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ニューノーマルの最前線から ―COVID-19の感染者発覚時の企業対応と、対外発表の判断基準―

クライシスマネジメントメールマガジン 第17号

デロイト トーマツでは、COVID-19の感染拡大初期から、危機管理支援の一環として、企業や団体に対して感染者が発覚した際の対応支援を行ってきました。本稿では、こうした危機管理の実際に基づいて、COVID-19の感染者発覚時の企業対応の現状を振り返り、特に経営判断の迷いどころとなっている対外発表の判断基準について解説します。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大に伴う世界的な影響が拡大し続けている。日本でも、緊急事態宣言解除後の営業活動が再開された都市中心に感染者数が再び拡大傾向にあり、7月9日には、東京で緊急事態宣言下の状況を超えて一日当たり過去最多の感染者数を記録している。

デロイト トーマツでは、COVID-19の感染拡大初期から、危機管理支援の一環として、企業や団体に対して感染者が発覚した際の対応支援を行ってきた。本稿では、こうした危機管理の実際に基づいて、COVID-19の感染者発覚時の企業対応の現状を振り返り、特に経営判断の迷いどころとなっている対外発表の判断基準について解説する。

1. 感染者発覚時の企業対応の現状

上場企業を中心に、事業継続計画(BCP, Business continuity planning)の整備は経営課題の一つとして認識されており、感染症対策もまたそのひとつである。こういった事態こそ、これまでのBCPへの取り組みの成果が発揮されるべき場面であったが、実際には想定と異なる事象が多く発生し、期待された機能を十全に果たしたとは言い切れない。

感染の疑いが出てから対外発表を行うまでの、実際の事例をもとにした一般的な対応フローは以下のようなものである。

(1) 当事者より上長へ感染疑いの報告と、休暇願の届け出(この時点で感染は未確定)

(2) 上長より拠点責任者へ感染疑いの報告

(3) 拠点長責任者にて、a.本社への報告、b.保健所への通知、c.消毒作業の方針策定および指示、d.消毒作業実施に伴う営業停止判断

(4) 拠点にて、保健所の支援に基づく濃厚接触者の特定と、特定者の自宅待機指示

(5) 検査結果が陽性と判明

(6) 対外発表

BCPが機能不全となったことの第一は、(3)において拠点側の判断とオペレーションが重要となったということだろう。本来、多拠点に分散した危機対応のセオリーとしては、本社の対策本部がトップダウンで共通の方針を策定・運用するとともに、リソース、ベストプラクティスを共有して、強力に指揮・支援することだが、保健所は地域ごとに異なっており、自治体が持つ医療リソースや感染状況の差による都道府県の方針の違い、消毒事業者の現地調達、本社人員の移動が困難であることなどから、本社側からの直接のマネジメントが機能しにくい状況となっていた。

また、BCP上の想定外となったのは、検査実施から結果が出るまで一週間以上かかるケースが頻出したことである。フローにあてはめれば、(5)検査結果の判明に先立って、(3)-d.の営業停止判断を行わねばならない場合に、(6)にあたる対外発表をその直後に繰り上げて行わざるを得ないケースがしばしば発生した。こうした判断内容に応じた対応の分岐や組み換えは、事前の計画からは想定しにくいポイントとなっており、BCPとして準備してきた内容が有効に機能しない一因となっていた。

一方で、こうした想定外の事態に対して、企業や自治体は徐々に有効な対応を見出して行ったとも感じられる。企業側はBCPが機能しない場面では権限の組み換えなどを柔軟に行うケースが多く、また、自治体を含む行政側も当初は不十分だった検査体制を拡充し、対応フロー全体として、2月時点では場合によっては10日ほど要していたものが、緊急事態宣言が発令されるまでには、すでに半分以下に圧縮されている。

さらに、直近では、消毒専門業者が夜間オペレーション対応を充実させることで、営業停止を行わなくとも、感染拡大防止のための諸対応を行える事例まで出てきている。COVID-19が日常となりつつある中で、企業や自治体、それを支援するサービス事業者の中にはニューノーマルと呼べるものが既に生まれていると感じる。

