独占|書籍「Provoke望む未来を創り出せ」 ジェフ・タフ×翻訳者対談

変化を加速させるために必要な手段

増井 近年、多くの日本企業がインテリジェンスシステムを確立したいと思っているようです。これは企業の戦略的方向性へ反映するマネジメント方法への関心を示していると考えます。本の中でご説明頂いたProvokeの5つの要素は、そういった関心を持つ企業幹部に対する示唆に富んでいます。

モニター デロイト パートナー / 増井 慶太

もう一つの気づきはエコシステムの重要性です。私は大手製薬会社と協力して、新型コロナウイルス感染症のワクチン関連の取り組みや、他の新しいバイオテクノロジー製品にも関わっています。10年前、製薬会社は、研究・開発・製造・販売・マーケティング等すべてのバリューチェーンを自社で行なっていましたが、今日では、パートナーが必要不可欠です。こういった状況は、製薬業界以外にも世界中のどの業界にも適用できると思います。この数年で世界が非常に分散化されており、これらの点と点の間には何らかの強いつながりが必要であり、日本企業にとっても非常に重要だと考えます。

ジェフ はい。それについても考察が2つあります。インテリジェンスシステムの確立は必要です。しかし、同時に不確実性は知ることができないということも覚えておいてください。不確実性に対処している場合、データは定義上レトロスペクティブであるため大量のデータが解決に役立つことはないのです。つまり、既存のデータをよく分析・利用するインテリジェンスシステムでは、不確実性に対処し、未来へのシグナルを受け取るには不十分なのです。

日本だけでなく、あらゆる場所のビジネスで見られる問題の1つは、より強力なインテリジェンスシステムがあれば、より賢くなるという妄想があるということです。
※反復プロセスの最後に行われる振り返り

次に、エコシステムについてです。エコシステムはさまざまなものにとって効果的なメカニズムです。エコシステムの効果の1つは、他の人と協力して不確実性に直面して前進するリスクを分散することです。

重要なことはエコシステムのパートナーは皆、異なる世界の見方と学習方法を持っている点であり、協力することで広範なラーニングネットワークと世界のシグナルを処理する能力を得られるのです。

ただし、エコシステムの課題は、多くの人がゼロサム・ゲームとしてビジネスにアプローチすべきというマインドがあることです。彼らはエコシステムの中でもパートナーが自分がビジネスで勝つため、どう役立ったかを考えるだけです。どうすれば集団的価値を生み出し、競争上の優位性から、新たな優位性を生み出す共創の優位性へと移行できるかが重要です。

増井 興味深いですね。あるエグゼクティブは、10年前には勝者がすべての市場シェアスキームを取るようなものだったと述べていましたが、最近は最良の提携がすべてを取ることを認識したと述べています。その言葉は私の心にも響きました。

ジェフ そのエグゼクティブの認識は理にかなっています。古い直線的な変化の世界では、市場はすぐには拡大しないため、市場のパイは限定的でした。市場シェアの獲得だけに集中し、ゼロサム・ゲームの勝者をめざすことで問題はなかった。ところが今日、指数関数的な変化が起き、同時にパイも迅速に変化しています。パイを奪ったとて、新しい産業に奪われる時代です。今はパイそのものを育てることに集中して、誰にとっても利益を得ることを目指す時代。それは今までと全く異なる考え方であり、過去のプレイブックを否定する必要があります。

井上 先ほど仰っていたように、シナリオを計画し、その変化に備え、柔軟に対応することは日本企業にとっても非常に重要だと考えます。ただし、多くの日本企業は、データを収集し過度に分析することは実施しますが、実際に変化のタイミングになると現状を変えるようなアクションを迅速に実行に移すことが非常に難しいです。

モニター デロイト シニアマネジャー / 井上 発人

ジェフ 人間としての私たちは現状が変わり損失を被ることを嫌います。物事をほぼ同じ状態に保つためにできる限りのことをし、現状を維持することが安全で正しいと感じます。時間の経過とともにそれがもたらすのは、現状維持は安全であり、何か違うことをすることはリスクがあるという集団的信念です。ですが指数関数的な変化が定着するにつれて、その方程式はひっくり返され、個人としても組織としても、生まれつき異なるバイアスを持つ必要が生まれました。これが不確実性に直面したときの進歩であり、現状維持にはリスクがあるのです。

井上 現状維持を安全と捉えるという思考から、不確実性に対処するためには現状維持がリスクとなると捉え直すことは非常に重要ですし、リーダー層だけでなく組織全体に、このような考え方をインストールすることが大切だと思います。しかし多くの場合、特に日本企業においては、トップダウンで会社の方針や戦略を変更しようとしても、現状変更に対する拒否反応も生まれ、組織全体が迅速に変化できるわけではありません。『Provoke』で書かれていることを実践しようとすると、こういった課題にもぶつかると思うのですが、こちらについてもお尋ねしたいと思います。

ジェフ 企業の変化を促すには、リーダーが言うことが最も効果的ですし、新入社員や若手社員に浸透させることは比較的簡単です。しかし、企業で長く育ってきた中間層の人たち(上級幹部のような力を持っていないキャリアの初期段階ではない人たち)にとっては変化を受け入れるのは難しい点が大きな課題として存在するでしょう。

