Posted: 06 Oct. 2023

世界メンタルヘルスデーに考える、「セルフケアの重要性」

ゲスト:大室産業医事務所 代表 大室 正志 氏 2023年2月27日、2023年5月31日開催 

セルフケアの第一歩は、自分自身のメンタルヘルスの状態を認識すること。メンタルヘルス不調による休職を経験した方からお話をお伺いすると、「振り返ると、休職する半年ほど前から少し体調がおかしかったけど、あの時はまさかメンタルが原因だとは思わなかった。単なる疲労かと思っていた」とおっしゃる方も多いです。 ――大室氏コメント・本文より
 

開催レポート

「世界メンタルヘルスデー」は、メンタルヘルス問題に関する世間の意識を高め、偏見をなくし、正しい知識の普及を目的として定められた国際記念日です。デロイト トーマツ グループでは、昨年好評を博した世界メンタルヘルスデー2022における社内イベントを皮切りに、年間を通じたシリーズ企画としてメンタルヘルスに関する啓発イベントを開催しています。

本記事では、世界メンタルヘルスデー2023に際した取り組みとして、メンタルヘルスイベントの第2回・第3回で取り扱った「セルフケア」に関する一部をDEIレポートとしてお届けします。イベントでは、当グループの産業医も務める、大室産業医事務所 代表 大室 正志 氏をゲストにお招きし、メンタルヘルスにおけるセルフケアの重要性やその方策をご教示いただきました。

*第1回目のイベントレポートはこちら

*第4回、第5回は2023年末~2024年にかけて開催予定

※所属・肩書・氏名などはイベント開催当時のものです。

 

大室 正志 氏 プロフィール

パネルディスカッション

(以下、ディスカッション概要 ※一部抜粋)

 

定年年齢引き上げに伴い、重要性が増しているメンタルヘルスのセルフケア

<ファシリテーター>大久保 理絵 / Chief Talent Officer、DEIリーダー(以降「大久保」)メンタルヘルスのセルフケアという本題に入る前に日本の定年年齢の話となるのですが、日本ではこれまで段階的に定年年齢が引き上げられており、今後も定年の引き上げが継続した場合、70歳で働いていることも珍しくない時代が到来する可能性もあります。人生における就労期間が昔より長期になることを前提として考えると、メンタルヘルスを維持・管理する重要性も高まっているといえますよね。

大室:そうですね。最近は「長時間労働」から「長期間労働」へ、なんて言う言葉もあるぐらいですからね。長く働くためにも、メンタルヘルスケアは重要です。そして、メンタルヘルスケアの基本として「4つのケア」という考え方があります。4つのケアとは、自分自身のメンタルヘルスを維持・管理する「セルフケア」、上司が部下をケアする「ラインによるケア」、産業医や産業保健スタッフを通じて行う「産業保健スタッフによるケア」、企業が外部機関と契約して提供するEAP(*1)などの「事業外支援によるケア」を指します。

(*1)EAP :Employee Assistance Program。所属するメンバーが無料で専門家(臨床心理士・産業カウンセラー・キャリアコンサルタントその他多数)のコンサルテーションやカウンセリングを受けられる外部相談窓口による支援制度・サービス。デロイト トーマツのEAPは心理学や行動科学の観点から個人や企業に解決策を提供して、職場の生産性を向上させることを目的としており、仕事・プライベート、トピックの深刻度に関わらず、広範囲の相談が可能となっている。

セルフケアの第一歩は、自分自身のメンタルヘルスの状態を認識すること。メンタルヘルス不調による休職を経験した方からお話をお伺いすると、「振り返ると、休職する半年ほど前から少し体調がおかしかったけど、あの時はまさかメンタルが原因だとは思わなかった。単なる疲労かと思っていた」とおっしゃる方も多いです。自分自身の体調や感情の小さな変化に気づくこと、そしてそれがメンタルヘルス不調のサインかもしれないという認識を持ち、メンタルヘルス不調の兆候を見つけた場合、適切なケアや対処を行うこと。これは地味なことに聞こえるかもしれませんが、症状の悪化を防ぐために非常に大切なセルフケアのポイントです。

 

「ストレス耐性がないとダメだ」なんて、思わなくていい

大室:「ストレス耐性」という言葉もよく耳にしますが、実際は、ストレス耐性なんてわかりやすい概念は無いんです。筋力みたいに、わかりやすく定量化ができない。ある場面ではストレスだと感じなくて大丈夫だった人も、他の場面ではストレスと感じるといったように、場面や条件など、非常に多くの組み合わせで個々人の感じ方が変化した上で結果的に生じているのが、いわゆるストレス耐性なんです。だから、「ストレス耐性が無いから、私はダメなんだ」というふうに思う必要は無いんですよ。

あとは、「クヨクヨしやすいから……」と自身を責めてしまう方もいらっしゃいますが、「クヨクヨしやすい」で別にいいんです。そのクヨクヨがグルグルになって、日常生活や仕事に支障をきたしてしまうと困るんですけども、ある程度は個性ですからね。あんまり他人と比べる必要がない部分ですよね。自分の中でどうするか、どう対応していくかという部分が上手くいっていれば、他人と違っていても全然問題ないです。

