英国におけるソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)含む成果連動型民間委託契約方式(PFS)に関するレポート ブックマークが追加されました
調査レポート
英国におけるソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)含む成果連動型民間委託契約方式(PFS)に関するレポート
英国中央政府の役割変化および自治体の実体験に関するヒアリング結果の報告
成果連動型民間委託契約方式(PFS:Pay For Success)及びソーシャル・インパクト・ボンド(SIB:Social Impact Bond)は、複雑な社会課題に対する効果的な打ち手を実験的に実施していくものとして、世界で幅広く活用されています。日本においてもPFS/SIBを活用した事業件数が増加していますが、小規模な実証検証の域を超えておらず、成果の検証・改善が必ずしも十分ではありません。本レポートでは、SIBを発展させ先駆的取り組みを実施している英国中央政府の役割や自治体の実体験を明らかにし、日本においてPFS/SIB事業がより実施しやすくなるための環境整備推奨案を提示します。
目次
- ソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)の概要と日本国内における課題
- 1.英国中央政府によるアウトカムファンドの狙い
- 2.自治体におけるSIBの実施動機および実施上の課題・成果
- 公共サービスにおけるインパクト創造のための環境整備に向けて
ソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)の概要と日本国内における課題
成果連動型民間委託契約方式(PFS)及びソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)は、民間事業者のノウハウや活力を行政サービスに活用し、複雑な社会課題に対する効果的な打ち手を実験的に実施していくものとして、世界で幅広く活用されています。
近年、日本においてもPFS/SIBを活用した事業件数が増加していますが、小規模実証の域を超えず、得られた成果の検証・改善が不十分な状況です。また、事業を組成・委託する主体である自治体において、組成に係る業務負担やスキームに対する理解不足が課題となっています。
加えて、現状を打開できないでいる一つの要因として、事業の普及に欠かせない、事業組成資金や成果報酬を補う資金的支援が不足しているとみられ、社会課題解決のために十分な事業を展開できないでいることが考えられます。
そこで、PFS/SIBの活用が促進されている英国にて、以下2点についてヒアリング調査を実施しました。
1)PFS/SIB事業の取り組みを促すアウトカムファンドの設置意義
2)英国の自治体がPFS/SIBを活用する動機・課題
さらに、本ヒアリング調査結果を踏まえ、今後、日本においてPFS/SIBを活用した事業を実施しやすくするために必要な環境整備方針案を検討しました。
1.英国中央政府によるアウトカムファンドの狙い
PFS/SIBの活用を促進するにあたり、特に導入初期においては、実証事業を実施するための資金が確保されているかが重要です。
日本では、内閣府を中心にPFS/SIBの案件形成支援や事業化した際の成果連動費部分の補助金制度が整備されてきました。しかし、未だ小さな実証事業を繰り返している状況であり、社会課題解決に向け、同スキームを活用した新しい公共サービスの導入や仕組みの改編を行うまでに至っていません。
このような初期段階のスキーム活用において、英国では、英国中央政府がアウトカムファンドを設置し、同スキームの活用促進を行っています。
英国では、自治体の事業実施負担として資金的負荷を下げ、また、新たな取り組みを行う動機付けとして、アウトカムファンドを設置しています。ここで注目すべきは、単に促進のために同質的な資金支援を提供するだけではなく、フェーズ毎に目的の異なるファンドを設置することで、同スキームの活用体制自体を実験し、また特定領域のナレッジ・エビデンスを深めた後は、新しい領域に資金を配分していくなどの機転を利かせ戦略的に活用していることです。
実際には、スキーム実証、案件組成促進、自治体自走という3段階の異なる目的を持ったアウトカムファンドをデザインし、SIBスキームを普及・浸透させています。
1) スキーム実証期:個別領域特化スキーム実験
2) 案件組成促進期:中央政府複数領域クロス連携
3) 自治体自走への移行期:自治体における成果連動型委託事業の自走化
初めに、スキーム実証期では、特定政策領域におけるSIBの手法自体の有効性、実効性の実証を目的としています。事業実施費用は、中央政府が省単体で設置したアウトカムファンドを活用することで、自治体の事業実施負担を抑制し、参加ハードルを下げています。しかし、省庁個別のアウトカムファンドでは介入範囲に制約があるため、より効果的な事業を実施するためには複数省庁の連携が求められます。
次に、案件組成促進期では、複数省庁が拠出して資金をプールしたアウトカムファンドを設置し、省庁横断的な社会的課題に対する資金活用を可能にします。これにより、複雑な社会課題に対し、より柔軟に対応しやすくなりましたが、効果的なアプローチにより継続的に社会課題に取り組んでいくためには、自治体による自発的な事業の実施が不可欠です。
そこで、3段階目としては自治体自走への移行期として、これまでに蓄積されたエビデンスを活用し成功事例のモデルを横展開していきます。これにより、事業組成費用を減らし、中央政府のアウトカムファンドに依存した体制を防ぎ、また自治体の主体性発揮を促進することで、継続的・効果的な公共サービスの提供を行います。
2.自治体におけるSIBの実施動機および実施上の課題・成果
厳しい予算の中で新規事業を実施することが難しい英国において、新たな取り組みを実証実験するための動機、また、SIB事業を通じ顕在化した課題や成果など実体験を明らかにすべく、Kirklees (カークリーズ)、Norfolk (ノーフォーク)の2つの自治体にヒアリングを実施しました。
