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中国における新規事業へのリスクテイクの考察

APリスクアドバイザリー ニュースレター(2024年2月29日)

中国へ進出している日本企業の多くは2000年以降の中国の経済成長や、安価な人件費を追い風に成長を続けてきました。昨今は中国拠点は新規事業の立ち上げやイノベーションの創出といった機能への期待が高まりつつあるものの、依然として日本で企画した商品を製造・販売する機能が大勢を占めている状況にあります。

しかし、テクノロジーや法規制、消費者の嗜好の変化が早い中国において、これらの事業だけで持続的な成長を維持することには限界も見受けられます。これまで競合と思っていなかった企業、ビジネスモデルや商品が登場して、マーケットシェアを奪われてしまうことが珍しくなくなっているからです。

中国では自動車業界に大きな構造変化が起こっていることは読者の皆様もご存じの通りですが、その他の業界においても現地企業との競争に苦慮されているという声を耳にします。今では現状維持をするために積極的な成長戦略をとらないという意思決定自体がリスク要因になっているという認識が必要ではないでしょうか。実際にリスクテイク施策としてここ中国でも新規事業の立ち上げに挑戦する日系企業も増えてきています。

それでは、新規事業を探索して将来の収益源を確保する活動を進めるにはどうすればよいでしょうか。つまり、リスクテイクを推進するための組織、ガバナンスをどのように構築すべきでしょうか。

 

筆者がよく耳にする、新規事業領域への投資が進まない、失敗する理由として一部をご紹介すると、以下のようなものが挙げられます。

  1. 新規事業領域への投資で達成すべき目的やあるべき姿が明確に定義されず、個別案件の積み上げとなっている
  2. 投資・開発を大胆に進めたいが、リスク許容に対する考え方が整理されておらず、リスクテイク(=投資実行)が進まない
  3. 新規事業領域における投資意思決定プロセスにおいて、既存事業と切り離して一定の失敗を前提としながら効果的でスピード感のある検討をする必要があるが、できていない

 

1.については、新規事業開発の目的やあるべき姿が整理されていることが重要となります。中国においては既存事業の周辺領域でシナジー効果を狙った新規事業開発をされているケースをよく目にします。シナジーを追求するのか(シナジー型)、或いは、自社にとって全く新しい領域を探索するのか(探索型)という軸(既存事業との関係性)に加えて、例えば事業の新規性を想定して取り組むのかという軸を加えることで、中国において例の多い自社での事業開発だけでなくスタートアップ投資やM&Aなどという選択肢を含めて俯瞰的に検討する事ができるようになります。

また、シナジーを重視するか、新領域を探索するかで、領域を検討する際の観点も変化します。例えば、シナジー型であれば、自社のコアとなる競争力をベースに領域を洗い出すことで、自社で補える箇所と補強したい場所を検討できますし、探索型であれば今トレンドになっているビジネス領域や技術の商用化に向けたロードマップなどを手掛かりに領域を検討する事も有効になるでしょう。(下図では例として商用に向けたステージと、トレンドを軸にマッピングしたものをお示ししています)

特に中国においては一部領域の技術が先進的なため、グローバル全体の新規領域探索拠点として中国を位置付けるといった動きが、一部のMNC(Multi National Company)で見られます。

 

2.については一例として自己資本をベースに投資許容枠を定量化する方法を紹介します。                                                                                                                                               

まず、財務安定性等の観点で最低限維持すべき自己資本に比べて、現在の自己資本にどれくらい余裕があるかを確認します。この余裕分を「リスクキャパシティ」と定義したとき、ここから既存の事業が抱えるリスク量を引いた分が、投資許容枠と考える方法です。

また、それぞれの事業リスクを検討する際には、中国の独特な事業環境を考慮に入れたリスクシナリオを基に各事業のキャッシュフローをシミュレーションすることが肝要になります。

 

 

3.についてよくご相談いただくのは、出てきたアイデアを都度検討するのではなく、システマティックに事業の候補となるアイデアを生み出し、予め上記投資許容枠も織り込まれた投資基準、および、モニタリング基準に従ってスピード感のある投資判断をする仕組み作りをされたいというものです。

こちらについてはステージゲート管理・ガバナンス設計などを行うことで、アイデアの多産・多死を前提とする仕組み・組織を構築する例をご紹介します。

ステージゲート管理は多数の事業候補からの絞り込みを前提とし、効率的なリスク管理活動を行うために、ゲート審査を通じた段階的な経営資源の投入と事業ステージ別のモニタリング/審査項目を設定する投資管理手法です。ゲート審査とは、例えばアイデアソンのような短期集中的なプログラムの中で多数のアイデアを生み出し、そこから事業アイデアをブラッシュアップしつつ、各ステージにおいて審査を実施する手法です。ステージが進むごとに投入リソースを拡大することにより、新規事業創出を活性化させつつ、とリスク低減の両立を実現することもできます。

 

この方式で管理する場合は、推進部署だけではなく、コーポレート各部門を巻き込んだ投資委員会を組織し、各部門の視点でリスク検討・モニタリングすることにより、多角的・包括的な視点でリスク検証が可能となります。特に中国においては、コンプライアンスやITインフラ、マーケティング手法などにおいて独自の論点が多いため、他部署と連携した上で課題を検討する組織構築が不可欠です。

また、投資判断やモニタリング等における本社からの投資ガバナンスについては、例えば個別投資については中国のRHQ(地域統括会社)に大きな裁量を認めつつ、投資ポートフォリオの策定や投資管理制度(業務プロセス・意思決定基準)は事前協議事項に設定し、本社からの統制を効かせるといった具合に、裁量と統制のバランスを明確化することもスピード感のある投資判断をする仕組み作りをするために必要です。

 

特に中国においては、新商品開発や提携などの意思決定において、本社を含めたプロセスを構築したものの現地企業のスピード感に太刀打ちできないといったケースを耳にします。
一方でグローバルビジネスの中での中国ビジネスの位置づけやリスクアペタイトについても常に変化しうる要因であるため、どのように本社から統制を効かせるかも重要な論点となります。

<まとめ>

  • 中国ではローカル企業の競争力向上や人件費向上を背景に、新規事業策定が中国でのビジネスを存続させるためのリスク対策として注目されています。
  • これまで製造・販売拠点と位置付けられていた中国拠点に新規事業開発の機能を持たせるために、新規事業開発の目的の設定や投資許容枠の定量化の検討が望まれます。
  • 新規事業開発には、部門横断型の組織を立ち上げ、ステージゲート管理等でシステマティックにアイデアを生み出し、スクリーニングする仕組み・組織作りが必要です。
  • 中国拠点がスピード感を持って投資判断するために、裁量と統制をバランスを持って設計・導入することが重要です。

 

 

著者:井上 諒

※本ニュースレターは、2024年2月29日に投稿された内容です。

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ap_risk@tohmatsu.co.jp

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