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窮境状況を乗り越えるための財務基盤・事業基盤強化

クライシスマネジメントメールマガジン 第33号

シリーズ:製造業の経営窮境要因と事業再生に向けた打ち手 第3回

2020年初頭からのコロナ禍は製造業も直撃した。最終製品を製造するメーカーが世界中で生産調整を実施した結果、コロナ禍以前から経営状況が芳しくなかった一部のBtoBを主とする製造業は一気に経営危機、もしくはその予備軍に陥っており、我々にも数多くの相談が寄せられている。このような窮境状況の企業に対して、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社では事業再生に向けた支援を行っている。今回はこのような製造業の再生への処方箋を、シリーズを通じて紹介する。

1. 有事局面を打破する財務基盤・事業基盤強化の重要性

第2回で述べたように、事業構造不況下においては、目先の資金繰りを確保していくことが必要不可欠であり、短期の資金創出策を実行してキャッシュを確保・保全することが最優先課題となる。

次に、経営危機に至る時間と経営悪化の程度を見極めながら、どのような再生・再編の絵を描いて実行していくか、その実行のために、各種ステークホルダーにどのようにアプローチし、どのように支援を要請するか、を検討していくフェーズへと移る。その際には、先行き不透明な環境の中で、きめ細かく時間をかけて情報収集するということではなく、本当にクリティカルな情報を漏れなく迅速に入手して経営意思判断につなげていく財務基盤づくりが欠かせない。当社の提唱する3 Stepによる再生プランにおけるStep 2の「1. 財務基盤強化」「2. 経営管理強化」は、それらに対応する取り組みである。

また、同時に、事業基盤を強化するために、収益、キャッシュフロー改善のための中長期的テーマにも着手していく。同じくStep 2の「3.調達、生産コストの削減」、「4. 不採算・ノンコア事業の売却」、「5. 海外拠点の統廃合、生産拠点の移管」等である。

本稿では、これらのテーマのうち、「5. 海外拠点の統廃合、生産拠点の移管」以外(当該テーマは第4回に記載)について述べていきたい。

3stepによる再生プラン
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2. 施策1-財務基盤強化:最悪シナリオを想定した財務管理

通常の経営状態の時(平時)には、アグレッシブな目標を立てたうえで、その目標達成に向けて最後まで諦めずに取り組むのが一般的である。経営層も各事業のポテンシャルに期待し、アップサイドをいかに実現するかを追求する姿勢を求める。

しかし、有事局面では、経営層が悲観的なシナリオを前提に、戦略・施策を組み立てていくことの重要性が増す。特にコロナ禍においては、経営環境の不確実性が高く、企業の危機レベルが一気に高まる可能性があるため、正しく危機レベルを察知し、先読みで次のアクションの方向性を見定めることが必要不可欠となる。

そのために、経営層にとって重要なリスクを抽出・評価し、それに応じたシナリオプランニングを行う基盤を構築することが求められる。具体的には、財務に影響を与えるクリティカルリスク(利益や現金水準)やそのドライバーとなるリスクファクターを特定し、それらの指標がどのような水準になれば、どのような危機ランクになるかを設定し、危機ランクに応じて、金融機関に対するコミュニケーション方針や資本政策方針をあらかじめ決めておく。そして、そこで決めたクリティカルリスクやリスクファクターの動向を徹底してモニタリングし、状況に応じて実行する戦略を機動的に修正していくのである。

特に、外部資本の受け入れや金融機関に対する支援要請は、経営層にとって極めて重要性の高い意思決定であり、平時には十分に検討したうえで決定すべき事項だが、コロナ禍においては一刻を争う判断が求められることもある。これらの基準づくりは意思決定の迅速化の一助となる。

 

【事例:コロナリスクが発現する中で、金融機関や資本提携先とのコミュニケーション戦略を臨機応変に修正】

A社は、当初から財務体質に課題を抱えていたが、コロナ禍によって売上が急減、事業見通しの不確実性が一気に高まった。そして、売上減少によって、立案した中期経営計画の達成にどの程度のリスクが生じるのか、その状況に応じて、どのように金融機関や資本提携候補先に状況を打診していくべきなのか、そのタイミングがいつなのか、いつまでにその判断をしていかなければならないかが明確でなく、判断軸をもてない状況となった。

