新たな経営モデルの3つの
構えで「両極」をビジネスに
生かす(後編)

あらゆる企業が経営モデルの変革を迫られる両極化の時代に、経営者が取り組むべきことは何か──。モニターデロイト ジャパンプラクティス リーダーの藤井剛氏は、その解として「経営における時間軸の捉え直し」「ステークホルダーとの関係性の再定義」「求心力の源泉となるパーパスの設定」の3点を挙げた。まずは企業が中期経営計画的な時間軸を脱して長期的な視点を持つことが新たな経営モデル構築の糸口になる、という前編の議論を踏まえ、後編では、ステークホルダーとの関係性の再定義を新たな価値創出につなげるアプローチと時間軸のつながりや多様化・重層化するステークホルダーとのつながりの源泉となるパーパスを考える。

藤井 剛 / デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 パートナー Monitor Deloitte ジャパンプラクティス リーダー

エコシステムという新たなつながり

── 前編では、経営の時間軸を変え、「ズームアウト(長期)・ズームイン(短期)」という複眼的な視点を持つことの重要性を中心に伺いました。その鍵が「社会課題解決」であり、それを実現するためには多様なプレーヤーが連携するエコシステムの構築が不可欠とのことでした。

はい。新しい価値を生み出すためには、新しいつながりが欠かせません。デジタル化の進展は、あらゆるヒト・モノ・情報・場所がオンラインでつながる「コネクテッド・ワールド」を現出させました。これが国境、業種、業界などの壁を超えたエコシステムの形成を容易にし、イノベーションや新たなビジネスを生み出す豊かな土壌になっています。この新しい世界では、ビジネスにおける価値提供の在り方が根本的に変わります。個々の商品やサービスが持つ機能そのものより、それらを組み合わせてユーザーがどんな経験価値が得られるかがより重視されるのです。

デジタル技術を駆使して多様な交通手段を統合し、ユーザーが望む移動体験をシームレスに提供するMaaS(Mobility as a Service:マース)は、まさにコネクテッド・ワールドを前提として新たな経験価値を生み出すモデルといえます。MaaSを支えるエコシステムにおいては、自動車などのモビリティーメーカー、電車やバスなどの公共交通サービス、自治体、決済を担う金融機関といった多様なプレーヤーが産業横断的に参画し、各プレーヤーがデータを通じて有機的につながることでユーザーの経験価値を増幅しています。ここでは、かつて競合関係だった事業者も、同じ目的を共有し、価値を共創する仲間として再定義されています。

── こうした新しい関係性の構築は社会課題解決にもつながりますね。

おっしゃる通りです。1つ例を挙げましょう。2019年のダボス会議(世界経済フォーラム年次総会)で、米国のリサイクル会社であるテラサイクルが大手消費財メーカー各社と共に発表して話題になった「ループ(Loop)」という循環型のショッピングサービスです。

使い捨て容器で販売されるのが当たり前だった飲料や洗剤、化粧品などの商品を、耐久性とデザイン性に優れたリユース可能な容器でユーザーの手元に届け、使用後は容器を回収し、洗浄して再利用する仕組みです。このプロジェクトには、ユニリーバ、P&G、ネスレ、ダノン、ペプシコといった世界的な消費財メーカーがパートナー企業としてズラリと名を連ねています。いわゆる消費財メーカーの競合企業同士が手を組んでいるわけです。

そして、このサービスは日本でも東京で、20年の秋から試験サービスが始まる予定です。日本版ループに参画する企業は、味の素、I‐ne(アイエヌイー)、イオン、エステー、大塚製薬、キッコーマン、キヤノン、キリンビール、サントリー、資生堂、P&Gジャパン、ユニ・チャーム、ロッテの13社。さらに行政として世界初となる東京都も参画を表明しています。既存の枠を超えて多様なプレーヤーが連携し、新たなエコシステムを形作って社会課題に取り組んでいる好例といえるでしょう。

── 企業同士が手を組むことそのものは珍しいことではありません。これまでとは何が違うのでしょうか。

もちろんこれまでも企業同士のコラボレーションは盛んに行われてきましたし、自動車産業の「ケイレツ」に代表されるような、メーカーを頂点にして統合されたバリューチェーンもありました。しかし、これは閉じた業界内で自社の競争優位を築くことを目的とした排他的なつながりであり、外部とのやりとりは極めて少ない閉鎖系だったといえます。

一方、多様なプレーヤーの共創で、これまでになかった経験価値を提供し、複雑な社会課題解決を目指すエコシステムは、内外に境界を設けない開放系です。自社ばかりを考える閉鎖系の「”エゴ”システム」ではなく、社会課題を起点に多種多様なプレーヤーが集まる開放系の「”エコ”システム」の構築が必要となっているのです。これまで無縁だった異業種の企業や、公的機関やNGOといかに新たなつながりを築いていくか。それがこれからの重要な経営テーマになるでしょう。

パーパスこそが求心力

── 第3のポイントである「パーパス」は、こうした開放的なエコシステムを構築する求心力の源泉として重要ということでしょうか。

そうです。今各地でさまざまに試みられているMaaSであれ、ループのようなリサイクル事業であれ、ステークホルダーとの関係性の再構築を伴うエコシステムにおいては、必ず「大義ある目的」が明示されています。社会的に深刻かつ重要な課題の解決をパーパスとして掲げることで、それに共感する多様な分野のプレーヤーを引き付け、それによってエコシステムを安定させているのです。言い換えれば、違うロジックや文化で動いている人たちとエコシステムを構築し、長期的に課題解決を担い合うには、求心力となる共通のパーパスが不可欠なのです。

