Deloitte Insights

マクロテクノロジーフォースの実力

過去、現在、未来におけるイノベーションの主軸を再考する

マクロテクノロジーフォースの企業における導入状況や、今後1年半から2年の間にビジネスに創造的破壊をもたらすと予測されるテクノロジートレンドについて考察する。

日本のコンサルタントの見解

はじめに

本編ではテクノロジーのトレンドをマクロの視点でとらえ、すでに成熟期に入ったテクノロジー、近々力を増すであろう破壊的テクノロジー、すべての基礎となるテクノロジー、2020年代後半を見据えて注目される新興テクノロジーという観点で今後の展望を考察してきた。この10年間でテクノロジーは飛躍的な進化を遂げている。世界を見渡せばテクノロジーを武器にGAFAやBATHといったメガテック企業が台頭し、世界のどこかで日々新たな技術やソリューションが次々と誕生している。そして、世界中の企業がそれらの新たなテクノロジーを自社の組織にいち早く取り込むべく、探索と試行錯誤を繰り返している。日本に目を向けるとどうだろうか。ここ数年、「DX」という言葉は定着し、日本企業も戦略的なテクノロジー活用の機運が高まっていることも事実であろう。

米中頂上決戦の狭間にいる日本

10年後の技術覇権を巡り、米中が激しい特許ウォーズを繰り広げている。本編でも紹介しているAI、ブロックチェーン、VRなど、今後の技術開発の主翼を担う先端技術の特許を、アメリカを凌ぎ中国が猛烈な勢いで押さえにかかっている。2000年当初はアメリカと並びうる「技術立国」の日本であったが、現在技術開発の分野において、米中に溝をあけられる形となっている。GAFAは日本でも注目が高いが、隣国中国の躍進は意外に知られていないため、今回は中国について触れることとする。中国の躍進を先導しているのがBATHと呼ばれる百度(バイドゥ)、アリババ、騰訊控股(テンセント)、華為技術(ファーウェイ)の4社である。そして、中国の勢いは技術開発に留まらずDXの観点でもアメリカを凌ぐ勢いである。読者の皆様はご存知の方も多いかもしれないが、「ニューリテール」という言葉を耳にしたことがあるだろうか。これは日本でも有名なジャック・マーが創業したBATHの一つアリババが生んだ概念である。オフラインとオンラインが完全に同期された買い物体験のことを指し、このリアル店舗での買い物体験の先進性はアマゾン以上とも言われている。店舗から3km以内は購入後30分以内に無料で配達するなどサービス面も非常に優れている。中国訪問の機会があればアリババの「フーマー」に立ち寄り、中国と日本の現状の差を体感し、今後のベンチマークとすることをお勧めする。

また、中国の躍進は小売業界に限ったことではない。世界を震撼させた新型コロナウイルス(COVID-19)に対する、各社のサービス開発/提供も極めて速い。アリババのアリペイが提供する「共済システムによる感染者への見舞金支払サービス」、「ブロックチェーンを活用した物資(マスクなど)追跡プラットフォームの提供」などは2019年12月に感染が確認されてから、わずか2ヶ月で市場に展開されている。このように日本企業が知らないところで、海外の企業はテクノロジーを取り込みながら日々進化を続けている。現在の日本企業でGAFAやBATHと戦える企業がどれだけあるだろうか。

アイデア創出が苦手な日本企業

JUASが実施している「企業IT動向調査報告書2019」によると、日本企業のデジタル化の取り組みの多くはプロセス改革であり、ビジネス変革に資する取り組みは道半ばというのが現状である。また同調査におけるデジタル化の3大課題は、「(1) アイデアが出ない、具体化できない」、「(2) 効果の見極めが困難」、「(3) 社内人材のリソース不足、スキル不足」とある。

実際に、日々の経営層・IT部門の皆様との対話の中でも、最初の2つの課題と符号するように、「事例収集から前に進めていない」、「先進事例を自社ビジネスに適用できるアイデアにまで昇華できていない」という意見が多い。また、現場の声としては「調査と検証ばかりでビジネスに至るまでの道のりは長い」と耳にする場面もあり、DXに向けては積極的だが概念実証疲れを起こしている企業も多い。

