子どもたちの可能性を広げるアジャイルテック

  • Digital Organization
2021/11/15

アジャイル開発実践者向けにマインドやフレームワーク、技術の最新動向を共有するオンラインカンファレンス「Agile Tech EXPO mini #6」。今回はDeloitte Digital(デロイト デジタル)のメンバーが登壇し、「子どもたちの可能性を広げるテクノロジー」をテーマに掲げられた本カンファレンスの模様を紹介する。

デロイト デジタルは、未来のデジタル人材となり得る次世代人材育成の取り組みを続け、小学5・6年生向けの教材開発をおこなっている。また、ともに登壇したスポーツ領域のITソリューションの開発を手掛け、スポーツ人材に関するデータを豊富に持つユーフォリアは、スポーツをする子どもたちが怪我などによって将来に悪影響を受けないよう、育成世代向けのプロダクトを開発中だ。

第一部では、SDGsの理念をベースとした教材開発を担うデロイト デジタル スペシャリストの若林理紗が講演を行い、第二部では、ユーフォリアの橋口寛代表取締役とデロイト デジタルでAIとビッグデータの取り組みをリードする森正弥が対談を行い、それぞれの開発に込めた想いや開発プロセスに必要不可欠となるアジャイルについて語った。

第一部:講演「小学生向け教材開発について」

講演の冒頭、若林は「これまでキャスターとしてサステナブルビジネスに関わり、社会起業家やNPO、NGOなど多くの方へ取材をしてきました。この活動を視聴者の方に伝えるだけではなく、自分自身も主体的に携わっていきたいと考え、デロイト トーマツ コンサルティングに転職しました」と語る。

若林が所属しているデロイト デジタルでは、デジタルを使う上で「HX(ヒューマンエクスペリエンス:人間的な価値)」が重要と考える。一見、デジタルと「人間的な価値」とは相反するように感じるが、「デジタルを作るのも使うのも人なので、その人がどのような価値観を持つのかが重要であると考えています」(若林)。

人間的な価値観や倫理観、判断基準を養うツールは何かと考えていた時、「誰ひとり取り残さない」社会を目指すSDGsが最適なのではという思いに至ったという。

SDGsでは、「貧困をなくそう」「働きがいも経済成長も」「海の豊かさを守ろう」「平和と公正をすべての人に」など、17の目標が掲げられている。これらの目標は、それぞれ独立しているのではなく、密接に関連している。このSDGsの概念を構造的に把握できるようにするのが「SDGsのウェディングケーキモデル」。17の目標を「地球環境」「社会」「経済」の3層構造に分類し、説明している。

SDGsウェディングケーキモデル

「SDGsのウェディングケーキモデルによると、SDGsを達成するためには、地球環境の保全が欠かせません。そこで、未来を担う子どもたちが“なぜ地球環境の持続性が必要なのか”についてきちんと考えるきっかけのひとつになるように、「わたし、地球」というショートムービーを作りました」(若林)

「わたし、地球」は、サッカー日本代表の元監督であり、環境教育に長年携わっている岡田武史氏が代表取締役会長を務める今治.夢スポーツとデロイト トーマツ グループが共同制作した環境教育冊子「わたし、地球」をベースに作成された短編動画だ。

本編は、国連と協働してSDGsの発信をしているキティちゃんが案内役となり、地球の歴史を振り返りながら「私たちが未来にできることは何だろう」と子どもたちに問いかける。視聴した子どもが、地球と自分の未来について考えるきっかけになるようにと、今治.夢スポーツとサンリオ、デロイト デジタルが作成し、2021年6月にオンライン公開された。

人間社会における公平性を担保し、SDGsの目標を達成すため、デロイト デジタルは児童労働に焦点をあてた小学生5・6年生向けの教材開発にも取り組んでいる。それを一緒に進めているのが、早稲田大学グローバル科学知融合研究所に所属する学生たちだ。

「2020年12月に福岡市でパイロット授業をしたのですが、このことを聞いた学生たちが、自分たちも参画したいと手を挙げてくれたんです」(若林)

2021年2月、早稲田大学グローバル科学知融合研究所でアントレプレナーシップの育成に尽力する朝日透教授のもとに集う学生たちが参画。産学連携の学習コンテンツの開発が始まった。※1

