熱狂する資本市場と金融危機再来の懸念。社会全体のパーパスと金融機能を再定義せよ
[対談]佐々木清隆×松江英夫

PROFESSIONAL

長らく金融の監督に携わってきたデロイト トーマツ グループの佐々木清隆上級顧問(元金融庁総合政策局長)は、コロナ禍での資産高騰やESG分野への資金流入の急拡大にある種の「気持ち悪さ」を抱く。

一方、同グループの松江英夫CSO(戦略担当執行役)は、「根拠なき熱狂」と実態経済の乖離に同様の「気持ち悪さ」やリスク拡大の懸念を抱く企業経営者が少なくないとする。

コロナ禍やESGといった“新たな波”に限らず、デジタル化や金融プレーヤーと非金融プレーヤーの相互乗り入れの拡大など、金融監督と金融機能を取り巻く環境は大きく変化している。そうした“波”の勢いに対処しつつ、金融機関、企業、監督当局などが協調しながら、日本の課題を解決していくためにいま何をすべきか。金融からの眺めを起点として、両者が語り合った。

モデレーター:デロイト トーマツ グループ パートナー/リスクアドバイザリー 金融インダストリー・リーダー 神谷精志

“コロナバブル”“ESGバブル”を感じさせる「気持ち悪さ」

――まずは金融市場の現状について伺います。現在、コロナ禍に起因するグローバル規模の危機に対応する目的で、長期にわたる金融緩和政策が世界的に継続されています。しかし、緩和マネーは、本当にお金が必要な人々に届く前に、金融資産や不動産、果ては美術品や暗号資産などに流れ込んでおり、さまざまな資産の価格が高騰する“コロナバブル”の様相を呈しています。お2人はこうした現状をどうとらえていますか。

佐々木 私はかつて金融庁・証券取引等監視委員会事務局長などを務め、大手金融機関が相次いで破綻した1997年から98年の金融危機、2018年のリーマンショックに端を発する世界金融危機と、2つの危機を金融当局側から見てきました。

 この2つの危機の原因となった「バブル景気」「米国の住宅バブル」と、今回の「コロナバブル」の最大の違いは、金融機関による過剰融資ではなく、感染症が発端となっていることです。金融機関のバランスシート及び金融システムは健全そのものであり、これまでのように巨額の不良債権や信用リスクの増大によって金融システムがおかしくなるといった兆候は、いまのところ見られていません。

 しかし、過去2回のバブル崩壊を見てきた立場から言うと、資産価格に大きなゆがみやモラルハザードが生じている現状は、何となく「気持ちが悪い」というのが正直な感想です。

 いずれ金融システムにも影響が及んで、大きな危機に発展するのではないかと懸念しており、いまから予防をしておく必要があると考えています。実際、2021年2月には英国の金融会社グリーンシル・キャピタルが、3月には米国のファミリーオフィス(富裕層向け資産管理会社)のアルケゴスが破綻し、9月には中国の不動産大手、恒大集団の債務危機が顕在化するなど、少なからず危機の兆候が表れています。

 また、近年はESG(環境、社会、ガバナンス)投資やサステナブル投資への資金流入が急拡大していますが、これらの動きにも、ややバブルの危険を感じています。

松江 「バブル」と聞いて、私がすぐ頭に思い浮かべるのは、アラン・グリーンスパン元FRB(米連邦準備制度理事会)議長が1990年代後半のITバブルの時に発した「根拠なき熱狂」という言葉です。

 佐々木さんが感じる「気持ち悪さ」も、おそらくコロナというあやふやな材料によって資産価格が急騰することへの「根拠のなさ」が原因なのではないでしょうか。何となく「気持ちが悪い」という感覚は、多くの経営者も同様に抱いています。