2. 感染者発覚時の対外発表の判断基準

COVID-19は社会全体の問題であるだけに、企業としてディスクロージャーの姿勢が問われる事案でもあるが、実際には、家庭で感染したのか職場で感染したのか、感染したのは従業員か委託先の職員か、濃厚接触者はどれくらいいるのか、クラスターが発生した形跡はないか、といった発覚ごとの状況によって、発表すべき内容や発表の対象、場合によっては発表の要否までが変わってしまう難しさがある。いくつかの事例から、その判断のポイントを検証してみよう。

A) 販売店にて、売り場担当者の感染が発覚し、顧客に濃厚接触者が存在する可能性があるが、その人物を特定できない。感染経路は不明。

B) 食料品売り場にて、事務職員の感染が発覚したが、濃厚接触者は認められない。消毒作業のため、1日営業を停止する。感染経路は不明。

C) 社内で社員の感染が発覚したが、濃厚接触者は認められない。消毒作業は夜間に行うため業務影響はない。感染経路は家庭。


Aのケースは、速やかな対外発表が求められる。判断のポイントは顧客に濃厚接触者がいるが、その人物を特定できないことが該当する。前述したようにCOVID-19は社会全体の問題である以上、社会の一員である企業もまた感染拡大防止の一翼を担うことが期待されている。顧客は重要なステークホルダーであり、速やかに広くアラートを発することによって、顧客の健康・生命を保護する行動に移るべきである。

Bのケースは、少し異なり、感染発覚時点では具体的な追加の感染者の存在は確認されていない。一方で、食料品売り場は生活必需品を取り扱う、地域住民にとっての重要なインフラであるため、感染拡大防止のための休業とはいえ、利便性を損なうという点については店舗のホームページや、店頭の掲示などを用いて営業停止の期間とその理由を示すべきだろう。

Cのケースにおいては、感染した当事者以外に影響がほとんどないと言えるが、企業として判断が難しいのはこういったケースだろう。このケースにおいては、既に状況や企業側の対応によって、感染拡大に対しても営業状況に対してもリスクヘッジが行われており、伝えるべき対象も、伝えなければならない内容も欠いていると言える。

だが、発表しなかったことそのものに対し、ディスクロージャーの姿勢を問う声がマスコミや地域社会から寄せられるのではないかというレピュテーションリスクは残ってしまう。その一方で、こういったケースを今後も発表し続けなければならないのか、あるいは、他の感染症においても今後は同様の対応を行う必要があるのかといった声も上がるだろう。

こういったケースの判断は、最終的には各企業のポリシーにゆだねられるが、社会性を帯びるだけに、社会動向に左右されるという点を最後に示して本稿を終えることにしたい。

実例に基づけば、Cのようなケースにおいては、都市部を中心に発表を行わないという判断も増えてきている。なぜそのような判断に至るかといえば、同様のケースで発表を行ったとしても、メディアが取り上げることも、また具体的な問い合わせが寄せられることもなくなってきているからである。

確かに、感染拡大初期においては、ひとつの感染事案に対し、その実際の重要性とは無関係に、メディアの取材や顧客からの問い合わせが殺到するというような事態が発生していた。未曽有の事態に対し、「コロナを正しく恐れる」ことができていない状況だったといえる。

そこから半年が経過し、我々はまだCOVID-19を克服したとは言い難い状況ではあるが、企業もメディアも社会も「コロナを正しく恐れる」ことの意味を理解し、暗黙のうちに、行動規範が形成されてきていることを示唆していると感じている。
 
巷間で取りざたされるように、COVID-19の経験は人々の考え方や行動を変化させていくことだろう。そういった変化は企業の危機管理のポリシーをも新たに上書きし続けている。それもまた、ニューノーマルと呼んで差し支えないだろう。

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
フォレンジック & クライシスマネジメントサービス 
シニアヴァイスプレジデント 清水 亮

(2020.7.15)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。