DXに欠かせないデジタル人材は「内から」育てる
PROFESSIONAL
- 小野 隆 デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 パートナー
- 西村 崇宏 デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 福岡オフィス ディレクター
- 町田 幸司 デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 G&PS シニアマネジャー
日本の就業者の約9割が非デジタル人材という現実
企業や自治体のDX推進は課題が山積みだ。自社でDXを推進しようにも、推進できるデジタル人材の不在で立ちすくむケースも多い。
デロイト トーマツの調査*によると、日本の就業者の約8-9割が非デジタル人材であるものの、そのうち約2割の人々はデジタル領域に関わる意思は持っているという。しかし、社内にデジタル領域のトレーニング機会や支援が「ない」「わからない」と回答した非デジタル人材は89%に上り、社内での適切なデジタル教育の機会が圧倒的に不足している。
DX推進で求められるのは部分的なデジタル化ではなく、デジタル技術を活用して全社的・抜本的にビジネスを変革し、ビジネスにおける競争優位性を確立することは言うまでもない。そのためには、変革を推進するためのデジタル人材の確保が必要となる。しかし、人材育成ができていない。円滑な人材育成をするためのスイッチはどこにあるのか。
デロイト トーマツは産官学金が一体となって地域におけるデジタル人材を育成し、それぞれの地域で産業育成や雇用創出に結びつけるプラットフォーム、 ADXO(エリア・デジタルトランスフォーメーション・オーガナイゼーション)構想を提唱し各種取組を進めている。
ADXOは日本におけるデジタル人材不足の解消(人材育成)と地域産業DXの推進(産業創造)を両輪で捉え、人材の高付加価値化と労働移動を実現する新しいコンセプトのプラットフォームだ。これまでもいわゆる「IT人材」の育成施策は様々行われてきたが、事業会社側に雇用の受け皿がなく、ITベンダーに人材が集中したり、高度人材は海外に流出したりしてしまっていた。
「圧倒的に不足するデジタル人材を地域ごとに育成していき、働く場も創出する。ADXOは、育成したデジタル人材の雇用の受け皿も企業側・地域側に作っていくことが鍵となります」
デロイト トーマツのパブリックセクター シニアマネジャーの町田幸司は話す。
町田は産業イノベーション分野を中心とした政策コンサルティングに従事し、デジタルイノベーション戦略、データ利活用、行政DXを得意とする。デジタル人材育成と地域産業DXを統合して推進するADXO構想の主導者の一人だ。
育成をしても、活躍する場がなければ目詰まりが起きる。ADXOは部分最適ではなく、プラットフォームとして全体を見渡し、目詰まりのない循環を目指しているという。
「2022年9月から、地元産学官金で構成する『九州DX推進コンソーシアム』の一事業として、福岡県がDX人材の育成プログラムをスタートさせました」
ADXOを具現化した「九州DX推進コンソーシアム」
「九州DX推進コンソーシアム」は2021年11月に九州経済連合会、九州大学、福岡県、デロイト トーマツを発起人としたコンソーシアムだ。九州エリアにおけるデジタル人材の育成と、デジタル技術を活用した地域課題の解決や産業の創出を狙いとする。
「私たちは政府の推進する『地域包括DX推進拠点』構想やデロイト トーマツが独自に拡大をしてきたネットワークを活かし、地域のDXを推進していくためのコンソーシアムの立ち上げを全国で支援しています。その一つが『九州DX推進コンソーシアム』です。これを一つのモデルケースとして、他の地域へも横展開していくことを目指しています」
地方自治体は、そのエリアごとに中心産業も異なり課題も様々ではないか。横展開をすることは可能なのだろうか。
「おっしゃるとおりです。それぞれの地域ごとに課題は異なります。しかし、ADXOで提唱する産業育成・イノベーションによる雇用創出と、ビジネスおよびテクノロジーの双方の能力を備えたデジタル人材育成を同時に進める仕組みはどこでも適用可能です。ただ、顕在化している問題は地域によって違うので、そこは地域事務所と連携して紐解き、対応していく必要があります」
東京オフィスと福岡オフィスが連動し、九州との距離感をゼロに
