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巨大なグローバルアグリ市場に対峙する日本の農業・食産業のいま 第1回

「日本発」成長産業のガラパゴス化を防げ ~植物工場ビジネスに見るグローバルトレンドを踏まえた政策立案の戦略的視点~

デロイト トーマツ グループが手掛ける社会課題解決型イノベーションのテーマの1つに、世界的に巨大市場として顕在化しつつあるアグリ市場での社会課題解決が挙げられる。本シリーズでは、先進国から途上国まで幅広い地域での新産業創造提案や日本企業の新規事業展開支援、政府への政策提言等を幅広く進めるコンサルタントが、グローバルアグリ市場のトレンドと国内農業・食産業の現状についてのキートピックを解説していく。

1. 植物工場ビジネスの海外展開の拡大

今、国内で植物工場への注目が高まっている。正確には、2008年前後以降、国内農業の6次産業化の議論が活発となり、いわゆる農商工連携が積極的に推進される中、先進技術の活用により農業生産性を向上させるものとして、国内植物工場ビジネスが積極的に推進されてきた。今では国内で300を超える企業に植物工場ビジネスへの参入経験があるとも言われる。しかしながら、周知のとおり、国内で収益化に成功している事例は数少ない。

言うまでもなく、植物工場ビジネスの成功の鍵の1つは、その大規模化にある。その突破口が国内需要が頭打ちの日本ではなく海外市場にあることは論を俟たない。これまでも一部では海外展開に向けた市場調査なども積極的に行われてきた。それが本年に入ってようやく、電機メーカーによるインドや中東における植物工場事業や中国への植物工場システムの販売など、日系大手企業による植物工場ビジネスの海外展開が始まりつつある。

2. 植物工場ビジネスがグローバルニーズにマッチする3つの理由

植物工場ビジネスの海外展開拡大への期待には、植物工場が、多くの国が抱える課題を解決する鍵となることが背景にある。それらグローバル課題解決ニーズには大きく以下の3つがある。

(1) 「食の安全保障」に見る食料供給確保・増産ニーズ
(2) 「食料自給率」重視に見る新たな現地生産ニーズ
(3) 新たなグローバルイニシアティブに見る農業サステナビリティニーズ


(1) 「食の安全保障」に見る食料供給確保・増産ニーズ

グローバルな食料問題は、従前は、主に発展途上国における問題として飢餓・栄養不足人口の撲滅が掲げられてきたが、2007年の世界食料価格危機を契機として、世界的に水問題や気候変動、土壌流出などの農業生産が受ける資源的制約及び輸入依存への不安が高まった。これによって、2050年までに96億人にまで達する世界人口による食料需要増大への危機感とも相まって、「食の安全保障」問題が先進国をも含めたグローバルな政策課題としてクローズアップされるに至った。

「食の安全保障」は、「全ての人が、常に活動的・健康的生活を営むために必要となる、必要十分で安全で栄養価に富む食料への物理的・経済的アクセスがある状態」(世界食料機関(FAO))を指す。これは取りも直さず、グローバルで拡大する食料需要に対応する増産ニーズを意味すると同時に、各国において輸入・自給の手段を問わず必要な食料供給が確保されている状態を意味する。

近年、先進国では、何らかの農業保護政策の維持はもちろんのこと、海外輸出促進策及び農業技術支援など、農業振興・高度化支援策の拡充が見られるとともに、先進国政府による海外農業投資の拡大など、先進国リードで食料増産の取組みが進展している。加えて、人口が増加し続ける途上国においては、耕作可能地(arable land)の獲得競争に参戦し、他国にて現地生産を実現し、逆輸入を行うといった形で食料供給確保を高める動きもある。

このような「食の安全保障」確保の緊急性を背景として、グローバルトレンドとして農業は効率的な食料生産を求めている。すなわち、かつて世界中に拡がった「緑の革命」以降、遺伝子組換作物によるものを除くと、近年の農業生産の単位収穫量の増加は頭打ちとなっている。このような状況下、精密農業普及による単位収穫量増大や使用農薬・肥料の削減による生産性向上が試みられてきた。ここにきて、植物工場は、歩留まり向上だけでなく、生育の回転率をも向上させることにより生産量増大を実現できることから、コスト面での課題が残るものの、食料供給確保・増産ニーズに一層マッチするもののとして、その将来性が期待されているのである。


(2) 「食料自給率」重視に見る新たな現地生産ニーズ

また、近年、グローバルでも「食料自給率」を高める方向へ政策バランスがシフトしつつある。従前より、日本では「食料自給率」の確保が重要な課題として認識されてきたが、世界では、「食料自給率」を高めずとも、輸入によって必要な国内消費量をまかなうことにより「食の安全保障」が達成できればよいという考え方も大勢を占めていた。しかしながら、近年の輸入依存への不安によって、状況は変化してきている。