 私は、その気持ち悪さの背景に、実体経済と資本市場の乖離が広がっていることがあると思います。足元の収益力や資産状況と乖離して株価がどんどん上がると、経営のサイクルが狂ってしまいます。実体経済と資本市場の乖離幅が大きくなればなるほど、リスク要因も増大するのではないかと懸念する経営者も少なくありません。

 実体経済は物理的な経済活動のスピードで動いていますが、資本市場ではデジタル化によってマネーが瞬時に移動し、実体経済との乖離が広がっています。突発的な乱高下といった予測困難な動きもあるので、経営者は常に市場の動きを注視し、俊敏な対策を講じなければなりません。

松江 実体経済と資本市場が乖離し、いわゆるバブルが生じる問題は過去にもありましたが、現在はそれがより複雑化していると感じます。その要因として、金融と非金融の境界があいまいになり金融機能のとらえ方にギャップが生じていること、そして、経済価値創出と社会価値創出に時間軸のギャップがあること、この2つが挙げられます。

 まず前者ですが、デジタル化の急速な進展によって、最近では非金融の事業法人が金融機能の一部を提供する動きが広がっています。キャッシュレス決済などで得られるデータがさらに経済価値を持つ経営資源となっていくことにともない、事業領域の区別も明確ではなくなります。これによって金融機関と事業法人とのサービスの垣根が低くなり、従来の役割分担の関係から、サービスの相互乗り入れや協働、あるいは競争という関係への変化が生じています。

 こうした金融機能の広がりは、(金融機関と事業法人)双方の経営者が今後のビジネスを考えるうえで、従来の業界のとらえ方との大きなギャップを感じる要因になっていると考えます。

 次に、後者の経済価値と社会価値のギャップについて申し上げると、佐々木さんが指摘されたように、近年はESG投資やサステナブル投資が急拡大しています。この動きに合わせて、企業は経済価値と社会価値を同時に追求していくことが求められていますが、経済価値の追求は短期スパンとなりがちな一方、社会価値は長期スパンの取り組みによって創出されるものです。この時間軸のギャップにどう折り合いをつけていくかが経営者に求められており、投資家の判断の不確実性を高める要因にもなっています。

ESGウォッシングも金融監督当局がカバーすべき領域に

――取り巻く環境や、プレーヤーの変化とともに、あるべき金融機能の役割そのものも変わりつつあるのでしょうか。

佐々木 金融の根本的なパーパス(存在意義)とは、企業の成長や、個人の富の増大、より広く言えば社会課題の解決に貢献することであり、それ自体が変わることはありません。

 しかし、松江さんがおっしゃるように、デジタル技術の急速な普及とともに新しいプレーヤーがどんどん金融に参入しており、それによってパーパスを果たすための機能やサービスも多様化しています。

 これは監督する金融当局側にとって、大きなチャレンジだと思います。決済機能を持ったeコマースなど、一部の金融サービスだけを提供する事業法人をどのように規制するのか。個人情報保護、各国・地域の法制、経済安全保障などのさまざまな観点を踏まえ、これまでにない枠組みやルールづくりが求められています。

佐々木清隆 Kiyotaka Sasaki デロイト トーマツ グループ 上級顧問

大蔵省(現財務省)入省後、OECD(経済協力開発機構)、IMF(国際通貨基金)職員、金融庁・証券取引等監視委員会事務局長、公認会計士・監査審査会事務局長、総合政策局長を歴任するなど、国内外の金融行政全般に幅広い経験を有する。著書に『グローバル金融規制と新たなリスクへの対応』(金融財政事情研究会、2021年)。

松江 事業法人側も、新たに金融に参入することで、これまで向き合う必要のなかった金融規制をどう意識すればいいのかということに悩んでいます。

 これからは事業法人も金融機能の一部を担い、金融取引と自社のデータの双方を結びつけた新しいビジネスが展開されるようになります。ネット企業では、金融機能を持つことで自社の“経済圏”を広げ、デジタルを活用したビジネスの中核的なプレーヤーとなる例もあります。このように事業領域が拡大すると、金融当局による規制をどのように意識すべきかを考えざるを得なくなります。これも事業法人にとって難しい問題です。

