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中国の変化からみるアフターコロナへの示唆

クライシスマネジメントメールマガジン 第14号

中国では新型コロナウイルス感染症(以下、COVID-19)の新規感染者数が減少傾向に転じ、日常生活が少しずつ戻り始めています。本稿では、中国の現状やCOVID-19を契機とした経済活動の変化を整理し、「アフターコロナ」における日本企業への示唆を検討します。

I. COVID-19の経済的影響

中国ではCOVID-19の1日の感染者数が2020年2月に1万5千人を超えたのをピークに減少に転じ、徐々に規制が緩和され始めている。例えば、4月8日には武漢の封鎖が解除され、5月11日には世界各地に先駆けて、上海ディズニーランドが営業を再開した。このように明るい兆しも見え始めているが、清華大学経済管理学院、北京大学滙豐商学院および北京小微企業総合金融サービス有限会社が2020年2月に発表した共同調査によると、中国の中小企業995社のうち約85%が「COVID-19による自粛期間中、資金繰りが維持できるのは最大でも3カ月」と回答している。また、大規模な都市封鎖や在宅勤務への切り替えも中国でも初めてのことであり、旅行業界や外食産業をはじめ、実際に多くの企業の業績が悪化している。本格的な回復はまだ遠く、予断を許さない状況が続いている。

II. SARSのバタフライ効果

ここで、2002~2003年に広がったSARS(重症急性呼吸器症候群)が中国経済に与えた影響を簡単に振り返ってみよう。2003年頃は、中国ではオンラインショッピングの黎明期だったが、SARSの感染拡大によって外出を控える消費者の通販利用ニーズが高まり、オンライン通販市場が一気に拡大した。利用者が増えると、詐欺や契約違反などの消費者被害も相次いだ。このような被害を防ぎ、セキュリティを高めるために、アリペイなどの電子マネーが発明され、中国のEC市場が成長した。

電子マネーが消費者に浸透し始めると、小売企業が続々とEC市場に参入した。高速道路や高速鉄道、航空網の発達もあり、物流も飛躍的に改善され、さらにEC市場は活発化した。物流のスピードが速くなると、製品や資金の回転速度が上がり、多くの企業が効率的な生産管理や在庫管理を行うためにERP(Enterprise Resources Planning)を導入するなどデジタル化を進め、効率的な生産管理や在庫管理を行うようになった。

このように、SARSを契機としたデジタル化は2012年頃まで著しく発展した。SARS後の約10年間に起きたこれらの変化はSARSの「バタフライ効果」と呼ばれている。
 

III. COVID-19後のデジタル化

SARS後のバタフライ効果のように、「アフターコロナ」の中国においてもデジタル化が急速に進む可能性がある。

COVID-19の感染拡大中には、院内感染を防ぐためにオンライン診療が広く利用された。また、インターネットを通じて献花や焼香をする「ネット墓参り」という新たなサービスが注目を集めた。

上海政府は、テクノロジー企業や交通機関と連携して「防疫QRコード」を発表した。これは、公共交通機関の利用者が車内に表示されたQRコードを読み込むことで、クラスター感染が発生した場合に政府が利用者を追跡し連絡を取ることができるツールだ。また、個人の行動履歴などを元にCOVID-19の感染リスクを赤・黄・緑色の三色で示すQRコードも公開された。このQRコードを利用者に提示するよう求める交通機関やオフィスビルも増えている。

このようにデジタルを活用したリモートでのサービス提供や健康管理に関する新たなサービスが登場しており、今後も発展していくと予測される。前述した通り、多くの企業がCOVID-19によって業績悪化に陥っているが、ビジネスが通常に戻れば、SARS後のように集中的にデジタル化に投資する企業は増えるだろう。5G、クラウド、ブロックチェーン、AIなど最新テクノロジーの発展も相まって、SARS後の10年間よりもさらにデジタル化が発展すると考えられる。

IV. 日本企業への示唆

SARSおよびCOVID-19の中国経済へのポジティブな「バタフライ効果」は、成長軌道にある中国経済自体のダイナミズムが背景にあることは確かだろう。低成長で停滞する日本に、そのまま当てはめてよいものではないという主張も首肯に値する。

しかしながら過剰な悲観も禁物だ。日本社会は元来、「外圧」に強い体質を持っている。黒船来航に伴う明治維新や戦後復興などの古い事例は言うまでもなく、東日本大震災後に復旧に向けて官民を問わず様々な層でネットワークが瞬く間に形成された経験を我々は共有している。

また、リモート化を含めた業務や産業の情報化はCOVID-19以前から進行していたものであり、要素技術やインフラもそれなりに揃い、先行事例も多数存在する。

足りなかったのは、それらをつなぎあわせるアイデアの表出と、それを実行するエネルギー、そしてそれらを後押しする強い危機感・連帯感だけであったといえる。図らずも、COVID-19はそれらを用意する「外圧」として機能する可能性が極めて高い。日本社会が強い反応を示す条件は揃っている。我々はCOVID-19を長い低迷から抜け出すための機会ととらえなければならない。
 

V. おわりに

中国は、いつまた感染が広がるか分からないという緊張感は残っている一方で、「アフターコロナ」に向けてテクノロジーの内部化・産業化への動きを見せ始めている。日本企業もこれを機会とし、それらを力強く推進していくべきと考える。

 

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
フォレンジック & クライシスマネジメント サービス
シニアアナリスト 周 旭妍
アナリスト 阿部 麻実


(2020.5.20)
※上記の社名・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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