高まる自治体DXへの注目、変革をドライブする人材戦略とは
行政機関でもDXの推進に直面しているが、そこには「人」の問題が立ちはだかっている。表面的なデジタル変革ではなく抜本的な改革にはHRと両輪で進めるDXが期待されている。
どのような課題があり、現場ではどのようなチャレンジが進むのか。そして、改革を加速させるドライバーとは――。デロイト トーマツ コンサルティングで自治体の現場にあり、行政DXの支援をリードする後藤と、現場の支援に携わる大石、足立の3名が地方自治体のDXの現在と、現場で進む変革を語る。
PROFESSIONAL
- 後藤 啓一 デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 パートナー
- 大石 恵 デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 シニアコンサルタント
- 足立 はな デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 コンサルタント
要約
- 行政機関でもDX推進が求められているが、ツール導入などが目立つ
- ツール導入は「手段」である、デジタルの力を活用して自治体そのものをX(トランスフォーメーション)することを「目的」としていかなければならない
- デロイト トーマツ コンサルティングの執行役員で地方自治体改革のエキスパートとして知られる後藤は、改革の基本となるのは人的資本経営であると話す
- 組織としてのパフォーマンスを最大化するための取組みについて解説する
DXではなく“X”へ――自治体が変革にコミットすべき理由
DXツール導入や部署業務のデジタルシフトがフォーカスされがちだが、それはあくまで「手段」である。デジタルの力を活用して自治体そのものをX(トランスフォーメーション)することが「目的」なはずだ。デロイト トーマツ コンサルティングの執行役員で地方自治体改革のエキスパートとして知られる後藤啓一は、長年行政DXに注力してきた。手段と目的が混同されがちな現状を指摘する。
「地方自治体のDXは情報システムに焦点が当たる時代が続いてきました。システムや業務フローの見直しといった『How』に寄りすぎていたように感じます。この20年を振り返っても、デジタルの導入が進む中で、業務は一向に楽になっていません。しかし、本来のDXとは市民サービスの高度化や業務の変革を目指すためのものです。
そんな現状がコロナ禍で露呈しました。感染が爆発的に拡大する中で、感染者数の把握やワクチン接種の情報共有に至るまで、ゼロからの構築を迫られました。パンデミックや災害など想定外の社会課題はこの先もまた発生するでしょう。その際に行政が組織として適切に対応するためには、システムではなく本体の改革が必須です。“D”すなわちデジタルだけではなく、“X”トランスフォーメーションを目指さなければなりません」
参考資料:The Digital Citizen 政府によるデジタルサービスに対する認識調査
そこで求められるのが行政経営の視点だ。行政機関は顧客サービスの総花的なデジタル化を指向してきた。一方、民間企業は「顧客満足度の向上・収益の最大化」を目的として、顧客向けのサービスをデジタル化している。後藤は行政機関へのコンサルティングの留意点を挙げる。
「このサービスデザインを見習うべき点もありますが、行政機関のサービスはあらゆる市民がサービスの提供対象です。市場環境の違いを踏まえたコンサルティングが求められます。デジタルソリューションを導入すれば良い、といった近視眼的な対応ではなく、ユースケースとデジタル技術の最適な組み合わせを考えていく必要があります」
そこで求められるのが、人的資本経営の視点を持った改革だ。後藤は「行政運営の中では民間人材を含むリソースの最適化、すなわち人的資本経営的な要素を取り入れ、組織としてのパフォーマンスを最大化するための取組みを強力に推し進めていく必要がある」と指摘する。
後藤が掲げるビジョンのもと、チームは複雑化した行政課題を抱える地方自治体に対して改革構想の立案から計画の策定、業務設計から実行に至るまで、オーダーメードで支援してきた。メンバーは地方自治の各種制度や法制を把握し、行政運営の実態に即した支援にあたる。シニアコンサルタントの大石恵は行政職員として、市民と接する窓口業務と行政の組織運営を担う内部事務に従事した経験があり、「日々現場で奮闘する様々な自治体職員のバディになりたい」という思いで転身した。
