「僕らの終着点は、Jリーグで優勝するチームをつくることではない」。
今治.夢スポーツ会長・岡田武史が思い描く、理想のスポーツの姿とは

 大手プロフェッショナルファームが、なぜサッカークラブをサポートしているのか。

 J3に所属するFC今治の「ソーシャルインパクトパートナー」を務めるデロイト トーマツ グループ(以下デロイト トーマツ)。「次世代のため、物の豊かさより心の豊かさを大切にする社会創りに貢献する」を掲げる株式会社今治.夢スポーツ(FC今治の運営会社)の企業理念に共鳴して2015年の四国リーグ時代からデロイト トーマツ コンサルティングが活動を共にし、2020年からはグループ全体がサポートするようになった。

 今回、SROI(Social Return on Investment:社会的投資収益率)評価で活動成果を可視化するというデロイト トーマツの試みによってスポーツビジネスは新たな展開を迎えようとしている。

 すべてはWell-being(幸せに生きる)に寄与していくため。

 両者が歩んできた道のりからSROIがもたらす効果、そしてこれからの社会変革やスポーツビジネスの可能性について元サッカー日本代表監督である今治.夢スポーツ会長岡田武史とデロイト トーマツでスポーツビジネスグループの立ち上げメンバーである里崎慎が、語り合う――。

岡田武史とデロイト トーマツの出合い

――FC今治とデロイト トーマツの関係は岡田さんが会長になったタイミングから始まっています。

岡田 まず僕が2014年にデロイト トーマツ コンサルティングの特任上級顧問になって会社の活動に参加させてもらった。そこから今度、愛媛県・今治市でサッカークラブをやることになって「地域を変えていきたい」という我々の思いに賛同していただいたという流れだったね。



里崎 日本におけるデロイト トーマツのスポーツビジネスグループとしての活動がまだ始まっていないときでした。ちょうど立ち上げのタイミングでFC今治との関係性が偶然にも生まれて、スポーツビジネスグループの我々も後で合流していくことになりました。Jクラブ入りを目指すためには組織体制の整備やサステナブルに成長していくビジネス基盤みたいなものをつくっていかなければいけないという課題を持っていらっしゃったので、我々のグループとしては人的支援、ナレッジ(情報やノウハウ)の共有から参加させていただきました。

岡田 コンサルティングファームというのはBtoB(企業間取引)の会社だから別にサッカークラブを使って宣伝する必要もない。それなのにサポートしてくれたのは、やっぱり当時の経営陣がウチの「次世代のため、物の豊かさより心の豊かさを大切にする社会創りに貢献する」という企業理念に対して、これからはそんな時代になっていくんだろうという感覚を持っていたからだろうね。あの理念がなかったら、どうなっていたか分からないなって思う。

里崎 スポーツビジネスグループをやろうと思った根拠は、岡田さんがおっしゃるような「物の豊かさより心の豊かさを大切にする」に最後、行き着くんですよね。BtoBをやっている我々が、BtoBtoC(企業間プラス消費者間取引)に携わるきっかけをつくることができるのがスポーツコンテンツ。企業を相手に仕事をすればいいということではなく、実は従業員のなかにもスポーツビジネスにおける最終消費者、クライアントがいるわけです。スポーツが持っているハブ機能をもっと活かしていけば世の中全体に、価値をつくりだせるかもしれないという思いがあったので、FC今治と一緒に活動をやることで我々も、新しい価値を生み出す取り組みを加速させていけるんじゃないか、と考えていました。

岡田 凄い先見の明があるなって思ったよね。これまでも観戦体験向上プロジェクトや環境問題への取り組みなどを一緒にやったりして、次世代の社会創りを共に推進してきた。

作家・倉本聰さんの自然塾に倣って

――地球の歴史を子どもたちに分かりやすく伝えているのが2020年に制作した環境教育冊子『わたし、地球』です。これをサッカークラブが出しているのが面白いですね。

岡田 元々、作家の倉本聰さんが富良野自然塾で始めた環境教育プログラムの1つに「46億年・地球の道」というのがある。インストラクターが46億年の歴史を460mに置き換えて歩きながら説明していくわけ。FC今治でも公園の指定管理者となって自然塾をやっていて、そこでの環境教育プログラムをもとにデロイト トーマツの皆さんと一緒にとてもいい冊子をつくることができた。『わたし、地球』は今治市内の小学生に配布し、さらに昨年はサンリオにも協力してもらって映像化することもできた。



