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Industry Eye 第37回 不動産セクター
ホテル投資マーケットの考察と今後の展望
インバウンド需要およびホテル投資の「市民権」確立により、ホテルマーケットは活況を呈しています。今後、新規供給の増加により個別ホテルの優劣が鮮明となるなか、立地・コンセプト・マーケティング・オペレーションなどで競争力のあるホテル経営戦略を有し、実行可能なホテルが「勝ち組」となると考えます。
I.はじめに~ホテルマーケットの現状~
ここ数年、日本のホテルマーケットは活況を呈している。ADR(Average Daily Rate: 平均客室単価)は、2011年頃をボトムとして2016年頃まで大きく上昇し、以降も多少の変動はありつつも堅調に推移しており、OCC(Occupancy Ratio:稼働率)も概ね85~90%と非常に高い水準にある。
こうした動きの背景としては、消費マインドの回復による高齢者を中心とする国内旅行者の安定的な推移に加えて、訪日外国人旅行者の増加による影響が大きい。2013年に初めて年間1,000万人を突破した訪日外国人旅行者は、2017年には2,800万人を超え、2018年も1月から3月の累計で前年同期を約17%上回っており、年間3,000万人の突破が期待される。仮に3,000万人とすると、これはADRがボトムであった2011年との比較で約4.8倍の水準である。
上記のマーケット環境から、当社でもこれまでホテル事業へ積極的ではなかった企業による進出検討、地方公共団体などの行政によるホテル誘致への取り組み、ホテルオペレータの新ブランド展開といった相談を受ける機会が多くなっている。こうした状況を踏まえ、本稿では、ホテル投資への取り組み検討という観点を中心に、これまでのホテルマーケットの状況をおさらいするとともに、今後の展望を考えてみたい。
II.ホテルマーケット活況の原動力
ホテルマーケットの活況、その原動力は何か。ホテルマーケットの現状を語るうえで、欠かせない事象が「インバウンド需要の拡大」である。確かに、日本政府による観光立国化を目指すなかで、2012年までは600~800万人程度だった訪日外国人旅行者が、2017年には2,800万人にまで飛躍したという数値的インパクトは非常に大きい。インバウンドという新たな需要が喚起されたことでホテルマーケットを下支えしたという側面はあろう。
一方、単に需給面だけではなく、ホテル投資を巡るマーケット構造の変化がその原動力である、というのが本稿での見立てである。バブル期においては、ホテルやレジャー案件は収益性とはあまり関係のない特殊な不動産投資としてある種の投機的な投資対象と見られていたのに対し、1990年代後半以降に、ホテルを含む不動産を担保とする不良債権の処理を契機として、収益性をベースとした不動産価値算定が一般化するなどのホテル投資マーケットの構造変化により、ホテル投資を巡る考え方は大きく変容したと考えている。すなわち、外資系プレイヤーの参入によるホテルの機能分化が進み、ホテル運営機能を持たない投資会社などによるホテル投資が活発になったこと、物件の長期保有が可能なJ-REITの誕生と市場整備ならびにホテルREITの誕生などを契機として、ホテル投資マーケットが一定の「市民権」を確立し、ホテル投資が一般的になったといえる。また、これらに加え、近年のインバウンド増加など日本国内において数少ない成長ストーリーが描きやすい資産となり、大手デベロッパーなどによる開発を含めたホテル事業への参入が相次ぎ、ホテル投資マーケットが活況へと向かった。バブル崩壊以降、多くの企業が辛酸を嘗めたホテル事業ではあるが、需要面のみならず、ホテル投資マーケットの構造変化という観点からも、ホテル投資への参入にかかる意思決定のハードルが大きく下がっているのが現状と考えている。
III.今後のホテルマーケットの見通し
前項で見てきたように、ホテル運営環境の好転、ホテル投資の「一般化」に代表されるマーケット構造の変化が、直近数年間のホテルマーケットの活況に大きく貢献してきた。では、このホテルマーケットの活況は今後も続くのであろうか。
