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緊急時に必要なコミュニケーションを考える

緊急時の初動がBCP成功のカギ

本稿では東日本大震災や熊本地震といった大災害を振り返り、企業が取るべき緊急時のコミュニケーションの確立について考えていく。誰が、どのような目的で、どのような手段を使えば、すみやかな初動対応や事業継続を実現できるのか、とくに通信インフラに規制がかかる前提では何がコミュニケーションの手段として最適なのかについて検討していきたい。

2016年4月に起きた熊本地震は、我が国がいかに災害を受けやすい国土であるかをあらためて広く国民に知らしめた。地震だけではなく、台風や豪雨、土砂災害など、この日本という国に居住している限り、すべての国民はつねに自然災害と向き合って生きていく宿命を背負わされているのだ。 

だが危機と背中合わせでいるにもかかわらず、災害発生時、例えば、危機発生直後の1~ 3時間の段階で組織として適切な対策が取られているケースは少ない。東日本大震災以降、多くの日本企業がBCP(Business Continuity Plan: 事業継続計画)の重要性を認識し、社内に対策本部を設置するに至ってはいるが、仮にいまこの瞬間、震度7の地震に襲われたとして、事業継続の前提となる適切かつ迅速な初動対応を取れる企業の数はどれほどあるだろうか。逆に言えば、震度7クラスの緊急事態であっても、初期段階において最低限必要な行動を確実に取ることができたなら、BCPの実効性を向上させられると言っても過言ではないだろう。つまり、緊急時の初動こそがBCP成功のカギを握る存在なのだ。 

では災害発生時に企業として真っ先に取るべき行動とはいったい何なのか。事業を継続する、あるいは中断された事業をすみやかに再開するという視点からいえば、それを担う従業員の安全確認こそが最初に上げられるのではないだろうか。そしてそのためには、おそらく制限されるであろうインフラ環境のもとであっても最低限のコミュニケーションを確立する必要が生じるはずだ。 

以下、本稿では緊急時、それも震災のような突発的な災害発生直後から概ね数時間以内に想定されるコミュニケーションについて論じていく。なお、あらかじめお断りしておきたいのだが、本稿で述べる内容はあくまで"2016年における望ましいBCPのあり方"にもとづいていることに留意されたい。2011年の東日本大震災におけるBCPのあり方が5年後の現在では通用しない部分も出てきているように、ここに著した内容も2020年には古くなっているケースも十分にあるだろう。だが、自然災害と向き合っていかなければならない日本企業にとって、その時代に適したBCPの現実解を求めていくという姿勢は、5年後10年後も必要とされるはずだ。BCPにおける初動の重要性に対する2016年時点のひとつの見解として、本稿の内容を捉えていただければ幸いである。

緊急時の初期段階に求められるコミュニケーションとは

東日本大震災や熊本地震の例を引くまでもなく、自然災害、とくに大地震がBCPにとって厄介なのは、いつ、どこで起こるのか、その正確な予想が難しい"突発的な危機"であることだ。早朝/深夜、あるいは休日など、従業員同士の直接的なコミュニケーションが取りにくい時間帯に発生した場合、安全確認作業が困難を極めることは疑いない。 

しかし、緊急時におけるコミュニケーションの確立はBCPの基本であり、これを放棄するわけにはいかない。では夜間休日を含めた突発的な災害に襲われた際、発生直後の1~ 3時間において企業はどのようにしてコミュニケーションの確立を図るべきか。ここでは以下の3つのポイントに沿って検討していくことを推奨したい。 

  • 誰が起点となって行うのか
  • 何を目的として行うのか
  • どんな手段を使って行うのか 

まず重要なのは「誰が」緊急時に最初の行動を取るべきなのか。BCPを成功に導くためには、次から次へと起こる非日常の事態に対し、迅速な意思決定を下していかなければならない。とくに初動は速ければ速いほど、その後の流れがスムースに運びやすくなる。したがって、最初に行動を開始するのは直接的に指示を下せる立場の人物であることが望ましく、経営者、もしくは経営者から緊急時の全権を委任された対策本部事務局/対策本部のコアメンバーが適任といえる。 

