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【連載企画】医師の働き方改革の進め方

第4回:医師の働き方改革を経営の視点で考える

2024年に向けて医師の働き方改革は医療機関において避けて通れないテーマです。連載企画第2回では医師個人及び医療機関にとって働き方改革の重要性について触れ、第3回では具体的な医師の働き方改革の概要とポイントについて紹介しました。本稿では、病院経営の観点から医師の働き方改革についての考察と令和4年度診療報酬改定の動向についても解説します。

病院経営の視点での医師の働き方改革

新型コロナウイルス感染症の拡大が収まらない中、医師の時間外労働の上限規制の適用が2024年4月1日から開始されるにあたり、関係法令の改正等を行うため、2022年1月19日厚生労働省より、「良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制の確保を推進するための医療法等の一部を改正する法律の一部の施行期日を定める政令」等が公布されました。これに基づき、労働時間の短縮に向けた病院等の取組みを評価するための組織である医療機関勤務環境評価センターの指定や業務等について定められています。

医師の働き方改革を病院経営の視点から考えた際、どのような印象を持つでしょうか。働き方改革=時間外労働時間の削減、そのために業務量(≒患者数)を減らさなければならないので収入が減り経営は悪化する、業務量(≒患者数)を維持するために医師を増やして給与費が増加し経営が悪化する、といったマイナスのイメージを持たれる方が多いのではないでしょうか。

実際、労働基準監督署の立入調査を受け、医師の長時間労働を見直すため、土曜日の外来診療の縮小や夜間救急受入の停止・抑制等により患者が減り経営が悪化した事例もあります。

一方で、働き方改革を進めることにより、病院経営が良くなった事例もあり、「いきいき働く医療機関サポートwebいきサポ」でも取組み事例が紹介されています。

働き方改革が経営の悪化要因とならず、経営の改善へつなげることができている病院はどのような違いがあるのでしょうか。

 

働き方改革を経営の好循環を回すチャンスへ

働き方改革と病院経営を両立するためにはどのように取り組むのがよいのでしょうか。各都道府県の医療勤務環境改善支援センターが普及・導入支援している勤務環境改善マネジメントシステムによると、医療勤務環境改善の意義として、医療機関が「医療の質の向上」や「経営の安定化」の観点から、自らのミッションに基づき、ビジョンの実現に向けて、組織として発展していくことが重要なテーマであるとされています。そのためには、医療機関において、医療従事者が働きやすい環境を整え、専門職の集団としての働きがいを高めるよう、「雇用の質」の向上、勤務環境を改善させる取組みが不可欠であるとしています。勤務環境の改善により、医療従事者を惹きつけられる医療機関となり、「医療の質」が向上し、患者の満足度の向上、そして、患者から選ばれる施設となることで経営の安定化につながる好循環を作っていくことができるとされています。

 

勤務環境改善による好循環サイクル

出所:医療分野の「雇用の質」向上のための勤務環境改善マネジメントシステム導入の手引き(改訂版)より作成

医師にとって働きやすい環境とは

では、医師にとって働きやすい環境とはどのような環境でしょうか。

まず第一に、働き方改革の根幹である労働者の健康を確保するために、長時間労働の抑制、適切な休暇・休息の取得は、法的リスクにおいても、働きやすさの側面からも重要であることは間違いありません。令和元年の医師の勤務実態調査では、病院常勤医の時間外について年960時間以上(月80時間)が全体の37.7%、年1,920時間以上(月160時間)が全体の8.5%を占めており、病院勤務医の長時間労働の実態が明らかにされています。

次に、医師自らの志やモチベーション向上につながる医師の働きがいが考慮された環境が重要です。やりたい医療・行いたい医療、地域の医療提供体制の確保への貢献や最先端の医療の提供、それに向けた研鑽や経験の機会を適切に確保できることも働きやすい環境といえるでしょう。

また、近年の女性医師の増加や短時間労働、柔軟な勤務体制などの働き方に対する多様なニーズへ対応していくこともポイントとして挙げられます。

しかしながら、一方ではこうした長時間労働の抑制や働きがい、働きやすさの体制の構築を進めることにより、一部の職員にシワ寄せがいくなど、矛盾する状況が生じる場合があります。そのため、働き方改革を、経営の好循環を回すためのチャンスにするためには、病院の役割や経営方針に基づき、採用したい職員や育成していきたい職員像が明確になった人材ビジョンが職場間で共有されることが、働きやすい職場環境をつくっていく上で肝要だと考えます。働く医師の基本的なマインドによって、同じ職場環境でもストレスの感じ方は大きく異なります。

職場環境への影響要因として、勤務制度の他、患者の重症度や患者数、業務のムダや非効率などの業務量に直結する直接的な要因に加え、病気の治癒や患者家族からの感謝等のやりがいを感じられる医療、一緒に働く他の医師や医療職との関係性の質などの間接的な要因があると思われます。これらを一体的なものとして捉え、当院の職員にとって働きやすい、働きがいのある魅力的な職場環境を考え、自院の考えに即した人材の確保・定着を図っていくことが重要であると考えられます。そのためには、病院長をはじめトップマネジメント層が一丸となり思いを一つにすることが必須であり、その思いを自らの言葉で丁寧にメッセージとして発信していくことが働き方改革を推進するための最初のステップとして欠かせません。

