Posted: 13 Mar. 2023 3 min. read

スペースポート(宇宙港)が生み出す価値 Part3

~スペースポート利用者の現実~

筆者: 脇本 拓哉 中村 祥代

スペースポート利用者の現実

 

前記事では、スペースポートの1次価値とみなせる現状の商業施設や宿泊施設、交通網、観光資源等について、建設途中を含めて5つの国内スペースポートの現状をマクロレベルで分析した。今回は、その結果(現状把握)を踏まえて、ミクロレベル(個人)での分析を試みたい。具体的には、スペースポート利用者が、現在のどのような体験をしているのかをシナリオ分析(ペルソナを用いたカスタマージャーニー)用いて検討する。

本稿の調査分析の前提条件と手法

ミクロ分析の前提条件

  • 国内5つのスペースポートの1次価値(現時点):前記事(こちら)を参照

ミクロ分析の手法

  • 現在のスペースポート周辺環境(上記前提条件)において、打上げ関係者と旅行者がどのようなペイン(苦労)を体験しているのかを仮説的に導出するため、実際に打上げに関わった者や射場見学等に関心の高い個人等、計4名へのインタビュー調査を踏まえ、「打上げ関係者」と「打上げ見学者」の2つのペルソナ像を作り、仮想カスタマージャーニーを検証した。

スペースポート関係者のペルソナ(顧客像)

本稿では、スペースポート関係者として、衛星等の打上げの関係者(Aさん)と打上げを見学する観光客(Bさん)の2つをペルソナ(顧客像)として導出した。AさんとBさんは、20XX年9月の衛星打上げに向けてそれぞれ準備を進めている。

図 1ペルソナの基本情報

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【打上げ関係者:Aさん】

Aさんは、衛星プロジェクトの現場リーダーとして、部下5人を率いて9月の打上げ予定日2か月前に、単身で衛星打上げの準備に従事することとなった。滞在先は、2か月に及ぶ長期滞在で極力仕事に専念できるように、スペースポート付近のホテルが良いという考えであった。

しかしながら、スペースポートでは彼女のような衛星メーカーの社員のみならず、衛星を運ぶロケット関係の社員も多数共存することから、宿泊施設の取り合いが避けられなかった。Aさんは幸運にも日ごろの疲れを癒すことができそうな宿泊施設の予約を苦労の末に確保できたが、それでもスペースポートまで電車やバスが整備されていないため、1時間程度のレンタカー移動を余儀なくされた。現場メンバー6人の通勤用にレンタカーを2台借り上げた。

7月の赴任当初は9~17時の通常稼働で順調に準備が進められた。勤務時間の休憩やランチは食事処やコンビニが遠いため、あらかじめ宿泊所等でお弁当を準備していたが、トラブルで勤務時間が22時までになると、週末に買い置きしたインスタント食品等で食事をとることもあった。

勤務後は打上げ関係者間の親睦を深めるため、車で1時間先の繁華街まで足を運び親交を深めた。現地の地酒も楽しみ、さすがに運転しては帰れないため、宿泊施設までの帰路は運転代行業者を度々活用した。このような親睦会がなく、かつ、仕事を定時で上がれるときには、カーシェアを利用して30分先の温泉で疲れを癒した(会社で借り上げたレンタカーを私用で使うことは禁止されていた)。

週末は同僚や打上げ関係者とゴルフでラウンドを回ったり、体育館を借りてバレーボールをしたり、一人の時は趣味のサーフィンやダイビングを楽しんだ。また、カーシェアやタクシーを利用して、周辺のおしゃれなカフェや自然公園、神社等の施設を巡りもした。8月の3連休では、神奈川県からパートナーが子供たちを連れて遊びに来て、キャンプや海水浴で遊び、周辺の水族館にも連れて行った。

日ごろの買い物は宿泊施設の近くに小さなストアがあり、基本的な食料品や日用品を揃えられたが、こだわりの化粧品やちょっと贅沢な晩酌セット等を手に入れるには、週末に車で1時間先のショッピングモールで購入するか、買い物の時間がない場合は時間と送料がかかるがネット通販で注文した。

今回の打上げは最新技術を搭載した人工衛星の打上げであったため、記者会見も行った。ただしスペースポート付近には記者及び関係者の計100名程度を十分収容でき、かつ、極力密が回避できるMICE施設がないため、スペースポート内に特設会場を設営し、VIPやメディア関係者合わせて約100名を招待した。VIP用の宿泊施設の予約も行ったが、メディア関係者も記者会見の前日から宿泊をしているため、宿泊施設の予約に苦労した。

