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地域医療情報連携ネットワークを取り巻く昨今の状況

少子高齢化社会に向けて、近しい医療機関や関連施設が役割分担し、地域全体で効率的に地域の患者を支えていく仕組み作りが注目されています。これからの地域医療連携について国の動向や昨今の技術潮流にふれながら考えてみます。

1.地域医療情報連携ネットワークはなぜ必要とされるのか

ご存知のとおり日本の少子高齢化は急速に進んでいます。2040年には65歳人口が全人口の約35%に及ぶ超高齢社会(2040年問題)を迎え、高齢者の増加による認知症をはじめとしたさまざまな疾病に対する支援ニーズは今後益々増加していくと考えられます。一方で、生産年齢人口(15~64歳)は減少の一途をたどっていることから、2040年に向けて医療・介護施設やそれらを支える人材が大幅に不足することが懸念されています。

このような懸念を背景に、地域の近しい医療機関や関連施設がそれぞれ持っている医療機能や専門性を活かして役割を分担し、地域全体で効率的に地域の患者を支えていく仕組み作りの重要性がクローズアップされるようになってきています。

では、地域の医療機関や関連施設との連携を進めていくにあたり、医療機関等が抱える課題や要望とは何でしょうか。地域連携における一般的な課題例とその解消のために期待される事項(●)をいくつかの例を基に考えてみます。

(1)紙ベースの連携となるためFAX送信や電話対応などの作業負荷が高くなる

●診療情報がデータ連携・共有できること

(2)紙からの転記作業が発生するため、正確な情報共有が難しい

●診療情報がデータ連携・共有できること

(3)自院の検査結果と時系列で比較できない

●検査結果データが共有でき、自院の検査結果と時系列で比較できること

(4)FAX送信および印刷された画像が鮮明でないため、検査が重複する

●画像(CT、MRT、写真など)が関連する医療機関間で相互参照できること

(5)他施設の処方状況が把握しにくい

●電子処方箋やお薬手帳との情報連携ができること

(6)他施設から提供される情報の質・量にばらつきがある

●フォーマット(診療情報提供書、介護情報など)の整備を進めること

(7)情報がカルテ上に散在または不足しており、必要な情報の収集に手間がかかる

●患者プロファイル情報等の整理を進めること

上記課題の(1)~(5)は「情報をデータ共有する仕組みを構築すること」、(6)と(7)は「連携する情報の質・量が担保されること」として整理・集約できます。

これらの課題を解消し、期待事項を実現するために、「情報をデータで共有する仕組み」、すなわち、地域医療情報連携ネットワーク(以降、地域連携NW)の構築が全国各地で進められてきました。その歴史は古く、2001年の通産省「ネットワーク化推進事業」によって全国26地域で地域連携NWが構築されたことに始まり、以降、総務省の地域医療ICT利活用事業や2010年の地域医療再生基金などの補助金交付により200を超える多くの地域連携NWが全国各地に構築されてきています。 

しかし、このような補助金を活用して構築した地域連携NWについて、令和元年10月に会計検査院から、「システムが全く利用されていない、利用が低調であるといったネットワークが存在している」との指摘がされている現状もあります。

では、このような課題・指摘を踏まえ、これからの地域連携NWではどのような仕組みが望ましいのか、国の動向や最新の技術潮流にふれながら考えてみたいと思います。

2.地域連携NWの仕組みとそこにある課題とは

地域連携NWの本質は、患者の同意のもと、医療機関等の間で診療上必要な医療情報(患者の基本情報、処方データ、検査データ、画像データ等)を電子的に共有・閲覧できることを可能とする仕組みです。

情報連携の実現方式には、大きく分けると以下の3つのタイプがあります(図1)。

①中核となる医療機関のサーバに情報を蓄積し地域の診療所等に情報共有する情報提供型(一方向型)

②データセンター等に参加施設の情報を集約し共有する情報相互共有型(双方向型)、

③情報提供型と情報相互共有型を合わせた混合型

図1

 

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これらを踏まえて、前途したような「システムが全く利用されていない」、「利用が低調である」といった従来型の地域連携NWの課題とは何だったのでしょうか。

情報流通の一方向性

約半分の事例で見られる一方向型の情報共有では、その方式から連携される医療機関間の情報が限定的になりやすくなります。結果として医療機関・患者のメリットやニーズに合致せず、医療機関の参加・患者の同意が得られにくくなることが考えられます。

多額の構築・運営費

システム構築及び運用維持にかかる多額の費用も課題となります。ある地域連携NWの製品パッケージは1地域あたりの構築費用が約3億円、運用費用が年間で約1,500万円と、相応の費用が掛かるとの調査報告も上がっています。加えて、設備の更新時期には更に費用が掛かることになるため、運営主体や参加医療機関はシステムの持続のための資金調達に苦労している例も見られます。