1) Kirklees (カークリーズ)
Kirkleesでは、2015年から3か年にわたり、若者の不安定な住環境、雇用状況の改善のため、宿泊施設と教育、職業訓練を提供するSIB事業を実施しました。事業の実施背景として、英国では10代、20代のごろからニートやホームレス状態に陥る者が多数存在し、それらが社会課題として顕在化してきたことが挙げられます。安定した住居がなければ、短期的に教育を修了し、雇用に繋がる可能性が低くなり、長期的にも貧困に陥ってしまう可能性が高くなってしまいます。
上記課題の解決に向けてSIB事業を実施するにあたり、アウトカムファンドの活用による新たな事業資金の確保や事業リスクの軽減が事業実施に係る心理的・財政的ハードルを下げることが最も大きな動機となりました。
【SIB事業への参加動機】
- 英国中央政府が設置するアウトカムファンド(‟Fair Chance Fund”や‟Rough Sleeping Fund”)の活用による資金源の確保
- 成果連動の仕組みや、事業費の原資をアウトカムファンドから調達することを通じて、Kirkleesカウンシルとして最低限事業リスクの抑制を実現
【SIB事業における成果】
- 複雑で多様化しすぎた社会福祉の仕組みに対して、自治体が各サービスを個別に契約しサービス提供するよりも、団体間連携を促進することで、情報連携を通じ個人に合ったサービスを組み合わせて提供できるようにし、サービス運営効率を大幅に向上
- 上記により行政サービスの複数の委託先との契約も簡素化され、行政内の手続きにおける効率化も実現
2) Norfolk (ノーフォーク)
Norfolkでは、2015年ごろから民間事業者のアプローチによりSIB事業の組成に向けた意見交換が行われていました。これまでに4事業が実施されており、社会福祉の受益者やホームレスに陥る可能性が高い住民に対する支援がテーマとなっています。
4事業のうち、2020年から5か年にわたり進行しているSIB事業は、Norfolkに存在するとされている推定99,000人のケアラーに対し、家族等に対するケアに伴う、経済的ないし精神的な孤立を緩和するための支援を提供しています。本事業では多くの民間事業者や専門家が集結するプラットフォームを形成し、ケアラーが抱える問題に対し、幅広い選択肢から効果的な支援を提供できる体制が整えられています。
NorfolkでのSIB事業実施にあたっては、アウトカムファンドから資金を調達できる点が最も大きな参加動機となりました。また、事業実施による発見として、SIB事業においては事業設計やアウトカム選定の場面において行政担当者の献身的な事業参画が重要であることが判明しました。
【SIB事業への参加動機】
- 中央政府が設置したアウトカムファンド(‟Life Chances Fund”)からの資金提供が、事業組成時の予算化の説得材料として機能
- 中間支援団体からの資金提供者の紹介による、円滑な事業スキームの検討が実現化
【SIB事業実施を通じた示唆】
- 検討時間を要する契約締結時のファイナンスモデルやアウトカム指標の徹底的な検討には、行政担当者による献身的な事業への取り組み姿勢が必要不可欠
- より良い公共サービスの提供には、コスト削減という発想ではなく、どのようにアウトカムを達成するかという観点での検討が必要不可欠
財政に柔軟性がない英国の自治体にとって、中央政府が主導でSIBなど新たな手法を用いた新規実証事業を実施する資金を支援することは、事業実施に係る諸ハードルを撤廃し、官民連携して創意工夫を凝らし社会課題に取り組む意欲を向上させることがわかりました。一方で、複雑な課題に対し新しい方法を取り入れるSIB事業を実施するうえで、自治体は行政担当者が腰を据えて事業に参画できる体制を構築することが、事業を成功させるために必要であることがわかりました。
公共サービスにおけるインパクト創造のための環境整備に向けて
ヒアリングを通じ、英国におけるSIBという新たな公共政策手段を通じた効果的なサービスの展開およびインパクトの創出が、少なくとも中央政府と自治体間では“協働”して行われていることが明確になりました。この協働には、中央政府の資金支援を通じ、自治体の事業管理運営により社会課題を抑制する仕組みを導入していくための、相互の役割が明確に存在します。
中央政府は、重要課題を特定し、自治体が効果的な手段を用いて社会課題の抑制/解決へと導く資金支援としてアウトカムファンドを設置します。上述した通り、中央政府の資金に依存した構造をつくらないためにも、事例やナレッジの実績を共有することで徐々に自治体が主導で動けるような段階的なファンドデザインを行っています。
一方、自治体は、財政が逼迫する中で中央政府の資金支援を活用し、費用対効果としてもすぐれた新しいサービスの展開・仕組みの構築を実証的に実験し、社会課題に取り組みます。これは、よりよい公共サービスマネジメントという自治体の運営方法の在り方を変えることも期待されています。
このように、実証する資金を確保すること、実施するフィールドをつくること、そして段階的に、或いはニーズに応じて連携のありかたを変えていくことが、SIBを活用し社会課題に取り組んでいくには重要な環境基盤といえるのではないでしょうか。
日本において、成果連動型民間委託契約委託方式を活用していくためには、英国の取り組みを参考としつつも日本の現状に対する打ち手を検討していかなければいけません。
日本では、パイロット事業が小規模であったり、活用領域が特定領域に偏っていたり、また同スキームの活用自体の理解が深まっていないなど、課題が存在しています。これらに対し、同スキーム活用環境をよりよくするためには以下の3点が今後注力すべきと考えます。
1) アウトカムファンド・基金の活用/地域間によるスケールアップ
2) 多様な政策領域での試行錯誤を通じたナレッジ蓄積・手法改善
3) ステークホルダーを巻き込み、中長期のインパクト事業を組成
デロイト トーマツでは、上記を実践していくために、引き続き、多様なステークホルダーと対話を重ね、事業組成支援等サービスを提供します。
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