大久保:私も、週末についテレビを見続けてしまったりして、「あ~もう1日が終わっちゃう……」みたいなことでクヨクヨしたりすることがあるのですが、以前、大室先生から「そういうことも、人間に必要な甘美な時間。『人間なんだからそういうこともあるよね!』と思いましょう」とアドバイスいただいたんですよね。それからというもの、そういった場面では「だって人間だもの。甘美な時間を過ごしたな~」って思うようにしたら、意外と楽だったりしています。

大室:「怠惰な時間を過ごす」というのも人間にとって非常に重要で、ある種、今となっては貴重かつ贅沢で甘美な時間ですから(笑) あとは、自身のストレスポイントを知っておくことも大事です。たとえば、スーパーにレジが2つあるとして、1つのレジはスピードが早いのだけれど物の扱いが乱雑で非常に不愛想。もう1つのレジはすごく丁寧だけど遅い。どちらにイライラしがちか、つまり、どちらがストレスになりやすいかは人それぞれですよね。それに、自分自身のメンタルの状態や、置かれている環境、その後の予定など、状況によっても変化すると思います。加えて、ストレスを溜め込んだときの、自分の身体のサインもわかっていると更によいですね。ストレス過多になると頭痛が始まるとか、過食をしてしまうとか、逆に食欲がなくなってしまうとか。自分の予兆みたいなサインを何個か自覚しているといいかなと思います。

 

在宅勤務ならではの、メンタルヘルスケア

大久保:コロナ禍以降、リモートワークも多くの方々にとって身近なものになりましたが、「在宅勤務を始めた頃は良かったけど、ずっと在宅勤務だと、それはそれでストレスが溜まりやすい」という話もよく聞きますよね。社会全体におけるメンタルヘルスの話題の中でも、在宅勤務が結構取り上げられるようになったりしていますが、在宅勤務でもストレスや疲れとかを溜め込みにくくできる工夫などあるのでしょうか?

大室:まず、よく言われているキーワードは「雑談」ですね。在宅勤務だと、皆がオフィスに出社していた時のような雑談が無くなってくる。すると、雑談を通して感じ取っていた「人となり」がわかりづらくなっちゃうんですよね。人となりがわからない人の言葉は、強く感じます。たとえば、「馬鹿野郎」という言葉であっても、人となりがわからない人の発言であれば叱責や罵声に聞こえるかもしれないですが、その言葉の発言者が威勢のよい「人となり」をしていると事前にコミュニケーションを重ねて知っていた場合は、「今のは、特有の照れを含んだ愛情表現の『馬鹿野郎』だな」とわかったりするわけです。なので、一緒に働くメンバーの人となりを知るための雑談に類するものを補う工夫として、リモートランチを開催するとか、チャットで雑談専用のチャンネルを設けているとか、不定期でオフラインイベントをたまに開催するとか、そういった形で工夫をしている会社は多いですね。

大久保:確かに、人となりがわからない人の言葉って強く感じますよね。ところでイベントの参加メンバーからチャットで追加質問がきているのですが、<出社していた頃の対面でのミーティングと比べて、オンラインでの顔出しミーティングがストレスフルに感じます。自分でも不思議だなと思っているのですが、そのあたりの違いについて見解ありますか>とのことです。同様の質問が複数寄せられているのですが、いかがでしょうか?

大室:そういったお悩み相談は非常に多くて、最近どの企業でも頻出の話題です。まず、リアルで実際に会って行う会議とかだと、相手が自分のことを見ているか否かがよくわかるじゃないですか。でも、リモート会議だと、カメラ位置などの関係で「相手と視線を合わせる」ことに対する難しさがありますよね。企業の中には、「オンライン会議の場合は必ず顔出しで」という組織もあるのですが、人の顔がずらっと並ぶと緊張してしまうって人も結構いて、対策として<画面に映る相手の顔をオフ、あるいは最小サイズにして「見られている」というプレッシャーを軽減させる>という形を取っている人も結構多いです。リモート会議が広まった現代ならではの、セルフケア方法の1つですよね。

 

「大丈夫?」「はい、大丈夫です」の落とし穴

大久保:今までのメンタルヘルスイベントを通じて、相談も立派なスキルだなと思っていて。でも、もともとメンタルヘルスの相談って難しい部分がある上に、リモートワークだとなおさら相談のタイミングをつかみづらいですよね。何か、上司側で心がけられることってありますか?

