日本における患者サポートプログラム(PSP)の現状および今後の展望について〜デロイト トーマツ × Salesforce × 武田薬品工業による座談〜

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2023/11/17

武田薬品工業株式会社(以下「武田」)は2021年に、日本において、武田の製品で治療を受けている患者さん向けサービスプログラムとして「TOMO®」を立ち上げました。TOMO®が目指すものは、武田の製品を処方されている患者さんをサポートし、患者さんが安心して治療を続けられるよう、患者さん中心のエコシステムを構築することです。患者さんのケアの向上、服薬アドヒアランスの改善、患者さんのウェルビーイングのサポートなどを主眼にプログラムが組まれています。患者さんが必要なリソースを得られ、治療がスムーズに進められることをサポートし、最適なアウトカムを達成することが目的とされています。

今回、武田のジャパンファーマビジネスユニットにてペイシェントサービス部門の責任者を務めるTien Nguyen氏、セールスフォース・ジャパン(以下「Salesforce」)において患者サービスソリューションの開発や導入を担当する早田 和哲氏をお招きし、デロイト トーマツ コンサルティング合同会社(以下「デロイト」)でライフサイエンス&ヘルスケアのパートナーを務める濱口 航と、同チームでディレクターを務める田尾 隆幸を交えて対談を実施しました。Nguyen氏からTOMO®に関連した知見・課題・展望を共有していただくと共に、参加者の間で日本における患者サービスの現状と課題、今後の普及に向けた論点についてディスカッションしました。

日本における患者サポートプログラム(PSP)の現状

田尾 隆幸(モデレーター)
デロイト トーマツ コンサルティング 合同会社
ライフサイエンス&ヘルスケア ディレクター:

本日は、製薬企業である武田、ソリューションプラットフォームのプロバイダーであるSalesforce、そしてコンサルティングのデロイトという異なるプレイヤーの立場から、患者サポートプログラム(以下「PSP」)の現状や今後の展望について話し合っていきたいと思います。

まずは、日本におけるPSPの現状やトレンドについてお伺いしたいと思います。

デロイト トーマツ コンサルティング 合同会社
ライフサイエンス&ヘルスケア ディレクター

田尾 隆幸

Tien Nguyen 氏
武田薬品工業株式会社
ジャパンファーマビジネスユニット ペイシェントサービス ヘッド:

他の製薬企業を代表して発言することはできませんが、武田について言えば、弊社はPSPに大きな投資を実施し、非常に大きなコミットメントを持って取り組んでいると胸を張って申しあげることができます。武田は希少疾患、消化器系疾患やニューロサイエンス(神経精神疾患)の分野でPSPを展開しています。日本におけるPSPは、よりPSPが浸透した他の国と比較するとまだ初期の段階にあると言えます。業界のさまざまな関係者の取り組みのおかげでPSPに対する認知は少しずつ高まっていますが、製薬企業がスポンサーとなるサービスに対して、医療関係者や医療機関、患者さんの認知度はあまり高くありません。認知度の向上だけではなく、患者さんへの明確な価値を主要なステークホルダー(医療関係者、医療機関、患者さん)に提示し、あらゆるサービスやプログラムを活性化していくためのインフラを構築する必要があります。こういったことは一朝一夕に出来るものではありません。これらの課題を前に進めていくためには大きな努力が必要であり、業界やパートナーが力を合わせて積極的に取り組んでいく必要があると思います。

武田薬品工業株式会社
ジャパンファーマビジネスユニット ペイシェントサービス ヘッド

Tien Nguyen 氏

田尾/デロイト:認知が進まない理由をどのように考えておられますか?医療関係者の間ではPSPについて一定の理解が進んでいますが、患者さんに対してはあまり熱心にPSPを勧めていないようにも思われます。

Nguyen/武田:この分野における規制環境が非常に大きな障壁の一つです。PSPのエンドユーザーは患者さんや介護者ですが、原則として、弊社製品で治療を受けている患者さんにPSPを勧めたり情報を伝えることができるのは医療関係者に限られています。限られた診療時間の中で、医療関係者の主な役割は患者さんの診断と治療です。よって、必ずしもPSPの説明に割ける時間は長くなく、患者さんには情報が伝わりにくいのです。時間が限られているため、医療関係者はこういった追加的な「業務」を負担と捉えることもあります。中にはPSPのようなサービスを提供すべきだと考える医療関係者もいますが、患者さんに積極的に情報を伝えようとまではされていないでしょう。

田尾/デロイト:早田さんは以前MRをされており、現在はSalesforceにおいてHealth Cloudを始めとしたPSPのソリューションの製薬企業への導入を担当されています。その立場から、日本における医療関係者や患者さんの間でのPSPに対する認知をどのように見ておられますか?