ここで注意しておきたいのは、夜間休日などに従業員同士で連絡を取り合ったり安全確認を行ったりする場合、電話番号や住所といった個人情報に触れざるを得ないケースが出てくる点だ。たとえ緊急時であっても個人情報にアクセスできる権限を誰にでも与えることは望ましくない。対策本部のメンバーはそうした情報を扱うことも念頭において選ばれるべきである。対策本部が人事部門と密に連携していくことも視野に入れておく必要があるだろう。 

次に「何を目的として」コミュニケーションを図るのか。これは災害直後から数時間後、あるいは翌日といった直近の意思決定をすみやかに行うためである。就業時間外に対策本部のコアメンバー同士でその後のコミュニケーションが円滑に進められる状態や環境をそもそもどう作り出すか、組織としてより大きな対策本部を設置すべきか、従業員には翌日の出社を認めるべきか、連絡のつかない従業員の安否確認をどう行うか 、目安としては災害発生後24時間以内に企業として最低限取るべきおおよその行動ラインを決めておく。こうした判断を"指示待ち"の体制で行ってしまえば後手後手に回ってしまう可能性が高く、災害の規模によっては生命の危険すら生じかねない。"何を目的として行うか"のガイドラインはその目的が緊急時の行動の優先順位に影響するため、"誰が行うか"と同様にBCPの成功を大きく左右することを覚えておいてほしい。 

そして3つめは「どんな手段を使って」コミュニケーションを取るべきか。東日本大震災クラスの災害を仮定した場合、電話やネットが接続しにくくなる事態は十分に予想される。とくに、現在もっとも一般的な通信手段である携帯電話に対して通信規制がかかる可能性は非常に高い。この前提を踏まえ、複数の連絡手段を用意しておくことが望まれる。また、お互いに離れた場所にいる複数のメンバー同士でコミュニケーションを取る場合は、Web会議や電話会議といった手段の利用も検討すべきである。 

だが通信手段に関しては、テクノロジの変化が激しいという事情もあり、いちがいに「具体的にこれを使うべき」と言い切ることは難しい。また、ソーシャルネットワークなどネットをベースにした通信手段は、使う人間のネットリテラシに依存するので、そういった点も考慮される必要がある。むしろ、緊急時のコミュニケーションでは、何を通信手段として選ぶべきかよりも、どういう視点で選ぶべきかがより重要になってくるのではないだろうか。これについては後述でより詳しく検討していきたい。 

以上、緊急時の初期段階において取るべき行動として3つのポイントを挙げてみた。企業のBCP対策本部には、ぜひともこれらの項目を前もって決めておくことを推奨したい。

危機発生時のコミュニケーション手段

東日本大震災では通信インフラにも甚大な被害が発生し、東北や関東の広い地域に渡って回線が途絶し、固定通信網の不通や携帯電話基地局の停波、速度規制が発生したことを記憶している方も多いだろう。携帯電話のように、日常的に使用しているコミュニケーション手段が使えなくなることで、パニックに陥る人々も少なくない。だからこそ、企業のBCPを考える場合、「(携帯電話など)ふだんあたりまえに使っているコミュニケーション手段は、危機発生時には使えなくなる」という前提を折り込んでおかなければならない。 

ちなみに内閣府の防災情報サイト(http://www.bousai.go.jp/index.html)には、首都直下型地震や南海トラフ巨大地震など、いくつかの巨大地震を想定したワーキンググループの活動報(http://www.bousai.go.jp/jishin/syuto/taisaku_wg/)が掲載されているが、2013年12月に公表された「首都直下地震の被害想定と対策について(最終報告)」によれば、震度7クラスの首都直下型地震が起こった場合、その直後の通信インフラは 

  • 固定電話 … 音声電話の集中により通信規制が実施、ほとんどの一般電話は通話が困難に、また1割未満の地域で電柱/通信ケーブルを要因とする被害により通話が不可能に
  • 携帯電話 … 音声通話は集中/輻輳に伴う通信規制が発生、通話はほとんど不可能になり、メールは利用可能も大幅な遅配、また伝送路の被災と基地局の停波により1割が利用不可能に
  • インターネット … 1割程度の地域で設備の破損などで利用できなくなる可能性あり。ただし主要プロバイダはデータセンターの耐震対策や停電対策、サーバの分散化が進んでおり、おおむねサービスが継続されることが期待 

