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介護人材不足の時代を見据えた介護経営のあり方
我が国では、団塊ジュニア世代が前期高齢者の仲間入りを果たす2040年に高齢者数のピークを迎えると言われています。高齢者数の増加に伴い、介護需要が増大する中で、支え手である生産年齢人口の減少が深刻な課題となっています。介護業界では慢性的な人材不足に加え、今後も益々人材確保が困難になることが予測される中、事業の持続可能性を高めるために必要な介護経営のあり方について解説します。
高齢者数の増大に伴う介護需要の高まり
我が国の高齢者人口は、1950年には総人口の5%に未満でしたが、1970年には7%を超えて高齢化社会となり、1994年には14%を超えて高齢社会、2007年には21%と超高齢社会に突入しています。また、団塊ジュニア世代が前期高齢者となる2040年には、高齢化率は35%にまで高まることが予測されています。
高齢者人口が増加するにつれて介護需要も増大していくわけですが、一方で、高齢者の支え手となる生産年齢人口の減少が課題となっています。我が国における生産年齢人口は1950年から2000年にかけて右肩上がりで増加していましたが、2000年以降は一転して減少基調にあり、ピーク時の約8,700万人から2040年には約5,700万人にまで減少することが予測されています。こうした状況の中で、増大する介護需要に対して、いかに対応可能な体制を確保していくかが大きな課題となっています。
高齢者数の増大による人材確保の必要性は数字にも顕著に表れており、2018年では就業者数の約12%が医療・福祉に従事していることが明らかにされていますが、2025年には約15%まで増加し、さらに2040年には約20%と、就業者の5人に1人が医療・福祉分野に従事する時代が到来すると推計されています。他産業との人材争奪戦が益々激化することが予測される中、慢性的な人材不足に悩まされる介護業界において、今後も持続的に人材を確保していくことは、極めて困難な状況にあるということが分かります。
深刻化する人材不足問題
厚生労働省が公表した、第7期介護保険事業計画の介護サービス見込み量等に基づき、都道府県が推計した介護人材の需要では、2023年には2019年の約211万人から約22万人を追加で確保する必要があり、2025年には約32万人。そして、高齢者数がピークを迎える2040年には2019年から約69万人を追加で確保する必要であるとの試算がなされています。
これらの数字は、現在介護職員として従事している方々が、今後も継続して働き続ける前提で算出されているものですが、離職率が高い業態であること、さらには従事者の年齢層も比較的高い業界にあることを考えると、介護人材も試算以上の数が必要となることが予測されます。また、前述のとおり、生産年齢人口の減少の影響を受けるのは介護業界だけでありませんので、当然ながら他産業との人材確保に関する競争も激化します。こうした状況を鑑みると、2040年までに約69万人が必要であるということは、いかに厳しいものであることが分かります。
介護という仕事は、社会的に意義があり、魅力的でやりがいのある職業である一方で、世間からのイメージは4K(きつい・汚い・危険・給与が安い)と揶揄されることが多く、人材が集まりにくい傾向にあります。特に給与面に関する財源は公定価格である介護報酬に依存している側面があり、事業所の自助努力によって業界水準を超える給与を支払うことが難しく、このことが介護サービス事業所における人材確保を一層困難なものにしています。
こうした状況の中、厚生労働省では5つの重点施策を掲げ、人材の定着や新規参入に資する取組みを積極的に推進しています。介護業界のような労働集約型のビジネスにおいて人材確保は経営の根幹であり、特に「①介護職員の処遇改善」と「②離職防止、定着促進、生産性向上」といった、介護職員の処遇と環境の両面を改善するための取組みは、介護事業経営の持続性を高める上でも極めて重要なテーマと言えるのではないでしょうか。
介護人材不足の時代における処遇改善以外に必要な視点
介護職員の処遇改善に関しては、2015年に介護報酬において処遇改善加算が創設(従前は介護職員処遇改善交付金)され、2019年10月には経験・技能のある介護職員への評価を目的とした特定処遇改善加算が新たに設けされる等、様々な施策が講じられています。厚生労働省の「令和2年度介護従事者処遇状況等調査」によると、介護職員の平均給与額は、2015年から2020年にかけて約4万5,000円/月増加の約33万円であることが明らかにされており、着実に処遇改善が進んでいることが分かります。それでも他産業の平均給与額の約36万円/月(国税庁「民間給与実態統計調査」)と比較すると給与額は低く、厚生労働省「一般職業紹介状況(2021 年9月)」では、介護サービス業の有効求人倍率は3.63倍も全産業の1.05倍平均よりも3倍以上と、依然として厳しい採用状況が続いていることが分かります。
増大する介護給付費を背景に、近年では介護報酬の適正化も進められており、2019年度の介護保険サービスにおける平均収支差率は2.3%(厚生労働省「令和2年度介護事業経営実態調査」)と、介護事業を取り巻く環境は非常に厳しい状況にあります。また、介護事業の収益は運営するサービスの定員数によって上限が決まりますので、事業規模を拡大する以外に大幅に収益を向上させることは難しく、介護サービス事業所において処遇改善を図っていくには、テクノロジーを活用すること等により、いかに「生産性向上」を図っていく以外に方法はないと言えます。
おわりに
介護現場における「生産性向上」については、厚生労働省が生産性向上ガイドラインを策定してモデル事業を実施しています。また、令和3年度の介護報酬改定では加算算定要件に生産性向上に資する取組みが要件化される等、介護政策における重要テーマとして位置付けられています。他にも介護現場での「生産性向上」を促進するために、「介護ロボット導入支援事業」や「ICT導入支援事業」等の補助金が大幅に拡充されています。このことは、これまでと同じような考え方で事業を継続することは困難であるというメッセージであり、介護サービス事業所に対して早期に変革することを促すものであると言えます。
今後、益々人材不足が深刻化する中で人材を確保し続けるためには処遇改善が必須となりますし、介護報酬の増額が見込めない中で処遇改善を図るためには「生産性向上」が不可欠です。介護事業は、ヒトがヒトへ提供するサービスそのものが商品であり、人材が確保できなければ事業を継続することはできません。介護職員の処遇と環境の両面を改善して、介護現場を人が集まる魅力的な職場にすることは、労働集約型ビジネスにおける経営の持続性を確保する上で極めて重要なテーマではないでしょうか。
執筆
有限責任監査法人トーマツ
リスクアドバイザリー事業本部 ヘルスケア
※上記の部署・内容は掲載時点のものとなります。2021/11
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