早田 和哲 氏
株式会社セールスフォース・ジャパン
インダストリーズトランスフォーメーション事業本部ライフサイエンス業界担当、シニアマネージャー:

会社によって関心度合い、投資額やアクションといったものに差はありますが、患者さんの満足度を向上させるためにどの会社もPSPに関心を持っています。こういった企業の姿勢は大きな変化です。投資額が限定的でも、まずアジャイルに患者サポートの取り組みに手を付け始めている会社もあります。この動きが業界全体のトランスフォーメーションにつながる可能性があると期待しています。

ただしその際、「PSPの投資利益率(ROI)をどのように考えるべきか」という点を気にしている製薬企業が多いように思います。

株式会社セールスフォース・ジャパン
インダストリーズトランスフォーメーション事業本部ライフサイエンス業界担当、シニアマネージャー

早田 和哲 氏

Nguyen/武田:武田では、PSPの価値をROIのような今までの財務指標以上のものとして捉えています。PSPによってもたらされるリターンは財務的なものではなく、患者さんに寄り添い、服薬アドヒアランスを高め、最終的には患者さんがより優れた治療成果を得られるようにすることです。PSPに対する投資は長期的なメリットのためであり、目指している治療成果の向上というものは、ROIのように簡単に短期間で測れるものではありません。患者さんの長期的なウェルビーイングや治療成果の向上と共に、弊社製品を使って治療を受けている患者さんが最適な体験を得られるようにすることを優先しています。PSPのインパクトは財務的な利益を超えたものなのです。弊社のサービスから得られた知見を生かして、イノベーションを生み出し続け、患者さんにとって有意義なサービスの提供と改善に努めてまいります。

濱口 航
デロイト トーマツ コンサルティング 合同会社
ライフサイエンス&ヘルスケア パートナー:

PSPに対しては明らかに2つの異なる見方があります。1つはPSPを事業成長の源泉として捉える見方です。PSPが収益向上に直結すると考えているわけではないにしても、PSPを通して得られた知見を活かして事業につなげていこう、アドヒアランスを向上させられれば売上拡大にもつながるだろう、という考え方です。営利活動を展開している企業としては、PSPと収益のバランスを取りたいと考えるわけです。もう1つの見方は、PSPを本業の事業そのものとは関係のない純粋な社会貢献として捉えるものです。

デロイト トーマツ コンサルティング 合同会社
ライフサイエンス&ヘルスケア パートナー

濱口 航

Nguyen/武田:PSPに関する多様な見方は同じ会社の中にも存在し得るもので、部署やリーダーの取り組み方によっても影響を受けるでしょう。

「TOMO®」でのサポートは、既に弊社の薬を処方された患者さんに限られている、という点が重要です。よって、医薬品の売上を伸ばす、患者さんにふさわしくない医薬品を勧める、不必要に治療方法を変えてもらう・・・といったことは「TOMO®」の目的にはなり得ません。むしろ、「TOMO®」は弊社製品の利用を補完するもので、処方薬による治療を補うものとして機能します。患者さんの治療や服薬に対する適切な判断を助け、治療全体に対する動機付けを失わないようにサポートすることが目的です。服薬アドヒアランスが高まると治療成果も高まります。よって、PSPのリターンを利益と関連付けて考えるかどうかというのは、考え方によるでしょう。

田尾/デロイト:おっしゃったように、日本においてPSPの目的や価値に対する理解はまだ初期の段階にあります。日本でPSPの立ち上げを検討している製薬企業に対して、何かアドバイスはありますか?

Nguyen/武田:日本においてPSPのコンセプトはまだ新しいものですから、まだ強固なエビデンスは完全には確立されていません。ただ、よりPSPが浸透した海外の国を見ると、PSPの有効性や価値を裏付ける有力なエビデンスが存在しています。過去10年間における調査からは、適切に設計されたPSPに登録・利用している患者さんは、治療の持続性やアドヒアランスが大幅に改善することが示されています。これによって患者さんのQOL(Quality of Life)や医療上のアウトカムが向上します。武田としては、PSPは「あればいい」ものではなく「なくてはならない」ものであると捉えています。日本市場においてPSPの導入を検討されている製薬企業に対しては、10年にわたって蓄積されてきた豊富なエビデンスやデータを信頼してほしい、と申し上げたいと思います。こういった貴重な知見は、PSPの重要性や有効性を立証するものであり、PSPが患者さんのケアやアウトカムの最適化に向けた有力かつ戦略的な選択肢であることが分かります。

日本と海外の、PSPを取り巻く環境の違い

田尾/デロイト:Nguyenさんは海外でPSPを推進してこられ、2022年に来日されました。日本と海外の違いについて教えていただけますか?