そこで、約6ケ月後の借替が発生するタイミングに向けて、現預金残高、営業利益、資本提携交渉の進捗(資本提携を確実に進めていくことが借替の条件となっていたため)の3項目をクリティカルリスクとして設定し、一定の条件を下回る場合は、黄色信号(Yellow水準)とし、追加リストラや海外拠点撤退、投資凍結等の抜本コスト削減策発動の要件とした。また、さらに一定の条件を下回る場合は、赤信号(Red水準)とし、自力再生の道から、スポンサー支援への再生スキームを選択すること、具体的には、私的再生スキームの活用、他社傘下入りを意思決定する基準とすることとした。

そして、これらのクリティカルリスクの状況を見通すべく、売上やコスト、運転資本等に影響を与えるリスクファクター(売上であれば、市況、案件失注、コスト・運転資本であれば施策遅延等、重要性の高い経営ドライバー)をモニタリング対象とし、これらのリスクファクターを週次・もしくは隔週で更新することで、シミュレーションを行い、借替のタイミングでのクリティカルリスクの発現可能性を確認していったのである。

また、2~3ケ月毎にマイルストンを設け、その時点での業績や見込み、資本提携の交渉状況に応じて、金融機関、資本提携先等にどのようにコミュニケーションしていくか(コミュニケーションプラン)もあらかじめ定義しておいた。

このような、判断基準の可視化が、いちはやくリスクおよびそれらの影響を予見し、必要な方向性、施策が何かを合理的に導き出すことにつながった。そして、社長および他の経営陣を説得のうえ、速やかに従来の資本提携の進め方を抜本的に見直す意思決定を促したのである。

リスクシナリオとコミュニケーションプラン
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3. 施策2-経営管理強化:経営管理における重要情報の掌握

従来の経営環境であれば、一般的には、製造業者は、主要顧客の販売計画に従って生産することで販売量が伸びていき、工場の稼働率が確保でき、利益も創出できた。こうした環境下では、QCDを追求するために現場力を高めることが重要であり、個別最適、すなわち現場・拠点重視の経営管理が最適であったとも解釈できる。その結果として、製造業者では、経営管理基盤がグローバルで統合的に整備されておらず、拠点毎にエクセルデータが散在している状況が往々にして見受けられる。

しかし、有事局面においては、マクロの経営環境の変化や施策の遂行状況を全社的な目線で吸い上げ、リスクを予測したり、課題を発見したりすることで、グループとしての方針決定をしていく機能が従来以上に重要になるのは前述の通りである。このため、グローバル本社が、現場に散在した情報をいかに効率的に(重要情報を速く、漏れなく)吸い上げ、事業実態の把握や将来予測に繋げていくかが重要となる。

また、有事局面では、資金繰り管理が最優先となり、再生計画と有機的に連動させていく必要があるが、それらが各々別管理になっているケースが多い。このため、実際に想定すべきシナリオが資金繰り計画に入っていなかったり、資金繰り計画に盛り込んだ各種資金捻出施策が再生計画に取り込まれないなど、両者の不整合が随所に発生し、それらを確認・修正するために多大な工数が発生したり、金融機関説明の度に難渋するケースが多く見受けられる。

コロナ禍のような有事局面ではスピードが重要になるため、システム見直しにより数年かけて対応という時間軸では手遅れとなる。このため、複雑に入り乱れた各データは所与にしながら、それらを有機的に連動させ、経営意思決定のための再生計画や資金繰り計画に反映させるなど(シミュレート)・その内容をドリルダウンして迅速に内容確認できる経営データベースづくりの有効性は高い。

デロイト トーマツではそれらを支援する経営の仕組みとしてMDX(Management Digital Transformation)を用意しているが、まさにこのような課題がある企業において、有事局面の経営コックピットおよび資金管理のキーツールとして活用を推奨している。

MDX (Management Digital Transformation) の図
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4. 施策3-調達・生産コストの削減/施策4-不採算・ノンコア事業の売却・撤退:聖域なきコスト削減