デロイト トーマツとFC今治が2020年に制作した小学生向けの環境教育冊子『わたし、地球』。昨年は今治市内の公立小学校に在学する小学4年生と5年生全員に配布された

里崎 これもスポーツコンテンツが持つハブ機能の一つだと思っています。環境教育冊子は自治体や企業がつくることもできますが、受け取る側のマインドとしてはそれだと押しつけられているんじゃないか、などと浸透しない面もあります。しかし地元のプロスポーツクラブがそういう活動をやるとなると、ステークホルダーの人がフラットに受け入れられる。デロイト トーマツ単体で出すよりもFC今治と一緒に出すことで、受け手の方にきちんとメッセージを伝えられます。結果、スポーツコンテンツの価値を感じてもらうことにもなるし、実際に環境問題への意識が高まることによって社会的な価値も生み出せます。

スポーツの持っている価値を“見える化”するSROI

――こういった「スポーツビジネスにおける社会的価値の可視化」について、一つの解決策として期待されるのがSROI(Social Return on Investment:社会的投資収益率)だそうですね。ここは里崎さんに分かりやすく説明いただければと思います。

里崎 少し長くなりますが、スポーツ業界の人と話をしていて大体出てくるのが「人がいない、お金がない」という話です。「スポーツには価値がある」とみんな口を揃えて言うのに、なぜお金が流れないのかを考えると構造的なボトルネックがいくつかあると感じました。企業もエモーショナルな部分にお金を注げないといった状況にどうやったらメスが入れられるのかと我々ももがいてきたわけです。

 企業が困っているのは、SDGsやESG投資に予算を張ろうと思っているのに、たとえばそこに1億円を突っ込めばいいか、10億円突っ込めばいいか分からない。つまりスポーツコンテンツにいくら投資をしていいか分からないっていう話と、パラレルだなと思ったんですね。そこで、SDGsやESG投資の文脈で注目されているツールのなかで、そういったところへの投資を促す、あるいは意思決定する際に使われるツールって何だろう、と見ていくなかの一つとしてSROIが脚光を浴びていることに気づいたんです。これをスポーツで使えないかなと思ったのがきっかけでした。



岡田 四国リーグ時代に胸スポンサーを大きな金額で出してもらっても広告価値は全然見合わないから「僕の夢に対して共感してください」とお願いするしかなかった。だから評価基準が絶対に必要だと思ったし、監査法人をグループに持つデロイト トーマツならそういうのを開発してくれるんじゃないかと期待していた。そうしたら里崎さんがSROIを持ってきてくれた。決して大げさではなくてこれが浸透してきたら社会全体が変わってくるかもしれないと今わくわくしている。

里崎 日本のスポンサーの多くには社内の合議により投資金額を決定しなければならないプロセスがあるのが一般的です。そのため、合議の際に量的な投資判断材料を第三者的観点から提供できるSROIは、感覚で話す部分のボトルネックを解消するキーとしてすごく可能性があると感じています。

一度、可視化してみるという取り組み

――昨年末から今年にかけてSROIを使ったFC今治の社会的価値分析を実施されています。コロナ禍での育成・普及事業やホームタウン活動において、投入資源(INPUT)に対して社会的インパクトがしっかり創出されていることが数字で証明されています。

里崎 今あるデータを使って、できる範囲で一度可視化していきましょうという取り組みでした。岡田さんにも伝えましたが、現時点でパーフェクトな評価ではなくて、あくまでスタートラインのものになります。ただやってみてよく分かったのは、SROIの分析をするプロセスにおいて、日々の活動がしっかりクラブの企業理念に行き着いていることをクラブスタッフの皆さんに強く実感いただけたことでした。分析プロセスの中にワークショップを設けさせていただき、地元の高齢者と交流する「孫の手活動」や野外教育などに関与しているスタッフの方々に直接アクティビティを洗い出してもらって、短期、中期、長期にどんな価値が生まれているかを見ていく作業を実施したんですけど、その結果が最後はちゃんと企業理念につながっていたんですよね。これにはスタッフのみなさんも、とても驚かれていました。