それを変化させる唯一の方法に、私がどのクライアントにも推奨しようとしているアクションがあります。まずはインセンティブ制度で対処するということです。最小限の実行可能な動きをすることで、成果を褒めるというだけでなく、場合によっては実際に金銭的な報酬を与える必要があります。さらに、おそらく最も重要なことですが、私たちは組織として、すべてを破壊しようとしているのではないことを認識してもらう必要があります。

プレイブックに従い、中核事業を運営するためルールに従うことは、賞賛されるべき重要な役割がありました。意思決定からリスクを管理し、短期的に現金を生み出す仕事をする人と、不確実性に対処し、最小限の実行可能な動きをする人の両方に役割があると信じてもらい、その両方にそれぞれがもたらすものを尊重してもらうことができれば、勢いと画期的な組織の構築につながります。チームからのトップダウンの指示があったからといって、それがそのまま実現することはありません。

井上 特に日本企業においては、経営方針を大きく変更することは、現状維持を望む中間層からは強い拒否反応を引き起こすことが多く、結果的に中途半端な取り組みになることも多いと思います。そういった観点で、日本企業の組織風土を踏まえると、あくまで組織として全ての役割やロールを変更するのではなく、中核事業でのリスク管理をする役割含め、各人の役割は尊重しつつ、漸進的に変化を進めることがフィットするでしょう。

増井 この2冊の本の中で、行動の重要性とスピードについて言及していますよね。これまでの正統性から脱却し、イノベーションの変化を加速させるためには、何が必要だと思いますか。

ジェフ 簡単に言うと、仮説の構築やテストの設計だと思います。新製品の導入や、新しいインセンティブ制度、経営上の意思決定など、あらゆる種類の前進のために、何を達成するのかについて仮説を立て、可能な限り小さなテストに纏められるかを考える必要があります。それが不確実性に直面したときの運用方法です。小さな仕事にまで物事を煮詰めることができれば、市場からのフィードバックを得ることができ、それが理にかなっているのであれば、進み続けることができる。それが成功の道です。

光が全くない夜の暗い森の中を歩いている人間を例え話にした一節があります。あなたの唯一の目的は森から出ることです。何かにぶつかったり、つまずいて転んだりする可能性が高いので、大胆に大きな一歩を踏み出すことはないですよね。何をするかというと、非常に小さな一歩を踏み出して前に進みます。その場で正しいと感じられたら次の一歩を踏み出すことができ、正しいと感じられなければ違う方向に一歩足を進めるでしょう。同じ考え方はあらゆる種類の経営判断にも適用でき、経営陣にとって非常に重要になると思います。

井上 クライアントと会話する中でも、イノベーションを加速し大きなインパクトを残すためには大胆な投資が必要だと思いつつも、リスクを懸念するあまり意思決定が出来ないというジレンマに陥る事態はよく耳にするケースです。その上でも最小単位での実行を迅速に重ねながら、適宜ピボットしていく経営判断をしていく考えが正に日本企業に必要だと考えます。

過去を尊重しながら、既成概念の外へ踏み出す

藤井 あらためて、日本の経営トップのほとんどは、「既成概念にとらわれず考え、実行すべきだ」ということを理解されています。一方で、日本企業は、既存の延長の発想に留まり、行動も遅れがちという自虐的な発言もよく聞かれます。

モニター デロイト ジャパンリーダー パートナー / 藤井 剛

ジェフ 実は、多くの企業が既成概念の外で行動しようとするときに抱える問題は、大胆に考え過ぎていることであり、破壊的でなければならないと考えすぎていることかもしれません。現実に新しい経済的価値の創造は、多くの場合は、ほんの少し拡張して素早く利益を得ることで、新しい経済的価値を創造する方法を素早く考え出し、結果として、新しい領域で成長することで産まれているのです。

藤井 例えば米国の経営者は、大胆な変革と着実な利益成長を期待する資本市場からの圧力がありながら、どうやって実行して成果をあげているか、具体例を紹介いただけますか。

ジェフ 資本市場の期待に応えつつ、時間の経過とともにビジネスモデルを変えることができた米国の企業の多くは、環境の変化に直面した時、過去を尊重しながら、新しい方法で素早く利益を上げています。

例えば、石油とガスの分野のスーパーメジャーは、長い間、バリューチェーンの脱炭素化と化石燃料からの脱却について資本市場から圧力を受けてきました。そのような中、つい先日、スーパーメジャーらは過去最高の利益と過去最高の自社株買いと株主への支払い能力を得ました。これは、彼らが依然エネルギー安全保障の運営と創出が可能であることを社会に示しつつ、将来的に利益が得られる方法で水素を回収し利用する方法を探してきたからです。過去を尊重し最大限活用しつつ、一方で将来を見据えて、着実に素早く行動し続けているのです。

増井 最後に、日本の読者とリーダーに一言お願いします。

ジェフ これまで日本企業が発揮してきた何が本当に重要なのかを追求する姿勢や能力は、これまでと異なる視点で活用できれば、不確実性に対処する上でも非常に有効であると考えます。日本のビジネス社会は、これまで世界のマーケットリーダーであることを何度も証明してきた過去を尊重し、未来においても証明可能であると自信を持っていただきたいです。





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