Posted: 19 Nov. 2021 3 min. read

スペースポート(宇宙港)が生み出す価値

スペースポートを核とした地域産業革新

勃興するスペースポート建設

スペースポートの建設計画・整備が多くの国で加速している。スペースポートは文字通り宇宙版のエアポート(空港)を指す表現として一般的に使われており、宇宙空間へのアクセスを確保するインフラである[1]。一言で表すならばロケットの打上げ場所である。この打上げ場所は、これまで世界27か所に建設され、現在22か所で運用されている[2]。今後新たに世界30か所以上で軌道投入や準軌道飛行[3]、高速二地点間輸送(P2P)[4]等のためのスペースポートが建設・運用されていく。このような世界的なスペースポートの建設ブームの下、日本国政府も官民双方の打上げ需要の拡大や新たな宇宙輸送モードの開発・運用等を促進するスペースポート整備に向けた対応を拡大している[5]。


スペースポート需要拡大の背景

なぜここにきてスペースポート建設(計画)が急加速しているのか。スペースポートのはじまりは軍事目的のミサイル開発・射場からである。例えば、世界初の軌道投入に成功した人工衛星スプートニクは、もともとは大陸間弾道弾の開発のために整備されたバイコヌール宇宙基地から打上げられた。しかし人工衛星の価値に気付いた国々が、単なる敵基地攻撃の打上げ場としてだけでなく、軍事目的の測位・観測・通信衛星システムの配備や非軍事的で高度な行政サービスを提供するための衛星システムの打上げ場(インフラ)として、スペースポートを拡大してきた。そして2000年代に入り、民間企業による宇宙空間の利活用が急拡大し、これまで以上にスペースポート需要が拡大している。

宇宙利用拡大/新規参入を企てる民間企業は何を狙っているのか。世界の多くのプレイヤーは、早期に商業的価値を作り出した地球静止軌道の利活用のみならず、地球低軌道のビジネス化に活路を見出した(見出そうとしている)。例えば、衛星コンステレーション(比較的安価な小型衛星を複数打ち上げ、複数の衛星を協調させて機能させるシステム)を構築し、従来以上の高精度・高頻度の衛星システムを使ったサービス展開である。また、政府が旗を振りながら民間利活用の促進をしている国際宇宙ステーションの商業化や、既に5社以上が構想を発表している民間独自宇宙ステーション開発等もある。特に複数の民間宇宙ステーションが常態化する世界においては、宇宙の”目的地”と目的地での”アクティビティ”の多様化させることに繋がる。従来の政府が定めたアクティビティ以外の、民間の自由な発想でサービス拡充・展開が期待されている(図1)。

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このような宇宙利活用ニーズは、打上げ頻度と打上げ重量をこれまでに類を見ない速度で拡大させていく[6]。多頻度の打上げを行うには多様なスペースポートが多様な場所で必要になるし、大容量輸送を実現するにはそれが可能なロケットを打ち上げられる射場が重要になる。多様なスペースポートがなければこれら民間企業による宇宙利活用の選択肢が限られることになる。

目指すべきスペースポートの姿

それではどのようなスペースポートが求められているのか。スペースポートに期待される要件には、例えば地理的要件、政治的要件、UX(顧客体験)的要件がある[7]。これら要件を満たすことが打上げ場所としての魅力になり、より多くの打上げ実施者や衛星事業者に選好されるスペースポートのためには肝心である。ただし、これらを満たすことがスペースポートの真の価値ではない。新たな産業を生み出すことがスペースポートの真の価値であり、それが目指すべきスペースポート像である。

地理的要件には、スペースポート所在地の緯度、方位角の自由度(海や砂漠等の人口が少ない地域に面しているか等)、空域の混雑度合い、安定した天候条件、自然災害の少なさ等がある。政治的要件には、スペースポート周辺の近隣住民の理解や自治体のサポート度合い、法規制の整備・柔軟性、また地政学的な安全保障的な政治安定性等がある。UX的要件は、いわゆる顧客体験・満足に係る要件で、スペースポートまでのアクセスの容易さ、スペースポートにおけるロケット・衛星等のハンドリング(ロケットの燃料補給や衛星整備施設の有無を含む)の容易さ、スペースポート施設の飲食・商業施設の充実具合等がある。

これら3つの要件はおそらくスペースポートとしての十分条件として理解されるべきである。スペースポートの一義的な価値は、使われてこそのものであり、使われるためにはこれら要件で他のスペースポートとの違いを作ることは不可欠である。しかしスペースポートにはさらなる価値が存在する。それは周辺環境整備に伴う新たな産業創造の価値、つまり、スペースポートを核とした地域産業革新といった価値である。

 