アイデア創出は顧客との対話から

アイデアの創出は、逆説的だがアイデアを「捨てる」ために行うものといえる。しかもより捨てやすくするためには初期段階のアイデアには時間をかけず、早く失敗して学ぶ(Fail Fast)ことを繰り返すことが重要である。このサイクルを高速に回すことに慣れ、失敗から得られる学びを最大化して、成長に繋げていくマインドチェンジが必要である。また、DXに取り組むには、Think big(大きく考え)、Start small(小さく始め)、Scale fast(素早く展開)をコンセプトに推進することが望ましい。しかし、概念上理解は出来ていたとしても、具体的に何から始めれば良いのかがわからない、もしくは実際始めてみたは良いが効果が見極められずに行き詰まってしまうといったケースが散見される。この状態をブレークスルーするためのキーワードが「顧客開発」、「エンタープライズアジャイル」だと考えている。

一つ目のキーワードの「顧客開発」とは、新規事業や新サービス/製品の立ち上げを実施する時に活用する方法論である。日本企業が元来得意とする製品開発ではなく、事業やサービス/ 製品に対してお金を払ってくれる顧客の有無を丹念に検証するための手法である。では、どうすればよいのか。答えは「顧客に聞く」である。意外に経営層・本社でデジタルを推進する方で、実際に顧客に話を聞きに行くという方にはなかなか出会えない。顧客とのインタビューを受けて、自社・事業のコア(強み)を軸にしつつ柔軟に当初アイデアの方向転換を繰り返すピボットという手法も有効である。

次に、二つ目のキーワードの「エンタープライズアジャイル」はビジネス部門が事例収集から前に進めていない場合や、アイデア創出から概念実証に至るまでの構想の具体化の段階で苦戦している場合に有効である。ここでのエンタープライズアジャイルとは、システム開発の方法論に限定した話ではなく、システム開発に至る前のアイデア創出をビジネス部門がアジャイルで行う事により、アイデア創出から概念実証、開発の一連の流れをアジャイルで行うことにより、スピード感のあるDXが実現するのである。

最後にデジタル化の課題「(3) 社内人材のリソース不足、スキル不足」に対しては、外部人材の採用・エコシステム・アライアンス構築などの打ち手はあるが、上述した「顧客開発」「エンタープライズアジャイル」を通じて、社内人材の育成やカルチャー変革へ取り組む事も重要である。一例だが、ある大手企業では全社でアジャイルを推進すべく役員自らアジャイルの研修を受講したり、また別の企業では、デジタル部門設立に際し、ビジネス部門出身の方が、機械学習に関する資格を積極的に取得するケースもあり、ケイパビリティ向上に向けた取り組みも推進していることが多い。

危機感を原動力に

DXの重要性は理解しつつも、足元の基幹システムの維持/ 運用から脱却できない、もしくはITの従業員の高齢化から人材のシフトが出来ないという悩みを抱えている日本企業も多いだろう。しかし、最早その悩みはIT組織だけで抱えるのではなく、企業の存続にかかわる経営課題として経営層と正しく「危機感」を共有することが必要な局面ではないだろうか。

世界のDX先進企業の原動力は危機感にあると考えている。米中の市場においては、スタートアップが5年もあればユニコーン企業に急成長し市場を独占することもある。そのため、DX先進企業は自社のビジネスが今にも脅威にさらされるのではないかという「危機感」を持ち、猛烈なスピードでビジネスを展開している。

デジタルの実態は、資料を読む、あるいは説明を聞くだけで正しく理解することは難しく、「体感」することが重要である。CxOやDX推進リーダーがデジタル先進国/ 企業の実態を現地でリアルに「体感」し、正しい「危機感」を持ち、それを原動力に変えていくことが、今後の日本企業のDXの加速につながるのではないだろうか。
 

参考文献

1. 田中 道昭 『GAFA×BATH 米中メガテックの競争戦略』(2019)
2. 藤井 保文/尾原 和啓『 アフターデジタル』(2019)
3. 一般社団法人日本情報システム・ユーザー協会『企業IT動向調査2019 (2018年度調査)』

マクロテクノロジーフォースの実力(日本版)【PDF, 1.7MB】

執筆者

中川 貴雄 アソシエイトディレクター

日系コンサルティング会社を経て現職。製薬会社、商社、製造業を中心にグローバル規模でのコンサルティングサービスを提供。全社業務改革、CRM、デジタル領域などの大規模プロジェクトの構想から実行までの経験を活かした、実行性の高いIT戦略策定、ITガバナンスまで、グローバル企業のトランスフォーメーションを幅広く支援する。

竹谷 剛史 マネジャー

IT系コンサルティング会社を経て現職。IT戦略策定、EA構想策定、組織改革、IT投資/コストマネジメント、ITガバナンスなどのテーマを軸にコンサルティングサービスを提供。 組織再編や全社業務/システム改革などの実行支援経験を基に、実現性の高い戦略策定から実行まで企業変革を幅広く支援。

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