Deloitte Digital Cross / 人と人の“間”にこそ価値が生まれる「プロセスエコノミー」

  • Digital Organization
2022/2/7

『プロセスエコノミー』『アフターデジタル』の著者でIT批評家、フューチャリストの尾原和啓氏。新著で提唱する「プロセスエコノミー」をテーマに、デジタル化の先に見える経済社会のパラダイムシフトについて、デロイト デジタルの森正弥、若林理紗が対談しました。

価値の源泉は「アウトプット」から「プロセス」へ

森:尾原さんは昨年著書『プロセスエコノミー』(幻冬舎)を上梓されましたね。プロセスエコノミーとはどのようなものか、まずはご説明願えますでしょうか。

尾原:プロセスエコノミーという言葉自体は起業家のけんすうさんが名付けた言葉です。けんすうさん曰く、プロセスエコノミーの対義語は「(プロセスでは課金せずに)アウトプットで課金するアウトプットエコノミー」。つまり、制作過程ではなく完成した製品を売るという、一般的な商売の仕方です。今はデジタルですぐに情報が伝わりますから、その機能的価値は瞬く間に別の商品にコピーされてしまいます。その結果、アウトプットではあまり差別化ができなくなってくる。そうするとプロセス、つまり制作過程で立ち上がってくる人間的な感情こそ価値を創出できのではないか、という話です。

IT批評家 尾原和啓氏 | Mr. Kazuhiro Obara

京都大学大学院工学研究科応用システム専攻人工知能論講座修了。マッキンゼー・アンド・カンパニーにてキャリアをスタートし、NTTドコモのiモード事業立ち上げ支援、リクルート、ケイ・ラボラトリー(現:KLab、取締役)、コーポレートディレクション、サイバード、電子金券開発、リクルート、オプト、Google、楽天(執行役員)の事業企画、投資、新規事業に従事。

森:とても共感できるお話です。デロイト デジタルでは、「HX(ヒューマン・エクスペリエンス)」、つまり人間的な価値が大切だと提唱しています。「デジタル」という言葉を聞いて、機械的で人間的な価値とは関連性が薄いと思われる方も多いと思いますが、デジタルを取り扱っているのも「人」。そのため、デジタルを使う人間の倫理性や価値観を育んでいきたいと考えているのです。

若林:グローバルでは1万8000人の多様なデジタルプロフェッショナルが企業や産業のデジタル変革を支援していますが、ビジネスの枠に留まらず、さまざまな領域の課題解決や新たな価値創造にもチャレンジしています。

森:たとえば、デロイト デジタルのメンバーで元キャスターの若林理紗さんは小学生に対するSDGsの教育活動を通して次世代の人材育成に取り組んでいるし、元ヤクルトスワローズ投手の久古健太郎さんは、海士町をはじめとした島根県の隠岐諸島でVRを使った野球指導に取り組んでいます。こうした取り組みをビジネスコンサルティングにも活かしていきたいと考えています。

森 正弥|Masaya Mori

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 執行役員
Asia Pacific先端技術領域リーダー / Deloitte Digital パートナー

尾原:DX(Digital Transformation)はバズワードになっていますが、DXの提唱者であるエリック・ストルターマンは、「デジタルは手段にすぎない、ITの浸透が人びとの生活をあらゆる面で良い方向に変化させる」と言っています。よくBtoBといいますが、ビジネスを培っているのは人間だから、BtoBではなく、”HtoH“。あらゆるところにデジタルが浸透している今だからこそ、デジタルの根底にあるものは何か、考え直す必要がありますよね。

この1-2年は、コロナ禍でリアルでの人と人とのコミュニケーションが分断され、私たちはデジタルで繋がりながら仕事をしてきました。良い意味でも悪い意味でも、デジタルを通じて人間らしさが出やすくなった時代だと思うので、そこを捉えていくというのは興味深いです。

森:コロナ禍で私たちの働き方は変化しましたが、そのストレスについての調査結果からわかったのは、エッセンシャルワーカーの人はもちろん、リモートワーカーもストレスが増えているということ。そして、その理由の多くは「業務プロセスや働き方の仕組みが従来のまま変わっていない」ことでした。

デジタル化以前の仕事のやり方や意思決定の方法を変えないまま、無理やりデジタル化した結果、会議が詰め込まれたり、労働時間が長くなってしまったりと、働き手にしわ寄せがきている。さらにリモートワークで体が動かせない状態が続くと、体調にも悪影響を及ぼす。プロセスが働き手のエクスペリエンスを左右するのはもちろん、そこから生み出される顧客へのアウトプットにも差が出るでしょう。

