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科学的介護情報システム(LIFE)の動向と今後の展望

令和3年度介護報酬改定において本格的に導入された「科学的介護情報システム(LIFE)」に関する概要や最新の動向、今後の展望について、介護経営の視点を踏まえながら解説します。

令和3年度介護報酬改定の振り返り

本年4月に行われた介護報酬改定では、新型コロナウイルス感染症や大規模災害が相次ぎ発生する中で「①感染症や災害への対応力強化」を図るとともに、団塊の世代が75歳以上となる2025年に向けて、高齢者数が最も多くなることが予測されている2040年も見据えながら、「②地域包括ケアシステムの推進」や「③自立支援・重度化防止の取組の推進」、「④介護人材の確保・介護現場の革新」、「⑤制度の安定性・持続可能性の確保」を強化する方針に基づいて報酬改定が行われました。

特徴的な改定内容としては、感染症や災害が発生した場合においても、社会を支えるインフラとして必要なサービスが安定的かつ継続的に提供されるよう「BCP(事業継続計画)」の策定が全サービスに義務化されたこと。生産年齢人口の減少により、今後、益々深刻化する介護人材不足の問題を踏まえて、テクノロジー等の活用により「業務効率化や生産性向上」を推進していく方針が強化されたこと。そして、科学的根拠に基づくケアの推進として「科学的介護情報システム(以下、LIFE)」が本格的に導入されたこと等が挙げられます。

令和3年度の介護報酬改定の改定率は、全体で+0.7%でしたが、このプラス改定の多くは、LIFEへのデータ提出等を要件とした加算を算定した場合に限って恩恵が受けられるものとなっています。そのため、LIFE関連の加算が算定できなければ実質的に減収になることから、LIFEへの対応は極めて重要な課題であり、介護事業経営の視点においてLIFEが本格導入されたことは、今回の介護報酬改定の中で、介護現場に与える影響が最も大きいテーマだったのではないでしょうか。

出所:厚生労働省「介護給付費分科会」

科学的介護情報システム(LIFE)とは

「LIFE」とは、Long-term care Information system For Evidenceの頭文字をとったもので、従前のリハビリ評価データである「VISIT」と、高齢者の栄養・口腔・認知症等の状態のデータである「CHASE」が統合されてできたデータベースの名称です。1990年以降、医療分野においては「エビデンスに基づく医療」というものが一般化されてきましたが、介護分野においては「科学的な根拠に裏付けられた介護」が十分に行われていないことが問題視されていました。こうした背景を踏まえ、LIFEの仕組みを活用することで、ケア内容や利用者の状態等の情報を収集・分析して、介護現場へフィードバックし、介護分野において「科学的根拠に裏付けられた介護」を普及・推進させていくことを目的として、本年の介護報酬にLIFEが本格的に導入されました。

LIFEの活用等が要件として含まれている加算は、訪問介護等の一部のサービスを除き、ほぼ全てのサービスにおいて導入されています。加算の種類によって、提出頻度や提出しなければならない情報の内容は異なりますが、基本的な仕組みとしては、利用者の基本情報や実施したケアの内容や利用者の状態等に関する記録情報をLIFEにデータ提出すること。そして、LIFEからのフィードバック結果を踏まえ、介護計画を見直す等、ケアにおけるPDCAサイクルを構築することが加算の算定要件として求められています。

出所:厚生労働省「介護給付費分科会」

科学的介護情報システム(LIFE)に関する動向

多くの介護サービス事業所においては、「日々の業務に加えて、LIFEへのデータ提出に伴う業務負荷にどのように対応していくのか」について懸念する声が大きかったのですが、現時点において、ほぼ全ての介護システムベンダーにおいてLIFEとのデータ連携が進められており、既に記録業務がシステム化されている場合、日常の介護業務で蓄積した情報の中から、LIFEへのデータ提出に必要な項目をCSVデータとして抽出することができ、比較的簡単にLIFEへデータ提出することが可能となっています。

しかしながら、多くの介護サービス事業所では、紙媒体での記録業務を行っているのが現状であり、国のICT導入支援事業等の補助金制度はあるものの、予算が潤沢とは言えない中小の介護サービス事業所にとって、記録システムの導入は敷居が高く、結果として、LIFEへの対応に二の足を踏んでいる介護サービス事業所も多いのが実態ではないかと思われます。

