【解説】10年後も“社会から選ばれ続ける企業”の条件とは

企業は今、これまでにない変化の時を迎えている。DX、カーボンニュートラル対応、働き方改革など、取り組むべき課題は山積みだ。

また、21世紀になり格差拡大、地球環境問題、大規模災害、COVID-19などの危機が襲来したことで社会の不確実性はより高まり、変化の方向性も一様ではない。

そうした中で社会から企業が選ばれ続けるためにはどうすれば良いのか。「DTCからの提言2022 パワー・オブ・トラスト 未来を切り拓く企業の条件」の編著者の1人、デロイト トーマツ コンサルティング(以下、DTC)の佐瀬真人氏に話を聞いた。

なぜ今、企業経営に“信頼”が重要視されるのか

「DTCでは2050年までの長期スパンにおいて、グローバルでどのような環境変化が起こりうるのか、調査・洞察・蓄積を行ってきました。

その中で今後10年先を見通した時に、経営の根幹に最も影響の大きい変化として『グローバリゼーションの複層的な変動』『人の幸せ・求める価値の変化』『サステナビリティ』『デジタルトラスト』この4つの大きなトレンドが予想されます。

そのような変化の時にあっても変わらないものは何か。

私たちはそれが“信頼”だと捉え、企業が10年後も社会から選ばれ続けるために伴走支援をしていく。これがコンサルティングファームの使命だと考えています」

こう語るのはDTCのCEO、佐瀬真人氏だ。

アメリカのPR会社の調査によれば、消費者は信頼しないブランドと比較して、信頼するブランドを率先して購入する機会が24ポイントも高い。

また、その信頼が製品価値だけでなく、顧客体験や社会に与える影響を含めて提供される場合、さらに29ポイントも高まるというデータ(※)もある。

※「2019 エデルマン・トラストバロメーター スペシャルレポート:ブランドは信頼に値するのか」

加えてウェルビーイングへの意識の高まりや、ESG投資の拡大を背景に、顧客だけでなく従業員や投資家からも「信頼に足りうる行動を伴うか」という評価軸で企業が選ばれることがある。

「21世紀以降、格差の拡大や地球環境問題、COVID-19など社会の不確実性が増し、顧客や株主などのステークホルダーから持続可能性への期待が高まっています。

いくら成長している企業でもその期待に応えられなければ選ばれない。これが企業経営において信頼の重要性が高まっている理由でしょう」(佐瀬氏)

「三方よし」の拡張が信頼獲得への着実な道のり

そもそも、「信頼」を軸に企業を評価する考え方は古くからあったが、その対象は株主や顧客といったステークホルダーに限られていた。

しかし現在では、企業に求められる信頼の性質が3つの視点でアップデートされていると、佐瀬氏は指摘する。

「一つ目は信頼を得る 『対象の複雑化』です。これまでの1対1、企業対個人という関係から、今後はN対N、企業対社会というように、複数かつ直接かかわりのない対象と信頼を築かなくてはいけません。

二つ目は信頼の『次元の高まり』。職場環境だけでなく家庭環境への配慮、事業成長と環境対策の両立など、従来から企業に期待されていたものと対極にあるような、より高い次元で信頼を獲得することが求められています。

そのため、これまで環境対策や社会課題の解決は、いわば“Nice to have(あったほうがよいもの)”程度の扱いでしたが、現在では経営戦略の本丸として取り組む必要があります。

三つ目は信頼の『時間軸』。気候変動対策ひとつとっても、制度変更や技術進展を踏まえた短期的な対処や成果創出を求められつつ、2030年、2050年という長期的な信頼を得なくてはいけません」(佐瀬氏)

では、こうしたアップデートされた「信頼」を企業が獲得するためにはどうすればよいのか。その方法の一つとして佐瀬氏は「パーパスの策定」を挙げる。

そもそもパーパスとは、企業経営の目指すべき姿を示すビジョン・ミッションや、それらを実現するための価値観を示すバリューに対し、その土台となる「存在意義」や「目的」を問うもの。

「日本企業には昔から近江商人の『三方よし』の経営理念が根付いています。『売り手』と『買い手』だけでなく『世間』に対しても貢献していくべきと、200年以上前から考えられていました。

一方で、現在では『世間』の概念が広がり、サプライチェーンの隅々や地球環境さえもステークホルダーとなりつつあります。

その意味で、社会における自社の存在意義=パーパスを掲げ、長期的な戦略として具体化すること、そしてその戦略を確実かつ柔軟に遂行し、『三方よし』を拡張していくことが信頼獲得への着実な道のりなのです」(佐瀬氏)

パーパスの3つの効用

企業経営においてパーパスを掲げることによる効用は主に3つある。

一つ目がパーパスを策定し、目指すべき世界観が示されることによる「推進力」だ。

「パーパスはさながら不確実性の高い時代における北極星のようなもの。長期的に向かう先を示すことで、企業全体が一体となりビジネスを前進させる指針となります」(佐瀬氏)

