テクノロジー・環境法専門の
両教授と考える
サーキュラーエコノミーと
「脱炭素経営」実装のための視点

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カーボンニュートラルやサーキュラーエコノミーの考え方が進む世界において、日本企業が今こそ取り組むべきグリーン・トランスフォーメーション(GX)の進め方を、24名のプロフェッショナルが示す日経MOOK「グリーン・トランスフォーメーション戦略」が出版された。その出版記念として「サーキュラーエコノミーで脱炭素社会を実現」をテーマにしたWebinarを開催。MIT Media Lab副所長の石井裕教授と、東京大学未来ビジョン研究センター高村ゆかり教授とのセッションが行われた。今回はこの2つのセッションをレポートする。

MIT Media Labによる2030年の世界観とは?

モニター デロイト ジャパンリーダー/パートナー 藤井剛(以下、藤井):石井先生、本日はありがとうございます。本セッションのテーマは「GXを加速するイノベーションと社会実装の視点」です。石井先生はNTT、NTTヒューマンインターフェース研究所を経て、1995年にMIT Media Labの教授に就任、現在は副所長を務めておられます。私はモニター デロイトのジャパンリーダーを務めております藤井と申します。社会課題解決と競争戦略を融合した経営モデルへの企業変革に長年取り組んでおります。

さっそくですが、グローバルウォーミングは世界的に刻々と進んでいます。時間軸としては2050年などの遠い未来でなく、少なくとも2030年を見据えて早急に動いていかなければいけない状況です。まずは石井先生の目から見て、2030年の世界観をどのように見ておられるか、どのようなデジタルテクノロジー活用の視点が注目されるか、ご紹介いただけますでしょうか?

モニターデロイト ジャパンリーダー パートナー 藤井 剛

MIT Media Lab 副所長 石井裕教授(以下、石井教授):我々は宇宙船地球号の乗組員、すなわち運命共同体であるというコンセプトが今ほど大切な時代は無いと思います。さらには、”Connected World”、すなわち全てはエコロジカルな「循環」によって繋がっているという世界観を持つことが、非常に重要になってきたと考えます。

MIT Media Lab 副所長 石井 裕

2030年に向けて動くのはもちろんですが、この地球は2100年も2200年も続いていくわけです。つまり2030年に向けた小型の望遠鏡だけでなく、茫漠とした未来のために大型の望遠鏡のような視座を持つことが大切です。

藤井:「宇宙船地球号」といえば、1972年にローマクラブが発表した「成長の限界」も、MITのチームが分析をされました。「成長の限界」では、「世界の成長トレンドがそのまま継続すれば、今後100年以内に地球の成長は限界に達する」とされており、まさに今の世界の状況を彷彿とさせます。それから50年たった今、あらためてMIT Media Labとして、どのようにGXに挑もうとされているか、象徴的な事例を1つご紹介頂けますでしょうか?

石井教授:ご指摘のように、今から半世紀前に、ローマクラブが地球環境汚染に警笛を鳴らすためにMIT の Prof. Jay Forrester が開発した「システムダイナミックス」を活用し、World Dynamics という視座を提供したことは、とても重要な出来事でした。無限の成長がない、人口が急激に減り始めることなどを50年前に指摘されたことを、我々は果たして学び、対応できたのか? 反省すべき点は多いでしょう。

グローバルウォーミングの課題に取り組むためには、地球スケールの極めて複雑なエコシステムを理解する視座とツールが求められます。地球温暖化に貢献する要因の中で、大切な技術の一つが、サプライ・チェーンの可視化と分析技術です。MIT Media Lab の私の研究グループで博士号を取得した、Dr. Lonardo Bonani が起業した会社、SourceMap は、サプライ・チェーンの可視化と分析を実現します。



Sourcemap | Supply Chain Mapping Software

例えば皆さんが手にするスマートフォン、この中にはレアメタルが含まれています。このレアメタルを手に入れるために、児童労働が行われているかもしれません。また、持続不可能な森林伐採が行われているかもしれません。グローバルなリスクを見える化していくことで、何を犠牲にしているのかが見えてきます。

GXに向けた社会実装のための課題

藤井:テクノロジーを最大限活用してGXを加速させていくためには、テクノロジー自体の追求とともに、いわゆる「社会実装」ですね。いかに早く社会に実装し展開していくか、という観点も重要と思います。米国でイノベーションの社会実装までを目の当たりにされている石井先生の観点から、「社会実装」を加速していく上で、日本の強みや課題はどこにありそうでしょうか?

石井教授:2011年3月に東日本大震災が起きた時に、市民・企業・ボランティアの方達が作り上げた、つなぎ合い助けあうサプライ・チェーン・ネットワークが、コミュニティ・レベルのコラボレーションの良いヒントになると思います。そこでは、クライシス・マッピングとサプライ・チェーンの技術を活用して、市民や企業の壁を越えた連携により、需要と供給をダイナミックに繋ぐライフラインのネットワークに発展しました。

先ほど望遠鏡の例えを出しましたが、大極的な流れを長期的に俯瞰する視座(Zoom-Out)と現在顕在化している課題を、地道にボトムアップに計画的に取り組む視点(Zoom-In)の両方を車の両輪として回転させ続けることが重要だと思います。その中で、一人で、一社で解決するのではなく、分野横断でのコラボレーションの可能性を探ることがとても大切だと思います。