「福岡県商工部 中小企業技術振興課長の𠮷海和正です。中小企業技術振興課では、主に製造業の中業企業支援を行っています。福岡の中小企業の課題は大きく2つあります。1つ目は慢性的な人手不足、そして2つ目が生産性です。この2つの課題は相互に関係していると考えており、現在は特に人手不足を生産性の向上で解消できないかと支援をしてきました」
今回、九州DXコンソーシアムの発起人に名を連ねる福岡県。県内の中小企業の成長を支援する𠮷海課長は、本コンソーシアムの取り組みはこれまでにないものと話す。
「これまで私どもが行ってきた支援の多くは現場の技術者にスキルを身につけてもらう育成プログラムが多かった。今回は現場の直接の担当者というよりも、企業の中で中心的な人物となりDXを推進できる人を育成するというもの。いわば企業内の中核人材、ビジネスプロデューサー的な方々を育てるわけですが、率直に言ってどのようなプログラムにすれば、育つのか、イメージがわきづらい。コンソーシアム内のワーキンググループでも議論を重ねながら、試行錯誤でプログラムを作ってきました」
見えてきたのは、DXの推進に必要なのは、会社の課題もある程度分かっている人であること。技術だけが分かる人ではなく、また経営だけが分かる人でもない。両方の「目」で自社を見ていく人。DXソリューション導入を外注するか否かの判断も含め、自社で解決しようと目利きをする人の育成が必要だ。
「現在、県内企業から集まった中核人材候補の52名の方々と、外部支援人材である商工会議所などの方々11名がDX人材育成プログラムに参加しています。まだ始まって1カ月ですが、可能性を感じています。九州をDX先進地域にし、地元の企業が地元の人材で発展していく基礎を作りたいと考えています」
彼らと共に伴走するのは、デロイト トーマツ福岡オフィスの西村崇宏たちだ。
「私も九州出身なので地域の課題感は肌でわかります。福岡はデロイト トーマツ創業の地の一つであり、50年以上事業活動を行いながら九州全体の産官学金の各者との信頼関係を培ってきました。町田らと密に連携を取りながら、ADXOのコンセプトを含めた地域コンソーシアムの活動方針検討から、具体的な取組への落とし込みを私ども福岡オフィスが中心となって行っています」
𠮷海氏も「今も毎週のように、西村さんを中心に福岡オフィスのメンバーとミーティングを行わせてもらっている。ここまで熱心にやってくれるとは当初想像していなかった」と話し、西村も「地域の課題は地域で解決できるのが正しい。そのためには、受講生の皆さん、福岡県のご担当者の皆さん、我々コンサルタントの距離感をなくし、一体感を持って推進することが重要です」とうなずく。
𠮷海氏は今後の展望について次のように話す。
「育成人材が地域のプロジェクトに受け入れられ、プロジェクト側からも人材のニーズが生まれて、新たな人材を育成する余地が生まれるという好循環ができればいいと考えています。人材育成、産業創造、と単体で考えるのではなく、これらは両輪であると考え、中小企業が産業創造に関われるように推進していきたい」
学びたいことを学ぶのではなく、どの学びが今必要かを見つけ出す
ADXOの仕組みにより「九州DX推進コンソーシアム」のようなコンソーシアムは起ち上げやすくなった。では、中身はどうなのか。
「これまでの人材育成はどちらかというとスキルアップ重視で、何のために学ぶのか、学ぶことでどのように活躍してもらうのかという視点が欠けていました。組織として成長をするために人材を育成するわけですから、まず組織として何を目指すのかというゴール設定が必要なのです。その上で、バックキャスティングで必要な人材の育成プランを考えていく」
デロイト トーマツで人事機能変革(HR Transformation)領域の事業責任者を務める小野隆は話す。
小野はひと言にデジタル人材といっても、いくつかの段階があると言う。
「育てるべき人材が、どの段階にいるのかを把握し、その段階から一段上を目指していく。九州DX推進コンソーシアムでは、実装/推進人材(L2)を、DX戦略を企画し推進するデジタルコア人材(L3)へ育成することを目指しています」
ただ、育成しても活躍する場がなくては仕方が無い。
「ADXOは、人材育成と産業創造を両輪で考えています。これはすなわち育成の先にあるゴールを用意していこうという考え方です。デロイト トーマツはヒューマンキャピタル分野でこれまで20年、幅広いコンサルティングサービスを提供してきた実績があります。これらのノウハウをADXOの中でも同様に提供していきます」
