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危機管理広報(クライシスコミュニケーション)の失敗事例と広報対応4つのポイント(事例編)(2/2)

クライシスマネジメントメールマガジン 第23号

シリーズ:丸ごとわかるフォレンジックの勘所 第26回

本シリーズでは、フォレンジックの勘所を不正の予防・発見、対処、再発防止の全プロセスにわたり、複数回に分けて紹介します。第26回は、クライシスの評価やステークホルダーへの説明など危機管理広報(クライシスコミュニケーション)の実務において注意するべき4つのポイントを紹介します。

I. Point1: クライシスの評価と見通しの検討

前回、事例をもとにクライシスにおけるコミュニケーションの実態を紹介した。後半に当たる今回は、クライシスコミュニケーションのポイントを4つ解説したい。これがクライシス対応のすべてというわけではないが、この4つに着目しておくことで、クライシス対応全体がよりクリアになるはずだ。

クライシスコミュニケーションの推進においては、クライシスの規模や性質が重要な判断材料となる。しかしながら、クライシスの初動対応中、特にその事象が進行中の状況では、クライシスの全体像は容易に把握できるものではない。クライシスを過少評価した場合には、当然のことながら経営としての認識の甘さを問われるであろうし、過大評価しすぎた場合は、過剰な対応として受け取られかねない。クライシスの規模や性質に応じて、プレスリリースで収束する場合もあれば、記者会見を行い、広く世間に周知する必要が生じる場合もある。それぞれの対応によって、準備にかかる時間や必要なリソースは異なるため、クライシスの適正な評価は、クライシス対応全体のリソースマネジメントに大きく影響する。したがって、精緻な判断は困難であることを理解したうえで、できる限り適切にクライシスの評価を行う必要があり、それが経営へのアラートとなり、その後の業務推進に大きく貢献する。

評価する上でのポイントは、まず定量的、あるいはYes/Noで判定できる重要事項を押さえることだ。損失額の見積もりや、刑事事件としての性質を持つか否か、取締役が直接的にその事象に関与しているか、あるいは上場企業の場合は適時開示に該当するかなどを整理する。そして、この整理を軸に定性的な内容を確認する。
例えば、同業他社が同様の事例でどう対処したか、自社として初めてのケースか、それとも再発防止を行ったはずの事象が再度発生したのか、過去の決算発表などのコメントと矛盾する性質が含まれているかなどの観点から整理する。このように、直面したクライシスに特有の内容を洗い出し、初期評価を修正したうえで、自社としての重要度を加味する。許認可が必要な事業を行っている場合は、その基準に抵触するか否かは重要な評価ポイントである。また、資金繰りの状況等によっては、与信に影響するような内容も重要なポイントとなるだろう。

特に見落としてはならない評価ポイントは、直接的な社会的影響の有無である。例えば、「人命や健康にかかわる内容を含んでいる」「自社しか知りえず、開示することで第三者の不利益を防止することができる内容を含んでいる」というケースでは、速やかに重要度が「高い」と評価することが肝要だ。このような視点は、自社とステークホルダー間の利害の観点からは抜け落ちる場合があるが、一般的には社会全体にアラートを発する責任があると解釈される可能性が高い。したがって、可及的速やかに、できうる限りの情報発信を行う必要が生じる。

クライシスの評価は、状況の変化に応じて評価を適宜変更することが重要である。被害が拡大した場合や、新たな事実が判明した場合など、最初の評価が変わりうる事態を念頭に置き、説明責任に伴うコミュニケーションの内容を随時検討する。

【図表1】クライシスの評価における検討ポイント例
インシデントの性質 インシデントの当事者
ステークホルダーへの影響
解決方針
事件性
信頼性/ブランドへの影響
業績インパクト
取締役レベルの説明責任
判断の変更ポイント マスコミ報道の発生可能性
健康/生命の危険
ステークホルダーの財産の毀損
過去事象の再発
管理職以上の意図的な関与
事象の悪化