変化の時代、働き方はプロセスで二極化する

尾原:リモートワーカーが二極化する理由は明らかです。社員を“部品”として扱っている会社なのか、それとも社員ひとりひとりを、個性を持つ人間として扱っているのかという点で差が出てくるんです。

楽天大学の学長である仲山進也さんが「組織のネコ」(翔泳社)という本を出版されましたが、上司の言うことをきちんと守る「組織のイヌ」は、「ものづくり」に長けた日本によくマッチしていた。部品として働き、高品質で歩留まりの良いものを作り続けることで成功を導いたわけです。

ただ、「組織のイヌ」体質の人がリモートワークを始めると、目の前に上司がいないからあまり動かなくなってしまう。そうすると、その上司はなんとかして監視をしなければならなくなる。その監視を行うためのプロセスが必要になる・・という悪循環に陥ってしまいがちです。
言われたことをしっかりやりきる力が重要視されてきたものづくりの時代に対し、今は昨日の正解が正解ではなくなる変化の時代。顧客が本当に喜ぶものは何かを常に問い続けなければならない。

その点、「組織のネコ」は、たとえ上司が目の前にいなくても「これは本当にお客様が喜んでくれるものなのか」を自問自答し、自分がやることを自分で決めて進めていくタイプの人なんです。おもしろいのは、ただの猫ではなく「組織のネコ」だから、組織の中でも生き残り続けられるという点です。つまり、お客様に求められていることをちゃんと理解しながらも、自分が楽しいと思うことを一致させている人なんです。だから、リモート環境下でも柔軟性を発揮しながら楽しく仕事ができる。コロナ禍で「組織のイヌ」と「組織のネコ」の差は、明らかになってきていると思います。

デジタルの先に見える未来:意味のあるものだけが「保有」に向かう

若林:尾原さんからご覧になって、プロセスエコノミーはすでに生活者や企業の変化として顕在化しているのでしょうか。

尾原:プロセスそのものでビジネスをしている例は、まだデジタルエンタテイメントが中心ではないでしょうか。一方、生活者自身がすでにアウトプット(製品)に差を感じられず、プロセスに差を感じるからこそ、選択するという動きは増えてきていると思います。

たとえば、アウトドア用品メーカーのパタゴニアは、参議院議員通常選挙の日、従業員が自分たちの拠って立つ地球の環境問題について、家族や友人と語り合うきっかけを持ち、投票に行くために全直営店を休業しました。ここから僕たちが感じるのは、企業の姿勢や存在意義だと思うんです。僕たちは「役に立つ」ものだけを買っているのではなく、その「意味」を買っている。

デジタル化が進んだ先には、役に立つものは「利用」に向かい、意味のあるものだけが「保有」に向かう。両極端になると考えています。

移動するだけの車だったらUberでいいし、ソフトウェアはどんどんSaaS化すればいい。役に立つだけものはワンショットで蛇口をひねるように使いたいときだけお金を払えばよい。一方で、その人にとって意味のあるものは、「保有」したくなる。一昔前であれば、それは外国製の高級車だったかもしれないし、今ならその究極形は「NFT」でしょう。NBAで大好きな選手のダンクシュートの瞬間の映像を、いくらお金をかけてでも保有したいと思うわけです。たとえデジタルでも意味を増幅し、保有する楽しみを加速させる仕組みを考えればいい。その「意味を作る」生成装置が、プロセスなのです。

森:先日、AIスタートアップである「シナモンAI」の平野未来さんと対談した際に、「役に立つ仕事はAIがやるべき。人間は役に立つ仕事ではなくて、意味のある仕事をやるべき」という話が出ました。今の尾原さんのお話は、そこに通じるように思います。

尾原:元Google Chinaのトップでコンピューター科学者のカイフ・リー氏が、2019年のTEDで「 AIの時代に思いやりと創造性を大事にすることで、どのように人間が成功することができるかという将来像を提示します。AIは単純労働から私たちを解放し、私たちを人間たらしめるものはなにかに気づかせてくれます」という話をしています。AIはデータに基づいて判断するから、そのデータが少ないと判断できない。つまり、ゼロから生み出すクリエイティブな仕事は、AIには向いていません。もう1つAIができないことは、たとえば「あの人に頼まれるんだったら、やろう」というように、培われてきた関係性のなかで「あの人だから」という価値が生まれ、そこも含めて判断するということです。ですから、AIの時代になればなるほど「誰にとって良い存在なのか」という「意味」が問われるようになるはず。

