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イギリスの医療事情

さて、今回はイギリスの医療事情について少しお話しをさせていただきます。 なぜイギリス、と思われる方がいらっしゃると思いますが、以前、日本の医療事情の記事をDeloitteのホームページに掲載しました。その記事を見たイギリスの機関から、日本の医療事情の講演をして欲しいという依頼がありました。その講演に向けてイギリスや他諸国の医療事情を調査しましたので、今回は日本の医療や介護の現状をイギリスや他諸国と比較してみたいと思います。

ロンドン雑感

講演依頼は、昨年に引き続き2度目なので、ロンドンの移動は慣れたものです。市内の移動はもっぱら地下鉄を使ったのですが、どの路線もほぼ待ち時間なく乗車ができました。東京や大阪の地下鉄よりも効率的に運行されている気がしました。また、地下鉄の出口に詳しい地図があるので、迷うことなく目的地に辿り着けます。このあたりは2020年の東京オリンピックを控え、海外から多くの訪日外国人客を迎える日本としてもっと見習うべき点だと思います。ちなみに、地下鉄のエレベーターは左側を通路として空ける大阪方式です。

さらに言うと、イギリスでは、屋内はすべて完全禁煙です。巨大なヒースロー空港も完全禁煙でした。シンガポールや日本の空港は通関後も喫煙室が完備されていますが、ロンドンは違いました。その代わり、街の中には灰皿が至る所にあり、喫煙家に優しい街作りをしています。

 

日本の高齢化

日本は世界に先駆けて超高齢化社会を迎えています。「高齢化」にも定義があり、総人口における65歳以上の人口割合が14%以上の状態を“aged society”(高齢社会)と定義しています。また、この率が21%以上になると、”super aged society”(超高齢化社会)となります。

2018年の日本の高齢化率は26%です。ちなみに、super aged society(超高齢化社会)以上の英語表記は現在のところ存在しません。30%を超えると”hyper aged society”、 50%を超えると”super - hyper aged society”という表現になるのでしょうか?

以下の図は、米国、英国及び中国と日本の高齢化率を比較したものです。日本がいかに短期間で超高齢化社会を迎えたのが分かります。

 

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平均寿命

日本の平均寿命は、男性81.09歳で世界第3位、女性87.26歳で世界第2位です(2017年推計値)。昨今、人生100年時代とも言われるように、平成の時代に平均寿命は5年も延伸しましたが、新しい年号「令和」になっても伸びていくでしょう。

問題は、寿命を全うするまで元気に生活を送れるかです。元気でゴルフができるか、寝たきりの生活をするか。寿命に関しては、平均寿命とは別に「健康寿命」という概念があります。英語表記は”Healthy Life Expectancy”です。概ねいずれの国も平均寿命から10年程度差し引いた年齢が健康寿命になっています。日本の健康寿命は74.9歳(男女平均)、平均寿命は84.2歳(男女平均)(2018年)です。筆者は現在63歳ですので、健康寿命まであと10年余りとなります。

日本の医療政策は、単純に言えばこの健康寿命の期間をいかに延長するか、平均寿命に近づけるかに置かれていると言えます。いわゆる「ぴんぴんころり」の社会です。平成28年度の厚生労働省のデータによると、一人当たり医療費は65歳以上で72万7,300円、65歳未満で18万3,900円となっており、65歳以上の人は65歳未満の人より約4倍の医療費を使っていることがわかります。最後の10年間を元気に過ごすことは、本人、家族、そして社会にも有益なのです。

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日本の医療費

日本は、高齢化とともに医療費も年々増加しています※1 が、高齢化が医療費増加のすべての原因ではありません。医療の高度化、高騰する薬剤費も原因の一つです。現在、2025年に向けて地域医療構想など施策が進められていますが、2040年も議論の対象になっています。

2040年は1.5人の現役世代(生産年齢人口)が1人の高齢者を支える時代になります。何も手を打たなければ、日本の医療費は40兆円から70兆円に、介護費は10兆円から25兆円に増加します。生産年齢人口は減少していくので、これら社会保障関係費を賄う税金は誰が負担するのか心配になります。今年の10月から消費税が10%になり、一部は社会保障関連費に投入されますが、この医療費・介護費の推測値を見ると、将来的に金額が膨らむ可能性は大きいと思います。
ちなみに、イギリスは現在20%の消費税が課されています。

世界にはイギリスやカナダのように医療が無償の国があります。日本は原則30%自己負担ですので、一見するとイギリスのほうがよい制度のように思えますが、イギリスは歯科、眼科、薬の費用は自己負担となります。