佐々木 さらに言えば、デジタル化が進むと、おのずと事業法人の金融サービスはグローバル化します。これに対し、世界の金融当局がいかに連携しながら規制を講じていくのかということも新たな課題です。

――影響が広がるわけですね。リーマンショックでは、特に金融機関同士のインターコネクティビティ(相互接続性)が焦点となり、金融機関向けの規制・監督の強化と金融機関の対応が進みました。金融プレーヤーの多様化が進むことによって、問題はさらに複雑化するのでしょうか。

佐々木 おっしゃるようにリーマンショックでは、金融機関同士のインターコネクティビティが危機を世界中に波及させたわけですが、これに事業法人の接続が加わると、問題はさらに複雑になりかねません。たとえば、eコマースやプラットフォーマーのシステムがサイバー攻撃を受けると、サプライチェーン全体、ひいては世界の金融システムが過去に類を見ない甚大な影響を受けるということも十分にありえます。

――今後の金融監督当局の姿勢はどうあるべきだとお考えでしょうか。従来の監督手法が通用しなくなる可能性があると思われますが。

 現在は基本的にどの国の金融監督当局も、金融サービスを提供する業者だけを規制しています。つまり今後の重要課題の一つは、非金融プレーヤーを「誰」が監督するのかという点になるわけです。

 一部には、非金融のビジネスに対し、金融監督当局としてそこまで権限を及ぼすのかという議論がありますが、本来は現状に即した領域まで広くカバーすべきだと考えます。

――ESG投資やサステナブル投資については、どのような監督のあり方が望ましいと考えますか。

佐々木 サステナブル投資については、現状は規制の議論以前に、推進そのものに注力するといったポリシーの段階であり、さらなる規制・監督の具体的な議論はこれからだと言えます。

 しかし、すでに一部ではグリーンウォッシング、ESGウォッシングなどの問題が発生しており、金融監督当局のカバーすべき領域です。

 つまり、金融監督当局もミッションを変化させる必要に迫られており、過去の不良債権処理に象徴される検査・処分など従来型のミッションとサステナブル投資のような金融機能の育成という新規ミッションとの「両利きの金融行政」が求められているのです。

松江 先ほど佐々木さんから金融機関のパーパスに関する説明がありましたが、そのパーパスを再定義することが、監督のあり方や金融機能の役割を再定義するためのカギとなるのではないでしょうか。

 金融機関を監督するだけでなく、金融機能を有する組織がより広く、各インダストリー、社会全体や日本全体の持続可能な発展に資する、いわば“日本のパーパス”の設定をすることで、各者が役割を果たす道筋が拓けてくると思います。そして、そこにおけるパーパスには、一過性に陥らない“サステナビリティ”が通底していると認識しています。

佐々木 まったく同感です。規制面でも、日本がさらにリーダーシップを持つことが重要だと考えます。たとえば、環境問題では欧州当局が世界をリードしていますが、日本はフォロワーの立ち位置に居続けるのではなく、リーダーシップを発揮すべきです。

松江 一方で企業経営者には、資本効率、グリーンに対する注目度合いなど、投資家の尺度も勘案し、中長期的な視点で資本市場の評価を得るための努力も求められます。長い目で見れば、中長期的な「社会価値」を追求し続けることで、資本調達コストを抑制できるというメリットもあります。

佐々木 サステナビリティやESGにおいても、それぞれの当局や機関からさまざまな基準が出つつあり、開示項目も多様であるため、各プレーヤーは何をすべきかよいのか悩んでいます。

 金融の目的を再考するのと同時に、「企業、社会、経済のために何をすべきか」という観点を持つ必要があるでしょう。金融のパーパス設定については、金融サービスの提供者、事業法人、金融監督当局の共同作業となるはずです。

RELATED TOPICS

TOP

RELATED POST