さらにこのパーパスは、経営における時間軸を捉え直す上でも重要となります。10年超という長期の時間軸で新たな将来像を描いても、推進していく途中で経営者が代替わりしている可能性が大いにあり得ます。日本の大企業では、むしろそのようなパターンの方が多いでしょう。経営者が代わっても同じ方向を向いて推進していかなければ、経営における時間軸を捉え直すことができません。一貫性を持って推進していくために、その軸となるものがパーパスなのです。

── 多くの企業が掲げるミッションや経営理念も「大義」といえると思います。パーパスとの違いは何でしょうか。

ミッションや経営理念は自社を中心に「こうしたい」「こうありたい」という主観的な思いを表現することで、閉鎖系でつながったステークホルダーの帰属意識を高める効果を発揮する傾向がありました。一方、パーパスは、広く共有可能な「目指すべき社会像」と、その実現のために自社にできることを明示するものです。つまり、一人称の方向性や状態を示すものにとどまっているのか、それとも、ステークホルダーや社会全体といった第三者的視点から自社の果たすべき役割を俯瞰して定義付けしているのか、ここに大きな違いがあります。

例えばユニリーバは「持続可能なライフスタイルが当たり前の社会を実現する」、テラサイクルは「捨てるという概念を捨てよう」というパーパスを掲げています。こうしたメッセージには、顧客や従業員、ビジネスパートナーはもちろん、これまでのビジネスでは接点のなかった多様なプレーヤーを巻き込み、同じゴールに向かわせる力があります。

また、必ずしも自社が自ら旗を振ってエコシステムを構築しなくても、すでに形成されているエコシステムで役割を果たすという視点も重要です。複数のエコシステムで貢献することで複数の戦い方を磨くことは、自社が目指すビジネスの未来像により早く到達するための手段になるわけですから。国境をまたごうが、業界をまたごうが、系列をまたごうが、どのエコシステムに入るのも出るのも自由なのです。

CEOの意思決定でdXの推進を

── 新しいエコシステム構築の動きは、GAFAのような巨大プラットフォーマーへの対抗軸になり得るでしょうか。

なり得ると考えます。これからのマーケット拡大の鍵は、豊かな経験価値を提供しながら長期的な課題解決に取り組むことです。MaaSやループの例を見ても分かる通り、そのためにはデジタル空間でバーチャルの経験を提供するだけでは不十分であり、リアルの世界(フィジカル空間)をいかに変えるか、そのための社会システムをどう再構築していくかに重点があります。

圧倒的なパワーで市場を席巻していたGAFAの成長がここに来て鈍化し、勢いに陰りが見られるのも、まさにこの点に彼らの弱みがあるからではないでしょうか。グーグルがスマートシティーの開発から撤退したことは象徴的な事例といえます。いかに巨大なプラットフォーマーであっても、リアルな社会システムを構築しようとすれば、そのためのケイパビリティーを持つプレーヤーとのアライアンスが不可欠ということです。デジタルのメソッドをそのままフィジカル空間に移行させても勝てません。日本企業はフィジカル空間で成長してきた背景があるので、この部分に貢献できる力を持つ企業が多く、むしろチャンスといえるでしょう。

── これらの変革を進めるに当たって日本企業の課題は何でしょうか。

デジタル変革の立ち遅れに今すぐ対応することです。どんな強みを持つ企業であれ、デジタル化が遅れていたらどこにもつながることができません。特に、直ちに見直すべきは意思決定に当たってのトップマネジメントの意識です。デジタル変革を重要経営課題に掲げる日本企業は大変多くなっているものの、実態を見ると、CEOをはじめトップマネジメント個々人が自分自身のミッションとして積極的に学習し、責任を持って意思決定している場面はまだまだ多くない。

これは、多くの日本企業で歴史的に、ITにまつわる意思決定が実質的にCEOではなくCIO任せ、場合によっては情報システムの部門長に委ねられたままになってきたことにも起因していると思います。

しかし、今や基幹システムも含めた企業のIT基盤自体も、デジタル変革における経営課題の解決と密接に関わっています。従来のように、CIOがスケジュールやコストといったオペレーションレベルで評価し意思決定するのではなく、CEOがITやデジタル投資が生み出す価値を軸に、戦略レベルで評価し意思決定すべきです。にもかかわらず、いまだに経営者はITにうとく、ITの責任者は経営にうとい。この両極をつなぎ合わせ、企業におけるデジタル化の本質が「Business Transformation with Digital = dX」であることを理解すべきだと思います。

そして、ここまで解説してきたように「経営における時間軸の捉え直し」「ステークホルダーとの関係性の再定義」「求心力の源泉となるパーパスの設定」という3つのポイントで経営モデル変革をいかに推進できるかが非常に重要です。これまでは当然とされていた「中期経営計画を前提とした経営」、これを課題として捉え、いかに脱却し変革していくか――思考のフレームワークを総入れ替えするほどの発想の転換を行うような経営者自身の抜本的な変革が実現できれば、両極化の時代に即した新たな経営モデルを再構築できるでしょう。ポストコロナを生き抜くためのビジネスの未来図を描くために、今すぐこの変革にチャレンジすべきではないでしょうか。

参考文献:『SDGsが問いかける経営の未来』モニターデロイト編(日本経済新聞出版社)

※当記事は2020年9月7日にDIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー.netにて掲載された記事を、株式会社ダイヤモンド社の許諾を得て転載しております。

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