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自動車業界の大変革「CASE」の技術開発動向と知財上の課題

特許情報による完成車、部品、IT企業等に関する最新動向および次世代技術開発動向の徹底分析

自動車業界で起こっている大変革「CASE」。これにより従来の完成車メーカーや部品メーカーだけでなく、GAFA/BATHといった巨大IT企業などの様々な企業が技術開発を加速させている。本稿では、CASEに関する技術/知財動向を解説し、次世代技術の開発状況、各プレーヤーの取り組みおよびそこから浮き彫りになる日系企業の知財上の課題について述べる

CASEを取り巻く業界動向

CASEとは2016年にある独企業がパリモーターショーで発表した中長期戦略の中で提唱した造語として、コネクテッド化(C)、自動化(A)、シェアリング化(S)、電動化(E)の頭文字をとったものを指し、「自動車メーカーがただ製造するだけにとどまらず、モビリティのサービスプロバイダへと変わる」という戦略である。

CASEは自動車が誕生して以来の大変革であり、完成車メーカーや部品メーカーだけでなく、異業種を含めた様々なプレーヤーがこの大きな潮流に向けて前進している。

【コネクテッド化】
自動車のソフトウェア技術の重要性が増し、車内外のデータ連携と利活用が加速し顧客へのサービス価値を増大させることで、コネクテッドカーは2035年には2016年比で5.3倍となる1億1010万台規模に成長することが見込まれている。※1

【自動化】
各国で自動運転車の実証実験が実施され、国内では2021年3月4日に世界で初めて自動運転レベル3の型式指定がなされた新型車両が登場した。市場規模もレベル3以上の自動運転車は2040年には4412万台規模に成長することが見込まれている。※2

【シェアリング化】
観光MaaSやオンデマンドバスなどの実証実験、事業化が行われており、ライドシェアは2018年の7兆円から2025年には3倍となる20兆円以上に成長し、MaaS(Mobility as a Service)は2017年の2兆7000億円から2025年には25兆円規模に成長することが見込まれている。※3

【電動化】
CO2排出による環境への影響が懸念されており、世界各国で環境規制が厳しくなっている。特に自動車の排出ガスは、環境への影響が大きいと問題視され、排ガス規制が厳しく設定され、これに対応する脱炭素社会に向けた動きとして電気自動車の開発などが加速している。市場規模も電気自動車は2017年の442万台から2035年には6000万台規模に成長することが見込まれている。※4

 

このようなCASEへの対応において、各社は研究開発を加速させるとともに特許出願も増加させている。本記事では市場成長が見込まれるCASEにおける各国の知財動向について解説し、そこから見えてくる日系プレーヤーの知財上の課題について述べる。

CASEに関する知財動向

CASE関連の特許出願は中国と米国を中心として顕著に成長している。一方、日本への特許出願件数は2010年時点では4極の中でトップだったが、その後横ばいで推移しており、2016年には中国に、2018年には米国に抜かれている(図1)。出願されている技術としては、自動運転、サービス関連の領域の成長が著しく、かつ現在の技術開発/特許出願の中心である。次世代技術としては、ソフトウェア更新、非接触給電、測距センサなどの技術開発が伸び始めている(図2)。

図1:CASEに関する日米欧中の特許出願動向
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図2:CASE関連出願 技術マップ
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中心プレーヤーとして出願を伸ばしているのは日系の完成車メーカーと部品メーカーだが、近年は出願ランキング上位に日米欧の企業だけでなく、韓国の完成車メーカーおよび部品メーカーや中国の異業種企業が食い込んできており、新規プレーヤーが脅威になりつつあると考えられる(図3)。

図3:日米欧中におけるCASE関連の特許出願件数上位企業のランキング推移
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また、出願が伸びている米国と中国に目を向けると、米国ではIBM、中国ではBaiduといった異業種が出願件数上位にランクインしており、これらのIT企業については自動化、シェアリング、コネクテッドのサービス/ソフトウェア領域の出願を特に伸ばしており、将来の自動車の付加価値の源泉となる領域を狙っていると考えられる(図4)(図5)。