イギリスの医療保障制度では、国民保健サービス(National Health Service ※2。以下「NHS」という。)がすべての国民に予防医療、リハビリも含めた包括的保健医療を原則無料で提供していますが、入院待ちの患者が多いという話を聞きました。もちろん、私立の病院もロンドン市街に相当数あります。クリーブランドクリニックやメイヨークリニックが病院を建築中です。イギリスには介護保険もありますが、NHSが負担する医療関連部分を除き、全額自己負担が原則であり、低所得者に対してのみ公費による補助が行われています。

一方、イギリス人から聞いた話ですが、この制度の利用にはまず自己の財産を使うことが前提になっているようです ※3


※1: 2019年度医療給付費は11兆9974億円(前年度比1.6%増)、介護給付費は3兆2301億円(同3.7%増)出所:厚生労働省,平成31年度予算案の概要

※2: NHS の運営に関しては、保健担当大臣が責任を持ち、保健省がNHS の政策を策定し事業運営を管理、監査している。

※3:介護施設に入所する場合、まず自らの収入や資産で対応し、貧困層に転落した後、公費負担を受けることになる。その過程で入所費用を捻出するため、自宅を売却せざるを得なくなる者が出てくる。イギリスでは、年金額は低いが、高齢者の持ち家率は高い。政府は、毎年、3〜4万人程度の高齢者が自宅を売却すると推計している。
出所:イギリスの高齢者介護費用負担制度の改革, 海外社会保障研究Winter 2016 No. 193

 

日本の解決策

こうした医療・介護の需要増加に対して、供給体制はどのようになっているのでしょうか?

医療分野では、地域医療構想により、地域の状況に応じた医療体制を構築する努力がなされています。急性期の病床数が多く、回復期の病床数が不足している地域が多く見られます。また、人口減少に伴い病院の病床数は余ります。各医療機関で同じような機能を持たせるのではなく、各地域で1つの総合病院が理想的です。まだまだ議論が進んでいない地域区もあるようです。

介護分野の大きな課題は、介護要員を確保できるかどうかです。厚生労働省の予測では2025年に必要な介護要員は約250万人とされており、2016年の実績値の約190万人に対し、現状のままでは介護に携わる人材が60万人不足します。今後更に不足する介護士をどう確保するかが日本の課題となっています。アジア諸国の人材を採用することも検討されていますが、下図のように、2040年にはアジア諸国も超高齢化社会を迎えており、とても人材を融通できる環境にないと想像します。既に介護保険を導入した台湾でさえ、海外からの人材を採用するなど介護士の確保が課題だという話を関係者から聞いています。
 

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現在、介護業界では、人材不足の代替えとしてロボットやITを活用し、日本の抱える課題を解決しようという動きがあります。

例えば、ベッドや床、隣のカーテンから被介護者の動きをセンサーでモニタリングし、転倒や異常を感知する、人工知能を活用するといった議論が進んでいます。また、介護予防や早期発見を目的として、将来アルツハイマー病やがんになる確率を血液検査から予測するなど、健康寿命を延ばすための技術開発が進んでいます。

認知症も大きな課題です。我が国の認知症患者は2020年時点では600万人程度ですが、2040年には800万人に増加すると予想されています。今回訪問したイギリスでも2020年には100万人、2040年には170万人と推測され、大きな問題になっています。

キャメロン前首相は認知症をイギリスの将来の課題とし、政府や企業だけに解決策を任せるのではなく、各プレーヤーが連携して社会全体で解決する課題として大々的なキャンペーンを実施しました。その結果、イギリス各地に認知症患者と共生していくための工夫を凝らした街が数多く出来上がり、企業や国民がこの取組みに参加しています。

認知症はどう治療するかという課題と、どう共生するかという課題があるように思います。共生においてイギリスは、企業、国民、国、及び自治体が一体となって”dementia friendly society”を創っています。日本でも政府をはじめ様々な動きがみられます。

 

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Future Healthcare 2019

さて、講演の話に戻りますが、筆者はこの3月に”future healthcare 2019”のコンベンションで”The world’s third largest spender on healthcare after USA and China”をテーマに講演を行ってきました。

コンベンションは2日間開催され、主なテーマしては下記のようになっています。
・The healthcare technologies landscape
・Scaling innovation
・Healthcare : Global view
・The new healthcare environment

筆者が招聘された理由は、イギリスにおいて今後迎える高齢化問題を日本はどのように解決しようとしているのかを知りたかったためではないかと思います。コンベンションは民間が主催しており、欧米諸国から約100社程度の企業が展示を行っており、日本のマーケットに参入意欲のある企業も関心高く講演を聞いてくれました。

筆者の講演後、「なぜ日本は少子高齢化になったのか」という素朴な疑問から医療データの活用、電子カルテの普及度、認知症に関する取組み等、様々な角度から質問を受け、日本に対する関心の高さを実感しました。

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