「従来は行政サービスも均一に提供されてきましたが、時代の変化もあって市民一人ひとりに合わせた、きめ細かいサービスが求められています。必然的に職員の業務量は膨れ上がり、現場ではマンパワーが慢性的に不足しています。私は自治体の現場で働いていた頃を思いながら、『職員の方々と志や熱意、気持ちを一つにして苦楽を共にする』ことをポリシーに、コンサルタントとしてサポートしています」
行政サービスのデジタル化はいや応なしに進む。しかし、後藤が指摘したように、現場における実装では目的と手段が混同されるケースも少なくない。例えば市民による各種の申請だ。紙による申請をオンラインに置き換えるシフトが進むが、その成果指標としてオンライン化率など、デジタル化の指標のみに焦点が当たっては本末転倒だ。
「効果指標は行政サービスの向上や運営の効率化であるべきでしょう。行政運営にデジタルを実装するためには、市民視点に立脚したサービスとしてデザインされなければなりません。また、行政サービスへの組み込みを加速するためには、職員のパフォーマンスを最大化すること、つまり人的資本経営を取り入れる必要があるのです」
こう提言する後藤は、DXではなく“X”として、行政サービスのトランスフォーメーションを支援していく。
自治体にHRテックを。革新へ導くテクノロジーの活用法
デジタルを活用した人的資本経営として、AIやクラウド、ビッグデータの解析を通して人事業務を刷新するHRテックの導入が進む。2023年には、自治体DXのトップランナーとして知られる東京都渋谷区がデロイト トーマツが開発したAIによる人材配置案作成サービス「Talent Matching」と、タレントマネジメントシステム「カオナビ」を人事業務に採用した。
これは、テクノロジーが「人材のベストな配置案を作り出す」ものだ。まず、人事評価や職員本人の希望をデータ化して人材データベースを作成。この人材データに基づき、AIが最適な人材配置案を短時間でアウトプットする。この施策によって、渋谷区では人事異動の検討において従来の約60%にあたる約320時間分の工数削減が期待されている(2023年度)。
行政人事におけるテクノロジーの活用について、後藤は「HRテックは2軸で力を発揮する」と分析する。まず挙げられるのは、エキスパート人材の適正なアサインによって業務が大幅に効率化し、現場の生産性を向上させることだ。
「地方自治体の職員はゼネラリストになることを期待されてきました。そのため、2~3年で異動して多様な部署で業務を学ぶ。その結果、20年後には役所内のことをほぼ把握している人材になれますが、残念ながら専門性を高めることができません。AIによる人材配置案作成サービスは、スキルや専門性を備えたポテンシャル人材がローテーションの中で本来の力を発揮できるように、真の意味の適材適所を支援します」
HRテックへのもう一つの期待、それは「人事をコスト業務からバリューアップ業務へ変革させること」だと後藤は語る。
「人事業務はオペレーション中心の業務から、付加価値の高い戦略的な業務にシフトしていく必要があります。自治体は市民から預かった税金を原資とし、いかに効率的に使うかが最重要課題でした。人事の最適なアサインは費用対効果だけではなく、組織のパフォーマンスを高め、価値の創出が期待されます。私たちはツールやソリューションに頼ることなく、行政の支援で培ってきた豊富なナレッジにHRテックをはじめとするテクノロジーを融合させ、自治体の課題を解決していきます」
コンサルタントの足立はなは、人事領域の業務に関心を持ち、デロイト トーマツ コンサルティングに入社。1年目から自治体の支援に携わる。そこで、現場の課題をソリューションで解決するHRテックの実効性に目を見張ったという。
「活用できるデータは役所の中に点在していますし、担当者の暗黙知やナレッジとして蓄積されている情報もあります。ただ、人事課が全体を把握し、しかるべきデータを『しかるべきところで』活用するのは至難の業です。個々の職員が関心を持っている領域や、興味を持って臨める事業についても可視化されていません。職員一人ひとりのマインドもデータ化することで、思いを汲んだアサインもできるでしょう。HRテックのポジティブな活用は生産性の向上や若手職員のモチベーション喚起になるはずです」