Nguyen/武田:PSPの浸透度合いの違いを考えると、日本と「海外」全体を直接比較するのは簡単ではありません。進んでいる国もありますが、それ以外の国々は初期段階にあると考えてよいでしょう。さらに、各国のPSPに関するデータを集めているわけではありませんし、医療環境は国によって異なりますので、確固とした見解を述べることはできません。ただし、進んでいる欧州と比較すると、日本では明らかにPSPの導入や展開が遅れているといえます。

早田/Salesforce:ファーマコビジランスの問題が日本では大きいと思います。薬の安全性に関する情報を患者さんから集めるわけですが、これは非常に難しいセンシティブな分野であり、日本でのPSPの開発にあたってはこれが大きな問題であるとSalesforceとしても認識しています。

濱口/デロイト:欧米と日本の大きな違いは患者さんの姿勢です。日本では患者さんが積極的に医薬品や治療に関する情報を探したり、自分自身の健康をモニタリングしたりする動きはあまり見られません。医師の治療に従っているからそれでいい、とする姿勢が一般的です。PSPによって生活の質を高められ得るにもかかわらず、患者さんは積極的にサポートを求めようとしていないのです。保険医療制度が充実していること、寿命が長いことなどによって自ら健康を勝ち取ろうという意識が低いことが理由だと考えられます。やはりこういったマインドセットを変え、患者さん自身が主体的に自分の健康に関わっていくように促していく必要があるでしょう。

田尾/デロイト:デロイトが昨年実施した調査によると、米国ではモバイルアプリやデバイスを利用して自分の健康を積極的にモニタリングしている人が40%に上るのに対して、日本では10%しかいないことが明らかになりました。これは非常に大きな違いです。

Nguyen/武田:その調査結果は驚きです。欧州のデータはすぐに出てきませんが、欧州の数値が10%を下回ることは絶対にないでしょう。デジタルヘルスは急成長分野であり、急速に受け入れられています。毎日の歩数や月経周期などあらゆるものを計測できるヘルスアプリが35万件以上も存在しています。こういった製品への需要が高いことがよくわかります。個人的にも、過去8年にわたってさまざまなヘルスアプリを使っていつも自分のヘルスデータを追跡しています。もちろんレベルの差はありますが、私の世代の知人の大半も同じことをしています。これは文化の違いなのでしょうか。

とは言うものの、この話題に関連して個人的な経験をお話しさせてください。私は片頭痛持ちなので最近日本で開業医の先生に診ていただきました。新しい治療が始まったのですが、医師からはヘルスアプリをダウンロードし、症状が出た時の食生活、体温、天候、その他関係しそうな情報などのさまざまな要因を記録するように言われました。次の診察時にこのヘルスデータを見せてほしい、というのです。情報に基づいて薬の有効性を判断し、適切な服薬頻度について評価するためです。日本でもこういった変化が徐々にみられるのですね。

田尾/デロイト:患者さんにPSPの有効性を理解してもらう効果的な方法は何だと思いますか?医療関係者を通じたPSPの認知向上が効果的なのか、他に生かせるチャネルがあるのか、どのようにお考えですか?

Nguyen/武田:日本では規制上、製薬企業から直接患者さんに働きかけることはできません。患者さんに対する認知度向上や情報共有のための主なチャネルは、患者さんを担当する医療関係者です。その医療関係者がPSPの価値を認めた上で患者さんの診察時に覚えていれば、そこでやっと患者さんにPSPの利用について伝えてもらうことができるのです。もちろん、患者さんに情報をお伝えできる合法的な他のチャネルがあれば武田としては進んで検討したいと考えています。

早田/Salesforce:エンドユーザーへの働きかけという点では、医療関係者以外にも自治体も役割を果たせます。市民に対して健康管理の一環としてPSPの利用を呼びかけている自治体も存在しています。

濱口/デロイト:患者さんによるPSPの認知向上には2つのアプローチが考えられます。1つはトップダウン的なやり方です。もしPSPが診療報酬の対象になれば、普及する強力なドライバーになるでしょう。

