調査レポート

5Gの各国消費者への浸透状況と日本の現在地

デロイト「Digital Consumer Trends 2020」日本版

2019年、20年に各国で5Gサービスが順次リリースされ、日本でも2020年3月以降に通信事業者4社から5Gサービスがリリースされた。それでも日本で5Gの乗り換えが進まない要因はなぜか、日本の5Gで期待されるサービスは何か、5Gをどう普及させていくのかを考察した。

2019年、20年に各国で5Gサービスが順次リリースされ、日本でも2020年3月以降に通信事業者4社から5Gサービスがリリースされた。日本においても昨年と比較すると各種メディアで5Gに関する情報を目にする機会が増え認知度も上がってきている印象があるが、実際にはどの程度消費者に浸透しているのだろうか。Digital Consumer Trends 2020の調査結果をもとに、消費者の意識や利用意向の下記2つの観点から、日本で5Gの乗り換えが進まない要因はなぜか、日本の5Gで期待されるサービスは何か、5Gをどう普及させていくのかを考察した。

  1. 各国の消費者の5Gへの期待と乗り換え
  2. 5Gに対する日本の消費者の認識の特徴

1.各国の消費者の5Gへの期待と乗り換え

(1) 各国の消費者の半分は5Gを「よく知らない」が、「モバイル環境が良くなる」と肯定的にも見ている

今回考察を進めるに際して、調査実施期間前に5Gをリリースした主要な国での5Gの認知状況を見るために、日本、中国、オーストラリア、UK、ドイツ、フィンランド、スウェーデン、イタリアを比較した1。
 

図1: 消費者は5Gをどのように認識しているか(各国)

Q. 5Gの展開について、次の記述にどの程度同意しますか。

図1: 消費者は5Gをどのように認識しているか(各国)
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N=中国:1,880、イタリア:1,902、フィンランド:488、日本:1,791、UK:3,841、ドイツ:1,868、オーストラリア:1,915、スウェーデン:969

注1:従来型の携帯電話またはスマートフォン所有者。中国は18-50歳、それ以外は18-75歳の回答者。中国の回答者は他国より若いため、数値が強く出る傾向がある。

注2:「1%未満」の回答は、四捨五入しても1%にならないものが含まれる。

図1「5Gに移行するとモバイル接続はよくなるだろう」という設問に「強く同意する」「やや同意する」という肯定層と、「全く同意しない」「あまり同意しない」という否定層を各国で比較した。中国では肯定層が87%で否定層が3%と圧倒的に肯定的な回答が多く、それ以外の各国では、肯定層については37-58%(日本は50%)と半数程度に留まり、差が大きかった。否定層についても各国のほとんどは10-18%と中国と差がある状況だが、日本については6%と否定的な回答が少なく、相対的に肯定層が多い。

一方図1「5Gについてよく知らない」という設問に、「強く同意する」「やや同意する」と回答した人は、展開が先行している中国でも45%と半数近くに達し、それ以外の国では53-65%、日本でも59%とまだ6割前後はよく知らないという回答であった。ただし中国以外の各国の認知状況も日本と同程度であり、日本の消費者の5Gの認知度は平均的といえる。

また通信品質以外の普及のボトルネックとなりうる要素として、図1「5Gに関連する健康リスクがあると思う」という設問に、「強く同意する」「やや同意する」と否定的な意識を持つ人がどの程度いるか各国で比較してみた2 。最も高いイタリアでは28%だが、中国、フィンランド、日本は13%と対象国中で最も少なく、特に日本においては一定数はいるものの普及を阻害するほど否定層は多くない。ただし健康リスクに「全く/あまり同意しない」と言い切る割合は、中国やフィンランドなどが過半数を超える一方で、日本は25%と最も低く、漠然とした不安を持っている人が他国と比較すると存在していると考えられる。

 