名古屋市で進む自治体DXの取り組み
後藤らは業務の効率化とハイパフォーマンス化の2軸から行政運営を変革し、自治体全体の“X”に導く。そして、戦略の立案から実行まで、中に入り込んでチームとして変革を支える。代表的なプロジェクトが名古屋市の支援だ。後藤は名古屋市のCIO補佐監を務め、デジタル技術やデータの活用による変革を明言した「名古屋市役所DX推進方針」(2021年度)の策定にも携わる。
「自治体の改革は『不断の改革』と言われます。改善を積み重ね、継続して連続的に進めていかなければならない、とするものです。しかし、現代の自治体は非連続的に現状を打破し、変えていかなければなりません。組織のあり方を根本的に見直し、既存の行政サービスの課題を洗い出すことが求められています。全局でスピードを上げ、一気にDXを推進していくのです」
本来の目的に向かって既存の組織や制度をドラスティックに見直し、情報システムだけではなく管理組織や業務フローやシステム全体も見直す。名古屋市役所DX推進方針が導き出すアクションは、真の変革に他ならない。名古屋市は「市民サービスの高度化」「行政運営の効率化・生産性の向上」「社会インフラ現場のDX」といったテーマでワーキンググループを組成。既存の縦割り組織の横の連携強化、住民目線でのサービスデザイン、アナログな規制・ルールの見直しを進める。大石や足立も名古屋市の支援を通し、自治体DXがドライブする瞬間を目の当たりにしたという。
「自治体の変革は行政運営上、年度単位で取り組まれるため、まいた変革の種が数年後に開花することもあります。じっくりとした歩みで取り組まれることが通例です。それが、名古屋市のDXでは行政であってもスピードを持って変革できるんだ、取り組むためのプロセスも、意思決定も機動的に対応できるんだ、という驚きがあります。全庁が一丸となった時の行政組織がまい進する推進力は圧巻です。自治体が最大のポテンシャルを発揮できるよう、我々は伴走して支援を続けていきたいと思っています」(大石)
「自治体の職員には、現状の業務のあり方を前提とせずあるべき行政運営の姿を描き、バックキャストして施策を考えていく方が多くいます。改革は全体で速度を持って進めていくことだと、支援しながら痛感する日々です。」(足立)
自治体のDXを加速していくために――
最前線から実装する変革へのステップ
高度化する住民のニーズに応え、山積する社会課題の解決に臨む。そして不慮のクライシスに備え、組織のあり方を基盤から見直していく。自治体DXの“X”に光を当てる提言が響く。冒頭で後藤は「自治体DXはHowに寄りすぎて考えられてきた」と指摘した。
全体最適に向けて構築する方法論としてのHowは重要だが、ゴールを見据えて戦略を立て実直に合意を形成しようとする意志、すなわちWillの共有も不可欠だ。持続的にサービスを提供していくWillの原点とは、「自治体がセーフティーネットであること」だと後藤は語る。
「自治体職員の目の前には、一人ひとりの市民がいます。自治体の仕事は憲法で保障されている生存権を守ること、つまりセーフティーネットとして存在します。我々のチームの1/3は、大石さんのように自治体職員のキャリアを持つメンバーです。コンサルティングのスキルも大切ですが、職員に共感して自治体とブリッジするメンバーがいることで、コンサルティングやソリューションが力を発揮できています」
後藤がリードする自治体DXは、戦略から実行まで一気通貫で行えるチームと、職員や市民とWillを共有し、実効性を持った方法論によって進んでいく。
「現代の行政機関は複雑化した社会課題解決の必要に迫られています。一方で、大石さんが痛感しているように、さまざまな課題に直面する行政職員のマンパワーは限界に達しているかもしれません。組織としてパフォーマンスを高めて社会課題を解決するためには、行政のデジタル化をどう進めるか、といった単純なイシューを論じている時間はありません。サービスの顧客である市民視点に立ったデジタルの活用を進めつつ、人的資本経営の視点を取り入れて、行政経営を高度かつ包括的に実施すべき時が来ています」
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