新たな経営モデルの3つの
構えで「両極」をビジネスに
生かす(前編)

グローバル化、デジタル化、ソーシャル化という時代の潮流を背景に、社会のさまざまな領域で「両極化」が進む中、さらにコロナショックがあらゆる企業を経営環境の激変に直面させている。このような状況下で日本企業が生き残るためには、どのような変革が必要だろうか。シリーズ第1回では両極化時代における社会の変化を概観し、ポストコロナで日本企業が向かうべき方向性を確認した。続く今回は、モニターデロイト ジャパンプラクティス リーダーの藤井剛氏に、経営モデルの変革を成功させるための具体的な方法論を聞く。

藤井 剛 / デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 パートナー Monitor Deloitte ジャパンプラクティス リーダー

長期と短期の両極を反復する

── 第1回の松江英夫氏との議論を踏まえ、日本企業は具体的にどのように経営モデルの変革に取り組むべきか、より踏み込んだお話を伺いたいと思います。

前回の論点にもあった通り、両極化の時代におけるビジネスでは、多面的、重層的に異なるものをつなぎ合わせる「つながりのマネジメント」が不可欠ですし、そのためにデジタル・テクノロジーの活用は避けて通れません。しかし、ただデジタル化すればいいというわけではありません。経営モデルの再構築に挑むには、前提として経営者の思考のフレームワークを総入れ替えするほどの発想の転換が必要です。

特に重要なポイントは3つあります。それは「経営における時間軸の捉え直し」「ステークホルダーとの関係性の再定義」「求心力の源泉となるパーパスの設定」です。

── 順番に伺いたいと思います。まず「経営における時間軸の捉え直し」ですが、第1回でも指摘されていたように、長期と短期、双方の視点を持つべきということでしょうか。

単に双方の視点を持つだけでなく、「長期」と「短期」という両極の時間軸をつなぎ、使いこなすことが非常に重要です。デロイト トーマツでは、これを「ズームアウト(長期)・ズームイン(短期)の経営モデル」と呼んでいます(図表)。

この概念が生まれたきっかけは、米国デロイトのシンクタンク(Deloitte Center for the Edge)が、シリコンバレーの先進IT企業を対象に実施した経営実態調査です。この調査の分析から、世界に大きなインパクトを与えるイノベーションを生み出す企業は、10年単位の研究開発や事業開発に対する長期的なコミットと、日々刻々と変化する技術トレンドや市場環境への短期的かつ機敏な対応を両立していることが明らかになりました。

より具体的に言うと、「10年超」を遠望しつつ、「1年未満」も凝視する。それは、いわば焦点距離の異なる2つのレンズを持つことに似ています。そこでDeloitte Center for the Edgeは、これを「ズームアウト・ズームイン」と名付けているのです。

このモデルにおいて重要な点は、長期と短期、両極にあるものを行ったり来たりしながら精緻化していくダイナミズムにあります。短期の取り組みで得た成果やインサイトを活用して長期ビジョンを修正し、長期ビジョンの修正点はすぐさま短期計画にブレークダウンする。この相互反復運動を不断に繰り返すことで、長期と短期という両極が有機的につながり、柔軟かつ的確に不確実性に対応することができるのです。

まずズームアウト(長期)の視点で業界や社会の未来のあるべき姿(10〜20年の長期ビジョン)を描き、その達成のための戦略を策定する。一方、ズームイン(短期)の視点では、長期ビジョンにインパクトを与える可能性の高い取り組みを必要最小限のリソースで短期的に(6カ月〜12カ月)実行していく。

経営モデルを未来志向に変えていく

── しかし日本企業においては、単年度経営計画、中期経営計画があり、その先に長期戦略があるという時間軸の立て方が主流です。

それが時代に合わなくなっているのです。コロナショックで経営環境が大きく変化し、ほとんどの企業が、過去や現在の延長線上に未来を描けなくなっています。そのような中、10〜20年といった長い時間軸で過去や現在の延長線上にはない新たな未来像を描き、抜本的な経営変革を果たしたいと考えている経営者は、実は少なくありません。ところがここで、中期経営計画で染み付いた時間軸が心理的にその足かせとなってしまう。というのも、大きな変革から成果を生み出すには、3〜5年という時間軸は短過ぎるからです。

あのアマゾンですら黒字転換に約10年の年月がかかっていますし、いまはやりのサブスクリプション型サービスにしても、成長局面に入るには、ユーザー数やデータの蓄積量が一定の水準を超える必要があり、それまでは何年にもわたって赤字ないし低収益の状態をじっと耐えねばなりません。それを3〜5年の時間軸でジャッジしていると、その後のエクスポネンシャルカーブを見ることなく、将来性のある事業をことごとくつぶすことにもなりかねません。

