なぜ投資するのか。
“2歩先”を行くデロイト トーマツの
ダイバーシティ施策の狙いとは
PROFESSIONAL
「男性社会が当たり前すぎて、女性活躍やダイバーシティと言われても、まるでピンと来なかったんです」
デロイト トーマツ コンサルティング(以下、DTC)で、2020年11月からダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(Diversity, Equity & Inclusion 以下、DEI)推進リーダーを務める大久保理絵氏は、10年前の自身をこう回想する。
そんな大久保氏を変えたのは、ダイバーシティが自らのビジネスにイノベーションを起こした“ある出来事”だという。
現在では13人の女性執行役員が活躍しているDTCだが、5年前までは女性執行役員わずか1人の圧倒的な男性社会。
各種制度面の整備に始まった同社のダイバーシティ&インクルージョン(D&I)施策は2021年、 “働き方の未来形”とも呼ぶべきビジョンに向けたパラダイムシフトの最中にあった。
コミュニケーションプラットフォームが育てたD&I
──デロイトのようなグローバル企業であれば、D&Iにまつわる課題も日本企業とは異なっていたのでは?
大久保 たしかにデロイトはグローバルではありますが、DTCでD&I推進がスタートした10年ほど前は、典型的な男性社会でした。執行役員もほとんどが男性です。
当時マネージャーだった私を含めて社内の多くの女性たちには、そんな環境で働く“不便さ”や“苦しさ”への課題意識さえ芽生える前だったように思います。そういう世界しか知りませんでしたからね。
以前は、出産・育児に関する制度面の強化施策がメインでしたが、徐々に多様な視点からの見直しを続けて現在に至ります。社内の声を積極的に取り入れながら、地道に改善を重ねていきました。
当時目指したのは、ライフイベントで困ったときに、何かしら会社から支援が受けられる状態。いわば、社員にとってのセーフティネットのような存在でした。
これが結果として、多様な働き方を可能にするワーキングプログラムなど、現在の充実した制度設計につながっています。
──ゼロからのスタートでは、意見を拾い上げたり周知したりすること自体が難しかったのでは?
そうですね。時間はかかったと聞いています。
各部門の執行役員か管理職以上でD&Iの推進担当者を置き、意見の吸い上げや制度の周知、活動に関するディスカッションへの参加を担ってもらってきました。
DTCのDEIチームは、いわばコミュニケーションプラットフォームなんです。
というのも、現在は167名が参加するほか、各部署に女性やインターナショナルメンバー専門のサポーターも配備。身近な人が相談窓口となって、経験談とともに社内制度について伝えられる環境を整えています。
──身近に質問できる人がいるのは嬉しいですね。これまでのD&I推進の取り組みは、どのような実績につながりましたか?
前述の通り、女性執行役員は5年で10名以上増えました。その他にも、現場に立つフロントメンバーの男性における育児休業取得率は、2020年に12.9%と、2年で2倍以上に伸びています。
また、育休以外の特別休暇も合わせると、80%近くのメンバーが何らかの育児関連の休暇を取得しています。
こうした実績が伸びている背景には、男性が育休を取得しにくい雰囲気がなくなってきたこと。そして、社会的に「父親も親として育児に携わる」という意識が浸透してきたことも影響しているように感じています。
ただ、彼らが実際に育休を取得するには制度だけではダメで、組織風土も必要。その醸成にも地道に取り組んできました。
たとえば、育休取得者を社内イベントで積極的に紹介したり、父親同士でつながる「ワーキングパパの会」の企画や、運動会や卒入園・卒入学、こどもの日などに使える特別休暇の取得を促すための短いニュースレターを日常的に送ったりもしました。
日本の常識を破るUKディレクターの提案
──大久保さんは、どんなきっかけでD&Iの重要性に気づかれたのですか?
