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Withコロナ、Postコロナ時代における海外駐在員の役割に関する考察(1/2)

クライシスマネジメントメールマガジン 第16号

シリーズ:丸ごとわかるフォレンジックの勘所 第23回

新型コロナウイルス感染症(以下、COVID-19)の感染拡大防止のために規制されてきた経済活動が各国で再開され始めています。しかしながら、第2波、第3波に見舞われる可能性が否定できない現状において、海外渡航は依然として制限され、海外出張や駐在員の派遣を見合わせる企業も多くあります。COVID-19のリスクを前提としたニューノーマル(新常態)における海外駐在員の役割を前半・後半に分けて考察します。前半の本稿では、COVID-19により影響を受けた海外駐在員の現状と、従来の役割を整理します。

I. 駐在員に対するCOVID-19の影響

緊急事態宣言が解除され、経済活動も徐々に再開されているものの、企業、経営者を取り巻く環境は大きく様変わりしている。特に、人との物理的接触や国をまたぐ移動は、今後も引き続き制限され続けることになり、コロナ禍前のように気軽に海外渡航することは難しいだろう。このようにグローバルビジネス環境が物理的に分断されていく中で、新規の海外進出の難易度が上がったことは言うまでもなく、既存の海外ビジネスの継続についてもニューノーマル(新常態)に向けて新たな課題を検討する必要がある。

この春、世界中に蔓延したCOVID-19の影響により、海外駐在員の家族に対する帰国命令や駐在員に対する一時帰国または帰任の命令を出す企業もあったと聞き及んでいる。パンデミックの初期がちょうど各国の日本人学校の春休みと重なったこともあり、家族が一時帰国中に駐在先の国に戻れなくなるケースもあったようだ。反対に、日本に一時帰国すること自体にリスクがあると判断し、派遣先の国に家族共々留まった駐在員もいるだろう。急な帰国対応や、私物を現地に残したままでの引っ越しなどで海外駐在員やその家族らには、大きな負担が生じたのではないだろうか。3月期決算の日系企業にとって3~4月は、年度の終わりと新年度の始まりのタイミングでもある。新任の海外駐在員として派遣される予定だったにもかかわらず、派遣時期が延期されたり、駐在自体が中止となったりした人々も多く存在するだろう。

グローバルにビジネスを展開している日系企業にとっては、これからのWithコロナ、Postコロナの環境において、海外子会社の管理をどのように実施していくかが一つの大きな課題となる。海外駐在員は、海外子会社ガバナンスの中核を担ってきたが、その維持コストは相当高いものだ。COVID-19による企業収益への影響が甚大なものであることが明らかになっている昨今、駐在員の人員削減や現地化の推進が課題として認識され始めている。日系企業の海外ビジネス展開の重要な一翼を担ってきた海外駐在員の従来の役割と存在意義に変化が生じていく可能性がある。

II. 海外駐在員の従来の役割

海外駐在員の役割変化を考察するにあたり、まず、コロナ禍以前において海外駐在員が期待されていた役割について整理したい。日本から現地へ派遣された駐在員として期待されている主な役割は以下のものだ。

(1) Middleman(仲介人)
日本と現地国の両方の事情を理解していることから、海外現地法人のローカルスタッフと日本のグローバル本社との間のコミュニケーターあるいはコーディネーターとしての役割を担う。ローカルスタッフと本社の間にある地理的、文化的、言語的なギャップを縮めるための「Middleman」として、両サイドとコミュニケーションを図りながら、様々な調整を行う。

(2) Decision Maker(決定者)
日系企業は、重要な海外現地法人のCEO等として駐在員を派遣し、一定の権限を現地に委譲するケースが多い。機動力を生かした事業戦略を展開するために、海外事業全体のマネジメントや新規事業の立ち上げ等に関して駐在員が「Decision Maker」として意思決定を行うことで、経営判断の高速化を狙う。

(3) Customer Relations(顧客接点
現地国における日系顧客に対する営業をはじめ、購買面に関する現地日本人駐在員同士のコミュニケーションを担当することも多い。製造業など特定の業界では、バリューチェーン全体を担う日系企業が協働で海外進出しているケースもあり、各社との良好な関係構築が期待される。

(4) Knowledge / Technology Transfer(知識/技術移転)
製造業の場合、日本のマザーファクトリーの知識や技術を伝承するために駐在員が派遣されることも多い。駐在員が現地法人の製造工程を統括するローカルのラインマネージャに対して技術指導や製品品質の管理方法を指導するなど、ビジネスに直結する責任ある役割を担う。

(5) Problem Solver(問題解決人)
海外子会社においては、想定外の様々な問題への対処を余儀なくされる場面が多くある。駐在員自身にとって、過去のキャリアで経験のない分野であっても、問題が発生した場合には即座に対処し、ソリューションを提供する必要が生じる。特に会計、税務、法務、労務、IT等は、現地国の実務で問題がよく発生する領域である。

(6) Trainee(人材育成)
経験を積ませるため、人材育成目的で若手従業員を海外へ派遣しているケースもあるだろう。

III. おわりに

コミュニケーションのオンライン化の推進スピードは、いまだかつてないほど速く、企業の末端まで浸透していくのは明らかだ。わざわざ現地に赴かなくても、オンラインでタイムリーにコミュニケーションを図ることができる現状においては、単に現地とのコミュニケーションを担うだけの目的で駐在員が派遣されることはなくなるだろう。

COVID-19のリスクを前提としたニューノーマルでは、国家間の移動に煩雑な手続きが発生し、移動コストがこれまで以上に高まる。従業員の感染リスク防止も考慮しなければならないため、出張は、必要性が高い場合だけに厳選されるだろう。これまでのように、現地駐在員が管轄地域を飛び回り、現場でフォローするようなことは減少していくと予想される。

次回は、今回整理した駐在員の役割が、ニューノーマルでどのように変化するか、変化するべきかについて論じることとしたい。

 

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
フォレンジック & クライシスマネジメント サービス

ヴァイスプレジデント 扇原 洋一郎

(2020.7.1)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。