Posted: 04 Mar. 2021 5 min. read

東日本大震災後に三陸沿岸で体験した「ことばの力」

いま、「ことばの力」が再認識されている。

COVID‐19が世界的な猛威を振るういま、不安を抱えている多くの人々に対し、リーダー達は考え抜いたその構想を伝えるべく、「ことば」を選び発信している。それが「共感を生むことば」であれば、進もうとする方向に旗が立ち、フォロワーの思いも集まり、具体的な行動につながっていく。

混迷の中で未来を切り拓こうとするとき、ことばに託される思いはより強く、そのことばが与える影響力はとても大きい。

人々の想いを触発した「海と生きる」ということば

「海と生きる」ということばを聞いたのは、東日本大震災の爪痕がまだ残る三陸沿岸の港町、気仙沼だった。

首長直下の2年間の復興支援プロジェクトに参加するため、現地に赴任したものの、不安と緊張に包まれていた私は、このことばで視界が拓け、地域の方々が、このことばに呼応し、明るく前を向き行動されていることに深い感銘を受けた。

「海と生きる」は、震災後の2011年10月、震災復興計画完成時に市民公募により本計画の副題として選ばれたものである。過去幾度となく津波に見舞われながらも、海の恵みに感謝し、海とともに生活をしてきた地域の方々のアイデンティティともいえる覚悟と希望の詰まったことばだと思う。

これに符合するかのように、地域経営者やNPOの代表など、多くの地元リーダーがそれぞれの思いや願いを行動に移し震災復興からの再建に尽力されていた。その行動の隣には、いつもことばがあり、共感した仲間たちによって活動の輪が今も拡大している。

ある運送業の経営者は、「想いを運ぶ、未来につなぐ」と謳うことで、地域における「運ぶ」という自社の役割を、地域の資源循環・産業活性・産業創造を支えるものとして捉えなおし、異業種の仲間とともに持続可能なまちづくりに貢献している。

また震災ボランティアを機に移住し教育NPOを立ち上げたリーダーは、「地元からワクワクを」と掲げ、中高生に向けた地域教育の仕組みづくりを宣言し、次世代を育てる仕掛人として、市内外の参画者を増やしながら有言実行を続けている。

だが、こうしたことばは容易に生まれるものではない。未来にどんな景色を見たいのか、自問自答や深い内省、対話を徹底的に繰り返すことで研ぎ澄まされていく。そして、覚悟や希望が込められたことばとなり、人を惹きつけ、推進力を増していくのだ。

※ 気仙沼市震災復興計画「海を生きる」はこちら(PDF)
 

復興の先にウェルビーイング(一人ひとりの幸福)をめざす

当時、私が触発されたもう一つのことばとして、「Build Back Better(より良い復興)」がある。もとに戻すだけの復興ではなく、復興の先を見据え「より良い未来を創り上げる」という主旨に三陸全体の熱量を感じた。今では、よりよい復興を象徴する一例として「復興」が「福幸、幸福度」に置き換えられ地域での注目が高まっている。

例えば、ある自治体では、目に見える物量的な豊かさだけではなく、目に見えにくい心の豊かさにも価値を置くことで得られる「幸福度」をひとつの指標として政策に組み込んでいる。復興の意味を問う先に、地域に暮らす一人ひとりのウェルビーイングが置かれているのも、「ことばの力」がもたらした、よりよい復興のひとつのかたちではないだろうか。

ビジョンやパーパスを体現する「ことば」の力

こうした先進課題解決地域における「ことば」から生まれたレジリエンスは、現在コロナ禍を生きる我々がこの苦難を乗り越えるための大きなヒントであり、さらにSDGsに取り組んでいる日本はもとより、世界が目指す次の10年で見たい未来像にも先鞭をつけるのではないかと期待が膨らむ。

昨今のグローバル企業においても、ビジョンやPurposeが重視されている。社内外に志や存在意義を示すことで常に向かうべき方向が定まり、また働く意義を明確にすることにより従業員のエンゲージメントが高まる。比較的数字を優先してきた企業経営において、ことばの力が重視されている理由はここにあり、ブランドを築く最初の一歩としてことばが持つ大きな役割の一つであろう。(2014年米国デロイト調査「Culture of purpose」:パーパス主導企業が従業員のエンゲージ率が高いという結果より)
 

人々の「ことばを聴く」監査の本質に立ち返った復興支援

我々デロイト トーマツ グループの祖業である「監査」を表す「Audit」の語源は、「聴く」という意味のラテン語の「auditus」であると言われている。改めて思い返せば、私たちのグループのメンバーが復興支援を通じて地域の企業や経営者に寄り添って続けてきた活動は、時に言語化されにくい想いや課題に向き合い、傾聴を重ねながら、それらを数字やことばを介して視覚化し、より大きな共感の輪を作り出そうという志に支えられていた。つまり、「聴く」ことは、人を動かす「ことば」を生み出すことと表裏一体なのだ。

いま、世界で叫ばれているような社会の分断や格差という課題に対しても、人類共通資産である「ことば」がもつ意味は大きい。三陸の地域リーダーが深い内省と対話によりことばを紡ぎ未来創造をリードしたように、我々もビジネスパーソンとして、そして、個人として「ことば」にこだわり、「ことばの力」を信じて、より良い未来を切り拓く役割を果たしていきたいと思う。

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