる人間のポテンシャルの再認識であり、産業革命以来続いていた、「人間(従業員)が仕事に合わせ適応する」という考えに対する根本的な変革である。今後はテクノロジーを通じて、いかに人間が生み出すべき価値を最大化させることが出来るかが問われるとともに、「人間(従業員)のポテンシャルを最大化させるために、いかに仕事や業務プロセスを適応させるか」という、「人間(従業員)を中心に据えた、仕事の再構築(Work Re-Architect)」が重要となる。

現在、世界中の企業がゼロスタートで「新しい日常」における成長戦略を引き直す中、旧来ビジネス変革、デジタル変革に後れをとっていた日本の企業にとっては、またとない逆転のチャンスであるともいえる。

本稿で紹介した取組が、COVID-19への対応にとどまることなく、「新しい日常」における変革と更なるビジネス成長に向けて少しでも参考になるのであれば幸甚である。
 

執筆者

マネジャー 和氣 恵美子

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