事例紹介

海外大学訪問レポート(1)シンガポール国立大学

海外調査から得た持続的な競争力向上へのヒント

日本の大学が持続的に競争力を向上させていくためには、戦略的なタレントマネジメントや優秀な人財確保、経営管理の高度化の必要性が指摘されることが多い。大学の経営管理の高度化については、組織体制や業務プロセスそのものの見直しと、業務上発生するデータの利活用を実現する仕組みの整備を合わせて取り組む必要がある。また、大学固有の業務や制度も存在するため、民間企業等の事例を参考にし難い部分も多い。本レポートでは、日本国内の大学が持続的に競争力を向上させていくためのヒントとして、海外の大学における取組み事例を紹介していきたい。

はじめに ー 本レポートの背景

近年、日本の大学を取り巻く環境は国内の18歳人口の減少、グローバル規模での学生・研究者獲得競争の過熱化等、一段と厳しさを増しつつある。

その中で、持続的に競争力を向上させていく上での課題として、魅力的な教育プログラムや研究環境の提示による優秀な人財の確保、そして一法人として経営管理の高度化の必要性が指摘される。しかし、具体的に何をすべきかについては、国内には先進的な事例が少なく、手探りで検討を進めざるを得ない現状である。実際、我々に対する業務のリクエストとして、海外の大学等を参考にした調査や戦略立案の支援が多くなってきているのも事実である。

特に学内の経営管理の高度化については、組織体制や人事・財務経理等の業務プロセスそのものの見直しと、業務上発生するデータの利活用を実現する仕組みの整備を合わせて取り組む必要がある。民間企業では長年にわたり取り組まれてきたテーマとはいえ、大学固有の業務や制度も存在するため、参考にし難い部分も多い。

本レポートでは、こうした状況をふまえ、日本国内の大学が持続的に競争力を向上させていくためのヒントとして、今後複数回にわたり海外の大学における取り組み事例を紹介していきたい。

第1回となる本レポートでは、近年急激な成長を遂げ、世界中の大学からの注目度も高いシンガポール国立大学(National University of Singapore:以下「NUS」)を取り上げる。なお、本稿は、NUSの協力を得て、2018年2月に実施した有限責任監査法人トーマツ リスクアドバイザリー事業本部  教育セクターメンバーによる訪問調査の内容に基づくものである。

 

 

シンガポール国立大学(National University of Singapore)について

NUSはシンガポールにある国立4大学の中で唯一の総合大学であり、16の学部・大学院を有している。2018年12月時点で学生数は約4万人(うち学部生約3万人)、教職員は約1万人を擁している。

The Times Higher Education (THE) 2017-2018ではアジアで第1位、the QS Asia University Ranking 2018で総合第2位(Academic Reputation・Employer Reputation・International Facultyでは第1位)にランクインするなど、近年大学ランキングにおける順位が上昇している点は注目に値する。順位上昇の要因は様々あると思われるが、教育に重点を置く大学(Teaching University)から研究に重点を置く大学(Research University)への変革を実現するため、多様な人材を受け入れられる雇用形態の整備や、体系化された人事評価制度の導入を推進してきたこと、結果として多くの留学生、優秀な研究人材の獲得に成功していることの影響は大きいと考えられる。

 

 
 

NUSにおける取り組み事例

今回のNUSへの訪問調査では、大学の経営管理(Office of Resource Planning、以下「ORP」)、人事給与(Office of Human Resources)、財務会計(Office of Financial Accounting)それぞれを管轄する部門に加え、IT管理担当部門に対し、NUSにおけるプラクティスについてヒアリングを行った。

その中で確認された取り組みのうち、特に大学における経営管理体制の在り方、情報管理・活用、タレントマネジメントに関するものを紹介する。 
 

(1)Board of Trustees による最高意思決定とそれを支える組織体制

まずガバナンスの在り方として特筆すべきはBoard of Trustees(以下、「BOT」) の存在である。 構成メンバーは約20名、学長を除き大半がNUSの外部者であり、教育・研究領域と関連のある産業界からも選出されている。デロイトメンバーファームであるDeloitte Singaporeからも選出されている。日本の大学においては、経営協議会が設置されていてもあくまで諮問機関の位置づけであることが多いが、 NUSにおいては大学経営方針や重要ポストの人事等、大学全体に係る経営判断を要する事項は、このBOTによる承認をもって最終決裁となっており、強い権限を有していることが特徴と言えるだろう。

このように外部有識者を中心とした組織に重要判断を委ねることの是非については議論を呼ぶところではあるが、多角的・客観的な判断に基づく大学経営の実現という目的においては、一つの選択肢になるだろう。

そしてBOTおよび学内のシニアマネジメント層への財務状況、予算執行状況に係るレポーティングを担うのが、大学の予算計画及び予算配分を所管するORPである。ORPの特徴は、単にデータ集計や予算の全体調整を行うだけでなく、グローバルレベルで競争力を有する他大学のベストプラクティスを研究し、戦略的な資金計画や運用方法を提案する積極的な役割を担っている点にある。

ORP内には様々な分析ニーズに臨機応変に対応すべく、Business Intelligenceツール(以下、「BIツール」)等ITシステムの活用を支援するユニットが配置されており、様々な数値のシミュレーションや予実のモニタリングを行いながら、次期予算や中長期的な経営計画、資金運用計画等の提案を行っている。日本の大学法人においてもIR室などでPowerBI、Tableau、Qlikなどを利用しているケースは把握しているが、その利用の在り方については各法人で悩みがあるのではないだろうか。
 

