病院の将来を賭けた適正人員配置改革へ ブックマークが追加されました
ナレッジ
病院の将来を賭けた適正人員配置改革へ
なぜ病院の適正人員配置は困難なのか
生産年齢人口減少の時代が到来し、社会保障費の増大が課題となる中、医療には「質」だけでなく「効率化」「標準化」「均質化」が求められるようになっています。しかし業務過多が当然とされてきた医療現場では、こうした言葉が「更なる負担増」として疲弊感とともに捉えられやすい風潮にあります。これらの潮流を踏まえつつ、本稿では病院の適正人員配置の可能性について考察します。
はじめに
医療における最も重要な資源が人的資源であることは言うまでもないことでしょう。厚生労働省の平成29年度医療経済実態調査によれば、一般病院の医業費用の54%が人件費となっています。チーム医療の重要性、また、従来の医療従事者の働き方が過重労働であったことが明らかとなっている中、医師だけではなく、多くの職種において人員充足の必要性が叫ばれています。
ではどれだけの人員が必要なのか。一般病院の1施設当たりの従事者数を見ていくと、20年間で1.5倍に増加していることが分かります。特に直近10年間はその前の10年間と比べ従事者数の伸びが倍増しており、病院の職員数の増加はまだまだ続くことが予想されます。
病院はどの程度の人数がいれば充足するのでしょうか。人員充足の必要性が叫ばれる一方で、標準的人員配置はこれまで示されたことはありませんでした。医療法上での職種別人員数は既定されているものの、その規定区分は精神病院や療養病院、特定機能病院を含めて職種ごとに僅か1~6区分にしか分かれておらず、あくまで最低水準の人員配置が定められているにすぎません。仮に病院の機能ごとに人員配置を定めたとしても、そこに多くの病院が合致する適正性は生まれないでしょう。
何故、標準的人員配置を定めることが困難なのか。原因としては以下の理由による各病院の個別性が強く、標準的人員配置が仮に定められても、機能しないためと考えられます。
・医療水準の地域差・時間差
・教育体制による技術習熟度の差異
・医療従事者の年齢層の違いによる習熟度・体力
・院内動線の違い
・電子カルテなどの院内医療情報基盤の整備状況
・モダリティ台数の違い、またモダリティ性能の違い
・地域患者の、病院に対する要求水準
・経営者の理念
全国画一の診療報酬体系が採用されているにもかかわらず、その医療提供体制は同一医療機能であっても病院ごとに不均一となっているのが現状なのです。
病院の機能選択は人員配置の選択でもある
平成25年の社会保障制度改革国民会議報告書において日本の医療の課題が明確に示されました。この中で示された地域医療構想や病床機能報告などの施策は、実際に始まっています。
重要課題の一つとして挙げられているのが病院の入院医療機能であり、そこでは次のように述べられています。
「人口当たりの病床数は諸外国と比べて多いものの、急性期・回復期・慢性期といった病床の機能分担は不明確であり、さらに、医療現場の人員配置は手薄であり、病床当たりの医師・看護職員数が国際標準よりも少なく過剰労働が常態化していること、この現実が、医療事故のリスクを高め、一人一人の患者への十分な対応を阻んでいる」
「システムの変革そのもの、具体的には「選択と集中」による提供体制の「構造的な改革」が必要となる。要するに、今のシステムのままで当事者が皆で努力し続けても抱える問題を克服することは難しく、提供体制の構造的な改革を行うことによって初めて、努力しただけ皆が報われ幸福になれるシステムを構築することができる」
こうした医療提供体制の変遷を目指し、平成26年には地域包括ケア病棟入院料が新設されました。地域包括ケア病棟は「急性期治療を経過した患者及び在宅において療養を行っている患者等の受入れ並びに患者の在宅復帰支援等を行う機能を有し、地域包括ケアシステムを支える役割を担うもの」とされており、その看護配置は急性期経過後という文言からもわかるように回復期リハ病棟と同じ13対1基準です。
この地域包括ケア病棟入院料の新設後、多くの病院が医療経営的視点からこの入院料の届出を行いました。平成29年度の病床機能報告では、届出を行った病棟数が10対1入院基本料届出の病棟数に肉薄しつつあります。
ここで課題となるのが、果たして本当に病棟機能は変わったのか、ということです。地域包括ケア病棟入院料を届け出た病棟は、急性期や慢性期から13対1看護配置の在宅復帰機能を有する回復期の病棟へ変わったのでしょうか。
適正人員配置は病院の将来を左右する
平成29年度病床機能報告では、各病棟の機能だけでなく、その病棟の入院患者数や看護職員の常勤換算配置も報告対象となっています。このデータから、各病棟の実質的看護配置を見てみます。一人一人の勤務時間は不明なため、平成18年度以前の旧基準による看護配置で示します。7対1看護配置は1.4対1相当、10対1は2対1相当と解釈してください。
