熱狂する資本市場と金融危機再来の懸念。社会全体のパーパスと金融機能を再定義せよ
[対談]佐々木清隆×松江英夫

――社会価値と経済価値の双方が求められる社会では、金融リスクの種類も多様化するものと考えられます。従来の伝統的な市場、信用、流動性などのリスクカテゴリーに囚われず、新たなリスクを特定し、管理するための手法も求められるのではないかと思います。より事業法人のリスク管理に近づくのではないでしょうか。

佐々木 金融機関にとっては、健全性に関するリスクの管理はすでに運用されており、20年前の金融危機からは確実に進歩しています。

 一方で健全性とは直接結び付かない、コンプライアンス、コンダクトリスク*、サステナビリティ関連などの主に非財務リスクには、これからさらに対応していく必要があります。

*企業やその役職員による行動により、企業を取り巻く幅広いステークホルダーの利益を侵害するリスク、あるいは、金融機関に求められる社会的役割に反するリスク。

 これらの非財務リスクは、人権、環境、ソーシャル、ダイバーシティなど、従来の健全性リスクと異なり、定量化が難しく、リスク管理手法や当局の監督も手探りの状況です。健全性と直接関連しないような非財務リスク発の問題が、金融システム全体の健全性に影響する可能性もあります。

 そのため、外部環境の把握など、従来以上に幅広い視野でのリスク管理をする必要があると思います。リスクと認識される前の段階での変化、事象にもアンテナを高くすることが重要です。

変化の波に乗るには、「先と外の視点」「脱自前」で自己変革を

佐々木 松江さんは先ほど、社会価値は長期スパンで創出するものとおっしゃいましたが、それはどのくらいの時間軸ですか。

松江 社会価値を追求するのであれば、2030~50年を見据えた長期的な視点、いわば10年単位の目線を持って経営に臨むべきでしょうね。たとえば事業法人では、企業グループに持株会社を設立する事例が増えています。グループ経営において、持株会社はグループのマネジメントを、各事業会社は現場のビジネスをマネジメントする傾向が表われているのです。

 その結果、持株会社は10年より先の長期目線、20〜30年のスパンでグループ全体の経営を見据え、各事業会社は足元から10年先の自ビジネスのあり方を見据えるという分担が自然になされるようになります。双方が役割を分けつつも長期視点を持って変革をしないと、日本企業の長期構想力は低下するのではないかと懸念しています。

松江英夫 Hideo Matsue デロイト トーマツ グループ CSO(戦略担当執行役)

経営戦略・組織改革/M&A、経済政策が専門。フジテレビ『Live News α』コメンテーター、中央大学ビジネススクール客員教授、事業構想大学院大学客員教授、経済同友会幹事、国際戦略経営研究学会理事。主な著書に『両極化時代のデジタル経営——ポストコロナを生き抜くビジネスの未来図』(ダイヤモンド社、2020年)、『自己変革の経営戦略~成長を持続させる3つの連鎖』(ダイヤモンド社、2015年)など多数。デロイト トーマツ グループに集う多様なプロフェッショナルのインサイトやソリューションを創出・発信するデロイト トーマツ インスティテュート(DTI)の代表も務める。

佐々木 日本企業は、決められたことを的確にこなす「現場型の仕事」は得意としているものの、10~30年後のビジョンを構想し、描く力は弱いと感じています。

 視座を高くすれば、どの業界や企業と連携すべきかといった戦略やリスクヘッジの手段も明確になるはずです。

――変化の振れ幅が大きく、先行きが予測不可能な状況は、企業や金融機関にとって大きなリスクです。一方で、短期の視点に囚われることなく、中長期で臨めば成長のチャンスに変えられる可能性も大きいといえるのではないでしょうか。

佐々木 おっしゃるように、イノベーションを含めて、さまざまなビジネスチャンスが広がっていると思います。環境変化を拒むのではなくリスクを取りながらでも、積極的に変化の“波”に乗るべきです。

 金融当局としては、内外環境変化の中での持続可能なビジネスモデルの構築を金融機関に求めています。先ほど松江さんがおっしゃったように、金融機関が社会全体や日本全体の課題解決をパーパスとしてビジネスモデルの変革に挑むことは、「待ったなし」の状態です。

松江 事業法人も、変化をチャンスととらえて積極的に“波”に乗るべきです。そのためには、変化に応じて、みずから変わり続けられる「自己変革型」の組織にする必要があります。そのためには、「先」と「外」の視点が重要です。