2015年頃、初めて「ダイバーシティがイノベーションを生むとは、このことか!」と痛感する出来事を経験したんです。
私自身、女性が少ない環境で働くことに慣れきっていましたし、正直なところ「女性活躍やダイバーシティがビジネスに貢献する」と言われても、ピンと来なかったんですよ。
目の前の光景を変えてくれたのは、デロイトUKのディレクターとの協業でした。
グローバルでの協業自体はさほど珍しくありませんが、驚いたのはその後です。
当時注目され始めたばかりのRPA(ロボティック プロセス オートメーション)を、日本に持ち込みたいと考えていました。
セオリー通りにまずは商品化し、いくつかの導入事例をもとに市場開拓を狙うつもりでいた私に、彼は「まだ売り物になるかもわからないけど、とりあえずお客さんに知見を共有して、どんな反応があるか見に行ってみない?」と言ったのです。
それまでコンサルティングファームを3社経験し、シニアマネジャーまでキャリアを積んだ自分からすれば、サービス開始前の提案資料さえない状態でのクライアント訪問なんてあり得ないこと。
でも、いざやってみたら大きな反響があったのです。セミナー開催などを続け、1年後には部門内の売上構成比25%をも占める主力ビジネスになりました。
振り返ると、自分自身が知らずに知らずのうちに、コンサルタントの仕事のスタイルを型にはめていた。異なるアプローチを試せば道が開けると気づいた出来事です。
──ダイバーシティが新たなビジネスを生み出したのですね。
彼のアイデアは、私一人や、恐らく日本メンバーの力を借りても、出てこなかったはず。異なる価値観や才能を持つ人と意見を交わしたからこそ生まれたビジネスだったわけです。
「ダイバーシティの推進がイノベーションを創出する」とよく聞きますが、それを肌で感じる経験でした。
同時に、イノベーションは“対話“の中から生まれるのだとも実感しました。
話していると、お互いのインスピレーションが火花のようにパチンと弾ける瞬間がいくつもある。その1つが膨らむと、想像もつかないものが生まれたりするんです。
ただし対話には、安心して話せる環境が必要です。この協業も「よりよいビジネスを生み出そう」という共通の思いが、国境やジェンダー、職位を超えたからこそ実現したのだな、と。
こうした体験から、私は多様性のある環境がいかにイノベーティブで、いかに楽しいかを理解している。これを多くの人に味わってもらうのが、私のDEI推進リーダーとしての役割なのだと思っています。
目指すのは一人ひとりの体に合ったEquity
──10年間でさまざまなD&Iを実現されてきたDTCで、大久保さんは今後、どのような取り組みが大事だと考えていますか?
次に私たちが目指すのは、“すべての人材が、個々の価値を公平に発揮できるステージ”。今後はグループを挙げて「Diversity, Equity & Inclusion(DEI)」を推進していきます。
──Equity(公平性)の実現が目標に加わる、と。
はい。これまでのD&I施策で、ジェンダーやLGBTQ+、文化・言語・宗教、障がいといった側面でのインクルージョンの課題解決に着手し、一部ではある程度の結果も出せたと考えています。
新たにEquityを強調したのは、ソリューションのあり方を変えたいからです。
たとえるなら、今までは全員が同じ働き方をするために、課題を抱えた人に対して、会社が汎用的な解決策を用意してきました。
今後は、すべての人が個々のライフステージやパワーに合った働き方をその時々で選べる柔軟な施策を作りたいのです。
子育てしながらグローバル案件にも携わってきた私が個人的に思い描くのは、個々の働き方やライフスタイルを尊重し合える風土です。
いつ働き、いつ休むかを誰もが自由に決められれば、日中に中抜けして学校やジムに行き、その分を夜中に働く人がいてもいい。
もちろん、そこには責任が伴いますが、私は一人ひとりがもっと多くの選択肢から、自らの意思で働き方を選べるようになってほしい。
だから「他者が“配慮”の名のもとに、誰かの選択を制限する」のではなく、望む選択肢を誰もが臆さずに選び取れるように、風土を作り変えていくのです。
──互いの生き方の尊重……。なんだか、今の日本企業が目指しているダイバーシティの1歩、2歩先を見据えている印象です。
新しい働き方には、自社の人事面だけでなく、法整備も必要になるのでかなり高いハードルではありますが、将来的には実現しなくてはいけません。
そのためにも、まずは誰にでも公平に機会を提供すると同時に、責任を持って選択肢を受け取れるように、価値観を改革していく必要がある。
たとえば、子育て中の女性がプロジェクトマネジャーに抜擢されたとしましょう。そこで、「なぜ私に配慮してくれないの?」と会社に忖度を求めないこと。反対に、「周りに迷惑がかかるかも」と遠慮して、諦めてしまわないこと。
ここで大切なのは、本人の「こういう形なら私にできる」という意思表明です。
DTCは挙げた声が改善につながりやすい企業です。私は子どもが保育園に通っていた頃、海外出張が不可欠な案件があり、会社にベビーシッター代の負担を打診し、認められたことがあります。当時は珍しいことでしたが、今では正式な社内制度になりました。
表面的な知識ではなく、振る舞いを身につけてもらうために、DTCが得意とするワークショップ形式の研修プログラムの開発も進めています。
投資しなければ、社会を変えられない
──こうしたDEIの推進に、トップもコミットされているのですか?