 

医師の生産性の向上に関する方策

医師の生産性を向上させるための方策として、医師の本来業務以外を他職種へ移譲するタスク・シフティングや、チーム制や交代制といった医師間の協力体制を構築する方法が考えられます。これらの実行により、医師の業務量を低減し、医師も休暇・休息を確保できるような勤務環境整備が進んでいます。また、電子カルテシステムなどのICTの活用やAIを用いたDXにより業務の省力化・効率化も促進されています。

診療報酬では、医師の働き方改革を促進するための取組みや地域における体制について評価が行われています。地域医療体制の確保に対する評価や、ハイリスク分娩や手術などの特に勤務状況に配慮すべき領域に対する評価、環境整備等の推進、多様な勤務形態の推進、そしてタスクシフトやタスクシェアに対する評価の充実が図られてきました。単体の報酬項目だけを見ると、施設基準の取得のために配置しなければならない人員や手間が見合わない状況もあるかもしれません。そのため、自院の働き方改革に対する考え、推測される医師の負担軽減や生産性の向上による間接的な効果を考慮した上で経営の意思決定していくことが求められます。

 

医師等の働き方改革等の推進に関する診療報酬の評価

出所:厚生労働省「中央社会保険医療協議会 総会(第484回)資料」(令和3年7月21日)より加工

また、既存の医師数では長時間労働の是正が難しい場合や非効率となってしまう場合は医師の増員を考えなければならないところですが、現状医師の増員を図れる医療機関は多くはないと感じます。そのため、複数病院間における戦略的な病院の再編統合を考えていくことも解決策の一つとなります。特に急性期病院においては、複数病院の再編統合により病院規模を大きくすることで医師数を増やし生産性を上げていくことは有用な選択肢となります。2025年に向けて地域医療構想の構築が図られていますが、今後の後期高齢者の増加、医師の偏在対策への対応として、地域として医師の生産性を上げていく必要があります。

これらの事例については次回以降のメルマガでご紹介していく予定です。

 

医師の働き方改革と令和4年度診療報酬改定

最後に、令和4年度診療報酬改定で明らかになった医師の働き方改革のポイントについて触れます。

まず、医師事務作業補助体制加算の医師事務作業補助者の勤務要件が評価されます。従来、加算1では勤務時間数の8割以上の時間を病棟又は外来での勤務を行っている場合の要件がありましたが、これが当該保険医療機関における3年以上の勤務経験を有する医師事務作業補助者を5割以上の配置へ変更となります。これは、医師事務作業補助者による医師の業務負担軽減の効果は一定程度見込めるものの、公立病院を始め非常勤職員の割合が多く、キャリアパス形成が不十分であることが課題としてあげられていることへの対応策と見直されるものです。3年以上の実務経験を有する実務者を配置している施設と、3年未満の実務者のみの施設を比較したところ、医師の負担軽減効果が優位に高い結果であったとの調査結果がでています(出所:中央社会保険医療協議会 総会(第503回)資料 個別事項(その8)について))。医師事務作業補助者のキャリアパスや育成を踏まえた雇用形態を考えていくことがより重要になるでしょう。

2つ目のポイントとして、周術期における薬剤師による薬学的管理について、周術期薬剤管理加算として新たに評価されます。薬剤師による薬学的介入は、医師等との協働による投薬等のオーダー業務の代行や処方提案による医療安全の向上、業務の効率化に繋がるとして医師からの期待も高い分野です。周術期薬剤管理加算は、薬剤師による周術期の薬物療法に係る医療安全に関する取組の実態が評価される結果となり、手術室に専任で配置された薬剤師が病棟の薬剤師と薬学的管理を連携して実施した場合の評価となります。

3つ目のポイントとして、看護補助者の更なる活用に係る評価が看護補助体制充実加算として新設されます。看護補助者の活用により看護師が看護師本来の業務に注力することが可能となり、医師の業務負担軽減にも繋がります。看護補助体制充実加算は、急性期補助体制加算や補助加算の加算として設けられ、看護補助者との業務分担・協働に関する看護職員を対象とした研修の実施等、看護補助者の活用に係る十分な体制を整備している場合に評価されます。「看護職の看護補助者への的確な指示・ 業務委譲 」、「看護職と看護補助者とのチームワーク」が看護補助者を活用する上での課題として挙げられており、これらについて看護職員を対象とした研修を実施していくことが求められています。

 

令和4年診療報酬改定における医師の働き方改革のポイント

出所:厚生労働省「中央社会保険医療協議会 総会(第515回)資料」(令和4年2月2日)より作成

次回掲載予定

次回は、医師の働き方改革の具体的な取組み事例として、診療科別の労働時間制度の見直しにかかる取組みについてご紹介する予定です。是非次回もご覧いただければ幸いです。

 

執筆

有限責任監査法人トーマツ
リスクアドバイザリー事業本部  ヘルスケア 

※上記の部署・内容は掲載時点のものとなります。2022/2

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