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世界のM&A事情 ~台湾~
台湾における資本市場の概観とテクノロジー産業
日本から地理的にも近く、半導体のグローバルサプライチェーンの面でも世界的に重要な位置づけにある台湾。そんな台湾において近年では、昨今の円安基調や地政学的な配慮、また大手半導体企業の日本進出などを背景に、台湾から日本へ投資の傾向に変化が表れはじめています。そこで本稿では、今後台湾とコラボレーションされる方に向けて台湾経済および産業について基礎的な理解を深めてもらうべく、台湾における資本市場の概観について触れたうえで、これまでのテクノロジー産業の変遷についても簡単に解説します。
1. はじめに~増加する台湾から日本への投資~
台湾という言葉を聞いて何を思い浮かべるだろうか。小籠包やマンゴーといった食べ物や、日本のアニメーション映画で有名となった九分老街など、観光面での印象をお持ちの方が多いのではないだろうか。日本と台湾は文化的・歴史的に深いつながりを持つだけでなく、半導体などのテクノロジー製品を中心に経済・産業面においても深い関係を有している。過去の台湾に関するコラムでは、日本から台湾への投資に主眼に置き、主に台湾投資に関するナレッジについて解説を行ってきた。しかし、昨今の円安基調や地政学的な配慮、また台湾の大手半導体企業の日本進出を追い風に、ここ数年では台湾から日本へ投資の傾向に変化が表れており、直近10年間の日台間クロスボーダー投資額は台湾からの投資総額が日本からの投資額を遥かに上回っている。(Capital IQ公表ベース)
その中で特に大きな割合を占めているのは、Taiwan Semiconductor Manufacturing Company Limited (以下、「TSMC」)を中心とした半導体関連の投資である。半導体不足が世界的な課題となる中、経済安全保障上の観点から各国の誘致活動が活発化しており、日本においても今年の2月に開所した熊本の第一工場(投資総額1兆2,900億円)と、今後着工予定の第二工場(投資総額2兆850億円)とをあわせると、TSMCの投資額はおよそ3兆円を超える規模となる。その経済波及効果は10年間で約20兆円にも達するといわれており、日本政府はこれらの投資に最大で1兆2,000億円の補助金を出す方針だ。
また、TSMCの他にも、台湾半導体大手のPSMCが宮城県に8,000億円規模の投資を検討していることに加え、電子機器関連では2016年の鴻海によるシャープの買収(約3,888億円)、足元の2024年4月では台湾大手の電子部品メーカー、LITE-ON Technology Corporationが日本の同業他社に約112億円の出資を決めている。このように、昨今の台湾からの対日投資はこれまで類をみない程ほど盛り上りを見せており、今後こういった日本への投資基調は続くと見られている。
2. 台湾の資本市場の構成と概観
台湾経済を理解するうえで、先ずは台湾の資本市場の仕組みについて簡単に解説したい。台湾の資本市場は、大手企業や経営が一定程度安定している企業で構成される台湾証券取引所(TWSE)の「上市(Shang-Shi)」、主にベンチャー企業を対象としている台北エクスチェンジ(TPEX)の「上櫃(Shang-Gue)」、また上場前のIPO準備市場である、「興櫃(Xin-Gue)」の3つに区分されている。設立からの経過年数や払込資本金の額、株式の分散状況に加え、時価総額や純資産、収益力について基準が設けられており、大きな枠組みとしては日本の上場基準と違いは無いといえる。上市については日本の東証プライムおよびスタンダード、上櫃は東証グロースに類似した市場であるといえるが、興櫃については米国市場で言う店頭取引(OTC:Over the Counter)に類似した取引場であり、マーケットメーカーが相対で取引を行い、その取引された価格がTPEXを通じて興櫃に反映・報告される仕組みとなっている(株式の売買は取引所を介さずやり取りを行う)。その意味で、興櫃は厳密には“市場ではない”といえるが、店頭価格が存在している点は留意が必要である。台湾においては、興櫃にて最低6カ月以上の売買実績があることが上場の要件とされているが、中には上場に至らず興櫃に何年も留まっているような銘柄も存在する。
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次に、台湾資本市場の規模感やセクター構成を日本の資本市場と比較してみたい。台湾資本市場の時価総額は約2.2兆米ドル(約341兆円)、銘柄数は約2,100社となっており、日本の資本市場と比較すると、時価総額は日本の約3分の1、銘柄数で約2分の1の規模感となっている。セクターごとに見てみると、日本の場合はIndustrials(資本財セクター)22%、Consumer Discretionary(自動車などの一般消費財セクター)20%、に次いでInformation Technology(情報産業セクター)は14%と3番目に位置しているのに対し、台湾の場合はInformation Technologyセクターが資本市場の63%と、大部分を構成している点が特徴といえる。
