分断深まる世界、今こそ「多様性」について語り合おう ブックマークが追加されました
米国と日本で活躍するデロイトの女性リーダー、Beth McGrathと永山 晴子によるダイバーシティ対談。超えてきた数々の壁、背中を押してくれたメンター、ジェンダーからDEI(Diversity, Equity & Inclusion)への昇華、その一方で加速する世界の分断と対立――。多岐にわたったテーマでのディスカッションの要諦をお伝えする。(司会=水野 博泰 DTFAインスティテュート 主席研究員)
司会 まずは自己紹介を。
Beth McGrath 米国防総省(DoD)において、インターンを皮切りに政府の仕事を始め、25年後に政治任用官としてホワイトハウスで働き、10年前に退職した。国防省での振り出しは海軍省、ホワイトハウスでは「防衛ビジネス」、すなわち金融、人材、物流などの重要な可能性をもたらす分野を監督する政治的立場にあった。こうした経験から、目標を達成するためにチームとして協力することの重要性と、国内および世界の両方の観点から国家安全保障の価値を学んだ。国防総省を退職後、Deloitte USに参画した。現在はDeloitte USのGovernment and Public Services(G & PS、政府・公共サービス)部門でグローバル・リードを務めている。私は、私たちの仕事と、私たちが与えている影響を誇りに思っている。
永山 晴子 私の専門領域は会計と監査。大学時代に日本の公認会計士資格を取得し、卒業後、有限責任監査法人トーマツでキャリアをスタート、多国籍企業を中心とするクライアントの監査パートナーとして働いてきた。会計と監査を通じて経済と社会の発展に貢献してきたことが、公認会計士としての誇りである。今はデロイト トーマツ グループ、有限責任監査法人トーマツのボード議長を務めている。Deloitte Asia Pacificのボードメンバーでもある。
司会 おふたりは女性活躍のロールモデルだが、ここに至るまでご苦難もあったはず。どのような壁があり、どのように乗り越えてきたのか?
Beth McGrath
Global Government & Public Services Leader, Deloitte US
ベス・マクグラスは、Deloitte USの政府・公共サービス(G&PS)部門のグローバルリーダーである。クライアントのニーズとソリューションを第一に、グローバル産業および政府・公共サービスの連携・協働の強化に貢献している。 米国政府機関における25年の実績から、広範かつ学際的、戦略的、実務的なマネジメント経験を持つ。Deloitte’s Strategy practiceのメンバーとして、政府機関や企業に対し、イノベーション促進や業務改善のための戦略アドバイスを行っている。
Beth McGrath もちろん多くの壁があった。男性にだってあるだろうが、女性が職場で直面する壁はもっと高く、分厚い。
私が米政府で働いていた頃は現在とは似ても似つかぬ(女性に厳しい)職場環境だったが、状況は大きく変わった。今では、当時よりもはるかに幅広い協力関係が男性にも女性にも開かれている。スキルと挑戦する勇気があれば、誰もが参加できる場所が用意されている。
米国でも、私がキャリアを始めたころは、職場の女性は男性よりもはるかに少なく、特に国家安全保障と国防の分野では、職場における男女間の格差は激しかった。例えば、海軍省で働いていた時、私は船の保守、修理、オーバーホールの一連の作業をサポートしていたが、そこで女性を見ることはほとんどなかった。
今、パブリックサービスという公的キャリアの初期段階にある人たちに、ぜひ伝えたい。たとえ、職場が自分にぴったり合わないからといっても、自分自身の能力や特性への自信を失わないでほしい。壁際ではなく、一列目の椅子に堂々と座ってほしい。また、私は良いメンターにずっと恵まれたことも幸運だった。良いメンターをもつことは、誰にとっても大切だと思う。そして、自分自身がメンターになって後輩たちに経験を伝授することによって人間として成長できる。組織内コミュニケーションも活性化する。
自分自身の価値基準に正直であること、良いメンターを持って自らを客観視すること――この2つは、私が幾多の壁を乗り越えられた秘訣である。
永山 晴子 / Haruko Nagayama
デロイト トーマツ グループ および 有限責任監査法人トーマツ ボード議長