 「先」とは、将来のことです。すでに述べた中長期の“時間軸”にも通じますが、どれだけ先を見据えて会社の将来を思い描けるかということが、変革の本気度に大きく影響します。

 また「外」とは、自社を取り巻く経営環境のことです。業界や社会全体の方向性、他社の取り組みと比べて、自社はどの程度遅れているのか、進んでいるのかを客観的に評価しながら、自社が追い込まれる前に自ら変革を前に進ませるのです。

 さらに言えば、変革は「脱自前」で推進すべきです。たとえば、脱炭素投資はサステナビリティのために必要ですが、すべて個別企業で賄えるものではなく、外部との協働なしに解決できる問題ではありません。産業間の連携も活用し、課題を解決していく必要があります。そのためには、ネットワーキング戦略が重要となります。

佐々木 まったく同感です。金融機関であれば、信用リスクのように顕在化したものではなく、リスクになる前の段階での変化を能動的にとらえ、収益の機会とするとともにリスク管理の戦略を構築することが重要です。

 しかし、金融機関などを監督してきた私自身の経験から言うと、金融機関は先を見ることがあまりなく、先を見ても「ありえない」「うちは関係ない」といった反応をする傾向があるように感じます。結果として、思考停止に陥ってしまう。不都合な真実を直視し、自社への影響や関係性を認識することが、前進につながります。

「根拠ある熱狂」に変えるのが金融の役割

――新しい社会においては、金融機能への要請も変化していくのですから、まさに金融機能の再定義が必要だと言えます。どのように再定義されるべきなのか。お2人の提言を聞かせてください。

佐々木 金融機関のパーパスにおいて、社会全体、日本全体の課題解決への貢献が重要になる中で、おのずとその機能も変わらざるをえなくなっています。

 既存の金融機関だけでなく、さまざまな事業法人がプレーヤーとして参加するようになり、また、ESG投資やサステナブル投資などが拡大する動きに合わせて、金融監督当局はそれらを規制するだけでなく、社会課題解決のために金融機能を発展させる役割を担っていかなければなりません。

 一方、金融機関にとっても、今後は社会課題の解決に資するサービスを提供することがビジネスチャンスとなり、提供できなければ、むしろリスクを抱えることになるでしょう。課題をチャンスととらえて、果敢に挑むべきだと思います。

松江 社会全体や日本全体の課題を解決するためには、金融だけでなく、産・官・学・金・民が同じ方向を向き、その取り組みを支え、お金を流すことが、金融の新たな機能であり、役割となるはずです。

 数ある成長ドライバーのうち、ESGを採り上げた場合、世界のESG投資額は2020年で約3900兆円(35.3兆ドル)にも上り、今後も大きな伸びが予想されています。日本でも投資額は伸びてきていますが、今後はさらに家計を含む民間からより多くの資金を取り込む魅力的な仕組みを開発するといった新たな取り組みも必要でしょう。

 たとえば、国内で貯蓄に回っている資金を、社会的な必要性が高い脱炭素への投資に回せるようなグリーンボンドをはじめ、サステナブルファイナンスのあり方も重要です。時代の要請に即した金融機能を提供できれば、金融機関であっても、事業法人であっても、ビジネスチャンスは必ず広がります。

 冒頭、グリーンスパン元FRB議長の「根拠なき熱狂」という言葉を引き合いに出しましたが、社会全体、日本全体の課題解決に結び付く投資なら、それは「根拠ある熱狂」に変わるはずです。

――今回は、実態経済と資本市場の乖離、それを複雑化させている金融と非金融の境界のあいまいさ、経済価値と社会価値の時間軸のギャップを軸に議論してきました。

 これらが生じさせる不確実性やリスクに対処するためには、社会全体を勘案したパーパスの設定、金融機能の再定義が必要であるとご意見をいただきました。また、企業がパーパスを見据えた経営に取り組み、さらなる成長に向けたリスクテイクをすることで、ピンチをチャンスに変えることができるとの提言もいただきました。

 これらの提言がステークホルダーの方々を後押しし、新たな時代でも重要な役割を果たされ、また成長のチャンスをつかまれることを期待して、対談を終了したいと思います。






※当記事は2021年10月22日にDIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー.netにて掲載された記事を、株式会社ダイヤモンド社の許諾を得て転載しております。

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