二つ目の効用は、パーパスによる「求心力」。まさに、従業員をはじめとした様々なステークホルダーの心を一つにし、目指すべき世界観を推進していくための仲間の信頼を獲得するための源泉だ。

三つ目は「遠心力」。業界の枠を超えて、より広範な社会課題を解決するためのエコシステムを形成し、発信力や協力を実現するための軸となる。

「やはり今の世の中で企業が10年後まで生き残ろうとすると、1社の力だけでは勝ち抜けません。

だからこそ、パーパスに共感する企業やステークホルダーも巻き込んでエコシステムを作らなければならない。その際に遠心力も重要な要素となるのです」(佐瀬氏)

とはいえ、こうしたパーパスの効用はあれど、企業の戦略に組み込んでこそ意義がある。実際にパーパス経営を進めている事例として、武田薬品工業(以下、武田)がある。

武田は自らの多様性こそがパーパス経営を実現するための鍵といい、多様性を重要視する理由の一つとして注力する疾患領域での課題解決を挙げる。ここでは希少疾患の課題解決に向けた取り組みを紹介する。

武田は2019年1月に希少疾患の領域に強みを持つアイルランドの製薬大手シャイアーを買収し、日本でのビジネス展開を進めている。

同領域においては新規参入企業である武田は、患者やその家族、医療関係者などのステークホルダーからの信頼を得ることを重要視し、患者が直面している課題を分析した。

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その調査過程で明確になったのが「希少疾患患者の約4割の方が誤診を受けているというデータもある」「病名の診断までに平均して5~7年、あるいは疾患によってはそれ以上の年月をさまよい続ける」といった課題だ。

これに対し治療薬の開発・提供といった枠を超え、製薬業界以外のデジタルプレーヤーなどと協働してエコシステムを形成することで解決に向けたアプローチを行っている。

武田の事例はまさに、前述の『遠心力』を活用し、ステークホルダーからの信頼を獲得している好例だ。

「ライフサイエンス分野ではパーパスがシンクロする企業同士が集まり、1社単独では解決できない課題を解決していく事例が増えています。

とはいえ、参加企業には利害関係や各社の考え方に違いがあります。その橋渡しをする存在として我々コンサルティングファームが貢献できます。

アドバイスを行うだけでなく自らが企業のパーパスに伴走し、ビジネスを超えて問題解決を支援していく。その役割を実現できるのがDTCの強みです」(佐瀬氏)

DTCが自ら実践する「信頼経営」

なお、DTCはこうしたクライアントの変革支援を通じた価値創出のみならず、自社の幅広いステークホルダーからの信頼獲得に取り組んでいる。

例えば社会課題解決への取り組みでは、カカオ生産国であるガーナでの「児童労働が起きない地域(Child Labor Free Zone)」制度の設立が挙げられる。

この制度が運用されることで当該地域での生産品にかかる関税をゼロにし、児童労働をしない・加担しない企業が利益を生むことができる「経済合理性のリ・デザイン」に取り組む。

istock/grafvision

「現状、カカオ生産は児童労働抜きには語れません。DTCとしてもこの問題を解決するための方法論や戦略をアドバイスすることもできますが、そこから一歩踏み込み、我々自身がビジネスの視点から解決策を模索する。

そうして、企業のみなさんと同じ困難に直面しながら行動することで、それが信頼へとつながっていく。そういった思いで活動しています」(佐瀬氏)

また、DTCでは佐瀬氏がCEOに就任した2019年から「メンバーファースト経営」を経営の柱に掲げ、それに紐づく施策を実施してきた。

具体的には、上司・部下間でのコミュニケーションの質を高める「チェックイン(1on1面談)」、 社内でのキャリアチェンジを後押しする「組織間異動公募制度」の整備、さらに部門ごとにメンバーの満足度に責任を持つエクスペリエンスパートナーを設置している。

その結果、年次で実施しているEmployee Experienceサーベイにおいて、DTCで働くことに満足しているメンバーの割合が15ポイント上昇したという。

「コンサルティングファームを評価するポイントは様々ですが、我々にとって『クライアントからのファーストチョイスになり、変革を実現する』ことが最大の価値です。

そして、それを達成するためにメンバー一人一人のポテンシャルを発揮できる環境を作り、結果的にクライアントに対して最高の価値を発揮できる。

こうした好循環を生み出すのがDTCにおける『信頼経営』の一つの形だと考えています」(佐瀬氏)


撮影:小池彩子
デザイン:藤田倫央
編集:中野佑也、金井明日香

NewsPicks Brand Design制作
※当記事は2022年5月16日にNewsPicksにて掲載された記事を、株式会社ニューズピックスの許諾を得て転載しております。

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