── 日本企業が経営の時間軸を変えるためのヒントはありますか。

ビジネスに「社会課題の解決」という視点を加えることです。未来をあれこれと予測するのでなく、まず自社が志向する理想の未来の社会像を描き出し、その実現のために自社がなすべきことを探るのです。自社の強みを見つめ直すためにも、持続的なビジネスモデルを検討するためにもこのアプローチは有効です。

とはいえ、漠然と未来をイメージするのは難しい。そこで参照すべきフレームとして役に立つのがSDGsです。SDGsは「2030年の望ましい未来」として世界がおおむね合意したゴールですから、企業が向かう方向を見定める”的”として有効なのです。

── 社会課題の解決という「未来図」を持ち込むことで、長期視点を獲得するのですね。

それは同時に、短期的な課題を明確にするためにも役立ちます。

SDGsに含まれる課題は非常に幅広いので、これをビジネスに生かそうとすれば「Where to play=どこで戦うか」や「How to win=いかに勝つか」という戦略的視点でマーケットを見定める必要があります。まずは未来において自社が存在感を示したい領域に着目し、10年後にそこに至るためには、今何をすべきかを考える。すると、関連領域のスタートアップに投資したり、必要なケイパビリティーを持つ他社と協力関係を築いたり……といった複数の打ち手が見つかるはずです。長期を遠望した目で現状を見つめ、今やるべきことを明らかにする。まさにズームアウト(長期)とズームイン(短期)の反復です。既存の製品、既存の市場だけを軸にした中期経営計画的な戦略立案のアプローチを、「社会課題」という新たな軸を加えることで未来志向に変える、といえば分かりやすいかもしれません。

「社会課題解決」というブルーオーシャン

── 企業ブランディングのためにCSR活動に取り組んだり、企業価値の向上を狙ってソーシャルマーケティングに力を入れたり、といった形で企業が社会課題にコミットする流れはこれまでにもありました。しかし、社会貢献をビジネス化して利益を生み出し続けるのはやはり難しいように思います。

かつてブームになったCSRと、ここで提案している「社会課題解決」は似て非なるものです。CSRはブランディングやリクルーティングに効果が認められても、基本的には企業の善意に基づく任意の活動です。しかし、今、企業が社会課題にコミットすることは、自社が本業とするビジネスで競争力を獲得し、利益を最大化するためにこそ、もはや避けて通れないテーマとなっているのです。

その背景には、まず社会課題の複雑化があります。SDGsの17のゴールを眺めれば分かるように、現在の社会課題には複合的な要因が絡み合っており、もはや公共セクター(国や自治体)が縦割りで解決できるものではありません。社会課題は国、経済は企業、という単純な役割分担ができなくなっているのです。こうした時代に企業が経済だけにまい進すれば、自らがよって立つ社会基盤そのものが危機にひんし、ビジネスの存続どころではなくなります。

これを別の角度から見れば「社会課題解決こそが巨大なブルーオーシャンだ」といえます。社会課題への対応の失敗は、時に何兆円もの経済損失を生み出し、事後的に税金で埋められてきました。もし企業がビジネスとしてその課題を解決できれば、それは何兆円ものビジネスチャンスに変わります。既存のマーケットの多くが成熟し、どんなに目新しい商品やサービスでもあっという間にコモディティー化してしまう現在、国や自治体といった公共セクターだけでは解決できない社会課題の周囲には、広大なマーケットが広がっているのです。

── しかし、公共セクターが既存のリソースで解決できない社会課題を一企業が担えるでしょうか。

そこで第2のポイントである「ステークホルダーとの関係性の再定義」が重要になります。公共セクターが解決できない課題を、企業1社が肩代わりするのはとうてい不可能です。しかし、デジタルの力を生かして多様なプレーヤーのケイパビリティーをつなぎ、新たなエコシステムを構築すれば、これまで不可能だった方法が立ち上がってくる可能性は十分にあります。

先ほど申し上げたように、今ここに社会課題が存在するということは、既存の打ち手に限界があるということです。だからこそ、企業が先導して公共セクターやソーシャルセクター(NGOやNPO)、あるいは既存の市場では競合関係にある企業、さらにはさまざまな知やスキルを持った個人とも縦横無尽につながり、新たな打ち手を見つける共創にチャレンジすることに意義があるのです。

企業が公共的なプレーヤーとつながることには、短期的な利益を優先しがちなビジネスのロジックにからめ捕られず、長期的な視点も保持してズームアウト・ズームインを機能させやすくなるというメリットもあります。もちろん、利益を生み出す仕組みは必要です。地球市民として社会課題を解決していく視点、企業として収益を生み出す両極の視点を併せ持たなければならないのです。

参考文献:『SDGsが問いかける経営の未来』モニターデロイト編(日本経済新聞出版社)

※当記事は2020年8月31日にDIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー.netにて掲載された記事を、株式会社ダイヤモンド社の許諾を得て転載しております。

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