総合商社、小売業、グローバル製造業、旅行業、金融業など幅広い業種の日本基準およびIFRS基準の監査業務、連結財務諸表作成支援、IFRS導入支援業務等の業務に従事。また、日本公認会計士協会の各種委員を務め、会計基準の開発に携わる経験を有する。
2018年6月より有限責任監査法人トーマツ 経営企画本部長(2020年8月まで)
2020年8月よりデロイト トーマツ合同会社 兼有限責任監査法人トーマツ 評議員(2022年7月まで)
現職(2022年7月より)ならびにデロイト アジア パシフィックBoard of Directorsメンバー(2022年6月より)を務める。
永山 晴子 私もワークライフバランスについてはずいぶんと苦労してきた。ただ幸運なことに、デロイトでは女性であることを理由に差別されたり、仕事がやりにくかったりすることは、ほとんどなかった。チャレンジする機会を十分にいただいていたので、もしかしたら男性からすれば逆差別的で不公平な優遇と見えるのではないかという気がして、長い間、居心地の悪さを感じていた。
7年くらい前、当時Deloitte Globalのボード議長で、英国の30% Club創立者の一人でもあったデービッド・クルイックシャンク(David Cruickshank)氏と話す機会があり、私のもやもやした気持ちを率直にぶつけてみた。すると彼は即座にこう答えた。
「なぜ企業組織にダイバーシティが重要なのかとよく聞かれるが、答えは簡単だ。経済的な合理性があるからだ。ダイバーシティを推進していて多様性のある企業は、そうではない企業よりも業績が良いことが、統計データから明らかになっている。女性に男性と同等の機会を提供することは決して逆差別などではなく、経済合理性に基づく当然のマネジメント行動なのだ」
この言葉に私は救われた。機会を与えてもらうことに対する引け目が払拭された瞬間だった。
司会 多様性の概念は女性活躍を超えて「DEI: Diversity, Equity & Inclusion」へと大きく拡張されつつある。この流れをどのように見ているか?
Beth McGrath 性別の違いだけでなく、育った環境や文化、体験を通して身につけた言語、知識、習慣、考え方など、人はそれぞれが唯一無二の物語をもっている。ヒト・モノ・カネ・情報が世界を駆け巡り、ビジネスのグローバル化が進み、国境を超えた繋がりが太く、強くなったことによって、多様性に対する認識と理解が一気に広がった。多様性があるところに、進歩・発展とイノベーションがある。多様性に富んだチームを持つことはビジネスにおける絶対条件である。多様性の効果や利点を問う段階は過ぎ去り、実践することが求められている。
ジェンダーとは、多様性に対する人々の考え方を変えるための最初のフォーカスエリアだった。女性活躍の推進を通じて、人々の理解が深まり、目標が設定され、行動が起こされたのである。理想と現実のギャップはまだ大きく、米国でも日本でもいまだ道半ばではあるが、大切なことは永山さんや私のような女性リーダーたちが、この課題について積極的に話し、若い世代を巻き込んでいくことだと思う。好ましいことも、好ましくないことも、何でも話せる環境をつくることによってジェンダー問題はタブーではなくなり、健全で建設的な議論を広げてきたのだと思う。
DEIへと視野が広がっても、アプローチは全く同じ。課題は多く、実現までの道のりは長いが、まずは皆で話し合い、考えることが大切であり、そこから行動につながっていく。
永山 晴子 ベスさんの意見に大賛成。日本企業も熱心に取り組んでいるが、スピードがやや遅いところに課題がある。特に日本的な組織文化においては、経営トップが明確にコミットし、変革を強力にリードすることが必要不可欠だ。
デロイト トーマツ グループではダイバーシティを最優先経営課題ととらえ、グループCEOが先頭に立って活動を推進している。社職員向けのオンラインイベントをはじめとする様々なチャネルを通してグループCEO自らがメッセージを発信し、対話を重ねている。そうしたイベントでは、登壇者のジェンダー比率(パネルプロミス)のバランスを取ることにも気を配っている。多様なバックグラウンドを持つパネリストを掛け合わせることでディスカッションが充実するし、女性リーダーがそこにいることで若い女性社員のモチベーションを高めたい。そうした積み重ねが、無意識のバイアス(unconscious bias)を取り除いていくことになる。
司会 組織や社会がダイバーシティに向き合う一方で、世界は分断と対立を深めている。どのように対処すべきか?