大室:メンタルヘルスに関する相談って、最後の最後にならないとなかなかできない傾向が強いんですよね。しかも、在宅勤務だと「ちょっといいですか」と廊下で呼び止めることもできないですし。かといって、上司が1on1(部下と上司が1対1で行う定期的な面談や対話のこと)で「何か困ったこと無い?大丈夫?」と聞いても、「大丈夫です」と反射的に答えてしまう人が多いようで、産業医として実際に上司の方に聞いてみても、「大丈夫か聞いたら、大丈夫って言っていたんですけど……」みたいなパターンがとても多いです。ただ、今後のリモートワークを考えていくにあたっては、大丈夫じゃないことは「大丈夫じゃない」としっかり言葉にして言えるようになるというのが、重要になってくると思います。あとは、上司側には、部下が「大丈夫です」と言っても、実は大丈夫じゃない場合もあると言うことを、頭の片隅に少し入れてもらえるといいなと思います。相談にも防災訓練みたいなものが必要というか、普段から部下が上司に相談をするという習慣や場を持ってないと、急に相談するのはなかなか難しいので、上司側の心がけとして、普段からこまめに仕事の相談を受けられる関係を構築しておくことも大切ですね。

大久保:私はヨガ・インストラクターの資格も持っているのですが、ヨガのレッスンを提供するときには、どこか痛そうな雰囲気などを醸し出している方へ「大丈夫ですか?」と声をかける時は、3回聞きましょうと習いました。最初に「大丈夫ですか?」と聞いた時は、「大丈夫です」という答えが返ってくるから、1回の問いかけだけで判断しないようにという教えです。

大室:やっぱり、人って「大丈夫?」と聞かれると、反射的に「大丈夫です」って答えちゃうものなんですよね。一方で、悩んでいる部下が上司へ自発的に相談したいと思っても、上司のスケジュールがバーッと詰まっているのがわかっている中で、自分の悩みについて「すみません、ちょっと相談があります」と切り出すこともなかなか難しいですし、リモートだとなおさらですよね。大久保さんは、上司の立場として、カットインがうまいなと感じる部下とかいらっしゃいますか?

大久保:私は、「スケジュールが埋まっていると思って躊躇する」ということをしないタイプの人に、ありがたさを感じます。積極的にガンガン連絡を入れてきてくれると、「別件と重複してしまって、バタバタしているうちに失念して時間が経ってしまった」みたいなことも防げますし、もしも時間的に余裕が無かったとしても、「ごめんなさい、ちょっと今日のこの枠はどうしても難しいので、この曜日のこの時間はどうですか?」と伝えられたりするので。

大室:なるほど。あとは部下側も、仮に普段から業務のための1on1が週に1回あるとしたら、「着手中の案件の対応についてちょっと自信がないので、少し細かいタイミングでチャットしちゃうかもしれないんですけど、ちょっとお願いします」とか、「自分が担当のここの範囲のタスクや、今回のプロジェクトのここの部分について、1on1だけだと不安があるので、今週~来週くらいは少し連絡多くなっちゃうかもしれないです、すみません」とか、部下側からの要望として素直に伝えて、上司側が「全然大丈夫。連絡してよ」と答えるなど、この一言のやり取りがあるだけでも、ちょっとした連絡をしやすくなったりしますから。信頼関係は小さな積み重ねからというか、そうした小さなコミュニケーションの積み重ねが、メンタルヘルス不調などでいざという状況になったときにも早期相談ができる関係性の下地づくりになると思います。

大久保:わかります。コミュニケーションの積み重ねという視点で考えると、定例の1on1でも普段からアイスブレイク的なちょっとした雑談を積極的に入れ込むなどの工夫をすることで、上司も部下も、相手の人となりが更にわかりやすくなりますしね。

そして本日のイベントを通じて、メンタルヘルスのセルフケアというは、意識的にちょっとした工夫を生活に取り入れることが大切なのだなと改めて思いました。また、リモートワークを推進している組織は、働くメンバーに対してリモートワークを前提としたメンタルヘルスケアの知識などを積極的に共有していく必要もあるのだと強く感じました。皆さんも、「これも今の自分には必要なセルフケア」と自分を肯定しながら、時には存分に自分を甘やかしてみたり、息抜きのためのイベントに参加してみたり、必要に応じて社内のウェルビーイングな制度やEAPを利用してみたりして、平時からLove yourselfしていただけたらと思います。大室先生、本日も貴重なお話をありがとうございました!

デロイト トーマツ グループのShared Values(共通の価値観)の一つに、「Take care of each other:一人ひとりを尊重し、公平性の確保、互いの成長と幸福追求に向けて配慮し助け合う」というものがあります。特にメンタルヘルスの不調は目に見えなく、自分自身でも気が付きにくい課題であり、皆で意識し、協力しながら関心を高めていくことが必要なテーマです。デロイト トーマツ グループでは、メンタルヘルスは変動するだけでなく、多様性があることも認識し、これからもインクルーシブな環境づくりを推進していきます。

 

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執筆者

Diversity, Equity & Inclusion チーム

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デロイト トーマツ グループ

「Diversity, Equity, & Inclusion(DEI)」を自社と顧客の成長を牽引し、社会変革へつなげていくための重要経営戦略の一つとして位置付けているデロイト トーマツ グループにおいて、様々な「違い」を強みとするための施策を、経営層と一体となり幅広く立案・実行しているプロフェッショナルチーム。インクルーシブな職場環境の醸成はもちろん、社会全体のインクルージョン推進強化に向けて様々な取り組みや発信を実行。 関連するリンク デロイト トーマツ グループのDiversity, Equity & Inclusion