II. Point2: ステークホルダーへの説明責任

「クライシス」という状況そのものが、ステークホルダーから見れば企業の責任が果たされなかった結果として受け取られることもあり、質・量ともに十分な説明責任が求められる。ステークスホルダーは一般的に【図表2】のように想定されるが、各ケースにおいて、誰がステークホルダーとなりうるかを特定すること、すなわち、説明責任の対象を特定することは、初動対応の中心的な命題である。

【図表2】有事に想定されるステークホルダーの要望と対応
ステークホルダー例 想定される要望 主な対応ポイント
顧客/消費者 顧客の健康・安全や財産等に関する情報を迅速に知りたい 顧客の身体・財産等に影響する場合は、速やかに対処する
金融機関 与信への影響を重視。一般への情報開示は慎重に行うよう要請 必要な財務関連資料を速やかに提示できるよう準備する
取引先 取引への影響、今後の見通し、補償などの情報を要望 取引先対応への優先順位を定め、業務への支障を最小限に抑えるよう対応する
メディア 世間一般の関心を惹く情報を要望 事象の性質・規模等を見極めて対応を判断
官公庁 報告を要請 特に許認可に関する事象は、早期から報告・相談する


ステークホルダーが要求する説明責任の性質は、その立場や責任によって変わる。例えば、金融機関は、与信に対する影響を重要視する。そのため、企業が発信する内容が思わぬ誤報を生み、取り立て騒ぎや、急激な売り上げの減少につながらないかと懸念し、そのようなリスクをはらむ情報の開示には慎重であるべきだと感じるだろう。一方で、消費者は健康や安全性が確実に担保されるかを重要視し、リスクを最大限に見積もり、注意喚起するよう企業に求めると考えられる。こうしたステークホルダーの特定と、ステークホルダーごとの説明責任の内容および優先順位の検討はクライシスコミュニケーションの起点であり、ゴールでもあるため、常に意識する必要がある。

クライシスコミュニケーションにおいて注目されがちなのは、いわゆるメディア対応と呼ばれるプレスリリースや記者会見などであるが、説明責任の対象は必ずしもメディアそのものではない。誰に対して何をどう説明するかが検討のポイントであり、その発信方法として最適な手段を選択するというのが、適切な対処法である。メディアとの関わりは、その方法論の一つとして受け止めておくべきである。
 

III. Point3: 事実認定の注意点

クライシス対応では不祥事そのものの解明、いわゆる事実認定が一つの焦点となる。クライシスコミュニケーションの観点から、事実認定に関して事前に確認しておくべきは、いつ、誰が、どのように今回の事象を認識したかを明らかにするということだ。具体的には、経営幹部がその事象を認識した時間や場所を押さえておく。そして、それを受けて経営幹部が、どう判断し、行動し、指示を出したかも合わせて確認する。不正事案などにおいては、経営幹部が事象を認識できたはずの時点が何年も前に遡り、事実関係の把握に時間がかかることもある。平時から意識的に経営幹部への報告日時や内容を記録として残しておくことが有効だろう。

現在進行中の事象については、事実を認定することは難しく、事象の規模を確定することはできない。それらに関する説明を求められてもその時点で答えることはできないが、会社は何を認識し、どう対処しているかという説明責任は果たすことができる。リスクマネジメントの意識を持って事実認定に取り組み、確実なところから押さえながら、事実として認定できる範囲を徐々に拡大していくことが効果的なアプローチの一つと考えられる。

関係者からのヒアリングなど情報を収集する過程では、「おそらく」「きっと」といった枕詞が付いた情報が出てくるはずだ。未知の事象に対する人間の自然な反応として、このような情報の発生そのものは避けられない。しかし、不確定な情報は、報告者によって必ず差異が生じ、誰の、どの情報が正しいと確実に判断することはできない可能性に留意しておくべきだ。要因や全体像の把握は、専門家などを入れた正しい調査に基づいて行う必要がある。説明の範疇に不確定な情報を安易に盛り込むことは、説明責任を果たすという本来の目的に照らすと、マイナスの効果を生む可能性があることに注意したい。