(2) 各国の消費者の約2割は5Gへの乗り換え意欲を示すも、日本の消費者は昨年と変わらず慎重

前述の対象国について、消費者の5Gの認知状況および展開の捉え方(図1)を前提に、5Gへの乗り換え意欲を比較した。

図2: 5Gへの乗り換え意欲

Q. 5Gネットワークに対するあなたの考えに最も近いものを次からお選びください。

図2: 5Gへの乗り換え意欲(各国)
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N、注とも図1に同じ
*1:2019年のアンケートでは、「既に5Gを利用している」という項目は5G普及前なので選択肢として入っていない。
*2:ドイツは2019アンケート未実施。

5G展開が最も先行し契約者数が2020年8月時点で1億人を超えている中国では3、「既に利用している」と回答した人が10%、「私の地域で利用可能になり次第、5Gネットワークに乗り換えるだろう」と回答した人が26%で、両回答を合わせた積極利用層が36%と最も多かった。昨年度5Gサービスがまだ展開されていないタイミングの調査で「利用可能になり次第5Gに乗り換えるだろう」と回答した人が同程度の36%だったことから、消費者の積極利用層のうち1/4程度が実利用に移行したと考えられる。

その他の5Gをリリースしている各国についてみると、「既に5Gを利用している」という回答が次点で多かったのはフィンランドの7%、また日本よりも5Gリリースが遅いスウェーデン(2020年5月商用リリース)についても6%と、5Gを牽引する主要通信機器ベンダーの国では消費者は乗り換え意欲が高いように思われる。また、日本以外の各国の積極利用層の割合は、英国の15%からイタリアの28%と、2割前後から3割弱の割合であったことと比較し、日本については5%とかなり低い。先行する中国以外の各国と比較して、日本では前述のように5G肯定層が他各国よりも多く(図1-1)、認知状況も同程度(図1-2)であるにも関わらず、積極的に乗り換えたいと考えている人は少ない。

また各国の昨年度の調査結果と比較しても、積極利用層はイタリア、フィンランド、オーストラリアで7-13%増加し、UK、スウェーデンでも4-5%微増しているが、日本はほとんど微減で、消費者の乗り換えの波が他国よりも遅い傾向が見られる。なお後述の様にこの調査時点では5Gに対応したiPhone12はまだ発表されていないことも結果に影響していると思われる。

2. 日本で5Gの乗り換えが進まない要因はなぜか

日本の消費者の5Gに対する肯定レベルも認知度も、5Gを導入した国々の中で相対的に低いわけではないのに、乗り換えへの積極性が低いのはなぜなのだろうか。5つの要因が考えられる。
 

(1) 既存の通信ネットワーク品質に満足している

積極的に通信サービス乗り換えを考える要因として既存の通信ネットワーク品質への不満が考えられるが、昨年の調査では日本の消費者は一定の満足度を示していた。
 

図3: 既存のネットワークの接続状況の満足度(2019年調査 )

Q. (3G、4G)についてお考えください。通常、次の場所でモバイルデータを使用する際、ウェブサイトへのアクセス、メッセージの送信(写真および動画を含め)、動画の再生/ストリーミングなどのインターネットを使用するのに接続状況は満足のいくものですか?

図3: 既存のネットワークの接続状況の満足度(日本/ 2019年調査) 
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N=1,773(日本、2019)注:従来型の携帯電話またはスマートフォン所有者
*1:例:ショッピングセンター、カフェ *2:例:電車、地下鉄、バス

自宅、職場または勉強する場所、外出中、通勤中、歩いているとき、いずれのシーンにおいても、「満足のいくことはほとんどない」「全くない」という回答は4-10%だった。不満に感じている消費者が一定数は存在するものの、通信ネットワーク品質への不満が5Gへの乗り換えを促進する要因としては大きくはないと考えられる。

なお、「自宅」に関しては、特に米国ではVerizonの5G Homeをはじめ自宅利用での乗り換えを狙った5Gサービスが先行して展開された4 。日本では84.7%の世帯がブロードバンドでインターネットを利用しており5 、上述のように自宅における通信接続への不満が低いため、本利用での乗り換え喚起が難しいと推察される。