図4:米国におけるCASE関連の特許出願件数上位企業のランキング推移
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図5:中国におけるCASE関連の特許出願件数上位企業のランキング推移
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さらに、中国における完成車メーカーの出願件数ランキングを見ると、2010年以降BYDなどの中国地場企業が常にランキングトップ10に食い込んできている(図6)。

図6:中国における完成車メーカーに限定したCASE関連の特許出願件数上位企業のランキング推移
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4極のなかで出願が伸びていない日本と欧州だが、その出願の中心プレーヤーである日系企業と欧州企業の海外出願のスタンスを比較すると違いが明確となる。

図7は日系完成車メーカーと欧州完成車メーカーのCASE関連の各国出願と海外出願比率を整理したものとなる。欧州完成車メーカーは米国を中心に出願を行っており、欧州および中国に対して米国と同程度の出願を行っている。一方で日系完成車メーカーは日本への出願は非常に多いが、米国のコネクテッド化および自動化の領域を除き、海外への出願が日本への出願の40%以下に留まっている。

図7:日系完成車メーカーと欧州完成車メーカーの海外特許出願比率
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この傾向は図8の部品メーカー同士の比較においてはさらに顕著であり、日系の部品メーカーは米国の自動化領域を除き、海外への出願が日本への出願の30%以下に留まっている。

図8:日系部品メーカーと欧州部品メーカーの海外特許出願比率
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市場成長が見込まれる米国、中国では知財活用も非常に活発に行われている。自動車の付加価値がサービス/ソフトウェアの領域にシフトすることを考慮すると、 自動車業界もIT業界のようにクロスライセンスを前提とした知財活用にシフトしていくことが想定される。 このような環境においてはクロスライセンスの交渉先の主戦場である米国、中国への出願比率の増加は日系企業の課題であると考えられる。

 

まとめ

出願動向を鑑みた今後のビジネス上の影響として、Google、Baiduなどの大手IT企業やUberなどのサービス企業が技術開発を推進することで、自動車の付加価値がソフトやサービスへとシフトする動きが加速する可能性が考えられる。また、中国地場企業の開発力が向上することによりハードを中国企業、ソフトを米国IT企業が担うエコシステムの構築が加速する可能性がある。

今後、日系企業の研究開発の方向性としては、CASEに対応するためにこれまで以上に自動運転やソフトウェア更新などのコネクテッド化のソフト面の技術開発への投資割合を増やすものと考えられる。さらに、近年伸び始めているシェアリングなどのサービス領域における技術開発を加速させるものと考えられる。また、電動化については非接触給電などの次世代技術の開発は活発化していくものと予測される。

日系企業の課題としては、自前での技術開発だけでなく、アライアンスや買収による外部の技術力を活用した迅速なエコシステムの構築を行うことが考えられる。知財の観点では有望企業はCASE領域の特許出願を伸ばしているため、IPランドスケープ分析によるアライアンス先探索などのアプローチが有効だろう。実際に米国の異業種に限定した自動化関連の出願件数ランキングの推移(図9)においてランキングを伸ばしている2014年に創業した自動運転スタートアップ「Zoox, Inc.」は2020年6月26日にAmazonが買収を発表している企業である。※5

図9:米国における異業種に限定した自動車関連の特許出願件数上位企業のランキング推移
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また、日系企業は日本での開発成果を海外においても特許出願/権利化することによりクロスライセンスなどの知財活用に備えた自社やエコシステムの事業保護体制の構築を推進することも課題になると考えられる。

このように異業種や中国企業が台頭し業界構造が変化しつつある中で、日本企業はソフト/サービス領域での開発を加速し、協業も視野に入れた海外での特許ポートフォリオ構築に注力することが重要になってくるだろう。

※1:富士経済「コネクテッドカー関連市場の現状とテレマティクス戦略 2018」

※2:富士キメラ総研「2019 自動運転・AIカー市場の将来展望」

※3:WiseGuy Research Consultants「Global Mobility as a Service (MaaS) Market Research Report 2018」

※4:富士経済「xEV国別中長期市場予測2018-2019」

※5:https://www.aboutamazon.com/news/company-news/were-acquiring-zoox-to-help-bring-their-vision-of-autonomous-ride-hailing-to-reality

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