実は、マクロマーケットという観点で捉えると、既に踊り場に差し掛かっているように感じられる。すなわち、新規ホテル供給が増加したことより、インバウンド増加による従前の客室数不足の状況は解消されることが概ね想定されており、ADRやOCCといったホテルに関するKPIは、前年対比で大きくは伸びにくい状況になっている。4~5年前に開業したホテルであれば、事業計画に余程違和感のあるものではない限り、現在までの事業計画を達成するのはそれほど困難でなかったと思われるが、今後はインバウンド需要のさらなる拡大や2020年の東京五輪開催という要素を加味したとしても、マクロの需給ギャップを埋めるという環境ではないことから、やみくもにホテル事業への進出や新規ホテルの出店を進めて成功という結果を得るのは厳しくなってきている。
ただし、新規開業するホテルをすべて悲観的に捉えるというような話ではないと考える。立地、顧客ニーズなどを踏まえたコンセプト策定とともに、顧客(リピーター)獲得に向けた綿密なマーケティング活動および顧客満足度を高めるオペレーションにかかる競争力のある戦略を有し、当該戦略を実施可能なホテルであれば、今後もマーケットと同等以上のADR・OCCを確保することは十分に可能であると考えている。その意味では、今後も大量の新規供給が続くなか、例えば、住宅地において立地に基づく優劣がはっきりしているのと同様に、既存ホテルを含めた「勝ち組」と「負け組」の序列が今後より鮮明となってくるのではないだろうか。
IV.競争力のあるホテル経営戦略の必要性
オペレーショナルアセットであるホテル投資において、ホテルの収益源泉であるホテルそのものの競争力という観点では、単に立地・地位(じぐらい)が良いという面だけで測ることができないということは論を俟たない。ホテルとしてのコンセプトが明確で、それが利用者に対して訴求でき、単価を伴う集客力の高い運営がなされているかどうかが重要である。すなわち、立地におけるホテルニーズを理解したうえで、立地から想定されるターゲット層やグレードを検討するとともに、自社で運営しない場合には運営力の高いオペレーターの選定、自社運営を志向する際には自社におけるリソース・強み・特徴を活用した戦略が求められる。
特に、直近のホテルにおける方向性は、多種多様である。従来は宿泊・料飲・婚礼などの各機能を有するフルサービス型ホテルと宿泊機能に絞った宿泊特化型ホテルの2類型で凡そ大別できていたが、近年ではデザイン性やファッション性にこだわりを持たせた「ライフスタイルホテル」や滞在そのものを旅の目的とする「ディスティネーション型ホテル」といった従来の枠組みに収まらない、新たな概念のホテルが台頭し、注目を浴びている。ホテル投資に際しては、ホテルのハードアセットとしての側面に加えて、ソフトの面で如何にニーズを満たし、競争力のあるコンセプトを策定できるか、また、当該コンセプトに合致したオペレーション体制を構築できるかが重要になってくるものと考えられる。
V.おわりに
今までみてきたように、ここ数年、インバウンド需要の増大およびマーケット構造の変化により、ホテルマーケットは活況を呈している。確かに、マクロマーケットでみれば、ホテル供給の増加により需給環境は踊り場となりつつあるが、競争力のある立地・コンセプトを有し、顧客獲得に向けた綿密なマーケティング活動ならびに顧客満足度を高めるオペレーションを実施可能なホテルは、充分に「勝ち組」となり得ると考えている。
直近のホテルマーケットにおける潮流としては、前項で例示した「ライフスタイルホテル」、「ディスティネーション型ホテル」といった従来にはなかった新たなコンセプトのホテルが台頭しているほか、タイムシェア事業も今後広がりを見せる可能性がある。タイムシェア事業は、開発後のホテルを客室単位で売却し、購入者が利用しない期間はホテル運営会社が通常のホテル客室と同様に運営し、当該客室に購入者以外の第三者が宿泊するというものであり、ホテル投資家の立場からすれば、早期の資金回収が可能となるスキームである。
インバウンド需要のさらなる拡大や2020年の東京五輪開催という需要面での期待がある一方、民泊新法「住宅宿泊事業法」の施行による民泊施設のインバウンド需要の取込懸念もある。上り調子で推移してきたホテルマーケットの変化が見込まれるなか、既に参入済み或いはこれから参入検討する企業の皆様がホテル事業を成功裏に進められることを祈念して、末筆の言葉としたい。
執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
不動産セクター担当
ヴァイスプレジデント 金本 照道
(2018.05.28)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。
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