スペースポートの真の価値「地域産業革新」

スペースポートが新設されると、どのように地域産業が変わり、活性化していくのか。スペースポートを核とした3つの価値レイヤーが誕生すると期待している(図2)。仮に「スペースポートの利活用」が生み出す価値を”0次価値”とした場合、「スペースポートへのサービス提供」を目的とした”1次価値”が創出される。この”1次価値”には、人工衛星や打上げ機の製造・組立・整備を行う宇宙系企業、スペースポートまでのモビリティサービスを提供する観光/輸送/自動車企業、宇宙旅行者のトレーニングを行うサービス企業、スペースポートの従業員・打上げ関係者・旅行者が利用する宿泊施設、そしてスペースポート周辺に訪れる人が楽しむ商業/MICE[8]/ビジターセンターの開発・運用を行う企業等、が集まってくる。さらに0次・1次価値に紐づく波及効果として、「地域産業の高度化」に寄与する”2次価値”が生まれてくる。先進科学技術・叡智が集約したスペースポートを核に集まってくる企業・人材・情報・サービス等が、既存の地域産業(農業、漁業、エネルギー、モビリティ、観光、飲食・小売等)にスピンオフ(波及)する形で、地域産業の高度化が加速することが期待できる。例えば衛星データを使った精密農業の実装、メタン排出モニタリング等による脱炭素への貢献、地域全体をセンシングした最適エネルギーマネジメントシステムの確立、ユニークな観光コンテンツの開発など、数多くの波及効果が望める。このような既存産業の技術・サービスの高度化は、最終的に地域全体のスマートシティ化(スペースシティ化)に繋がる。このように、スペースポートの価値を単なる宇宙産業のための打上げインフラとして整理するのではなく、新しい産業エコシステムを生み出す起爆剤として捉えることで、スペースポートが地域産業全体の価値向上に寄与するという将来像が描けてくる。スペースポートの価値は地域産業を革新する力にこそあるのだ。

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日本のスペースポートへの期待

日本には既に数多くのスペースポート建設計画がある。北海道大樹町、和歌山県串本町、大分県国東市、沖縄県宮古島市等が特に垂直/水平打ち上げのスペースポートとして構想~整備の動きが加速している。これらスペースポート開発においては、前述の地理的要件・政治的要件・UX(顧客体験)的要件の充実が、世界の打上げ需要を獲得していくには必須となる。しかし日本のスペースポートは東南アジア諸国にとっては近いかもしれないが、いまだに多くの打上げ需要を占める北米や欧州からは遠方に位置するという不利な面を持っている。わざわざ日本から打上げをしたいという顧客を生み出し・獲得していくには、これらスペースポート自体の商業的価値を洗練させていかなければならない。さらに、日本のスペースポートが実現したいのは、このような多様な打上げ需要を日本が巻き取る世界の実現のみならず、スペースポートがもたらす地域産業への波及効果や新たな産業創造・新しい宇宙システムの利用シーン等の開発である。オールジャパンで世界を代表するスペースポートを日本に整備していくことが期待される。

筆者定義/解説
[1] 日本ではスペースポートあるいは宇宙港の厳格な定義は現時点では存在していないため本記事のみに適用される
[2] 軌道投入実績が過去10年であるスペースポートをカウント。Center for Strategic & International Studies, “Spaceports of the World,” March 2019.
[3] 軌道投入とは、人工衛星等の宇宙物体を地球周回軌道に投入する打上げ行為を指す。準軌道投入とは、地表から宇宙空間に打上げられた飛翔体の内、地球を周回せずに再び地上に戻ってくる打上げ行為を指す(通称サブオービタル飛行)。
[4] 高速二地点間輸送(Point to Point)とは、宇宙空間を経由して地球上の2地点を高速(あらゆる2地点を約1時間以内)で結ぶ輸送システムを指す。
[5] 内閣府『宇宙基本計画』(令和2年6月30日 閣議決定)
[6] 打上げ頻度の増加背景には、これまで以上に大量の小型衛星を地球上の多様な場所から打上げるニーズ等が考えられる。打上げ重量の増加背景としては、民間宇宙ステーション建設等に伴うモジュールや燃料運搬、有人施設の場合は生命維持に必要な水や食料の太容量輸送ニーズが出てくると考えられる。
[7] Center for Strategic & International Studies, “Spaceports of the World,” March 2019を基に筆者定義
[8] MICEとは、企業等の会議(Meeting)、企業等の行う研修旅行(Incentive Travel)、国際機関・団体、学会等が行う国際会議(Convention)、展示会・見本市、イベント(Exhibition/Event)を指す。

執筆者

𦚰本 拓哉/Takuya Wakimoto
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
 

中村 祥代/Sachiyo Nakamura
有限責任監査法人トーマツ

アフリカやアジア、島嶼国、中南米等の発展途上国における日本政府のODA事業や企業の進出展開支援、オープン・イノベーションの促進のほか、国内の宇宙分野人材育成支援に従事。特に、航空宇宙やデジタル技術を活用した途上国支援を強みとする。

※所属などの情報は執筆当時のものです。

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