もう1つは患者さんからの要望というボトムアップ的な考え方です。PSPを取り入れたいと希望される患者さんの数が増えて一定の規模に達すると、他の患者さんもついてくるようになるでしょう。そうなると、医療関係者もマインドセットや行動を変える必要が出てくるでしょう。

Nguyen/武田:製薬企業が直接患者さんに働きかけられないという既存の規制について、対応やその再評価を進めていく必要があるのかもしれません。

新しい手段ができたり、規制が緩和されれば、患者さんへのPSPにおける情報提供に関して医療関係者の負担や障壁を減らすことができます。また、患者さん側に知識や判断力を身に着けていただき、患者さんの理解を深め、ヘルスケアの取り組みに対して患者さんにより積極的に関与していただけるよう推進することもできます。

田尾/デロイト:プログラム医療機器(Software as a Medical Device, SaMD)がよい例です。多くの製薬企業がSaMDの診療報酬を引き上げるよう当局に働きかけています。PSPについても、その認知・浸透を促すために業界としても働きかけをしていくべきなのではないでしょうか?

TOMO®:これまでのユーザーの反応や今後の展望

田尾/デロイト:さて、武田では、2021年に希少疾患向け、2022年4月に消化器系疾患とニューロサイエンス(神経精神疾患)向けに患者サービスプログラムを立ち上げました。今までの反応はいかがですか?

Nguyen/武田:フィードバック調査を見ると、弊社のプログラムに参加されている患者さんは、一貫して非常に満足されていることが分かります。さまざまなサービスを展開している中で、特に患者さんの高い共感を得ているのは専任のケースマネージャーとのやり取りや、ケースマネージャーから提供される個々人に応じたサポートです。ケースマネージャーは専任の看護師で、弊社が委託しているコールセンターを通じて患者さんをサポートしています。患者さんは、個人個人に対する純粋なケアを評価してくれています。服薬サポートだけではなく、それ以上に患者さんの全体的なウェルビーイングに対する弊社のコミットメントが評価されているのです。人生の計画や家族との関係、経済的な懸念など、患者さんは医療的なニーズを超えてさまざまな心配事や課題があります。気持ち的にも浮き沈みが激しい中で、公平な立場で、なおかつ家族でも友人でもないケースマネージャーに話を聞いてもらえる、理解してもらえる、というのは非常に価値があります。

濱口/デロイト:ステークホルダーやオピニオンリーダーとはどのように連携されていますか?

Nguyen/武田:弊社では何か新しい取り組みやプログラムに着手する際には、患者さん、医療関係者、規制当局といった主要なステークホルダーの声にいつも耳を傾けています。法令を順守しつつ、問題点を理解して解決していくためです。ステークホルダーの知見やアドバイスはプログラムを形作っていく上で不可欠なものです。

田尾/デロイト:TOMO®の運営において課題はありますか?たとえば、特にTOMO®において有害事象が発生した場合はどうしますか?

Nguyen/武田:有害事象については常に慎重に気を配っています。TOMO®ではコールセンターを業務委託していますが、有害事象があった際には、専任のケースマネージャーから直ちに弊社に報告が来るしっかりとした体制ができています。ウェブサイトやモバイルアプリについては、フリーテキストでの入力を制限しています。今後に向けては、効果的に有害事象の可能性の検知・特定ができるよう、最新のテクノロジー利用を模索しているところです。最先端のツールの力を利用することで有害事象のモニタリングや対応能力を高めていくつもりです。

田尾/デロイト:今後のTOMO®のビジョンや計画はいかがでしょうか?

Nguyen/武田:私たちが目指す世界は、患者さん中心のエコシステムを構築することです。最高の患者体験を生み出すことが目標で、それによって患者さんのQOLや医療上のアウトカムの向上につなげていきたいと考えています。弊社のプログラムから得られた知見を生かしていくことで、患者さんが抱える問題に対する理解も深まり、どのように継続的にサービスを改善していくべきかが明らかになるでしょう。

田尾/デロイト:御社の戦略をサポートし、実施していくために我々やSalesforceがいます。お互いに協力しあいながら、日本の患者さんの生活の向上のためにPSPの機運を加速してまいりましょう。本日はPSPに関する知見を共有していただきありがとうございました。この分野でのさらなるコラボレーションを期待しています。

PROFESSIONAL

  • 田尾 隆幸

    デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
    ライフサイエンス&ヘルスケア ディレクター

    製薬企業に対する全社トランスフォーメーションや、デジタル・トランスフォーメーションをエンド・トゥ・エンドで支援している。また、近年は、患者向けのソリューション構築・展開やマルチステークホルダーでのコンソーシアム運営も手がけている。

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