「学習コンテンツを作っていく過程は、まさにアジャイル開発でした。このプロジェクトを通じ、学生たちの学びを深めることができたと思いますし、私たちも学生メンバーの価値観など、本当に多くのことを学びました。この経験から、コラボレーションすることで生まれるものはたくさんあるということに気づきました」(若林)

若林理紗 / Risa Wakabayashi

デロイト トーマツ コンサルティング/Deloitte Digital スペシャリスト
公共放送や民間放送の報道番組のキャスターとして国際情勢や教育問題、サステナブルビジネスなどを取材する傍ら、情報リテラシーの普及活動にも従事。2020年夏より現職。事業構想策定や中央官庁業務にて政策普及プロジェクトに従事するほか、SDGs教材やデジタル人材育成教材の開発・普及など産学連携プロジェクトを推進。

現在も教育コンテンツ開発は続いているが、若林はそのなかで「小学生に対しても、学生メンバーに対しても、“成功と経験”の重要性を伝えていきたい」と話す。

「特に学習の場では、“成功か失敗か”といった満点主義で判断がされがち。しかし、失敗を避けるのではなく、失敗を経験に変える修正技術を身につけることがとても重要だということを伝えていきたい。経験を繰り返すことで、相手への思いやりや視野が広がると思います。SDGsの教材を通じてそういったメッセージも伝えていきたいです」と締めくくった。

  1. :早稲田グローバル科学知融合研究所とデロイト デジタルによるSDGs学習カリキュラム開発は、内閣府認証事業BEYOND2020NEXT FORUMから創出された「SDGsピースコミュニケーションプロジェクト」の一環と位置付けられている

第二部:対談「子どもたちの可能性を広げるテクノロジーとアジャイル」

第二部では、「子どもたちの可能性を広げるテクノロジーとアジャイル」をテーマにパネルディスカッションが行われた。育成年代向けのプロダクト開発を手掛けるユーフォリアの橋口寛氏と、デロイト デジタルの森正弥による対談の様子を紹介しよう。

——ユーフォリアは、スポーツ選手のコンディショニングやトレーニングに必要な情報を記録・管理するシステム「ONE TAP SPORTS」を提供しています。まず、スポーツテック市場について、国内外の違いなども含めて教えていただけますか?

橋口:国内のスポーツテックは、ここ数年でかなり浸透してきました。ユーフォリアのようなスポーツテックのスタートアップも認知を獲得し始めており、状況は大きく変わってきていると感じています。

しかし、海外と比べると市場規模は非常に小さいというのが実状です。たとえばアメリカは、日本と比較して市場規模が一桁大きい。

これは、スタートアップや投資家、スポーツチームや協会など、横のつながりが強く、市場としても拡大しやすい環境が整っているためだと思います。

橋口 寛氏 / Hiroshi Hashiguchi

大阪府出身。野球に熱中するも成長期に投手として投げ過ぎたことから中学入学の頃から長く肘痛に悩まされた原体験を持つ。早稲田大学教育学部卒業後、メルセデスベンツ日本法人勤務、米国ダートマス大学経営大学院への留学(MBA)、アクセンチュア戦略グループを経て独立。2008年に株式会社ユーフォリアを創業。

森:海外では、IoTをつかったスマートシューズやマウスピース、ヘルメットなども数多く販売されており、高校生向けの製品も販売されています。そういった点では、市場の裾野も広いという印象です。

橋口:海外では、IoTのセンサーを使った製品やGPS関連製品を販売しているメーカーが数百以上あります。たとえば、IoTを使ったヘルメットなど脳しんとう予防のプロダクトだけでも2〜30程度はあるでしょう。そういったデータをモニタリングするシステムも多い。製品・サービスの厚みが日本とは比べものになりません。

裾野が広いという点も、おっしゃるとおりです。トップアスリート向けのハイエンドモデルからエントリーモデルまで、プレーヤーの力量や懐事情に合わせて適切な商品を選ぶことができます。

国内でも同様の流れはありますが、まだプロチームや日本代表といったトップレベルが中心となっているのが実状です。今後、シャワー効果で、どんどん裾野まで浸透していくのではないかと思います。