以上のような方法で、説明責任に資するものとそうでない情報を分別しながら、情報収集の対象をフォーカスし、経営として責任を果たすに足る事実の範囲とその内容を確定させ、説明責任の範囲を固めていく。

IV. Point4: 一次対応の評価と課題の抽出

説明すべき相手、説明する内容、会社が認定した事実などを整理する中でコミュニケーションの内容が固まるが、その内容で説明責任を十分に果たすことができるかという検証が、実際にコミュニケーションを開始する前に必要となる。なぜなら、初動対応における説明責任の範疇には、初動対応そのものが適正だったかどうかも含まれるからである。外部から評価される観点として、主に以下の点が挙げられるだろう。

  •  過去に講じた対策が適切に実行されていたか
  •  発覚から一次対応の意思決定までにかかった時間
  •  一次対応の適切性と判断基準
  •  解決に向けた対応と意思決定の内容

コミュニケーションの内容としてこれらがきちんと含まれているかを確認し、含まれていない場合は、その理由を合理的に説明できるかが重要だ。説明に齟齬が生じると、修正するのが難しいだけでなく、批判の対象にもなる。説明責任よりもまず一次対応の完遂こそが優先されるというケースもあるが、コミュニケーション開始前に可能な限り一次対応を見直し、その都度、課題を抽出し、対処することが重要だ。このように、経営判断の再考や修正あるいは追加を求める内容が含まれる点が通常の広報活動とクライシスコミュニケーションが大きく異なる部分である。

V. アクションプラン策定の注意点

最後に、情報開示に関するアクションプランについて主な注意点を示す。まず、クライシスコミュニケーションにおける情報開示は、経営責任を果たすという行為のそのものであるがゆえに、その内容はその後の訴訟や係争に影響するという点である。プレスリリースの内容のみならず、記者会見などにおける回答は、公に対し、企業の責任を経営として公式に言及したものと受け止められる。そのため、公表する内容は弁護士等に相談しながら、リーガル的に問題がないかを必ず確認すべきである。また、過去の自社の発表や行為と矛盾がないかという点も重要だ。株主総会や決算発表などで言及した内容と齟齬が生じるのであれば、その理由について追加の説明責任が生じるだろう。したがって、過去の経営判断に対しても正確な理解が求められる。そして、何よりもステークホルダーが納得しうる表現、内容となっているかという観点が重要だ。特定のステークホルダーへ向けたメッセージが、他のステークホルダーにとっては不自然と感じられる場合もある。各ステークホルダーが置かれた状況を適切に理解し、誰に何をどのように伝えるかを整理する。

アクションプランの組み立てが、通常の広報活動と大きく異なるのは、自社の優位性の認知を目指すのではなく、説明責任の完遂を目標としているということに行き着く。目標が異なればその作法も異なる。クライシスコミュニケーションに対するこうした理解を深めることが、適切なクライシス対応への最初の一歩である。

VI. おわりに

有事の広報対応として一般的に連想される記者会見などのメディア対応は、クライシスコミュニケーションの手段の一部に過ぎない。発生した事象を評価し、状況に応じて対応方針を見直して経営にフィードバックするなど、会社としての説明責任を果たすために必要な業務が有事には多々発生する。有事に備えて、公表判断基準やエスカレーションルールなど、事前にある程度用意しておける部分もあるが、有事対応がまさに「経営」そのものであることを肝に銘じ、実際の状況に照らして常に最適な対処法を見出すことが重要である。

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。
 

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
フォレンジック & クライシスマネジメント サービス

シニアヴァイスプレジデント 清水 亮

(2020.10.7)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。