また2020年はCOVID-19の影響で在宅勤務が増えたことで自宅における通信環境は昨年よりも重視されているはずだが、図4のように本調査で「新型コロナウイルスが流行している間に在宅勤務を実施した(デスクワーク以外の仕事も含む)」と回答した人の割合が、日本は比較対象国の中でもっとも少ない24%に留まった。日本では通信の品質以前に、職務環境の整備が追い付かず、在宅勤務を実施していない層も多いと考えられる。実施したとした回答者でも、「新型コロナウイルスが流行している間の在宅勤務でブロードバンドの接続が途切れることが多かった」という回答は日本では2%と低かった。
 

図4: COVID-19流行期間の在宅勤務実施とブロードバンドの接続の状況
図4: COVID-19流行期間の在宅勤務実施とブロードバンドの接続の状況(日本)
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N=中国:1,589、イタリア:1,062、フィンランド:635、日本:1,318、UK:2,612、ドイツ:1,379、オーストラリア:1,259、スウェーデン:1,407
注:就労している18-75歳
注:在宅勤務にはデスクワークではない職務も含む
 

(2) デジタルデバイスのアーリーアダプターが少ない

また、5Gサービスにも関心を持つ可能性が高い、新しいデジタルデバイスを積極的に試す層(アーリーアダプター)も、比較対象国と比べると日本は少ない。

 

図5: デジタルデバイスの所有/利用状況

Q. 所有しているもしくは利用できるデバイスは?

図5: デジタルデバイスの所有/利用状況(各国)
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N=中国:2,000、イタリア:2,000、フィンランド:499(全回答者の半数)、日本:2000、UK:4009、ドイツ:2000、オーストリア:2000、スウェーデン:998(全回答者の半数)

注:18-75歳の回答者、ドイツのVRヘッドセットは段ボールバージョンも含む数字。

*1 腕時計型のタッチスクリーン、インターネット接続端末、例:Apple Watch、Sony Smartwatch、Samsung Gear
*2 例:Amazon Kindle、楽天Kobo
*3 日常のフィットネス活動の測定に使用し、スマートフォン/PCに接続できるリストバンド、例:Fitbit、Garmin、ドコモ・ヘルスケア ムーヴバンド
*4 例:PlayStation VR、HTC ViVe、Samsung Gear VR、段ボールバージョンは除く
*5 例:Google Chromecast、Amazon Fire TV Stick、Apple TV
*6 例:Amazon Echo、Google Home、Sonos One、HomePod
*7 例:冷蔵庫、洗濯機、ポット、コーヒーメーカー
*8 例:パナソニック ネットワークカメラ スマ@ホーム

スマートウォッチ、電子書籍リーダー、フィットネスバンド、VRヘッドセット、スマートスピーカー、その他スマート家電等、ほとんどのもので日本の消費者が所有または利用できると回答した割合は、比較対象国の中で最も低かった。デジタルデバイスに関して、日本の消費者は新しいものを使用し始めるアーリーアダプター層が少なく、周囲での利用状況を確認しながら利用していく傾向が強いと言える。
 

(3) エリアカバレッジがまだ十分ではない

日本では5Gの基地局は2020年9月時点で5千ほどで6、利用可能なエリアは現時点では都市の一部に留まっている。

最も先行している中国では5Gの人口カバレッジは8%程度とされてはいるが7、中国工業情報化省は2020年9月末に既に69万の基地局が整備され、深圳や北京などの主要な都市は既に全域がカバーされたとしている8 。これは通信事業者単独での投資ではなく、タワー事業者や国、地方政府からの助成を活用しているとされる9。 

