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窮境における資金管理・資金創出

クライシスマネジメントメールマガジン 第31号

シリーズ:製造業の経営窮境要因と事業再生に向けた打ち手 第2回

2020年初頭からのコロナ禍は製造業も直撃した。最終製品を製造するメーカーが世界中で生産調整を実施した結果、コロナ禍以前から経営状況が芳しくなかった一部のBtoBを主とする製造業は一気に経営危機、もしくはその予備軍に陥っており、我々にも数多くの相談が寄せられている。このような窮境状況の企業に対して、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社では事業再生に向けた支援を行っている。今回はこのような製造業の再生への処方箋を、シリーズを通じて紹介する。

1. 窮境状態における資金管理・資金創出の重要性

今般のコロナ禍では、多くの企業が大幅に減益になり、元の水準に回復する時期についても予断を許さない状況が続いている。収入の急減によって突如資金繰り難に陥った企業も少なくない。また、金融機関の融資スタンスも一気に悪化したことで今まで通りの資金調達は困難になっている。

非常に厳しい環境の中で、全ての企業が自力での経営維持、再生が可能という訳ではなく、その他の企業にとっては、株主、グループ会社、取引先、および金融機関等の関係当事者から支援を得られるか否かが生き残るための生命線となる。

その際、関係当事者に、自社がどのように窮境を脱する考えなのか、将来の成長に向けた打ち手、すなわちリストラや再編のプランを提示することが不可欠だが、これは言ってみれば中期経営計画を再策定するにも等しく、交渉も含め支援獲得までには相応の時間を要する。

説得力のあるプランの策定を進める一方で、支援獲得までの期間の自助努力として、目先の資金をショートさせないように資金繰り管理を高度化し、また短期的な資金創出策によってキャッシュフローを改善して、何とか持ちこたえていく必要がある。

3stepによる再生プラン
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2. 窮境状態の資金管理高度化

窮境に陥った企業にとって、最優先で対処すべき課題は資金ショートの回避である。一般的な製造業界の事情として、支払いや入金が大枠では数か月先まで決まっており、資金繰りの小回りが利かないという特徴があることが多く、財務的に苦しい状況下では支出予定の見落とし一つが資金ショートを惹起する可能性がある。 そして、ある程度、窮境が顕在化してくると与信にも影響が生じ、支払いサイトの短縮要求や、グループ会社間資金融通の制限等が具体化し、さらに余裕がなくなる。

こうした状況を切り抜けるには、正確な実績データと信頼できる見通しに基づく日次・月次の資金繰り管理が欠かせない。グローバル展開、多事業展開している企業であれば、グループ全体の資金繰りを管理する必要もある。

ところが、これまでは財務的な余裕があったがゆえに、資金繰り管理の精度が非常に甘いままになっている企業は少なくないのではないだろうか。

グループ全体の資金繰りのフロー
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この章では、実際にコロナ禍により窮境に陥った企業において、どのように資金繰り管理を高度化していったかを紹介しよう。

 

【未経験からの日次資金繰り確立】

当該企業は、製造業界の多くの企業同様、コロナ禍によって売上が急減した。金融機関は警戒を強め、資金供給継続の条件として、日次の資金繰り表の提示を要求してきた。しかし、当該企業にはその様な精度での管理経験はなく、見様見真似で表を作成してはみたものの、予定と実績がまるで合わず金融機関の期待を満たせる水準には到底およばなかった。 多くの中小仕入先はこれまで当該会社の与信を利用した手形割引で資金融通をしてきたため、数か月という長い支払いサイトに文句が出ることもなかったが、リスクを感じた金融機関が割引を取りやめたことで、直接当該会社にサイト短縮要求を寄せるようになった。 急速に減少していく現預金残高を前に、いつまで会社がもつのか、どの程度の規模の資金創出策を実行すれば良いのかの見当すらつかない。資金繰り管理の高度化の必要性が痛感された。

そこで、まず現行の日次資金繰り管理の評価から着手した。資金繰り表の作成方法を、元情報や担当間の受け渡しのレベルまで徹底分析し、情報ソースの古さや、情報伝達の遅さ、曖昧な処理ルール等の問題を特定した。国内の問題についてはほぼ対処できた一方で、海外現地法人、とりわけ現地資本との合弁会社については、温度差を埋めることができず現地プール額等について妥協を余儀なくされたが、少なくとも先の資金繰りを見通せるようにした。

ここまでに3か月程の試行錯誤を要したが、しっかりした土台ができたことで、予定と実績の差異についての原因究明が可能になり、グループ資金繰りの見通しが格段に改善した。また、金融機関に対する説明や交渉をスムーズに行えるレベルにようやく達することができた。

 

3. 窮境における資金創出施策

短期での資金創出を考える際に、既存の商流・組織・オペレーションといった事業の中核を成す要素を大幅に変更する施策は、時間的な制約から織り込むことが困難である。

従って、既存の商流・組織・オペレーションといった要素にとって、削っても大きな影響の出ない、無駄な資産、過剰な支出等が、短期的な資金創出の狙い目といえる。代表的なものは以下の通りである。

  • 売掛債権……対顧客取引において未回収のまま長期化している債権を把握し、滞留事由の解消を促進する。
  • 在庫……現実的な基準で在庫の陳腐化リスクを再検証し、健全でない在庫年齢、在庫量の品目を抽出する。今後の需要見通し等に基づき、それぞれの処分方針を定めて実施するとともに、該当品目の仕入れや生産を停止する。
  • 固定費……直接・間接部門の稼働実態に照らして、パート・短期雇用者の稼働調整を行い、また正社員の残業・手当の適正化を推進する。
  • 間接費・投資・開発費……事業の中核維持への寄与を評価し、削減できるものや先送りできるものを見定めて支出を制限する。
  • 固定資産……不要もしくは遊休状態にある資産を売却し、また自社保有の固定資産のリース化を検討、実行する。