対象範囲の調整

住民の参加率を高めるためには参画医療機関を増やしたい半面、対象地域・参加医療機関を広げると、医療機関間の意見の調整が取りづらくなります。結果として共有できる情報や医療機関が限定的になることで、医療機関・住民にとってのメリットが減少する原因となります。

運営主体の取り組み方

システムを構築しただけで医療機関同士の連携が進むわけではなく、システム稼働後の運用管理や参加医療機関・患者増加のための勧誘活動等が自足的な運営のカギとなります。成功事例においては、取組みに対する運営主体の熱意が特に高いと言われており、しっかりとした組織作り、医療機関同士の顔の見える関係性の構築も重要なポイントとなるでしょう。

3.これからの地域連携NWの仕組みとは

それでは、近年構築が進められている地域連携NW(従来の地域連携NWとの比較のため、「新NW」と記載します)はどのような仕組みとなっているのでしょうか。国の進めている施策動向も追いながら確認したいと思います。

①クラウドの活用

先ほど述べたように、補助金を受けて構築したものの、全国に継続的な運用や利用者拡大の見通しが立たない地域連携NWが多数存在しています。このような背景を踏まえ、総務省では平成28年度補正予算(20億円)を活用し、地域における医療機関等の間での情報連携の促進のため、総務省「クラウド型EHR高度化事業」として、全国16団体への補助を実施しています。事業名にも含まれているように実施要件として、クラウドの活用が上げられており、従来型に多かった一方向の情報閲覧ではなく、双方向の情報連携実現に取り組まれています。また、クラウド化によって従来型より構築費用が抑えられると考えられるため、結果として医療機関等が参加しやすくなることも期待されています(図2)。

図2

 

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他にも、クラウド化により容量の拡張が柔軟となり状況に合わせたシステム運用ができることやセキュリティ管理の観点でも有効な面があることから、今後更に活用検討が進むものと考えます。

②PHRの活用

クラウド化と足並みを揃えるようにPHR(Personal Health Record)の利用についても検討が始まっています。

従来、PHRは、個人の健康診断結果や副薬歴等の健康情報を電子記録として本人や家族が正確に把握するための「健康領域」の仕組みとされていましたが、「医療領域」においてもPHRの活用検討が進み始めています。

従来から、地域連携NWでの運用上の課題の一つに、医療機関のデータを外部の地域連携NWに連携・保管するための、患者へ説明・同意取得に係る作業の煩雑さ・医療機関の管理負担があります。

PHRを活用することで、「データは患者本人が情報を管理し、見せたい医療関係者に開示する」とのPHR本来の考え方に基づき、患者が自身の医療・健康情報を医療機関などから受け取り、それを自らが電子的に管理・活用していくという考え方・議論が行われています。 

国の施策においても、令和4年5月に「令和DX令和ビジョン2030」が公表され、同年10月には総理を本部長とする医療DX推進本部が設置されましたが、その具体的な施策においても、PHRの推進、PHRデータの活用、事業環境の整備などへの言及がされており、関係省庁が連携して医療DXを推進することとなっています。このように、PHRは患者サービスという点でも、本人に直接アプローチできるツールであり、これからの新NWにおいてはPHRをいかに活用できるかが重要な鍵になるでしょう。

③全国医療情報プラットフォーム

医療DX推進本部が公表している、全国医療情報プラットフォームにおける医療機関等との情報連携全国で医療情報を確認できる仕組みは、全国どこでも安心して自身の保健医療情報が医師などに安全に共有される仕組みであり、通常時に加え、救急や災害時であっても、より適切で迅速な診断や検査、治療等を受けることを目指して、国が主導となり進められている施策です。現在、オンライン資格確認等システムのネットワークを利用し、3文書6情報等について連携する医療機関間の間で医療情報をやり取りする方式についてなど議論が行われています(図3)。

図3

 

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4.まとめ

本稿では、地域医療連携における課題や、地域医療情報連携ネットワークの仕組みの変化・動向などについて、国の施策にも触れながら確認しました。しかし、これらは一部であり、国の医療DX推進の大きな流れにも相まって、現在進行中の政策や各システム会社が取り組んでいる仕組みが多々あります。

今回の記事では触れませんでしたが、今後は医療情報交換のための実装しやすい新しい標準規格として注目されている厚生労働省標準規格となるHL7FHIR (Fast Healthcare Interoperability Resource)や、国が進めるマイナポータルとの連携も注意・考慮すべきポイントと言えるでしょう。

いずれにしても、深刻化する少子高齢化に対して地域全体で協力して支え合うために、デジタル技術を活用した仕組みづくりはこれからの社会保障に必須と考えられます。

国の動向、最新技術、各地の取組みに注視しながら、よりよい将来の医療のため取り組んでいく必要があります。

執筆

有限責任監査法人トーマツ
リスクアドバイザリー事業本部  ヘルスケア 

※上記の部署・内容は、掲載日時点のものとなります。2023/03

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