では、実際、どのくらいの介護サービス事業所においてLIFEへの取組みが進められているでしょうか。特別養護老人ホームの経営者等で組織する「全国老人福祉施設協議会」が本年9月に実施した調査によると、「LIFEへの登録状況」について、特別養護老人ホームでは81.2%、通所介護では68.8%と、いずれも半数以上でLIFEに取り組まれていることが明らかになっています。また、LIFEの仕組みを活用した科学的介護の取組みを評価した「科学的介護推進体制加算」については、特別養護老人ホームが49.5%、通所介護では41.4%と、登録状況に比べて実施割合は低下するものの、4割以上の介護サービス事業所で加算算定が行われる等、本調査対象においては、LIFEに対して積極的に取り組まれている実態が明らかにされています。

LIFEについては4月に本格的に稼働して以降、大規模なシステム障害やデータの連携に関する不具合等のトラブルが相次いだため、LIFEへのデータ提出に猶予期間が設けられる等、特例措置が行われていましたが、厚生労働省や介護システムベンダー等の開発・サポート体制が強化されたことにより、少しずつ状況が改善されてきています。現時点では暫定版となっているLIFEから介護サービス事業所に対するフォードバック結果についても、急ピッチで準備が進められており、紆余曲折はありましたが、LIFEを活用した取組みが、10月以降、本格化することが予測されています。

出所:公益社団法人全国老人福祉施設協議会 公表資料をもとに作成

介護経営の視点を踏まえた今後の展望

令和3年度の介護報酬改定の目玉として導入されたLIFEについては、診療報酬とのダブル改定となる次期改定において、更なる拡充が予測されています。現在、厚生労働省では、介護報酬改定の効果検証及び調査研究を行う「介護報酬改定検証・研究委員会」を立ち上げ、LIFEの活用促進に資する実態調査や、今回のLIFE関連加算の対象外であった訪問介護や居宅介護支援への展開を踏まえた調査検証が、重点的に行われる予定となっています。

このように重点施策としてLIFEが普及されていく背景には、高齢化の進展に伴う介護給付費の増大が大きく影響しています。社会保障制度の持続可能性を確保することは、我が国において待ったなしの課題であり、介護分野においては、LIFEを用いて介護サービスの成果を可視化することで、ストラクチャーやプロセスに偏重していた介護報酬上の評価体系を、将来的にはアウトカム(成功報酬型)に切り替えて、介護給付費の適正化を図っていきたいという政策の意図を読み取ることができます。

アウトカムの指標としてLIFEを用いて推進していく方針が明確に打ち出されている以上、LIFEが今後も強化されることは容易に想像することができますし、介護サービス事業所においてLIFEに対応することは、「やりたい、やりたくない」「できる、できない」の問題ではなく、「やらなければいけない」ものであるということが分かります。仮にLIFEに対応することができなければ、中長期的に事業収益は目減りしていくことが想定されますし、結果として、事業経営も大変厳しい状況に陥ってしまうのではないでしょうか。

出所:厚生労働省「介護給付費分科会」

おわりに

LIFEに取り組むことは、事業収益を確保するという意味で非常に重要なテーマではありますが、科学的根拠に裏付けられた質の高いサービスを提供することの本質的な意義についても忘れてはいけません。

これまでは、サービスの質が可視化されていなかったため、介護サービス事業所の優劣は当事者の主観によって行われ、「〇〇事業所はサービスの質が高いが、××事業所はサービスの質が低い」といった評価が散見されていました。しかしながら、今後はLIFEという全国統一的に可視化できる指標ができたことにより、介護サービス事業所間で「サービス品質」の比較を行うことが可能となります。これにより、ケアマネージャーや利用者・家族にとっては、良質なサービスが受けられる事業所を選択することが可能となりますし、質の高いサービスを提供する介護サービス事業所は、そのことを対外的にアピールすることも可能となります。このように、LIFEに取り組むことは、競合他社との差別化を図るための一つの指標にもなり得るということも、理解しておくことが重要です。

今後、LIFEが普及・推進するということは、「生き残っていける事業所」と「そうでない事業所」の二極化を加速させる要因になることが予測されます。介護事業は官製市場ですので、事業の安定化を図るためには、国の政策に対していち早く対応することが極めて重要です。地域社会を支える重要なインフラとして、安定的かつ持続的な運営が求められる介護サービス事業所において、短期的な視点だけでなく、中長期的な展望を踏まえた「未来志向の介護事業経営のあり方」が、今求められているのではないでしょうか。

執筆

有限責任監査法人トーマツ
リスクアドバイザリー事業本部  ヘルスケア 

※上記の部署・内容は掲載時点のものとなります。2021/10

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