また、個別の状況によって活用の可能性は様々だが、助成金や税制優遇の適用も、貴重な資金源として検討すべき項目となる。現実の窮境局面においては、個々の施策を、短期間に立ち上げ、並行して走らせることになる。

短期的な資金創出策(例)
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4. 窮境における短期資金創出施策の取り組み事例

短期資金創出施策のなかでも、在庫削減は、取り組みへの注力の仕方によって成果が大きく変わる。ここでは、あるインシデントによって資金繰りが急激に悪化し窮境に陥った企業が、危機をサプライチェーン体質強化の機会と捉え、在庫削減に果敢に取り組んだ自動車部品メーカーの事例を取り上げるが、これらのアプローチはコロナ禍においても有効であると考える。

 

【過大な安心在庫削減への挑戦】

窮境に陥り、金融機関からの支援を獲得するまでの間を生き抜くための資金創出の必要性が認識されると、施策の一つとして在庫削減の号令がグローバル各拠点に飛んだ。

まず実施されたのが明らかな死蔵在庫のスクラップ処分であった。製品としての価値はなくとも、金属として僅かばかりの対価を獲得できた。しかし、それ以外は、施策の案が出ても実現に至らず停滞してしまった。依然、在庫量の水準が高いままであるにもかかわらず、である。各拠点の状況を確認すると、グローバルに拠点間で物を受け渡しているにも関わらず、自拠点以外の在庫状況を把握している拠点は一つもなかった。拠点間だけではなく、同じ工場の中の工程間ですら生産実績や計画の連携が為されていなかった。当該企業には、これまでサプライチェーンという概念がなく、工場は工場、販社は販社と、縦割り化された組織構造のもと、それぞれのKPIで成果を競うよう促されてきていたため、わざわざ手間をかけて情報を提供し、他をサポートするような慣習はなかったのだった。

明日、どんな荷が届くかもわからない中、目隠しともいえる状態で、操業・納入を継続するために、各拠点は、自衛的に、不安を十分に払拭できるレベルまで在庫を積み上げておく必要があり、実際にそうしていた。顧客から設計変更やモデルチェンジに伴う購買終了の連絡がきても、その時点で既に残り需要を満たしてなお余りある在庫を保有していることもしばしばあった。これまでそれが当たり前だと思い、また誰に咎められることもなかったのだ。間違いなく大きな在庫削減余地が目の前にあるのに、削減活動が進展しない。状況を改めて俯瞰し、経営陣は自らが設定していたKPIに根本的な欠陥があるという仮説に至った。

在庫水準を明確に評価対象とすることは、需要減の局面等で時に生産性指標と矛盾する可能性を孕むが、タイムリーに計画を変更しブレーキを踏む柔軟性を高く評価することを明言した。そのうえで、短期の打ち手として、サプライチェーンの繋がっている拠点同士での積送在庫等の情報共有を進め、不安を払拭することとした。また、各拠点において、新たな情報を週次・月次のPSI連携に活用するためのプロセスの追加・更新については、殆どを表計算ソフトだけで完結するシンプルな暫定プロセスとして策定した。各工場内でも、生産方法を変えることこそできなかったが、生産内容の根拠を、月初めに決めた計画から、受領したPOに基づき日単位で見直した計画へと変更した。なお、組織内協業の経験は殆どなかったため、本部でプロジェクトチームを立ち上げ、各施策をフォローさせ、これまでの縦割りカルチャーを覆すためにトップマネジメントもチームを全面的に支援した。十分な情報に基づき不安が払拭された拠点は、調達や生産を抑制することで在庫高を合理的な水準にまで下げることを納得し、3か月程で約12%の在庫削減が実現した。

さらに、効果が出るまでには数ヵ月かかるが現時点ですぐに出来ることとして、製品ライフ管理にも着手した。各製品や部材の残り需要を見積もるために、顧客の設計変更やモデルチェンジの情報を早期に掴み、社内展開するように行動を変えた。単価が安くなるという理由だけで、大ロットで発注していた材料も、残り需要の観点から見ると廃棄ロスの可能性が高いことが分かり、発注単位が見直された。同じく、安いから使っていた外注加工業者も、その長い納期が在庫の滞留・陳腐化原因となっていたことが分かったため、発注量の多くを内製に戻した。購買終了マネジメントも、拠点間で棚卸日を揃えて正確な残り需要を計算するプロセスを改めて確立した。これらの効果を刈り取るのには1年程度を要したが、以前のやり方と比べ滞留化する在庫が大幅に減ったことで、総在庫として約20%の削減効果が実現した。

当該企業は、既に窮境を脱したが、引き続き、サプライチェーン体質の強化を継続し、コロナ禍においても健全な経営を維持している。


次回以降は、窮境局面で有効な具体的な打ち手について紹介し、加えて、本部が果たすべき役割と機能の整備についても、実際にデロイト トーマツが支援している事例に基づいて取り上げる。第3回は窮境状況を乗り越えるための財務基盤・事業基盤強化について紹介する。

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

 

執筆者

内藤 貴世志
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
グローバルリストラクチャリングアドバイザリー
シニアヴァイスプレジデント