Beth McGrath 確かに、世界はとても難しい局面を迎えている。グローバリゼーションはあらゆるものを相互に繋げ、インターネットは個人の意見を世界に向け自由に表明できるプラットフォームとなってきた。世界は狭くなり、どこで何が起き、人々がどう感じているのか、瞬時に知ることができるようになった。だが、そこで発信される意見や考えは様々である。人々の相互理解を促す建設的なものがある一方で、分断と対立を増幅させてしまう攻撃的なものもある。
そうした混沌とした状況だからこそ、企業・組織は社会の中でどのような役割を果たそうとしているのか、その価値観や倫理観、存在意義を内外にしっかり伝える必要性が高まっている。
組織に属する個人としては、自分自身の信念やモチベーションの源泉の境界線がどこにあるのかについても改めて内省してみるべきだ。組織のパーパスと全く相容れなければ、そこは居るべき場所ではないかもしれない。かといって組織の論理と個人の思いを完全に一致させることは不可能である。そもそも組織とは多様な考え方を持った人たちがある共通の目的の下に集まる場所なのだから、考えたことを何でも言葉にして遠慮も無くそのままぶつけ合っていたら簡単に崩壊してしまう。
だが、対話なきところに理解はないことも事実。私たちはこれまで、ダイバーシティに関する問題について、どうすれば相手を怒らせずに伝えられるのか、納得してもらうには何を言うべきか、対立を生まないためには何を言うべきではないのかなど、理解と共感を広げ、前進するための手法やテクニックを懸命に学んできた。ある時は強く押したり、ある時は自然の成り行きに任せたり、ある時はあえて沈黙したりと、デリケートなコミュニケーション術も身に着けてきた。こうした細やかな試行錯誤と不断の対話が、属する組織、社会、ひいては世界をより良く変革していくと、私は信じている。
司会 最後に、日本の若手ビジネスパーソンへの応援メッセージを。
永山 晴子 世界は急速に変化している。だから私たちも変わらなければならない。多様性に満ちたチームとともに、新しいことにチャレンジし、イノベーションを起こし、ソリューションを創っていこう。恐れることなく、自分の信念を貫き、自分たちの未来を切り開いていこう。
Beth McGrath もっともっと語り合おう。勇気を出して最初の一歩を踏み出そう。そうすれば仲間ができる。皆で一緒に力を合わせて、より良い世界を創ろう。
(注記)日本のデロイト トーマツ合同会社およびその関係法人(デロイト トーマツ グループ)は、デロイト トウシュ トーマツ リミテッド(DTTL、Deloitte Global)のメンバーファームであるデロイト アジア パシフィック リミテッドのメンバーですが、資本関係は無く、法的に独立した組織です。これは、Deloitte USなど海外メンバーファームとの関係性においても同様です。
(構成=水野 博泰 DTFAインスティテュート主席研究員、平木 綾香DTFAインスティテュート研究員)
「女性の力で日本の「防衛」を変える」
こちらからは、Beth McGrathとデロイト トーマツ スペース アンド セキュリティ合同会社のメンバーによる「防衛×女性」の日米対話もお読みいただけます。ぜひご覧ください。