日本でも一部助成や地方での通信事業者共同での基地局設置等の取り組みが見られる他、4Gの基地局の5Gに転用が可能になるなど総務省も基地局の拡大を後押しており、23年までに5G基地局を21万局まで増やすことを目標としている。日本において全国で5Gが利用できるようにするには、4Gの50万局以上の基地局が必要とも言われるが、早期に量的・質的にエリアカバレッジを広げ、商用5Gが消費者にとって当たり前のインフラであると認識されるレベルに達することが期待される10

(4) キラーコンテンツがまだ見えないため端末・通信料金の価格アップは割高に感じる

端末と通信料の高さが5Gの消費者への普及の障壁になる可能性は高い。先行している国々でも5Gスマートフォン端末の平均単価は下がる傾向にあり、中国では2021年までに出荷台数の60%が400USドルを切るとされ、米国でも過去一年で平均単価が300USドル以上下落し、730USドルになった。また欧州では2021年の765USドルから、2024年には477USドルに下がると予想されている11 12

日本でもKDDIが9月に今後は全て5G対応端末を販売すると発表、10月末には5Gに対応したiPhone12が販売開始となり、各社が4Gから5Gに端末の品揃えの重点を移しつつある。ただし定価が15万円を越える端末もあり、下取りプログラムなどによって5万円以下で入手できるものもあるが、それでも4G端末と比較すると5G以外のスペックが高いこともあり高価格である13 。2019年度の電気通信事業法の法改正によって、端末値引きは上限2万円までとされているため、通信事業者各社は大幅な値下げによる5Gへの切り替え促進という手段を使うことはできない。また5Gの利用可能エリアが限定され、後述の様に消費者が付加価値を感じるキラーコンテンツ/サービスがまだ見えていない現状では、5Gの契約プランは、たとえ4Gとの差が数百円であっても、消費者にとっては割高に見えるのではないだろうか。
 

(5) 所有率が高いiPhoneだが、5G端末の発売は2020年10月末から

日本の消費者は従来からiPhone所有率が高く、2020年10月末の5G対応のiPhone12の発売により、今後5Gの普及が進むと考えられる。ただし本調査ではiPhoneのシェアが昨年から増加しており、調査実施時期(2020年7-8月)から推察すると、2020年4月に発売された4Gの普及価格帯モデルであるiPhone SEの購入によるものと考えられる。5G対応のiPhone12が発売される以前の半年以内に新しい端末購入していることになるため、5G端末への切り替えを次の買い替えサイクルに先送りする層も一定いるかもしれない。

図6: スマートフォンのメーカー別の所有状況

Q.現在お持ちのスマートフォン端末のメーカーは何ですか

図6:スマートフォンのメーカー別の所有状況(日本)
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N=日本 2018 (1,363), 2019 (1,484), 2020 (1,613)
注:スマートフォン所有者
出所:世界モバイル利用動向調査 2018, 2019, Digital Consumer Trends 2020
脚注:「その他」にはGoogle, Oppo, LGなどが含まれる。いずれもシェアは1%以下であるため、合計値を記載

3. 日本の5Gで期待されるサービスは何か

ここまで見てきたように日本の5Gの利用環境の整備はまだ消費者に爆発的に普及が広がる状況ではない。一方で消費者に5Gの需要があるのか、消費者が付加価値を感じ期待するサービスは何かを、2020年および2019年の調査結果を踏まえて考察した。
 

図7: 付加料金を支払っても利用したい5Gサービス

Q. 以下のサービスは5Gで提供される可能性があります。1か月あたり数百円の使用料を追加で支払ってもよいと思えるものがあれば、お答えください。

図7: 付加料金を支払っても利用したい5Gサービス(日本)
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N= 日本合計1,791、18-24歳:170、25-34歳:269、35-44歳:359、45-54歳:328、55-64歳:313、65-75歳:352