スポーツにおいては、競技ごとに競技団体や組織があり、ピラミッド構造がクリアに存在しています。そのトッププレーヤーが使っているスポーツテックに興味を持って使ってみたいというプレーヤーは多いんです。そのため、シャワー効果が期待できると考えています。

一方、少年野球や少年サッカーといった「育成年代」となると、この構造が変わります。競技をする目的も大人とは変わってきますし、競技団体や組織といったピラミッド構造によるシャワー効果での浸透が難しい。そういった育成年代に対しても、きちんとしたプロダクトを届けていきたいと考え、開発を進めています。

——育成年代の子どもたちの場合、誤った指導で怪我をするという問題もあります。橋口さんも、そういった原体験があるとお聞きしています。

橋口:私は小さい頃から身体が大きくて、少年野球でずっとピッチャーをしていました。今では考えられないくらい投げていたため、肩を壊してしまいました。いまの子どもたちには同じような経験をさせたくないという思いが根底にあります。

そこで、子どもひとりひとりの成長に合わせた最適な指導をアドバイスし、指導者や保護者など、様々なステークホルダーが適切な行動をとれるように支援するプロダクトを開発しています。このプロダクトを使うことで、将来の日本のスポーツ界を牽引する子どもたちの可能性を最大限にする環境を作っていきたいと考えています。

また、「身体の成長期には、睡眠時間を削るような指導はしない方がいい」という具体的なアドバイスをすることで、子どもたちの将来への負担を減らすことができるようになると期待しています。

森:育成年代では、保護者が多くの子どもたちを指導するケースも多いので、そうした保護者への負荷軽減にも繋がりますね。そうしたケースでは、全ての子どもたちに目が行き届かないで悩んでいる保護者の方も多いでしょう。テクノロジーを使うことで、子どもたちの状況を把握でき、声かけもしやすくなります。そういった意味ではテクノロジーを活用する意義は大きいと感じています。

森正弥 / Masaya Mori

デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員。Technology & Innovation 先端技術領域リード。
外資系コンサルティングファーム、グローバルインターネット企業を経て現職。ECや金融における先端技術を活用した新規事業創出、大規模組織マネジメントに従事。DX立案・遂行、ビッグデータ、AI、IoT、5Gのビジネス活用に強みをもつ。日本ディープラーニング協会 顧問。企業情報化協会 常任幹事

——「育成年代」にはシャワー効果での浸透が期待できないというお話でしたが、どのように浸透させていくのでしょうか。

橋口:育成年代は保護者や指導者が渾然一体となっています。いわゆるスポーツサイエンスを熟知したプロの「指導者」がいるケースはあまり多くありません。多くのチームでは、指導も支援も保護者の方がしているためです。一方、保護者の方は「(子どもたちに)幸せにスポーツを楽しんでほしい」という思いが非常に強いと感じています。

森:そういう視点でいうと、保護者に対して「正しい情報を伝える」ことも必要になりそうです。正しい知識を持ち正しい指導ができるようになるには、スポーツテックだけでは解決が難しいと思いますが、いかがでしょうか?

橋口:その通りだと思います。保護者の方たちのマインドセットを変えていく必要もあると思っています。そのためユーフォリアでは「スポーツ×科学で指導をアップデートするメディア」として「TORCH」というサイトを立ち上げ、さまざまな情報を提供しています。このメディアでは、部活動やジュニア・ユーススポーツの指導を支える人たちへ正しい知識を伝達し指導に活かしていただくことを目指しています。

森:保護者のマインドセットや指導をアップデートする一方で、子どもたちも巻き込んで「アジャイル」で開発していく必要もありますね。

たとえば、デロイト デジタルのビジネスでは、最終的な顧客目線に立つようにしています。クライアントのお客様のことを考えていかなければ、本当に必要なデジタル活用にはならないからです。育成年代プロダクトで考えると、最終顧客は子どもたちになりますよね。しかし、子どもたちを巻き込んでいくのはとても難しいように思います。

