ナレッジ

不正防止のための組織風土醸成~品質不正を題材に

クライシスマネジメントメールマガジン 第38号

不正を起こさせないための取り組みとして、統制活動、内部通報や内部監査といった仕組み作りに加え、同等の、またはそれ以上に大切なのがいわゆる組織風土の醸成です。今回は品質不正を題材に、不正防止における組織風土醸成の重要性や不正を起こさせない組織風土を醸成するためのポイントをご紹介します。

品質不正とその対応

近年、品質不正や品質不祥事といった用語を目にすることが多くなってきた。実際に企業の開示情報を見ても、品質・検査データ偽装の公表件数が増加していることがわかる(図1参照)。

図1 公表された国内の品質・検査データ偽装の事案件数推移
クリックすると拡大版をご覧になれます

ただし、この公表件数の増加は近年になって品質・検査データ偽装の件数自体が増加してきたことを示すものではないと考える。これらの不正の7割近くは10年以上発覚しておらず(図2参照)、近年のコンプライアンス意識の高まりや2017年頃に公表・報道された大型の品質・検査データ偽装事案の影響を受け、過去からの事象が近年になって明るみに出てきたと考えるべきであろう。したがって、現在事案は発覚していないが、内部では既に品質・検査データ偽装が進行している、「品質・検査データ偽装予備軍」ともいうべき企業が存在する可能性も十分ありうると考えている。以降、本稿ではこの品質・検査データ偽装を品質不正と呼ぶこととする。

図2 公表された国内の品質・検査データ偽装事案の発覚までの期間別割合
クリックすると拡大版をご覧になれます

品質不正を防止するには

この品質不正を防止するために一般的に考えられ、多くの企業でも実際に取り組まれているのが検査の自動化(システム化)である。検査の自動化とは、検査データの自動転送や、検査結果の検査成績表への自動反映、未検査製品の出荷停止等をシステム化し、できる限り人手を介在させないことによって、検査データの改ざんや検査の未実施を防止するというものである。自動化により品質不正が行えない仕組みを構築するという対応は、一見対応として十分だと思われるが、果たしてこれだけで足りるであろうか。

不正を考える際、「不正のトライアングル」という理論がある。これは米国の犯罪学者 ドナルド・R・クレッシーの理論で、「動機」「機会」「正当化」の3つの要素がそろった際に、人は不正を犯すというものである。企業の開示情報から品質不正の原因をこの「不正のトライアングル」に当てはめてみると、検査の自動化は「機会」についてのみ対応しているということがわかる(図3参照)。

図3 品質不正に関する「不正のトライアングル」
クリックすると拡大版をご覧になれます

仮に検査を自動化したとしても、完全な自動化は困難であることから、意図をもって不正を行おうとする者にとっては何らかの抜け道があるものである。そのため、不正を防止するためには「機会」を防止する仕組みを構築するのみでは足りず、「動機」や「正当化」のような売上・納期重視、品質軽視といった企業風土や意識へ働きかける対応も併せて行っていく必要がある。

その企業風土や意識への働きかけについては、コンプライアンス研修や品質研修などの教育、経営層からのメッセージ発信などを通じて、コンプライアンスや品質を重視する意識の醸成に取り組んでいる企業も多い。これらの取り組みは、もちろん従業員の意識向上の点において一定程度の効果はあると思われる。ただし、会社や経営層が口先のメッセージを発信するだけでなく、実際に行動しなければ、かえって従業員の離反を招きかねないという懸念があることに留意すべきである。具体的に説明しよう。

売上・納期やノルマ重視の企業風土や意識への働きかけとして最も重要なのは、研修よりもコミュニケーション、それも最終的に顧客とのコミュニケーションへ確実に反映させることである。顧客との交渉により、売上・納期やノルマに対する従業員の負担を軽減させるのである。それなくして実効性は保たれない。

売上・納期の負担を軽減させるためには、製品仕様、価格、納期、検査内容等について顧客とよくすり合わせる必要がある。特に見積提示のタイミングでフロントローディングをしっかりと行い、自社にとって無理のない条件を顧客に提示すべきである。上記は新規受注時の話だが、既受注品であっても見積段階で顧客と十分なコミュニケーションが取れていなかったのであれば、今からでも顧客と製品仕様、価格、納期、検査内容等について交渉すべきである。例えば、本当に過去に問題が起きていないのであれば、顧客に対して公差緩和の申し入れをするなどである。無理な受注を行い、利益面、納期面で苦しい状況に追い込まれた際に、品質面を軽視するリスクが高まる。無理のない受注を行うことで、余裕をもった対処が可能になろう。