注:日本の従来型の携帯電話またはスマートフォン所有者

*1 さまざまな角度からの映像が同時配信され、自分の好きな角度の中継を楽しめる
*2 モバイルでも高画質動画がスムーズに見られる
*3 モバイルから高画質の動画を速く、スムーズに送ることができる
*4 バーチャル・リアリティの技術を使い、競技場やライブ会場など、あたかもその空間にいるかのような体験が得られる
*5 高齢者施設などで高精度カメラを多数設置することで、すべての利用者を一元管理できる。また遠隔地での診断サービスなどが可能になる
*6 会社以外の場所で、遠隔で仕事ができるようになる
*7 クラウド上でストリーミング配信することで、専用機なしでゲームを楽しめる。またモバイルでもeSportsが可能になる
*8 仮想現実技術を利用して、遠隔で商品を見たり購入したりすることができる
 

(1) 付加料金を支払ってもよい5Gサービスは「ライブ中継」が最も多かったが、各サービス1割程度で見定めはまだ難しい

全年齢層を通して、「月に数百円の使用料を追加で支払ってもよいと思えるサービス」は、「ライブ中継(スポーツ、音楽)」が11%と最も多く、次点の「4K/8K/16Kの動画視聴」から「リモートワーク」までが7-8%だった。多少差はあるが突出したものはなく、また前年度比較でも増減は5%以内であり、まだキラーコンテンツは確定されておらず、多様なサービスの展開で需要を喚起するステージにあると思われる。

補足として「該当するサービスはないが、通信の品質が改善されるなら追加費用を払ってでも5Gを使ってみたい」と回答した割合は4%であり、5Gの付加価値を単純な通信品質改善と捉えている消費者は少ない。
 

(2) 5Gサービスに対する興味はあるが価格感度が高い消費者が4割存在

一方、この質問は追加料金を前提としたものであるが、「追加費用がなければこうしたサービスを利用したい」とする回答は40%に至った。図7に挙げた5Gならではのサービスに対して、サービスを利用したいと期待を持っている消費者は潜在的には多く存在するが、追加料金を支払うことには抵抗があるように見受けられる。
 

(3) 18-24歳層でのライブ中継への関心が最も高く、55-64歳層での見守り・介護・遠隔診断への関心は昨年から減少

年齢層別では、18-24歳層が示した「ライブ中継」への関心が16%と最も高く、また昨年からの変化も6%増と最も高かった。本調査の別レポートでも、18-24歳層のCOVID-19流行による自粛期間中の「増えた活動」の中では動画視聴が最も割合が高かったことから、流行を契機とした行動様式の変化で、コンテンツのバリエーション・高品質化への期待に繋がっている可能性がある14

一方、55-64歳層が示した「見守り・介護・遠隔診断」への関心は、昨年比較で-9%と最も減少した。5Gの需要が期待されるこれらの用途だが、上記の別レポートで詳述した通り、利用者にはニーズがあるものの、医療体制側のデジタル化が進んでいないために実現性に対して期待が縮小した可能性が考えられる15。本領域のサービス開発は、国の制度とデジタル環境も合わせて整備していく必要があるのではないだろうか。

4. 日本の通信事業者はどう5Gを普及させていくのか

日本の5Gサービスは技術的には先行しているが、消費者への展開普及としては、中国だけでなく、サービス開始時期や認知度が同程度の他5G先行他国と比較しても遅れている。その要因として、4G通信環境への不満の少なさ、新しいモノ・サービスへの慎重さ(アーリーアダプターの少なさ)、エリアカバレッジの低さ(まだ当たり前になっていない)、価格メリットを感じるほどには至っていない(割高感)、所有率の高いiPhone端末の提供時期、という要素が複合的に影響していると考えられる。

日本では2020年10月末にiPhone12の発売が始まるまで、Androidでしか5Gが使えなかった。上述の通り日本で最多の所有を占めるiPhoneのユーザーは従来の利用料金と変わらなければ、5Gへの切り替えにもそれほど抵抗感はないのではないだろうか16 。ただし、「いつかは値下がりする」という待ちの姿勢も見られる。今回の調査でも5Gについて「(数百円でも)追加費用がなければこうしたサービスを利用したい」という回答が40%に上り、価格感度の高い層の多さが確認できた。