衛星を管理する管制室1は射場付近ではなく鎌倉にあったため、現場で作業に協力してくれた衛星運用担当者は打上げ前に鎌倉に戻ることになっていた。運用担当者は運転免許を持っていなかったため、免許を持っているAさんが最寄りの空港まで社用のレンタカーで見送った。

打上げ当日、Aさんの家族も現場に駆け付けたかったが、宿泊施設がすべて埋まったことに加えて、パートナー一人で子供二人を抱えて、見学者であふれかえる打上げの展望台に行くのは難しかったので、中継テレビで見守ることにした。Aさんは現場リーダーとして射場の管制棟から関係者とともに衛星の打ち上げを見守った。

 

 

図 2 打上げ関係者 Aさんの滞在スケジュール

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【打上げ見学者:Bさん】

Bさんは、友人2人と3泊4日の卒業旅行として、世界的な潮流を生み出している宇宙産業の醍醐味である打上げ見学を企画した。狙いは9月に打上げが予定されている某衛星会社の最新技術がふんだんに搭載された衛星打上げだ。ただし9月は台風が多く打上げがずれ込む可能性があるため、ゆとりをもった旅行日程を計画した。とはいえ、長期間の旅行は予算的に難しいため、9月の打上げに近い日程の飛行機の予約を検討したが、残念ながら空きがなく空路は断念。夜行バスとレンタカーを使って移動をすることとなった。

せめてスペースポート近隣の宿泊施設に泊まりたかったが、結局こちらも空きがなく、スペースポートから1時間以上離れた場所になってしまった。どうやら打上げ関係者やメディア関係者でスペースポート近隣の宿はほとんど完売してしまったようだった。苦労はあったが無事打上げ予定日の前日には宿泊施設に到着することができた。

いざ打上げ当日。今回の打上げは早朝のため、昨日借りたレンタカーを使ってスペースポート近隣の見学場所まで移動、歴史の一ページとなる最新技術満載の衛星打上げの鼓動を肌で感じることができた。打上げ見学後には少し離れたカフェで遅めのモーニングをとった(本来であれば打ち上げ前にコンビニで軽食を購入しようとしたが、打上げ関係者やメディア関係者によってすでに在庫切れとなっていたことから、打上げ見学終了後にようやく一食目にありつけた)。

その後、スペースポート付近の海水浴場に行った後、新鮮な魚介類を使った懐石料理を贅沢に楽しみ、夜には温泉で打上げ時の興奮を友人と分かち合った。

ペルソナから見えてくる現在のスペースポートのペイン(苦労)

このようなペルソナによって改めてスペースポート周辺の環境がいかに重要かが認識できる。スペースポートを取り囲む環境の充実度(1次価値)によって、打上げ関係者の衣食住環境(ウェルネス)や見学者の満足度が大きく左右される。まずスペースポートに至るまでの移動手段としての電車やバス等の公共交通機関には改善の余地があることが想定され、多くの人は限られたタクシーやレンタカー等の代替交通手段を取り合う羽目になる(自動車免許を保有していない場合はタクシーの一択になる可能性もある)。

スペースポート周辺の宿泊施設不足はもはや昔からの課題となっている。打上げが予定されていない時期は、現地周辺の宿泊施設は閑散とするが、打上げ前になると関係者であふれかえり、逆に旅行者が遠のく原因になってしまっている。スーパーやコンビニも同様に、必要な時に在庫が足りないことが多い。結局、スペースポート周辺では快適な衣食住(特に食住)を満たすことが困難な状況が続いている。

このような環境下において、仕事であれば我慢できる部分はあるかもしれないが、旅行者にとっては苦痛でしかないであろう。スペースポート周辺環境の充実度は、もちろん打上げサービスに関連する製造拠点や物流網等の構築が最優先ではあるが、そこで仕事・観光をする人々にとっての生活・観光インフラの充実度もスペースポート周辺のQOLの向上には肝要である。

では、スペースポート周辺には具体的に何が生まれると良いのか。どのようなスペースポート周辺環境の構築を目指すことが望ましいのか。次回、このようなペインを乗り越えた、目指すべきスペースポート周辺環境像の検討を行ってみたい。

(解説)
[1] 衛星管制室は地上から衛星を管理・運用する施設で、通常は打ち上げ時から打上げの運用が終了するときまで衛星を管理する。

執筆者

𦚰本 拓哉/Takuya Wakimoto
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
 

中村 祥代/Sachiyo Nakamura
有限責任監査法人トーマツ

アフリカやアジア、島嶼国、中南米等の発展途上国における日本政府のODA事業や企業の進出展開支援、オープン・イノベーションの促進のほか、国内の宇宙分野人材育成支援に従事。特に、航空宇宙やデジタル技術を活用した途上国支援を強みとする。

※所属などの情報は執筆当時のものです。

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