HXは、デジタル的な体験だけではなく、体験を通じてその人の「意味」がどう立ち上がってくるかという話だと思うんです。それがどのように生成されるのかというと、「あの人は△△に対してものすごく情熱を傾けてきたよね」とか、「一緒に苦楽を共にしてきたよね」という、プロセスの中で意味として折りたたまれていくわけです。

100年企業からの学び:経済合理性を超えて、存在意義を問い直す

森:我々デロイト デジタルは顧客接点領域を得意としています。その中で、BtoB企業を支援させていただくこともあるのですが、これまでにない変化として、脱炭素や気候変動といった社会課題を取引先である顧客企業と一緒に考えるコミュニティの構築に着手し始めている企業があります。直接的に収益を得るためではないので、必ずしも従来の経済合理性には合致しないかもしれませんが、顧客と一緒に社会課題を考えるというプロセスの必要性を感じている。プロセスそのものを変える、意味のあるものを追求しようとしている動きはあるなと感じています。

尾原:コミュニティは重要だと思います。他の先進諸国と比較して日本には100年企業が3倍も多いのですが、100年続く企業と続かない企業の差は何かという話をしたとき、必ず「コミュニティ」の話が出てくる。

僕たちは近代において、成長を良しとしているから、どうしても「一緒にいる」ことより「なにをするか」を中心に考えてしまいがちですが、逆にそれがなければその人には価値がないという話になってしまう。そうすると、経済合理性にあったことしかできなくなってしまうんです。

一方、100年続く企業は、存在することから始まっている。その土地で一緒に過ごしている仲間が集まって助け合いながら何かをやっていこうよと。究極的には、たとえ「する」ことがうまくいかなかったとしても、「いる」ところから始まっているから、居心地の良さに助けられ、もう一回トライしようとする。経済合理性を超えたところで、一緒にいる「場」の大切さや、自分たちがこの場に生かされているということを理解しているから、「森を守ろう」とか「この場を守ろう」という気持ちになる。

経済合理性の戦いはAIによってどんどん自動化されるでしょうから、そこでの差別化はなくなってくるでしょう。組織として「すること」ではなく、「いる」ことの意味を考えるのは大事だと思います。だから、“Well-doing”ではなく、“Well-being”なんですよね。doingを追い求め続けるとdoingできなかったときに自分たちの存在価値がなくなってしまう。そうではなく、beingに意味や価値を見いだしていこうということです。

ビジネスの限界曲線の外に出るプロセスを共にする

森:これまでのお話を伺って感じたのは、我々自身もデジタル時代の新しいコンサルティングを模索する中で、冒頭で紹介した若林さんや久古さんのチャレンジは、それ自体がまさにプロセスとして活きてくるのではないかということです。

二人はそれぞれの過去の経験やデロイトというフィールドを活かしながら、コンサルタントとしてクライアントを支援し、デロイト デジタルの様々な活動にも取り組んでいます。

若林:私や久古さんがデロイト デジタルに「いる」ということの価値を、私たち以上にリーダーが考えてくれていると感じています。ただ、地域ではなく企業となると、どうしてもビジネスに必要なスキルセットや提供価値といった「する」ことにとらわれがちです。企業において、「いる」ということを中長期的に据えて組織づくりに活かすにはどのような視点が必要でしょうか。

若林 理紗|Risa Wakabayashi

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
Deloitte Digital スペシャリスト

尾原:会社の「役に立つ」だけの組織であれば、プロジェクト型で必要な時に集まるバーチャルチームでいいわけですよね。わざわざその会社に「いる」ことの意味は、ミレニアル世代以前・以降によっても異なるでしょう。「モチベーション革命」(幻冬舎)で書いたのですが、「ポジティブ心理学」を始めたマーティン・セリグマン氏は「人間の幸せは5種類ある」と言っています。人間の欲求はゴールを「達成」したときに感じる幸せと、美味しいものを食べたら幸せになるといった身体的「快楽」、「良好な人間関係」に感じる幸せ、自分がやっていることが社会にとって「意味がある」と感じる幸せ、今やっていて上達することに「没頭」する幸せの5つです。

昭和の時代は社会に「ないものばかり」だったので、「達成」と「身体的快楽」に幸せを感じる人が多かった。でも今の若い方たちの多くは、物質的には「ないものがなくなった」豊かな時代に生きている。そういう世代は、「達成」や「身体的快感」より、「意味合い」や「良好な人間関係」、「没頭」が幸せの源泉になってくる。