小野らが提供するデロイト トーマツのデジタル人材育成プラットフォームは、デジタル化・DXを推進するデジタル人材の育成のために、企業・組織において必要なデジタル人材のスキルや能力の定義、育成の目標設定、育成プログラムの提供から育成した人材へのOJT機会の提供による実践力を身に付けることを目指している。
「デジタル人材育成プラットフォームではEラーニングで基礎知識をインプットしながら、ワークショップ形式でアウトプットをしていくことで学びを自らのモノとしてもらいます。ワークショップではコンサルタントがヒントを与えるほか、個別相談も対応し、文字通り伴走支援を行います。さらにクライアントの課題に応じて成果と人材育成の双方を追求する伴走支援プロジェクトやデロイトへ教育出向して頂く等、実践経験を積むことでアウトプットの質を高めるプログラムも用意しています。」
デジタル人材育成プラットフォームの利用者は日本全国におり、そのタイプは大きく3つに分けられるという。
- 大企業
- 地方銀行
- 地方自治体とそこに関連する団体、地元の中小企業・ベンチャー
九州DX推進コンソーシアムの取り組みはこの3つめの分野にあたる。すでに群馬県等においても横展開が行われ始めており、小野は手応えを感じていると話す。
「日本の課題は、社会や産業など分けて考えるような状態ではない。すべてが繋がりあい、課題として表出している。しかし、行政は行政の分野しか行えない。教育は教育の分野しか行えない。経済社会全体を捉えて、横断的にこの課題に立ち向かえるのは、経済社会のカタリストを自負するデロイト トーマツしかいないと考えています」
デロイト トーマツにはパブリックセクターのプロフェッショナルもいれば、ヒューマンキャピタルのプロフェッショナルもいる。まさに多様なプロフェッショナルが在籍し、横断的な取り組みを一貫して行えるのが強みだ。しかも、全国に地域事務所を持ち、各地との連携もとりやすい。
「私の長年のテーマは、人材育成と労働移動です。人材育成は様々なノウハウも蓄積されてきましたが、労働移動はまだまだこれからの課題。ADXOを通じて、まずは地域での労働移動を活性化させ、日本全体の労働移動を実現させることで、日本自体を変えていきたい」
地域人材が変える力を手にすれば、地域に変革の力が身につく
地域の人材を変革すると同時に産業創造へ変革を目指すADXO。推進にあたっては苦労もあるだろう。実際、自治体や企業にこの概念を説明し、理解し共に動くようになるまでには多くの時間がかかると町田や西村は話す。それでも推進していくモチベーションの源泉はどこにあるのだろうか。町田が最初に口を開く。
「先に見ているのは、デロイト トーマツがいなくても地域が回る仕組み。私たちはあくまで黒子であり、活躍するのは地域の人たちです。そしてADXOは最初の壁を乗り越えるためのプラットフォーム。通過点です。デジタルの先にある真の社会課題にフォーカスしていきたい。その最初の一歩を踏み出したということだと思います」
地元、福岡で汗をかく西村は町田の話に同意しつつも、地域側の目線で次のように話す。
「ADXOを通じて、デロイトがポルトガルのカスカイスで構築しているようなスマートシティを九州で実現したい。そして、運用・保守などの関連ビジネスを生み出し、雇用の創出につなげていきたい。面白そうな仕事があれば、人は地域にこだわらず動くと信じています」
労働移動については小野にとっても、長年の課題である。
「ADXOを通じて労働移動が起きていくことを目指したい。全体を一気に変えることはできなくても、どこかで火を灯せば、他にも拡大していき、いずれは点が面になるでしょう。政府もリスキリングを推進していますが、私は一人ひとりが学びを通じて自信をつけてもらいたい。自信のついた人であれば、向かい風でも一歩前に踏み出せる。その支えをこれからもしていきたい」
不確実性の高い経済社会という海原の中、荒波をも乗り越えて日本を変革していく覚悟を3人からは感じ取れた。3人の思い、そして彼らと共感する仲間たちの思いをのせて、ADXOの船出は始まっている。
* 「デジタル関連の知識・スキルの習得機会への支援(企業規模別)」(出典:デロイト トーマツ デジタル人材志向性調査 2020)
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