7対1看護配置から15対1看護配置へと看護配置が手薄になるのがグラフから読み取れます。もっとも看護配置が手薄となるのが回復期リハ病棟であり、看護配置上は13対1、15対1であるものの、特定入院料という区分であるために入院基本料よりも夜勤時間等で基準が緩和されていることによるものと思われます。
同じ特定入院料である地域包括ケア病棟については、中央値は13対1一般病棟入院基本料に近いものの、全体的な分布はまだ10対1と13対1の中間的な看護配置をしている病院が多いようです。なお、13対1という純粋な看護配置を考えた場合、1人の看護師が月150時間働くとすると1日平均50人の入院患者に対し約19.2人の常勤職員、つまり常勤配置としては2.6対1相当になると考えられます。
先述の報告書によれば、機能分担が不明確であり医療現場の人員配置が手薄で過重労働となっている状況を解消するために、選択と集中による提供体制の構造的な改革が必要ということでした。そのために急性期から回復期へのシフトが推進され、診療報酬上の有利さから多くの医療機関が回復期へと表面上は転換しています。しかし、この看護配置を見る限りではまだ「医療ニーズと提供体制の間に大きなミスマッチ」が残っていることが伺われます。
この状況は、医療機関の経営にとって将来的なリスクになり得る可能性があります。多くの医療機関では10対1看護配置で地域包括ケア病棟を運用しても経営上有利との判断があるのかもしれません。しかし、選択と集中の観点から言えば、地域包括ケア病棟は13対1の看護配置で健全な病院経営が可能となるような点数に適正化される可能性があります。
病院にはその機能に応じた努力を行う必要がある
病棟看護配置を例にとりましたが、これはあくまで一例であって、薬剤師にも放射線技師にも検査技師にも機能転換による人員配置の課題は当てはまります。回復期への転換後でも、医療技術職の人員数が変わらない病院も少なくありません。
一定規模の病院であればスケールメリットを活かし得た人員配置が、機能転換やダウンサイジング後の病院では逆にデメリットとなります。医師1名の減少に対し、放射線技師を0.2名、検査技師を0.1名減らすということはできないのです。
回復期に転換すれば必ずしも経営が改善するわけではありません。先述の社会保障制度改革国民会議報告書では、政策立案者が医療提供体制の変革をバックアップする必要性を強調するとともに、このようにも述べています。
「政策当局は、提供者たちとの信頼関係を再構築させるためにも、病床区分を始めとする医療機関の体系を法的に定め直し、それぞれの区分の中で相応の努力をすれば円滑な運営ができるという見通しを明らかにすることが必要であろう」
当然ながら、「相応の努力」は回復期であっても必要なのです。
適正人員配置は負の遺産を残さない努力でもある
病院はもともと人員不足から過重労働が蔓延していたことに加え、患者の意識向上や診療報酬上の書類作成、数々の医療事故からの教訓を踏まえたインフォームドコンセントなどによる作業が著増しています。また、健康寿命の延伸に伴い認知症状を有する患者も増加し、現実的には回復期機能であるからといって人員を削減できない、むしろ基準以上の配置が求められる状況にあります。こうした中での選択と集中は、医療者から見れば倫理に反するようにも思われます。
しかし、適正な人員配置をしなければ、おそらくそこで提供される医療はいびつな形となり、将来に向けての負の遺産となります。仮に人件費が増大し、将来的に病院経営が成り立たなくなれば、将来の患者は医療を受けられなくなります。時間軸で考えれば、今の患者に対する集中的な医療の提供が、将来の患者に対する医療の非提供にもなり得るということです。持続可能な医療提供体制を求める時、そこには限られた医療資源に対する何らかの管理が必要です。
最後に
医療機関の経営者はこの医療資源管理の実行を迫られています。それが自院の医療機能の選択であり、選択した機能の中での相応の努力なのです。
病院の適正人員配置を定めることはその一つです。これを定めることは困難ですが、定める過程において各業務フローの見直しや、情報共有方法の確立による効率化、ITやAIを中心とした技術導入など、多くの改善=ビジネス・プロセス・リエンジニアリングが行われることでしょう。こうしてできた適正人員配置は、医療経営者・医療者双方が共通認識できる尺度にもなります。その尺度は医療技術の発展等に伴い伸縮はしても、尺度があることによって双方の納得する改善可能性を都度見出すことができるようになります。
こうした活動が、全ての医療機関で実行されることが求められています。
その他の記事
地方自治体による医療等ビッグデータ活用に向けて
データ駆動型社会への変革が健康寿命延伸のカギとなる