以前は、大きな「達成」をするには会社にいなければならなかったが、インターネットで誰でもどこでも教育が受けられるようになると、わざわざ会社にいることの意味は、そこに社会的な「意味合い」や、「人間関係」の心地良さ、一緒に切磋琢磨し「没頭」できる環境があるかどうかにシフトしていく。会社はその価値を供給してくれる場所だからこそ、自分のプロセスとして、身を投じていくことができるのです。

僕は、デロイト デジタルがプロセスに力を入れていることはとても合理的だと思っています。山口周さんの「ビジネスの未来」という本の中で「経済合理性限界曲線」という話があります。今までのビジネスは、できるだけ普遍的で難易度が低い問題から取り組んでいくのがセオリーだったため、いまの先進国では経済合理性のある問題はほぼ解決できてしまっているのです。

そうなると、普遍性は高くないが難易度が高いという、経済的合理性が合わない問題が残るわけで、そこに問題解決集団としてのプロフェッショナルファームが求められるようになる。その問題に取り組む背景には、そこにロマンスがあるとか、自分の「意味合い」を感じられる、そこに仲間がいるといった理由がある。プロフェッショナルファームに残された問題のフロンティアは、もうここしか残っていないと思うんです。

Z世代やミレニアル世代の方は、「意味合い」や「没頭」が仕事の報酬になるため、普通だったら解決できない問題の解決に喜んで飛び込んでいくでしょう。彼らにとっては、そのプロセスの中でいろんな仲間と試行錯誤し、かけがえのない仲間が増え、普通だったら経験できないような成長を果たすことが何よりも重要なんです。つまり、ビジネスの限界曲線の外に出て行くプロセスを共にするということが、優秀な人材にとって大きな魅力となっていると思います。

人と人の“間”にこそ価値が生まれる

森:なるほど、とても納得感のあるお話です。企業の目線で見たときに今後どのように変わっていくべきだと思われますか。

尾原:その点は、逆にデロイトのレポートに教えられている部分です。毎年発行されている「グローバル・ヒューマン・キャピタル・トレンド」が明らかに3年前から変わってきているんですよね。以前は、HR テクノロジーに焦点があたっていたのが、最近は「いかにタレントを集めてもエンゲージメントの掛け算がなければうまくワークしない」というトーンに変わってきているんです。人が組織の何にエンゲージメントを見出すのか。それが社会的な意義だったり、そこで仲間と一緒に働いていて楽しいというようなことだったりするのではないでしょうか。

「グローバル・ヒューマン・キャピタル・トレンド」を踏まえた上でのジョシュ・バーシン氏のレポートによると、1990年まではコラボレーティブでタレントをいかに集めるかと言っていたのが、2019、2020年になると、人と人がネットワークでつながり、「スキル×ウィル」の掛け算が大事になってくる。いくらスキルがあってもウィルが0.9だったら掛け算をしても小さくなるが、もし1.1だったら、いくらでも人の才能は引き出せる。こうした背景から「トラスト」「エンパシー」「レジリエンス」といった、人がどこにエンゲージメントを見出すかというキーワードに今改めて注目が集まっているのだと思います。

結局、重要なのは一人一人の才能よりも、人と人の“間”なんです。「△△さんがいるからやろう」という“間”に価値が移ってきて、それを引き出すものが、社会的な意義や、プロセスの楽しさというところに変わってきている。デロイトは、その点をちゃんと科学されているのではないでしょうか。

森:ありがとうございます。「グローバル・ヒューマン・キャピタル・トレンド」が変わってきているというのは、まさにおっしゃる通り。デロイト デジタルがHXにフォーカスを絞っている点にもつながると思いました。

尾原:僕は、自分という存在は人と人の“間”で溶けてなくなればいいのにと思っているんです。インターネットに育てられた人間だから、人と人の間をつなぐネットワークに興味があるし、みんなが幸せに、楽しくいられるにはどうすればいいかを追求している。そのなかで見つけたのが、今回のテーマである「アウトプット」から「プロセスエコノミー」へということでした。

若林:尾原さんの様々な活動がすとんと腑に落ちました。貴重なお話をありがとうございました。

PROFESSIONAL

  • 森 正弥

    デロイト トーマツ コンサルティング合同会社  執行役員 Asia Pacific先端技術領域リーダー / Deloitte Digital パートナー

    外資系コンサルティングファーム、グローバルインターネット企業を経て現職。ECや金融における先端技術を活用した新規事業創出、大規模組織マネジメントに従事。DX立案・遂行、ビッグデータ、AI、IoT、5Gのビジネス活用に強みをもつ。2019年に翻訳AI の開発で日経ディープラーニングビジネス活用アワード 優秀賞を受賞。企業情報化協会 AI&ロボティクス研究会委員長

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