藤井:危機の状況を解決するという大義に共感してデータを共有しながら競合とも協力してやっていこうという流れがありました。

石井教授:いまおっしゃった「大義」というのはすごく大事なことで、企業は「儲かる」「株主が喜ぶ」といった営業中心ではなく、「なぜ会社が存在しているのか?」つまり存在理由、哲学が求められている。大義なき商売というのは今後成り立たなくなる。大義があれば、ライバル同士でも問題解決のために協力しあうことができる。東日本大震災で私たちはそれを学びました。

グローバルでかつ複雑なシステムの挙動を理解するために大切なのは、因果連鎖をモデル化し、シミュレーションする技術です。

先ほどご紹介した、MIT の Prof. Jay Forrester が開発した「システムダイナミクス」をローマクラブが地球環境汚染に警笛を鳴らすため活用したことは画期的でした。そして今、米国のDr. 真鍋淑郎の 地球温暖化予測モデルが大きなヒントを与えてくれていると思います。コンピューター技術の発展により、真鍋博士の開発したモデルの正しさと重要性が世界的に証明・認識されました。私たちはここで前回のローマクラブの反省点を活かし、真鍋博士から学びを基に、大義を持って動く必要があるでしょう。

藤井:少し話が具体的になりますが、石井先生の古巣のNTTが、次世代インフラIOWNとしてオールフォトニクスのデバイス/ネットワークを提唱しています。これは今後も増えゆく世界的なITインフラの電力消費量を1/100にするものとして、GXにもつながる取り組みで、世界に向けてゲームチェンジを仕掛けようとされています。しかも素晴らしいのは、技術だけでなく「社会実装」に向けてIOWN Global Forumを組織し、グローバル企業も交えて世界的なルールシェイプを仕掛けようとされています。石井先生からもIOWNの取り組みについて、エールやコメントがありましたら是非お願いいたします。

石井教授: NTT が IOWN 構想の核として開発を進めている、オールフォトニクス・ネットワーク(APN)は、ネットワークから端末まであらゆる所にフォトニクス技術の導入を図るものです。APNでは、ネットワークにおける短距離伝送から長距離伝送に至るあらゆる情報伝送において、フォトニクス(光技術)の利用を図り、圧倒的な低消費電力、高品質・大容量,低遅延の伝送を実現します。現在の情報通信インフラを根本的に革新しうる可能性を秘めた技術として、とても期待しております。特に、光と電気を一体に集積し、より効率的な動作を可能とさせる光電融合技術で世界をリードするNTTの活躍が、今からとても楽しみです。

GX推進にあたり日本企業にとっての経営上の課題

藤井:あらためて、MIT Media Labで多くの日本企業とも接点がある観点から経営者の皆さまへのメッセージをお願いしたいのですが、日本企業がGXに立ち向かっていく上で経営上重要な観点、あるいは乗り越えるべき課題は何でしょうか。

石井教授:「視座の拡張」が大切だと考えます。会社・業界・国などの境界線を超えて、「宇宙船地球号」の視点で世界を俯瞰し、そして、戦略的に寄せる力。そのための望遠鏡と顕微鏡が必要です。宇宙を理解するために人々が、裸眼から望遠鏡、天文台、そして宇宙船へと発展させた「宇宙を俯瞰する視力・視界の拡張」が、メタファーとして有効かと思います。

藤井:石井先生、ありがとうございました。短い時間でしたが大変凝縮された示唆を頂けたと思います。それではここからはQ&Aの時間としたいと思います。まず1つめです。「日本は欧州などと比べ、気候変動やカーボンニュートラルに対して意識が低いというデータがありますが、この状態でテコ入れをしていくにはどのようにしていけばいいのでしょうか」

石井教授:大事な質問です。これまで消費者の意識は「安ければいい」「早ければいい」「楽であればいい」というものが主流でした。例えば東京から大阪までの移動手段をどれにするかは、この3つの軸で検討されてきたでしょう。しかし、これからは4つめの視点が必要です。「これを使ったら環境に悪いから格好が悪い」という新しい価値観を醸成するためにも「あなたが選ぼうとしているサービスはCO2でこれだけネガティブな状態です」ということを可視化し、別のルートを使うとこれだけCO2が削減できますという情報を見せる。これはまさにデジタルテクノロジーで実現可能でしょう。「どれを選ぶのか」そうした問いを突きつけることが大事です。

藤井:ありがとうございます。続いて2つめです。「かつて日本は科学技術立国と呼ばれ、世界でも注目を集めていましたが今では自信をなくしているようにも思えます。自信をつけてリードしていくためには何が求められているのでしょうか」

石井教授:これは深い問題です。そもそも科学技術立国の概念自体が崩壊しています。社会や地球環境にとってどういう意味があるのか?ということが大前提として求められる社会で、例えば「これだけ薄くカットできます」という技術が意味をなすのかどうか。薄さの精度を高めることが本当に正なのか。このことを突き詰める必要があるでしょう。

例えばGAFAは間違ってもいいというスタンスです。まずは作って、データで確認をし、問題があれば修正する。つまり不完全ではじめることが標準。その点で、これまでの科学技術の定量的な評価指標も変えていく必要があるでしょう。

こうした感覚を養うためには、海外で他流試合、異種格闘技をしていく必要があります。その意味でMITは最高の場所です。ぜひリードするためにもMITに入ってきてください。




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