では通信事業者はこうした日本の消費者に、どのように5Gの普及を進めていくことができるのだろうか。

まずは日本のアーリーアダプターとなりうる「追加料金を支払ってもよい」層に対して、サービス付加価値に加え価格メリットもあるサービスによって、5Gに移行して体験してもらうことで(例えば今回の調査でも関心が高かった、若者層の男性にライブ系サービスを提供するなど)、様子見状態のマジョリティ層の意識変化を促していく仕掛けができるのではないか。

先行して普及を模索した中国では低価格端末の投入に加えて、通信事業者3社が6月に4Gからの転換を促すために5G料金プランを一斉に値下げするなど、価格が普及の鍵となっているように見受けられる17 。一方、米国のキャリア4社のARPUも5Gリリース後1年間は微減傾向であることからも、一定普及までは我慢の先行投資期間を要すると考えられる18 。初期サービスのさらに次に仕掛けるサービスの付加価値がARPU増に繋がるとすると、個人の嗜好を踏まえて多様なサービスを開発・準備しておく必要がある。

5Gインフラ投資と料金値下げ余地の検討が続く中で、通信事業者は周辺サービスも充実させていくためには、インフラ側への投資コストを軽減し(基地局共同化、仮想化等)並行してサービス投資を強化するか、まずインフラ投資を先行し後でサービス投資に移行していくかなどの複数のシナリオが考えられる。いずれのシナリオをとる場合も、アプリケーションやユーザーデバイスを提供する他業界とエコシステムを構築しながらサービス拡張を進め、消費者になくてはならない業界・用途別のキラーサービス(アプリ・コンテンツ)を提供できるかが、本格的な普及に路線シフトできるかのポイントとなる。

なお本調査は消費者の5G利用(B2C)を前提として考察を進めたが、スマートシティなどのB2B2CやスマートファクトリーなどのB2Bの商用サービスへの拡張も期待される。日本でも5Gのアーリーアダプターのユーザー層が構築できれば、彼らのサービス利用データを活用し、具体的かつ先取りで消費者ニーズを把握することで、B2Cに加えて、B2B(2C)での活用促進も可能になってくるだろう。

インフラ投資と関連したサービス拡張の観点では、周波数が6GHz以下のSub6帯と24GHz以上のミリ波帯の違いと、NSA(Non Stand Alone)型からSA(Stand Alone)型への移行が、今後エリアカバレッジと付加価値のバランスとしてキャリアごとに特徴が出てくる可能性がある。

前者については、4Gとあまり変わらないスペックだと感じてしまうSub6帯よりもミリ波帯の方が5Gスペック特徴を活かせる一方で、Sub6帯は基地局数が少なくてもエリアカバレッジを拡げやすい。それぞれ特徴を活かしたサービスによりユーザーの実体感が伴ってくるかどうかがポイントとなってくる。

後者については、NSAでは既存の4G設備を併用するため5Gの性能は最大限に生かせないが、SAではコアネットワーク側も高速大容量・他接続・低遅延の5G特性が実現可能となり、特に低遅延・高信頼性要求の用途への拡がりが注目される。NSAを経ずにSAでの5Gサービス提供を先行する中国では、業界関係者や専門家により立ち上げたIMT-2020がB2Bも含めたユースケースコンテストを開催し、第3回目の2020年は4千件以上が集まったが、そのうち約3割は商業化済みであった。件数1位は政策で後押しもされているインダストリアルインターネット、2位に医療健康、3位にスマート交通と続き、いずれもSAの5G特性を活かすユースケースが多い19 。日本においても、SAで5Gの特性がフルに活かせるようになり、ユースケースやユーザーへの提供価値の実際が伴ってくるタイミングを見据えて、5G特性を活かしたサービスの開発が今後重要になるのではと考えられる。