岡田 (SROIによる評価は)素直にうれしかった。ウチの企業理念に惹かれて入ってきているスタッフも多いから、すべての仕事が(理念に)つながっていると分かっただけでもね。目に見えない資本を大切にすると言っているのに営業に行ってお金を出してほしいとは言えないと伝えてくれた女性スタッフがいたんだよね。でもその営業活動が実は企業理念につながっていると実感できれば、社員はイキイキするだろうし、営業に自信が持てて、話し方自体が変わるはず。そうした活動の一つ一つが持続可能になっていくことで社会を変える力になっていくと思うんだよね。

里崎 SROIはクラブの活動が生み出す社会的価値を可視化してステークホルダーのみなさんに説明するツールではあるんですけど、実はその価値以上に、内部において自分たちのやっている活動が生み出している価値について再認識できる点が、非常に大きなクラブにとっての財産(アセット)になるというのが特徴です。そこから見直しや改善ができるので、PDCAサイクルを回すベンチマークにもなるんだなとの実感値が我々にもありました。

目指すのはスポーツが人々の生活を豊かにする社会

――コロナ禍によってスポーツ界は難しい状況が続いていますが、お二人はどのようなことを感じていますか?

岡田 コロナ禍で物の豊かさよりも心の豊かさという、目に見えない資本の大切さに世のなかの人が気づき始めた。共感したもの、応援したくなるものにお金を使うようになった。企業も同じだと思うんだよね。(目に見えない資本から)結局は売り上げになって目に見える資本になって還ってくる。そういう社会になってきたし、世界のスタンダードになっていくんじゃないかとも感じている。

 どう選手を管理していくか、どう黒字を出していくか、コーチングスタッフや社員たちはみんなそれぞれのポジションで考えてくれている。何かマイナス面が起こったときこそ強くなれるチャンス。その意味でも我々はかなり逞しくなったし、お客さんから逆にもっと支援していただけるようになった。そういう意味ではコロナ禍はスポーツ界にとって追い風になったとも言えるんじゃないかな。

365日、人が集まるような町、エリアにする

里崎 スポーツコンテンツの社会的な価値を含めて、これまでなかなか見てもらえなかった「本質的な価値」がコロナ禍によってフォーカスされるようになったのは、まさに追い風という表現が当てはまるのかなとは感じます。Jのクラブは確かにそれぞれの位置、スタンスによって(コロナ禍の)ダメージには差があるかもしれませんが、百年構想のもと地域社会に根を張って活動しているクラブはそう悲観的になる必要はないのではないかと感じています。

 お客さんを多く呼べなくなったからスポーツビジネスがダメになるわけではありません。FC今治はそういうメッセージを発信していければいいし、デロイト トーマツの我々スポーツビジネスグループもそこは頑張っていかなきゃいけない領域だと考えています。スポーツビジネスの根本が変わってきていることを的確に捉えて、そこにアジャストするビジネスモデルをつくっていきたいですね。



――昨年11月「里山スタジアム」が着工しました。アトリエやプロムナード(遊歩道)など試合がないときも地域の人々が集まれる場所となります。社会に対してどんな発信になると考えていますか?