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具体的にリスティングされている銘柄を見てみると、上位50社の内22社が半導体を中心とするInformation Technology産業の銘柄であり、その代表的な銘柄の一つが、AppleやNVIDIA、ソニーなどの先進テック企業に世界最先端の半導体チップを製造、提供しているTSMCである。その時価総額は日本最大の時価総額を誇るトヨタ自動車の約1.8倍、6,310億米ドル(約97兆8000億円)となっており、TSMCだけで台湾の資本市場の約30%を構成する結果となっている。
参考までに、台湾資本市場に上場している銘柄を、2024年3月時点で時価総額の大きい順に50社リストアップしたものが図表3である。いずれも時価総額が1兆円を超えた企業で構成されており、Information Technologyセクターの企業群が太宗を占めている点は変わりない。また、前述の通り台湾の資本市場には約2,100社がリスティングされているが、上位50社のみで台湾全体の時価総額の約60%超を占めている。
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3. 台湾におけるテクノロジー産業の発展
最後になぜ、台湾において半導体を中心とするテクノロジー産業がこれほどまで重要な位置を占めることになったのか、台湾における半導体産業の変遷について簡単に述べたいと思う。
蔣介石が大陸から台湾に移り住んでから約30年後、当時の行政院院長であった蔣介石の息子、蔣經國は、台湾の経済発展には主要インフラの整備が必要不可欠とし、1973年より一連の大型建設プロジェクト「十大建設」を推進をしたことから始まる。これにより、高速道路や国際空港、鉄道、港湾、製鉄や石油化学、原子力発電など、産業の根幹となる基盤が整備されることになるが、これらのインフラ整備事業とほぼ同時期に、次の台湾における産業の柱として白羽の矢が立ったのが、ICチップをはじめとする半導体産業であった。
1974年に半導体の技術研究を担う工研院電子工業発展センターが立ち上がると、1980年には台湾初の半導体製造会社であるUnited Microelectronics Corp.(以下、「UMC」、時価総額第12位)が政府出資70%によって設立された。また、同年には新竹市にサイエンスパークが設立され、1987年には前述の半導体製造の雄であるTSMCが誕生した。サイエンスパークには半導体のデザイン会社、ファンドリー(製造)、パッケージテスト工場、製造設備メーカー等が集まり、サプライチェーンが1か所で完結することによる集積の経済も相まって、台湾半導体産業は急速に高度な成長を遂げていった。
加えて、台湾の半導体産業の発展を語る上で欠かせないのが海外留学人材の活躍である。1970年~90年代に台湾の将来を担う多くの台湾人の若者が政府の政策により米国のシリコンバレー等に派遣され、当地にて最先端のテクノロジーを学ぶこととなる。その中には、後のUMCの董事長(CEO)となる曹興誠氏や、台湾の時価総額第3位、Mediatek Inc.の董事長となる蔡明介氏、TSMCの創業者の一人である曾繁城氏なども含まれていた。彼らは当地で経験を積んだのち台湾に戻り、その後の台湾のテクノロジー産業の礎を築くこととなる。
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90年代以降になると高度な専門技術を獲得した人の中で、仲間とともにシリコンバレーで起業する人も現れ始める。例えばAI半導体で圧倒的なシェアを誇る米国のNVIDIA社のCEO、黃仁勳氏。彼は9歳の時に家族とともに米国に渡り、スタンフォード大学で電気工学を学んだ後、シリコンバレーの仲間とともにNVIDIAを創業したという背景がある。先に行われた台湾大学の卒業式で、20分にわたって流暢な閩南語(台湾語)を用いてスピーチを行ったことも現地メディアも賑わしていた。また、現在、同社は台湾経済部とも協同し、約240億NTD(約1,100億円)を投じて、台湾に人工知能研究センターを設立中である。
発展途上国から先進国への高学歴者の流出は、頭脳流出として途上国経済の発展を阻害するものといわれてきた。しかし台湾では事情が異なり、海外に渡航した人材が巡り巡って台湾に還流し、テクノロジー産業の発展に大きな貢献を果たしている点は一つの特徴といえる。その他、政府は企業が支出した研究開発出費について法人税の控除政策を与えたり、企業が人員を確保するにあたって、特別な専門知識を持っている技術者、政府の研究開発機関、一部の大学/大学院の理系学生などは兵役を免除する措置を講じたりしたことなど、様々な政策的、経済的要因が台湾の半導体産業の発展を後押ししたといわれている。
4. おわりに
先ずは本稿を最後までお読みいただけたことについて御礼を申し上げたいと思う。また、本コラム執筆において情報提供いただいたデロイト台湾事務所のメンバーにも深く感謝申し上げる。今後日台間で何かコラボレーションの機会が生まれた際に、本稿が台湾経済や産業について理解を深めて頂く一助となれば本懐である。
※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。
執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
台湾駐在員 松本 薫
(2024.6.11)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。
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