例えば、中東諸国の場合、不毛の砂漠地帯を多く抱え、気候変動による水不足等のグローバル課題にも直面する中、自国における食料生産がままならないことから、長きに渡って海外の農地買収を積極的に行うなどを含め、食糧供給を輸入に依存する体制であった。ところが、最近になって、カタールが中心となって「Global Dryland Alliance」*1を形成し、水資源の保全とともに「食の安全保障」の確保に力を入れる姿勢を鮮明に打ち出しており、中でも、農業生産の環境制約を克服し、自国における生産拡大を可能にするものとして完全制御型植物工場への関心が強い。

このような自国生産、すなわち「食料自給率」を高める方向性は、2013年12月7日の世界貿易機関(WTO)閣僚会議においても、その重要性が強調される格好となった。すなわち、同会議においてドーハラウンド交渉開始以降、初の一部合意が達成されたが、その中においても、「食の安全保障」への懸念が強く、自国生産保護を主張する途上国の声を背景として農産物補助金が特例として認められることとなった。

このWTO閣僚会議に先立つ、国連エキスパートによるリリースでは、2007-2008年の食料価格危機を念頭に「現地食料生産を支援することが、食への権利を実現する第一歩であり、貿易はこれを補完するものである」として自国生産重視の姿勢が打ち出されている。

このため、「食料自給率」を重視する政策環境下では、「日本発」農産物の輸出増大を試みるばかりでなく、新たな現地生産ニーズを満たす植物工場がグローバルニーズにマッチしていると言うべきである。

*1: 2011年、第66回国連総会において、カタールが主導し設立を宣言したイニシアティブであり、水及び食の安全確保を目的とする。2014年早期に国連(UN)の機関としての始動を目指している。


(3)新たなグローバルイニシアティブに見る農業サステナビリティニーズ

さらに注目すべき動きとして、顕在化する農業生産への制約や負の影響緩和など、農業の環境対応を志向するグローバルイニシアティブが形成されつつある。

近年、気候変動に対する農業への影響緩和を目指した「スマートアグリ」への機運が高まっている。世界の水需要の約6割が農業用水であることや温室ガス排出量が大きいことなど、農業による環境負荷軽減が喫緊の課題として認識される中、世界食料機関(FAO)や世界銀行などによって「Climate Smart Agriculture」が提唱されてきた。これを受けて、今月5日、ヨハネスブルク(南アフリカ)で開催されたグローバルカンファレンス*2では、「Climate Smart Agriculture Alliance」を形成する提案がなされ、潘基文現国連事務総長がこれを歓迎する意向を表明している。

このほか、農場全体の管理の環境保全をも重視するグローバル基準であるGlobal G.A.Pの普及や、バリューチェーン全体の環境影響評価を促す食品メーカー主導のイニシアティブなど、農業にサステナビリティを求める動きが加速化しつつある。

農業の環境対応を志向するサステナビリティニーズが顕在化しており、これを促進するグローバルなイニシアティブが形成・加速化しつつある今、植物工場における農業生産は、このようなニーズにも合致するものとして期待される。

*2: Third Global Conference on Agriculture, Food and Nutrition Security and Climate Change

3. 植物工場ビジネスのガラパゴス化への懸念-新興国による攻勢

日系企業の植物工場ビジネスの海外展開がようやく緒につく中、顕在化するグローバルニーズを見越して、新興国による植物工場ビジネスの海外展開が圧倒的なスピードで進展している。

オランダの太陽光利用型植物工場を除けば、完全制御型植物工場ビジネスは、これまで韓国政府からも明確に「日本が先行する」と評される数少ないアグリビジネス分野である。しかしながら、その海外展開において、日本は他国に対し出遅れつつある。日本発完全制御型植物工場は、インド・中東といった今後成長が見込まれる国・地域へ足がかりはつけているものの、実証実験段階に留まっており、未だ本格的な海外事業展開には至っていないのである。

韓国では、京畿道農業技術院が、「スマート植物工場」として、太陽光や地熱発電などの再生可能エネルギーを用いることにより、エネルギー効率を高め、エコタイプの人工光型植物工場を開発した。これを受けて、韓国京畿道政府は、2013年1月、カタール国家食料安全保障プログラム(QNFSP*3)との間で覚書(MOU)を締結し、「スマート植物工場」を中心とする先進的農業技術協力で合意した。しかも、彼らは、カタールとの連携を足がかりとして、「Global Dryland Alliance」加盟国に対して植物工場システム輸出を大規模展開することを狙っている。グローバルニーズを見据えたビジネスチャンスを官民一体となって獲得しに行った格好である。