実は、こういった顧客とのコミュニケーションを成立させるためには、その前提として社内におけるコミュニケーションが確立されている必要がある。自社にとって適切な製品仕様、価格、納期、検査内容を顧客に提示するためには、自社の実力を適切に把握しておく必要がある。そのためには、顧客との交渉窓口である営業と製造部門、生産管理部門、開発部門、品質保証部門等の関係各所がしっかりとコミュニケーションをとり、生産能力や技術力、検査工数およびそれらの原価等の情報を共有したうえで、自社としての認識を合わせておく必要がある。

さらにいえば、顧客とこのような交渉を行った結果、顧客が他社へ流出することもあるだろう。上記のような対顧客、対社内のコミュニケーションを成立させるためには、会社や経営層がこれを許容し、それを目に見える形で示すことが是非とも必要になる。それが先に指摘した「口先だけでない品質重視のメッセージ」にほかならない。

そのためには、研修やメッセージの発信に加え、会社全体のガバナンス上、品質保証部門の存在感を向上させることが挙げられる。具体的な方法としては、まず、製造部門に従属しがちな品質保証部門を切り離して独立性を高める。そのうえで、従業員のキャリアパスとして品質保証部門への在籍を必須条件とする、社内のエース級人材を品質保証部門に配属する、社内の有力者を品質保証部門のリーダーに据えるなどの措置により、確実にすることが考えられる。本来製造や販売、企画などの部門で活躍が見込まれるエース級人材や社内有力者の品質保証部門への登用は、それ自体が品質保証部門の強化につながり、品質保証部門の存在感向上に寄与するだけでなく、そのような人事が会社や経営層からの品質保証部門、品質の重視というメッセージにもなるからである。そこまでやらなければメッセージとしては届かず、企業風土は変えられないと理解すべきである。
 

意図せぬ不正への対応

ところで、不正といった場合、先の「不正のトライアングル」からもわかるように、通常は実行者が何らかの意図をもって行うものを指す。ところが、品質不正については必ずしも実行者にその意図のない、「意図せぬ不正」ともいうべきものも存在している。これは過去のある時点の不正行為が長期間にわたり継続し、後任者に引き継がれることで、現在の実行者には不正の認識がないまま行われている不正行為のことである。この「意図せぬ不正」の存在が、品質不正が長期化する理由の一つと考えられる。

この「意図せぬ不正」に対する対応としては、教育が効果的である。「意図せぬ不正」の実行者は正しいルールや手順を知らないことから、正しいルールや手順を教育により認識、理解してもらい、これまでの誤ったルールや手順を是正してもらう必要がある。

また、「意図せぬ不正」は自分たちだけのルールが作られがちな、所謂タコつぼ型組織で発生しやすい。そのため、それを防止するための対応として、人事ローテーションにより組織に常に外部の目を入れることが考えられる。さらに、この人事ローテーションの中に品質保証部門も組み込むことで、品質保証部門や品質に対する認識、理解の向上といった副次的効果も期待でき、人事ローテーションを例外なく適用していくことで、先に述べた品質保証部門の存在感の向上にもつながる。

おわりに

不正に対する対応として、自動化(システム化)と同程度によく挙げられるものが内部統制の強化である。内部統制と聞くとリスクの抽出やそれに対するチェックやモニタリングといったことがイメージされるかと思うが、COSO*1のフレームワークや内部統制基準においては、統制環境、すなわち企業の組織や風土が内部統制の他のすべての要素の基礎になるとされている。

このような点からも、不正に対する対応としては、経営層が対外的、対内的なコミュニケーションを活性化させることや、自らの行為を通じて会社や経営層の意思を明確に示し、不正を起こさせない組織風土を作っていくことが重要である。

 

*1 COSO: トレッドウェイ委員会組織委員会(Committee of Sponsoring Organizations of the Treadway Commission)の略称
 

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

 

小川圭介(2020):品質不正とその対応,標準化と品質管理,Vol.73,No.4,pp.3-6 ,一般財団法人日本規格協会(一部改訂)

 

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
フォレンジック&クライシスマネジメントサービス
シニアヴァイスプレジデント 小川 圭介