といった状態になることが予想されている。 

さて、ここであらためて、緊急時の初動に利用可能な、一般的な通信手段を考えてみよう。 

  • 固定電話(公衆電話/家の固定電話)
  • PHS
  • 携帯電話(ガラケー) (音声通話/パケット通信)
  • IP電話
  • スマートフォン(音声通話/パケット通信)
  • タブレット(パケット通信)
  • ノートPC(パケット通信)
  • 衛星携帯
  • MCA無線
  • Web会議や電話会議 

このほかにも、企業によっては警備会社などが提供する安否確認サービスなどを利用しているところもあるだろう。だが、こうしたサービス"だけ"に緊急時のコミュニケーションを依存してしまうことは推奨できない。これらのサービスが震災によって停止しないという保証はなく、もし継続して提供されたとしても、従業員が応答しないケースも少なくないからだ。こうしたサービスをBCPに組み込む場合は、他の手段も用意しておき、お互いが補完し合う存在として捉えたほうが、対策本部の初動もスムースに運ぶだろう。 

また、衛星携帯や無線といった通信手段も補完的な存在として位置づけておくことを推奨したい。なぜならよほどの専門家でない限り、こうした特殊な通信手段は"日常的に使い慣れていないデバイス"であり、日頃から操作方法に習熟しておかないと緊急時には使えない可能性があるからだ。企業がBCPを成功させるには、日常的に使用しているモノとつねに訓練を行っているプロセスを組み合わせることが重要であり、たとえ災害時に有効とされている通信手段であっても、使うべきときに使えなければ意味をなさない。実際、災害時にふだん使ったことがない衛星携帯を使おうとしたら充電が十分にされていなかった、などという話もあるのだ。もちろん、企業によってはこうした通信手段を緊急時に活用できるよう、定期的な訓練を重ねていたり、専門家を配置しているかもしれないが、残念ながら配備はしたもののそれっきり放置というケースを目にすることが多い。 

上記の内容を総合すると、スマートフォンやタブレットなど、Wi-Fiあるいはキャリアのパケット通信(モバイルデータ通信)などからインターネットに接続できるデバイスを活用した通信手段を核に、音声通話や公衆電話などを組み合わせていくのが現時点ではもっとも現実的な選択だといえるだろう。ただし、インターネットでどのツールやサービスを利用するかは、企業ごとによって大きく異なってくる。たとえば東日本大震災ではTwitterによるリアルタイムの情報交換が活発に行われたことが大きな話題となったが、TwitterやLINE、Facebookといったソーシャルメディアは、その使いこなしのレベル、つまり"リテラシ"が個人によって大きく異なる。年配の従業員が多いところでLINEを緊急時の通信手段にしても、はたしてどれだけ有効となりうるのか、よく検討する必要があるだろう。一般的なインターネットサービスとしてはメールが考えられるが、それ以外にも従業員のリテラシに準じた、1つか2つの補完的な手段を講じておきたいところだ。そのために対策本部のコアメンバーは従業員のネットリテラシをつねに把握している必要がある。 

 

以上、震度7クラスの災害が突発的に起こった場合、発生後から概ね数時間以内に適切で迅速な初動を取るために企業のBCP担当者に求められるコミュニケーションについて述べてきた。以下、ポイントをあらためて掲示しておく。 

  • 「誰が」「何の目的のために」「どんな通信手段を使って」コミュニケーションを図っていくかをあらかじめ決めておく
  • 緊急時であっても連絡先などの個人情報の扱いに留意する
  • インフラが規制される前提で、複数の連絡手段を用意しておく
  • 「日常的に使い慣れていないモノやサービスは緊急時には使えない」を前提に、従業員のリテラシも考慮して連絡手段やサービスを選ぶ 

大震災などの緊急時には想定外のトラブルが相次いで生じるため、大小のパニックが起こりやすく、適切な行動を取っていくことが困難であることは間違いない。だが、通信手段や連絡手段が限られた中であっても、企業としての社会的使命を果たしていく努力を放棄してはならない。日本が災害と向き合うことを免れない国土である以上、企業が時代に則した適切なBCPを定め、それに沿って行動していくことは当然の義務である。そのためにも担当者はBCPの基本となる最初のコミュニケーション確立に全力を尽くすよう促したい。 

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