また、台湾においても、成熟したIT・LED技術を生かし、植物工場ビジネスへの参入が活発化しており、一部企業では日本最大級の工場の数倍にもなる、レタスの日産が10万株を超える大規模植物工場を建設し始めている。台湾行政院も、植物工場ビジネスを支援しており、植物工場における生産量・品質向上のための人材育成を促進するなど取組みを進めている。加えて、台湾の植物工場は中国市場への生産物の輸出に照準を定めるのみならず、海外へのシステム販売にも力を入れ始めており、本年6月には、台湾最大の植物工場博覧会が開催されるなどした。このため、将来は、台湾が植物工場システムの輸出大国になる可能性があるとの見方もある。

韓国や台湾などの新興国は、官民一体となった形で、海外市場情勢及びグローバルニーズを捉えながら、植物工場ビジネスの海外展開において攻勢に出つつある。一方の日本は、緩やかに連携しつつも、グローバルニーズ及びトレンドに対する十分な認識を欠いたまま、国、地方、企業がそれぞれ独自のスタンスで海外展開に立ち向かっており、海外勢の攻勢を目前に強烈なパンチを欠く状況にある。そして、このままのトレンドが続けば、グローバルニーズに適った新興国発植物工場の後塵を拝するだけでなく、高機能な日本型植物工場が日本でのみ事業展開する状況-ガラパゴス化を再び招く懸念すらある。

*3: QNFSPは、カタール国家食料安全保障プログラム。カタール皇太子の直轄組織であり、農林水産省と同等の役割を果たす。

4. 「日本発」成長産業のガラパゴス化を防ぐ戦略的視点

韓国は、グローバル課題動向とビジネスニーズのリンクをしたたかに見極め、ビジネスチャンスとすることに長けている。潘基文現国連事務総長は「Global Dryland Alliance」の創設を歓迎しており、「Global Dryland Alliance」の主要業務総括者が元国連副事務総長であるなど人的ネットワークなどによるグローバル政策動向へのアンテナが、それら政策動向をビジネスに着実に活かしていく好循環を生み出しているように映る。一方の日本は、多分野でトップセールスを強化しているものの、中東への日本型植物工場の現地へのアピールにしても、フラットな、ある種遠慮がちな紹介に留まっている。

現政権の国家戦略である「日本再興戦略 -JAPAN is BACK-」(2013年6月閣議決定)では輸出倍増などによる農業の成長産業化が成長戦略の大きな柱の一つに掲げられた。TPP交渉によるプレッシャーなどにも後押しされ、農業改革への機運がようやく高まりつつある中、農林水産物・食品の輸出に関し、現状約4,500億円である輸出額を2020年に1兆円にすることを目標することで、農業の成長産業化を目指している。輸出倍増という政策的イニシアティブは、日本の農業・食品産業基盤を強固なものとすることに資するものであり、歓迎すべきものである。

しかしながら、グローバル展開の観点からは、「日本発」農産物の輸出倍増にフォーカスするあまり、農業のグローバルニーズ、すなわち「食の安全保障」、「食料自給率」向上、そして「農業のサステナビリティ対応」にマッチした形での現地ビジネス参入については、国を挙げて支援すべきビジネスチャンスであるにもかかわらず、必ずしも十分に認識されているとは言い難い。

グローバル課題を解決するために海外が求める「日本発」ビジネス領域は何か。マーケットインを是とし、新興国富裕層をターゲティングした日本発農産物を輸出するプロダクトアウト寄りの政策を否としているわけではない。しかしながら、目前にグローバルビジネスニーズが顕在化しており、それは、日本発の高付加価値な農産物や食品への需要に留まらない点にも是非目を向けるべきである。

グローバルトレンドに照らせば、2020年に200兆円に迫るグローバルアグリ市場は大きなビジネスチャンスであり、単純な日本発農産物の輸出に留まらず、農業関連ビジネスの積極的展開を支援していくことが望まれる。そのためには、新たなグローバル課題など、社会課題解決の側面が大きいビジネス領域にあっては、国の関与が成否の鍵を握ることに留意し、グローバルトレンドを着実に見極め、ニーズにマッチした、日本として競争力のある「日本発」ビジネスチャンスは何かとの視点から、国家戦略を補強していくべきである。

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コラム情報

著者:
デロイト トーマツ コンサルティング
シニアマネジャー       藤井 剛
シニアコンサルタント 白壁 依里

2013.12.24

※上記の役職・内容等は、執筆時点のものとなります。

 

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