橋口:子どもたちを巻き込んでアジャイルで開発していくことは不可能ではないと思います。というのも、スポーツや子どもたちと「アジャイル」の相性はとてもいいからです。

たとえば、スポーツの原点は「遊び」です。子どもたちは遊びの中でアジャイルを行い、どんどん遊びをバージョンアップしていきます。スポーツも怪我をせずに面白さを確保しようとルール改定を続けていますよね。これは「アジャイル」そのものだと思います。

森:なるほど。子どもは好奇心旺盛で、色々チャレンジしていきますね。うまくできなくても、チャレンジを繰り返していく。アジャイルを実践しやすいのがスポーツなのかもしれません。

一方、日本の教育では「これが正解」と教えてしまう。これではアジャイルのプロセスが止まってしまいますよね。SDGsの教材開発の中では、このことが大きな課題だと感じています。

橋口:スポーツでも「正解」を教えてしまうケースは少なくありません。特にこれまでの育成年代ではそういう指導がされるケースが多かったんです。たとえば、海外の選手に比べて、日本人選手の投球フォームや打撃フォームが似ていると良く言われています。少年野球の頃から、ある投げ方打ち方を「正解」として指導されてきた環境が影響しているのだと思います。

しかし、投げ方一つとっても、もっと自由でいいはず。その人の特性に合わせてやりたい動き方でいいはずです。それを受け入れることから始まっていくので、ダイバーシティの入り口としてもスポーツが寄与できる部分は多いと思っています。

そういった新しい日本のスポーツのあり方について共感してくれる人を増やしていきたい。そういった変革が日本の各地で起きるような活動をして行きたいですね。

——「データ」の活用についてお話を伺いたいと思います。ユーフォリアさんは、ONE TAP SPORTSを通じ、様々な競技のトップアスリート・トッププレーヤーたちのデータを蓄積しています。そういったデータを分析することで、新たな知見なども得られると思いますが、データ活用について何か予定されていることはありますか?

橋口:我々が提供する「ONE TAP SPORTS」では、7万人を超えるアスリートたちのデータが集まっています。プレーヤーの層も厚く、日々のコンディションから練習の負荷、怪我の情報まで幅広い情報がやりとりされています。この宝を世の中にきちんと還元していくことが我々の責務だと思っています。そこで、スポーツにおけるさまざまなデータを分析・研究するバーチャル研究所「ユーフォリアスポーツ科学研究所」を立ち上げました。

スポーツサイエンス研究者やリサーチャー、企業とも協力していこうと思っています。その際には是非、デロイトさんにも仲間になってほしいですね。

この研究所で何か発見できれば、救われる子どもたちも多いはず。たとえば、女性アスリートの生理不順などは大きな問題だと感じています。あえて無月経を生み出そうとするような過剰な体重管理などが実際に行われています。

トップアスリートのデータを分析し、過剰な体重管理をしなくてもハイパフォーマンスが出せるといった実践や研究を広げる意味は大きいと感じています。こういったアクションをどんどん広げていきたいですね。

——今回は、育成年代特有の課題やデータ活用など、デジタルやアジャイルの可能性についていろいろと伺うことができました。最後に、スポーツを通じて、どういったことを提供したいと考えていますか?

橋口:素晴らしい体験を、スポーツを通して未来の子どもたちに提供していきたい。スポーツを通じて世の中を良くすることはできると信じていますし、それによってさらにスポーツが良くなっていくと思います。

森:デロイト デジタルは、デジタルを事業の中心に据えて展開していますが、そのデジタルを扱う「人」、つまりヒューマンエクスペリエンスを重視して様々な活動をしています。

今回はスポーツの話が中心でしたが、社会の未来や子どもたちの未来のことを考えるのが重要なのだと改めて感じました。改めて、スポーツにおいてデジタルでできることを考えるときに「人」のことを忘れてはならないと実感しました。

PROFESSIONAL

  • 森 正弥

    デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 執行役員

    外資系コンサルティングファーム、グローバルインターネット企業を経て現職。ECや金融における先端技術を活用した新規事業創出、大規模組織マネジメントに従事。DX立案・遂行、ビッグデータ、AI、IoT、5Gのビジネス活用に強みをもつ。2019年に翻訳AI の開発で日経ディープラーニングビジネス活用アワード 優秀賞を受賞。企業情報化協会 AI&ロボティクス研究会委員長

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