収益体質を改善するために、不採算事業の売却・撤退を含む聖域なきコスト削減は必要不可欠な取り組みである。過去にコスト削減の取り組みを行っていて既に「乾いたぞうきん」であり、追加でのコスト削減項目はそうそう存在しない、といった先入観をもつべきではない。有事局面になり、前提条件が変わりうること、また、1社だけの取り組みではなく、業界・組織再編も含めた高い目線で取り組むことで、追加でのコスト削減項目が創出できることに関しては、当社は数多くの事例を経験している。

グローバル購買や他社との共同購買等、共同購買の範囲をより広げること、生産プロセスの抜本的な改革、会社統廃合、グローバルでのシェアードサービスの利用など、1度は会社の中で検討した事例も含めて、蓋然性の低い取り組みも取捨することになく俎上に載せ、定量化、優先順位付けする。なお、再生計画の作成を早急に実施しなければならない場合、削減余地や目標額の目途を付けるためにも、あらためて、生産や管理に関する業界平均データを入手し、ベンチマークとして利用することが有用である。

不採算・ノンコア事業の売却検討に際しては、拠点、製品、顧客での限界利益の見える化は必須、さらに、営業利益、キャッシュフローまで可視化し、問題セグメントやノンコアセグメントは売却・撤退の検討対象としていく。特に、製品、顧客を軸にすると、不採算が拠点を横断して生じている可能性があり、この場合は拠点横断的な切り出しが論点となる。このようなカーブアウトには時間・労力を要する場合があるため、速やかに取りうるスキームを案出しし、その効果や実現可能性を評価のうえ、実行策検討に着手することが望ましい。

 

【事例:生産プロセスの抜本的な見直し】

B社は、赤字経営が常態化しており、親会社からの支援でなんとか経営を継続できている状況であった。しかし、親会社にてB社をノンコア事業と位置づけ他社へ売却することが決定されたことを受け、親会社の庇護がなくても自立的に経営できる体質へと変革していくことを目指して、経営改革のためのプロジェクトチームが編成された。

オーナーが変更される方針が決まり、B社メンバーの目の色が変わった。そして、従来は減価償却費の発生を防ぐため投資極小が恒常化、生産性ダウン、競争力の劣化、という負のスパイラルを繰り返していたことを反省し、改めて、過去の固定概念や投資制約に縛られず、何がベストなのか我々外部コンサルタントも交えて徹底して議論した。

結果として、i) 老朽化した設備を除却、ii) 流量別集約化による段取り効率化、iii) 素材~加工の工場内完結/内製化、iv) 全自動ライン化・検査廃止をコンセプトとする設備/オペレーション改善プランを策定した。また、金型製造の内製化、設計見直し、業者選定にまでも入りこみ金型費自体の包括的な見直しにも取り組もうとしている。同社の技術を利用した新規分野開拓にも乗り出しつつある。これらの取り組みにより、工場全体の機械レイアウト、全体の物の流れ、内外製など、中長期での製品ミックスが全て抜本的に見直されることとなる。

 

【事例:コスト削減追加施策検討】

C社は、資本提携候補先との交渉に先立ち、追加コスト削減策を捻出することが求められた。既に検討を尽くした計画を作成済みであったこと、2週間の短期間での提示が必要であったことから、当初検討は頓挫するかに見えた。しかし、再度、当社も支援し、過去のコストダウンプロジェクト、アイデアを棚卸するとともに、当社で用意したベンチマーク指標との比較により、どこにコスト削減余地があるかを再度検討した。

結果として、ベンチマークとの比較で、高ぶれしている開発費と経理間接部門の人員構成が、コスト削減の最重要検討領域として定義された。そして、これらの領域において、より詳細にテーマ出しを行い、取り組みの優先順位を明確化した。

こうした活動を通して、従来、聖域となっていた先行研究のための開発費の削減、現場の抵抗が強かった経理業務のオフショア化を意思決定するに至った。

 

次回以降も、事業再生に向けて必要となる具体的な打ち手について、実際にデロイト トーマツが支援している事例に基づいて取り上げる。

第4回は、Step 2から、「海外拠点の統廃合、生産拠点の移管」及びStep 3のうち「事業構造改革」の打ち手について紹介する。

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

 

執筆者

小川 幸夫

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
グローバルリストラクチャリングアドバイザリー
シニアヴァイスプレジデント