 

(2)ERPパッケージの活用、プロジェクト管理・資金管理システム機能の充実

いかに意思決定の組織体制が整っていても、検討材料に不備不足があっては優れた判断を下すことは難しい。

その点、NUSでは1990年代前半からERPパッケージ製品を活用した業務システムを構築してきており、現在では財務会計・人事給与領域を中心とした統合的なデータ管理を実現している。1パッケージへの完全統合は行われていないものの、データの不整合や粒度・コード体系のばらつきが抑えられているため、BIツールへ集約した際にも加工・分析しやすい状態となっている。そして、BIツールへデータ集約した後は、上述のように、ORPを中心として経営層へのレポーティングや財務パフォーマンス管理(部門別収支や事業別収支、また中長期シミュレーションなど)を実施しているのである。

業界問わず、BIツールを導入しても使いこなせず、データをただ収集した状態にとどまっているという課題はよく聞かれるが、その主要因として発生源システム間でのデータのばらつき、そして分析に係る人的リソースや組織内協力体制の不備不足が挙げられることが多い。NUSでは前者についてERPパッケージを中心とした業務システムの運用、後者についてシステム運用人材を含めたORPへの人的リソース配分により解決を図っていると言えるだろう。

また、業務システム機能のうち特徴的であるのが、学内で実施される研究プロジェクトの管理、ならびに研究助成金・補助金・学内基金等、各種資金管理に係る機能である。NUSは収入に占める外部資金の割合が高く、研究資金を資金提供機関(Funding Agencies、以下「FA」)からの助成金により賄うケースが多いため、これら管理業務の重要度も高く、ERPパッケージの専用モジュールをベースとして早くからシステム化を進めてきた。

機能概要としては、研究プロジェクト管理では、プロジェクトに係る研究者のアサイン・稼働管理や特定の財源(基金等)と予算の紐づけ等を管理可能であり、資金管理では、タイムリーな予算の執行管理を行い、予算を超過しないようリアルタイムでのモニタリングが可能となっている。大学の日常業務において、上記のような財源とプロジェクト予算・研究者の紐づけ管理が行われていることで、FAへの実績報告用データ作成が効率化されるだけでなく、研究者別の研究エフォート、資金源別の支出内訳等、研究に重きを置く大学として内部的にも重要な切り口で分析可能となっている。
 

(3)戦略的タレントマネジメント

大学概要紹介の項でもふれたが、NUSでは多様な人材を受け入れられる雇用形態の整備や、体系化された人事評価制度の導入を推進してきている。例えば常勤教員の雇用形態は、終身雇用を目指すテニュア・トラック(Tenure Track)、研究または教育を主とした契約、そして産業界における実務経験を買われた専門職契約に分かれており、応募者は自身の希望や適性、将来的なキャリアパスをふまえ契約形態を選択可能となっている。

また人事評価制度に関しては、(Ⅰ)研究領域(Ⅱ)教育領域(Ⅲ)サービス(事務)領域の3領域それぞれにおいて評価項目が定義されており、どの領域にウエイトがあるかは職種や契約形態によって異なっている。教職員は評価項目に対して、自己評価ならびに紐づく業績情報の提出が義務付けられており、基本的に直属上長及び2階級上の上長による評価を受けることになる。評価項目が明示的であることは、特に終身雇用を目指す教員にとっては魅力的であろうし、タレントマネジメントの観点においても、共通的な観点で評価結果が記録されていくことで教員間の比較・経年モニタリング等がしやすくなるというメリットを享受できる。

こうした学内制度の整備を進めるとともに、NUSが意欲的に取り組んでいるのが常勤教員の採用活動である。大別して大学レベルでの関与と実際に採用する研究科レベルでの関与があるが、大学レベルでは人事担当部門(Office of Human Resource)を中心に、NUS全体の経営戦略や各学部の戦略に基づき、直近3年間に必要な人材を検討し、採用計画に落とし込んでいる。この全学的な計画策定の段階で、採用候補者のターゲティングも一定程度まで実施されているとのことである。その後、研究科レベルでの採用活動においても、まず戦略的な採用のための詳細計画が策定される。その内容は採用ターゲットへの接触方法に始まり、ターゲットとなる優秀な人材にNUSへの関心を高めてもらうための企画、訪問プログラム等を含むものであり、積極的なアプローチを行っていることが伺える。

 

おわりに

以上、ごく端的ではあるが、大学競争力向上に資するNUSの特徴的な取り組みを紹介した。ガバナンス体制や業務システムの在り方等、気軽に試せるものではないが、大学として中長期的にあるべき姿を定め、その実現に向け組織・人・ITそれぞれの側面で変革を続けていくことがグローバル競争力の強化につながるのだと、改めて確認できる事例だったのではないだろうか。シンガポールと日本では大学法人やその他事業環境などあらゆる面で違いがあることは間違いないだろう。一方で、その環境の違いやNUSだから実現可能だ、という理由だけで国内の大学法人の改革が止まることは望ましいとは思えない。参考とすべき事例に関しては、詳細把握に努め、自学の発展、さらにはその発展を通じたミッション・ビジョンの実現につなげてほしい。 

 

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