執筆者

中島 ゆき Nakajima, Yuki

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
マネジャー

日系情報サービス会社を経て現職。通信・テクノロジー・エレクトロニクス業界を中心に、新規事業・サービス企画、業務改革、テクノロジー導入までEnd to Endで幅広い領域のコンサルティングに従事。

 

戸部 綾子 Tobe, Ayako

デロイト トーマツ コーポレート ソリューション合同会社
リサーチ&ナレッジマネジメント マネジャー

製造業・消費財業界でのコンサルティングの経験を経て現職。テクノロジー・メディア・通信業界でのリサーチ・執筆・ナレッジマネジメントの構築に従事し、「モバイル利用動向調査」「Predictions」を長年にわたり担当。

 

脚注

1 令和2年版 情報通信白書 第1部「5Gをめぐる各国の動向」 図表1-3-1-7「主要国・地域におけるモバイル5Gサービスの商用開始状況」および図表1-3-2-8「欧州諸国におけるスマートフォン対応のモバイル5Gサービスの導入状況」、総務省: https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r02/pdf/n1300000.pdf

2 Deloitte Predictions 2020でも5Gの健康不安に関する各国の反応と、健康への影響が検証されている。https://www2.deloitte.com/global/en/insights/industry/technology/technology-media-and-telecom-predictions/2021/5g-radiation-dangers-health-concerns.html

3 China tops 110 million 5G users in less than a year, TechCrunch, 2020/9/16: https://techcrunch.com/2020/09/15/china-tops-110-million-5g-users-in-less-than-a-year/

4 令和2年 情報通信白書、総務省、2020/8: https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r02/html/nd113210.html

5 令和元年通信利用動向調査、総務省: https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/statistics/pdf/HR201900_001.pdf

6 総務省 無線局統計情報 2020年9月:https://www.tele.soumu.go.jp/j/musen/toukei/

7 5G巡る米中対決、中国の圧勝; ネットワークの規模と一貫性で中国が先行,
ウォール・ストリート・ジャーナル日本版、2020/11/12:
https://jp.wsj.com/articles/SB11922503875527593554104587093302094461124

8「5Gの商用化が加速(中国)」、JETRO、2020/11/18: https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2020/052a6c174e5af2da.html

9「中国5Gは「地方」が熱い」、月刊テレコミュニケーション、2020年11月号

10 5G基地局、3倍に増設へ 総務省、23年度整備計画見直し、SankeiBiz、 2020/6/17: https://www.sankeibiz.jp/business/news/200617/bsj2006170500003-n1.htm

11 Canalys forecasts 5G smartphones to reach 278 million in 2020, amid global smartphone recovery, Canalys, 2020/9/9: https://www.canalys.com/static/press_release/2020/CanalysWWPR5GSeptember.pdf

12 5G Smartphones Account for 14% of Total US Smartphone Sales in Aug, Counterpoint Research, 2020/10/7: https://www.prnewswire.com/news-releases/5g-smartphones-account-for-14-of-total-us-smartphone-sales-in-aug-301147659.html

13 通信キャリア各社HPより

14 COVID-19で加速する各国のデジタル消費と日本の課題、デロイトトーマツ: https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/technology-media-and-telecommunications/articles/digital-consumer-trends-2020-lockdown-behaviour.html

15 デロイトトーマツ、ibid.

16 本調査で「5Gへの切り替え意欲」を日本のiPhoneユーザーとAndroidユーザーで比較すると、前者のほうが「利用可能になり次第」「評判が良ければ」5Gに乗り換える、とした回答が24%と後者の13%の倍近くあり、積極的な姿勢がうかがえた。

17 通信大手3社、5G料金プラン値下げ、AFPBB News、2020/6/28: https://www.afpbb.com/articles/-/3290773

18 各社財務資料より:Form 8-K Verizon Communications Inc Current report , items 2.02, 7.01, 8.01, and 9.01, Sprint Corporation's annual report 2018/19, page 41, AT&T Financial and Operational Trends 3Q20, page 7, T-Mobile Form 10-K, page 40

19 JETRO, ibid.
 

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