岡田 僕らの終着点というのは、Jリーグで優勝するチームをつくるというところじゃない。それは手段。企業理念や新しい社会を実現するために、スポーツというものが中心になっていく。じゃあそれをみんなに認めてもらおうと思うと力をつけないといけないし、勝たないといけない。着工に入った里山スタジアムも一つの手段。我々には基地となるものが必要で、それが里山スタジアム。365日人が集まるような町、エリアにして、スポーツによるコミュニティをつくっていきたい。

里崎 スタジアムやアリーナというものは、地域で生活する人々のQOL(Quality of Life:生活の質)を上げていくための増幅装置なんだと思うんですね。スタジアムを起点として今治というエリアで生活する人々のQOLをどのようにして上げていくのか。まさに基地として活用し、様々なアクティビティを実践していくというのは、方向性、メッセージともにすごく理にかなっていると思います。あとはファイナンスにおけるロジックや座組みをしっかりつくっていかなければなりません。きちんとその価値を認めたうえで、投資をしていく流れができるのが健全だと思いますし、まさにサステナブルなビジネスになるんだろう、と。スポーツコンテンツを生かした新しいマーケットの創出と価値の具現化は、きっとスポーツ界とその周辺産業に大きなインパクトをもたらすはずです。化学反応を起こすきっかけを作ることができれば、その取り組み自体が日本のスポーツビジネス界のレガシーとなって、次につながっていくと思います。そしてそこにかかわることで得られる知見やノウハウは、とりもなおさずデロイト トーマツ自身のレガシーにもなると思います。

FC今治とデロイト トーマツが成長できる関係に

――では最後に。両者にとってそれぞれがどんな存在と言えるのか、そしてまたこれからどんな関係性を築いていきたいか、聞かせていただければと思います。

岡田 最初はこういったようなつながりを持って協業と言えるような関係になるとは正直想像しておらず、新しい協業の形をつくっていただいた。コンサルティングファームがなぜスポーツをやるんだという答えの一つなのかもしれない。社会や企業が、スポーツの価値を必要としていて、結果的にはみんながWin-Winになるような。デロイト トーマツには社会を変えていける力が僕らよりもはるかにあるので、これからもパートナーとして長く付き合っていってほしいし、我々としても力を借りながら企業理念をぜひ実現させていきたい。

里崎 岡田さんからありがたい言葉をいただけて本当にうれしいです。デロイト トーマツとしても今、Well-beingを活動の軸の一つにしています。ビジネスというとどうしても金儲けのイメージみたいなものがあると思いますが、そうではなくて、価値ある活動を継続していくために必要なお金を集めるという発想が大事だと思っています。理念的にいうだけではなくて、実例を積み上げていくことが重要になってきますので、そのパートナーとしてFC今治とご一緒できるというのはもの凄く大きな我々にとってのアセットです。人々のWell-beingに貢献するBtoBビジネスを行うファーストペンギンとして、これからの取り組みでもポジティブな連鎖を生み出していきたいですし、FC今治とは双方が成長できる関係をつくっていくことが、結果として世のなかでの社会的な価値の拡大にもつながっていくものになると考えています。

今治.夢スポーツ会長
岡田 武史 Takeshi Okada


1956年大阪府生まれ。早稲田大学卒業後、古河電気工業サッカー部(現ジェフユナイテッド市原・千葉)に入団し、日本代表選手にも選ばれる。 現役引退後、ジェフ市原のコーチを経て、'95年にサッカー日本代表のコーチ、'97年には日本代表監督に就任。日本サッカー史上初のW杯出場を果たす。その後、コンサドーレ札幌、横浜F・マリノス監督を経て、2007年より再び日本代表監督を務め、'10年の南アフリカW杯でチームをベスト16に導く。'12年中国・スーパーリーグ・杭州緑城の監督を経て、'14年11月、FC今治のオーナーに。'16年より株式会社今治. 夢スポーツの代表取締役会長を務める。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
スポーツビジネスグループ シニアヴァイスプレジデント
里崎 慎 Shin Satozaki


監査法人にて会計監査業務に従事した後、グループ会社であるデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリーに移籍。M&A支援業務に従事する傍ら、グループ内でのスポーツビジネスグループの立ち上げを提案し、その中心メンバーとして活動する。日本野球機構(NPB)の業務改革支援や、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)の組織再編支援業務にプロジェクトマネージャーとして関わる。Deloitteから発表されている「J-League Management Cup」の執筆責任者も担当している。





デロイト トーマツ グループ スポーツビジネス

​​Text by Toshio Ninomiya
Photograph by Shiro Miyake
転載元:NumberWeb



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