CEOの佐瀬(真人)はとても積極的です。DEIをコミュニティ活動として捉えるケースもあるかと思いますが、DTCでは経営戦略の1つと位置づけて進めていますので、経営のコミットメントは不可欠なんです。
私たちが目指すダイバーシティは、生活そのものに広がっている。つまり、自社だけが変わっても実現しません。社会の一員として自社を変え、その先に社会全体を変えるために、経営トップの判断で投資していかねばならない。
──「働き方改革には、制度より風土。風土よりトップ」とも、よく耳にします。
その意味で、デロイトが国を超えて取り組んでいる施策に「Panel Promise(パネル プロミス)」があり、これもトップによる改革の1つです。
これは、イベントなどのパネルセッションに登壇するメンバー構成を、男性40%:女性40%:多様性推進の調整枠20%とするジェンダー平等施策です。
私はアンコンシャス・バイアス*は経験から作られると考えています。だから、数で女性のプレゼンスを示すことには大きな意義がある。
多様な視点での議論は、前述のUKディレクターとの協業のように、これまでにない視点からイノベーションにもつながっていくはずです。
*「女性は気配りができる」「男性は家事が苦手」といった、無意識に現れる偏見や思い込み。本人に悪気がなくても、周囲の行動や発言、意志決定に、ネガティブに作用してしまう
──社会を変えるという意味では、大久保さんがチェアパーソンを務める「SheXO Club(シーエックスオー クラブ)」は、社外を巻き込んだ取り組みですよね。
経営層の中ではまだまだマイノリティとなってしまう女性リーダーを、コミュニティとして支援するSheXO Clubは、女性役員比率の引き上げを目指す「30% Club Japan*」への参画とともに、デロイト トーマツ グループが社会を変えていくための投資として行っている取り組みです。
*英国発の世界的キャンペーンが母体。日本では2030年をメドに、東証1部の上位100銘柄「TOPIX100」に入る企業が女性役員比率を30%まで引き上げることを目指す
日本企業は女性管理職を増やすことは重視しても、女性エグゼクティブの支援は限定的。そこで立ち上げたのが、業界を問わず女性リーダーをエンパワーメントするSheXO Clubです。
このほかにも、今期は個人的にテクノロジー領域の女性支援にも注力したいですね。文系出身の私の経験も含めて発信し、「女性はテクノロジーに向かない」という先入観をなくしていきたいです。
──最後に、現状に不利益を感じないマジョリティ側の人たちがダイバーシティの重要性を理解するために、周囲はどんなアプローチができるでしょうか?
それには、対話を重ねるほかないと思っています。壇上からのスピーチや、よそ行きの写真が載ったニュースレターだけでは、決して響かないんですよ。
DTCでは、佐瀬と率直に意見を交わし合う数十名規模のイベントを開いたりしています。
たとえば「女性活躍推進について語ろう」がテーマの回では、あえて「女性活躍は男性に対する逆差別なんじゃないですか?」といった刺激的な質問も取り上げ、佐瀬と直接議論する場を設けたり(笑)。
社員全員の意識を変えるとなると、難しく感じるものです。でも1人が10人に影響を与え、その10人がまた別の10人に影響を与えられれば、波及効果で数千人まで広げていける。年数はかかっても、社会は変えていけるはずだと思います。
取材:川口あい
執筆:有馬ゆえ
デザイン:田中貴美恵
編集:中道薫
NewsPicks Brand Design制作
※当記事は2021年6月23日にNewsPicksにて掲載された記事を、株式会社ニューズピックスの許諾を得て転載しております。
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